第18話 デイジーとローラン、王都に放り込まれる
「ローラン……。お願いだから、敬語くらいは使ってね……」
「あぁ?敬語って言われても……。挨拶だけしてればいいんじゃねーの?」
「――うん、じゃあ。挨拶以外黙っててね」
頭が痛い。
頼りにならなかった。
いや、物理では頼りになるんだけど……。
リックとリジーと別れた私たちは、ご丁寧に案内されて、馬車に乗せられた。
リックは“依頼主”について話さなかったけれど、予想はつく。
きっと、“王子様”が依頼主だ。
ルイーズが、狙える王子様といえば――。
まだ結婚していない第二王子か、第三王子。
第二王子は数年後に外国に婿入するという噂だから、無難に第三王子殿下かな。
私たちはリックのオマケみたいな扱いだけれど、それでも緊張する。
――いや。オマケならまだマシだ。
私は確実に、彼への人質にされている。
守るという名目で。
「ごめんね、厄介ごとに巻き込んで。本当は私が謝らなきゃいけなかったのに」
「……はあ?別にマーガレットに謝られる理由はないぞ。リチャードを数発ぶん殴ったからチャラだ。あの後、リジーに散々叱られたしな……」
向かいに座るローランに謝る。
今は二人きりだ。
ちゃんと謝る機会は、しばらくないかもしれない。
「あ、そうだったんだ。リジーって怒ると結構怖いよね」
「ああ……見た目じゃ想像できないほどな」
「意外だったよ。最初はもっとふわふわしてるのかと思った」
おっとりとしていて柔らかな雰囲気だけれど、リジーは現実主義で――かなり計算高い。
「そうなんだよなぁ。あのギャップがまた――」
「下品禁止ね」
すぐに釘を差す。
ローランはこれだから……。
「あーあ。せっかくの王都なのに、お硬いマーガレットが一緒じゃ、つまんねぇな」
「それはごめんね。私は楽でいいけど。そういえばローランとリジーはいつから一緒なの?」
世間話の流れで二人の馴れ初めを聞いてみる。
そういえば詳しくは聞いていなかった。
ローランからは、どんな話が聞けるか楽しみだ。
「んーーいつからだっけか。俺が冒険者を始めてからだから……。あれ、俺って何歳だっけ?……まあ、そのくらいだ」
「うん、何一つ覚えてないのがローランらしいね」
――はあ、やっぱり残念な人だわ。
上手く操縦していたリジーを尊敬する。
それにリックも、それなりに上手く付き合ってたんだよねぇ。
「おい、面倒だから俺に……」
「惚れないから」
被せ気味に言った言葉に、ローランは不満げに口を尖らせた。
「あまりひどいと報告書に書くよ。とにかく、そろそろ着きそうだね……」
見たこともないような煌びやかな貴族街。
その一番奥に、王城が見えてきた。
まずは衣装を整えるのかな……。
――ローランは大人しくしていてくれるだろうか。
「ローラン、頼りに……してないから黙っててね」
「おう、任せとけ」
……限りなく不安だ。本人には内緒だけれど。
◇◇◇
通された場所は、貴族のタウンハウスだった。
見慣れない高価な調度品や、装飾品の数々。
服の皺一つないお仕着せ姿の使用人が、手早く私とローランを引き離して、これから身支度を整えると言った。
浴槽に突っ込まれた私は、少しだけほっと息をつく。
――いきなり王宮に、なんて展開じゃなくてよかった。
(リックは大丈夫かな……)
離れてみると、私にとってどれほど彼の存在が支えになっていたのかを知る。
湯船に浮かぶ自分の髪の束を摘むと、鮮やかなピンク色だった。
意外と綺麗なピンクゴールドに染まった。
ぱっと見では、“デイジー”だとは気づかれないだろう。
でも、ルイーズの手が私の喉元まで迫っている。
油断しないようにしなければ。
依頼主が守ってくれるらしいけれど、安心は出来ない。
公爵家相手にどこまで守ってくれるんだろう。
(もう本当に貴族のお嬢様になったじゃない。なんでそこまで拘るの、ルイーズ)
お風呂から出ると、テキパキと着替えさせられた。
噂に聞くコルセットは想像以上だ。
無理。
薄いピンク色の華やかなドレスに着替えさせられて鏡の前に立ってみると、自分の姿に驚く。
(どこかのご令嬢みたいだわ……)
つい、ドレスを摘んでしまう。
凄い。
鏡に映る自分が同じ動きをした。
これなら、孤児院のデイジーとは結びつかないわ。
「旦那様がお待ちです。準備が整い次第、すぐにお通しするようにとのことです」
「ええ。伺います」
メイドについていく途中でローランと合流した。
彼も騎士の服に着替えさせられていたらしい。
「意外と似合ってるじゃん。本物の騎士様みたい」
「お前もどこぞのお嬢様みたいだぞ。……人妻なのに」
「そうだけど……!まだ二十歳前だもん」
「あ、そんなのか。意外と――」
ローランが失礼な事を口にする前に指摘する。
「自分の歳も覚えてないあなたに言われたくないからね」
「リチャードの少し上だ」
適当すぎる。
そして、やっぱりローランがいてくれて良かった。
このラフな空気に救われる。
「何事もリック基準で考えるのやめときなよ……」
「気持ち悪いこと言うな」
「自覚したなら何よりだわ」
言い合っているうちに、立派な扉の前に立っていた。
ローランの気の抜けた声が聞こえる。
彼は緊張というものを知らないのかな。羨ましい。
「ここか?」
「あまり喋らないでね。あ、でもピンチになったら助けてね」
「大丈夫だ。色々と仕込んでる。それにしてもお前、注文が多すぎるぞ」
「ローラン、物理以外にもピンチは多いんだよ」
いや、ありがたいけどさ。
メイドが、その前に立っている男性に声をかけ、この場から立ち去って行った。
そしてその扉がノックされる。
くぐもった声が入室を促した。
――ここからが本番だ。
いつの間にか強張っていた指を、そっと開く。
(リック……。なるべく足を引っ張らないように頑張るからね)
「失礼します」
私は決意して、その中へ一歩踏み出した。
その瞬間――。
私たちに掛けられる柔和な声。
まさか、これが……第三王子セス殿下だろうか。
「いらっしゃい。待ってたよ」
逆光に浮かび上がる金髪。
どこから見ても『理想の王子様』だ。
――これは、ルイーズが欲しがるのもわかるわ。
笑顔のはずなのに、なぜか観察されているような視線を感じ、背中を冷たいものが伝った。
デイジー&ローラン組は平和です。
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