第15話 第三王子の依頼――リックの試練
リック視点です。
――リック視点――
あの後、小さなメモを渡された。
翌日、そこに書きつけられた住所へ向かう。
フード姿が数人、視界の端にチラチラと映っているが仕方がない。
マスターの仕事が早くて助かる。
着いた所は、何の変哲もない宿だった。
今は閉店しているらしく、中からは物音がしない。
――王子の使者がこんな所に、ね。
その建物の前で、視線を周囲に巡らしてざっと数えてみた。
建物の死角に四人程度。
この分だと、中にはそれ以上――か。
どんなお偉方が来ているのか。
“臨時休業”の板が掛かった扉をそっとノックすると、音を立てて鍵が開いた。
入ってこいってことか。
……面白くもない。
ドアノブを回して――瞬時に蹴り開け、大きく後ろに下がる。
直後に光刃が二つ。
――わかりやすいお遊びだな。
「あれ?抜かないの?意外だな」
中から聞こえてくる、柔らかな声色に育ちの良さそうな口調。
こいつが交渉相手か?
「本気なら、扉の前で串刺しだ。そうでしょう?」
「ふふっ。思ったよりも判断できるんだね。入ってきていいよ。もうしないから」
手を上げて、目の前の二人を下げたその男。
目深に被ったフードで口元しか見えないが――。
思った以上に若い。
俺よりも、もっと年下だ。
まさか――。
(おいおい、第三王子、本人か!?)
最後に凄い一撃が来て、少しだけ目眩がした。
こんな辺鄙な所に、わざわざ“依頼主”が現れるなんて予想出来るわけないじゃないか。
あ〜〜デイジーに会いたい……。
俺は、早くも心の中で弱音を吐いて、彼女のことを思い浮かべた。
◇◇◇
「私の事はセスと呼んでくれ。セシーでもいいぞ」
「……いえ、それは」
簡素な部屋の中、粗末な椅子に座っている、金髪碧眼の人物。
しかし、足を組む仕草さえ品がある。
チラリとその背後へ視線を向けると、大柄な男が眉間を寄せていた。
だよなぁ。
権力者ってやつは、どうしてこうも無茶振りするんだか。
「じゃあ、若様で」
適当に返事をする。
あまり深入りしたくない――こいつはヤバい。
「ふーん。なんでもいいよ。君さ、王都の孤児院出身だよね」
「……ええ」
「デイジーって女性は君の恋人?」
「いいえ」
俺が答えると、彼は首を傾げて微笑んだ。
冷やりとしたものが背筋を伝う。
――この手の奴は、油断すると危ないな。
誤魔化すつもりもなかったが、思った以上に圧が強い。
(顔には出ないタイプ。自分のペースを崩されるのが嫌い……か)
「へえ?なかなか度胸あるね、君」
「正確には妻です。どうせ全部知ってるんでしょう?本題をお願いします」
「簡単な依頼だよ。エーデルシュタイン公爵家の誘いに乗って、そこの令嬢を誘惑してほしいんだ」
「………。」
……ハニートラップを、俺にしろって?
王子が自ら頼むことが、ハニトラ??
「無理です!俺ってそういう男に見えます!?」
「……うーん」
「そこ悩みますか。いえ、何故俺に?公爵家も殿下も何故、俺と――デイジーを……」
何に利用しようとしているのか。
グッと拳を握りしめる。
公爵令嬢……?全く見当もつかない。
――だが。
嫌な予感がする。これは外さないやつだ。
「孤児院時代に、頭がおかしい女がいたんですよね。いつも、『自分は、貴族のお嬢様になって王子と結婚する』って言ってました」
目の前のセス殿下は表情さえ崩さない。
(……やっぱりか)
それが確信になった。
「ルイーズって名前の、公爵令嬢ですか?」
「――話が早くて助かるよ。“その頭のおかしい女”が、私の婚約者候補の中で最有力なんだ」
「それは……お気の毒に……」
つい本音が口から漏れた。
あ、不味い……。
しかし、それを聞いたセス殿下は晴れやかに笑った。
「そうなんだよ!わかってくれるなんて嬉しいなぁ」
そのまま、喜びのあまりに俺の方へ手を伸ばした――。
――ぞくり。
怖気が背筋を這い上がった。
その瞬間、思わず身体を反らせる。
セス殿下の手が空を切った。
この感覚――かなり危険な時に来るやつだ。
駄目だ。
彼に触れてはいけない。
「……すみません、触れられるの苦手なので」
「――凄いな。これが君の『天恵』か。隨分と役に立つね」
少し目を見開いて、セス殿下は本当に驚いた表情をしていた。
自然と触れてくるような態度や仕草。
演じることに慣れている。
(……これはかなりの食わせ者だ)
「私も、持ってたりするんだよね。あ、内緒ね。国家機密だからさ」
「そういうの、本当に要らないです。わざと追い込むの止めてくれませんか?一般市民なんですよ……」
国家機密?本当に勘弁してほしい。
俺が頭を抱えたくなるくらい困っていると、正面から笑い声が響いた。
今までとは少しトーンが変わる。
「……笑わせる。お前が一般的なわけがあるか」
彼が後ろに合図を送ると、様々な書類がテーブルの前に並べられた。
ずらりと揃った中には、俺とデイジーの情報もある。
そしてルイーズの生い立ちと詳細。
現在の公爵家の立ち位置と、家族構成などで埋め尽くされる資料まであった。
「もう、逃さないよリチャード。ここまで揃ってるのは珍しい。……正直、ここ最近の公爵家には手を焼いていてね。こちらの者を送り込んでも見破られる有様なのさ。でも、君は違う」
「……向こうから求められてますからね」
――いや。
今が好機か。条件を付けるなら今、この瞬間だ。
勘が告げるのに任せて、口を開いた。
「お受けします。――ただ、一つだけ条件を付けさせてください」
「いいよ、聞こうか」
余裕げに笑みを浮かべる彼からは、もう気安さは感じられなかった。
下手をすると切られるような、ひりついた緊張感が部屋に流れる。
ゆっくり息を吐き出し、口を開く。
幾つも条件を出すつもりはない。一つでいい。
「俺の妻を公爵家から守ってください」
「そのくらいなら構わないよ。――じゃあ、契約書にサインを」
側近から、ペンを渡される。
「――ギルドを通さずに個人にですか……」
「まあ、バレたくないしね」
あのおっさんめ!
どっちにしろ退路を塞がれてるし、ギルドに迷惑がかからないからじゃねーか!
……だが、彼もこちらの方がいいと判断したんだろう。
冷たい人じゃないからな。
「あ、この内容なら少し提案があるんですが」
公爵家の情報の一部をペンで突く。
――ルイーズ付きのメイドが何人も辞めている。
「うちのメンバーと相談してからなんですが……。この仕事、任せられそうな人材を一緒に連れて行っていいですか」
(ローランにぶん殴られるかもな……)
だが、リジーに話を通す価値はある。
うちのパーティで一番頼りになるのが、彼女だ。
ちなみに作者のイメージでは、リックはラブラドール・レトリバーです。
デイジー以外には猛犬かもしれません(笑)
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