第19話 セス殿下の“恋人”役――デイジー、ライバル令嬢にされる
「君がマーガレットだね。うん、ようやく会えた」
「第三王子殿下にご挨拶――」
斜め後ろのローランに、そっと目配せをしてから、頭を下げる。
「畏まらなくていい」
しかし、途中で止められた。
穏やかなのに、有無を言わさぬ口調ってやつかもしれない。
さすが王子様ってことかな。
随分と強引な所もあるみたいだわ。
「そういうのいいからさ。あまり目立ちたくないんだ……お願いね?」
「……はい」
そのまま入室すると、侍従が椅子を引いた。
応接間の、その重厚な雰囲気に一瞬だけ圧倒される。
やっぱり私は、こういう場に慣れていない。
「いいね、想像以上に美人だ。実は君を引っ張り出したかったんだよ、“デイジー”」
「………。」
突然“デイジー”と呼ばれ、思わず息を呑む。
彼の本音がわからない。
質問を重ねるより、少し様子見のほうがよさそうだ。
「ルイーズ嬢を調べていてわかったんだけど。彼女ってさ。権力欲じゃないね。他の女性に勝ちたいタイプだ」
「そうかもしれません」
事実確認のように、ルイーズの性格が語られていく。
――多分彼の言葉は合っている。
彼女は、誰よりも幸せになりたい。
そして、それは際限がない。
「だからさ。君、今日からしばらく私が見初めた令嬢になってくれないかな?」
「へ?」
過去のルイーズの言動を思い出していると、思いがけない所に話が飛んだ。
「ルイーズ嬢の対抗馬になってもらいたい。そちらの方が彼女を煽れるだろう」
「人妻ですよ」
「愛人の方がいい?でも一応私にも体裁があるからな」
それを遮るように、低い声が響いた。
「――ふざけんな」
ローランだ。
いつの間にか、一歩前に出ていたらしい。
壁際の騎士がわずかに動き、剣に手を掛けるのがわかった。
すぐ後ろから、ローランの押し殺した怒りをひしひしと感じる。
セス殿下の笑みが一段と深くなった。
「君に口を挟む許可はしてないよ」
ローランの性格なら我慢出来ないだろうけど……!
止めようとして、必死にその腕を掴む。
セス殿下の冷たい言葉に対して、ローランが嫌悪を隠しもせずに言い返した。
「敵の的になれ?そんなのは女に頼むことじゃない」
「……なるほど」
「マーガレット。帰るぞ。途中で条件を変えるヤツの依頼なんざ、信用できねぇ」
ローランが私の腕を掴んで立ち上がらせようとする。
腰が浮きかけ、慌てる。
その通りだけど、相手が悪すぎる――!
「じゃあ、話は終わりにするかい?」
部屋の空気が、一瞬で冷えた。
少なくとも、今は同じテーブルにつく形を取ってくれている。
それをこちらから蹴ると、どうなるか予想できない。
「……ローラン!待って!」
その緊張感に耐えきれなくて声を上げる。
「君は――」
穏やかな声が、何かを告げようと部屋に響いた。
マナー違反なんて、もうどうでもよかった。
……セス殿下の言葉がどう続くのか。
考えるのが怖い。
「待ってください……!殿下の意図はわかりました。ここで提案する以上、もう逃げられないんですよね」
「……うん。よくわかってるね」
「けっ!うさんくせー」
私が確認すると、彼は艶やかに笑った。
――第三王子の世間での評判は、明るくて人当たりがいい。
……かなり作られたイメージらしい。
私の後ろに立っているローランに視線を向けると、彼は眉間に皺を寄せていた。
納得はしていない。でも、今は黙っていることを選んでくれたらしい。
「私とルイーズをぶつけるおつもりですね……。それなら、そもそもなぜリックに依頼を?」
セス殿下は椅子の背もたれに寄りかかり、まさにお手上げ、というポーズを取った。
「ヴァルター対策かな……。彼がなかなか面倒なんだ。あのままだと、もっと強引な手段に出ていたと思うよ」
そこで言葉を区切ると、私をじっと見つめた。
「あの男は、彼女の求めるものを与え続けるから。いったい何を考えてるんだか……。まあ、反応が見たかったのさ」
――え、そういう感じ?
ルイーズに捕まったら、何をされるか分かったものじゃないから、助かるけれど。
殿下の庇護下に入れば安全だと思うけれど、いまいち彼の思惑が掴めない。
私の視線を受けたからか、殿下が苦笑した。
「彼女が君をどう扱うつもりだったか、聞きたいかい?」
「……いいえ」
聞かなくてもわかる。
ルイーズは、ろくでもないことを平気でする。
「賢明だね。少なくとも、貴族令嬢として社交界に出られる道ではなかったよ」
男性の口からそう言われると、嫌な現実味があった。
思わず、身体が震える。
背後で、ローランが小さく舌打ちをした。
それだけで少しだけ呼吸が戻る。
大丈夫。今は、話を聞くしかない。
「リチャードは『天恵』持ちだしね。もしかしたら面白くなるかもしれない」
「なんでルイーズを拒否するんです?公爵家のご令嬢なんでしょう?別に問題はないんじゃないですか」
彼は、少しだけ悩む振りをして首を傾げた。
先程の冷たい空気を思い出す。
――油断できないな。
今のセス殿下は、穏やかな人にしか見えない。
これに騙されて、痛い目を見るのは避けたい。
「……うーん。彼女に何のメリットも感じないんだよ。いまだに兄上に執着している女だ。トラブルの原因なんて勘弁だよ」
「……それは確かに」
兄弟のどっちにもすり寄る……それはちょっとアレだわ。
危険すぎる。
「第三王子なんて立場は、意外と大変なんだよ。下手をすれば自分の首すら飛びかねない――なんてね」
彼は自分の手で首元を切るような仕草をした。
……これは嘘じゃなさそうだ。
「じゃあ、私を見初めるって行動も危ないんじゃ?」
そして……その危険は、私にも降りかかってくる可能性が高い。
ルイーズを含め多くの女性が、見知らぬ女に理想の男性が盗られたと考えるだろう。
想像すると頭が痛い。
「逆だ。だから大歓迎なんじゃないか。馬鹿な王子が権力を持たない女性を選ぶ。これが最適な行動だよ」
「偽物……ですが」
「後で盛大に、最愛の女性に振られたって言いふらしてあげるから大丈夫。その方が私に似合っているだろう?」
信用ならない――そうリックが言っていた。
確かにその通りだ。
これは交渉じゃない。
依頼でもない。
命令だ。
(リック……これ、お互いが人質状態じゃない……?)
彼の足を引っ張るわけにはいかない。
第三王子の意図も、本音もよくわからない。
こんな状況では断れるはずがない。
「……せめて、リックには自分で伝えたいです」
「……うーん。接触も厳しいんだけどね。三週間後に夜会がある。王室主催だから、もしかして会えるかもね?」
絶対に連絡手段を持っているはずだ。
それでも私には教える必要はないということね。
「じゃあ、盛大に演じようか。世間を騒がせて、誰かを絶望に追い詰め、他の誰かは怒りの声を上げる。そんな演目にしよう」
「……もうすでに演劇みたいですね」
芝居がかった台詞と大振りな仕草。
気障ったらしいな。
でも、やるしかない。
溜め息を押し殺して、そっと目を閉じる。
――このまま、望まない方向に連れて行かれるしかないみたい。
私も巻き込まれて、結局ルイーズの前に引きずり出される。
「ふふっ。実は得意分野なんだ」
「ええ……本当に。私には真似できません」
最大限の嫌味を、賞賛の形にしてセス殿下へ贈る。
彼は一瞬目を細めたが、見ないふりを決め込んだ。
(私の役割が重くない?)
リック、私の方まで駒になったみたい。
これからルイーズに、さらには社交界の女性たちに“第三王子の恋人”として紹介されることになるわ……。
「……荷が重いです」
「大丈夫だよ、君は起爆剤だから。――人間の感情で一番分かりやすいのが何か知っているかい?」
ええ、それを煽るのが私だと言いたいのね。
無自覚が、ちょうどいい。
演じられるなら、もっといい。
幸せそうな、分不相応な女ってことでしょう。
「いえ……。難しいお話はわかりません」
「嫉妬だよ。……だから君の舞台になるんだ、マーガレット」
――いいえ、セス殿下。一番厄介なのは傲慢よ。
ローランはかなり頑張って黙っていました。かなり。
裏話ですが、セス殿下は17歳、デイジーは19歳です。
孤児院を脱出してから三年半ほど経っています。
デイジーは春生まれです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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