96 郷愁縁起編17 逃避の果て
夕食の後、応接室を使わせてもらいトアとハルに色々な話を聞きながら検討を重ねる。
色々と考えたが、タマムシの言う通り、もしイディナが原因でない場合が厄介だ。
イディナの仕業なら彼女に直訴して止めてもらえばいいし、やめてくれなくてもイディナのもとから逃げればいい。彼女も追ってこないだろうし、もし追ってきたとしても、その時はその時だ。
だが、もしイディナとは別に原因があるのなら、そんな風に周囲を操る動機がわからない。いったい何のために? となる。俺に害意があるなら、もっと直接的な行動をするように周囲を操ることだって出来そうなものなのに。それに、原因を特定できずに逃げても追いかけられて同じようなことをされる恐れがある。
既存の魔法でもスキルでもないようだ、とタマムシもトアも言っているので、それ以外の特殊能力的な何かなのかもしれないが、魔力が関係していることは間違いないそうだ。
ともあれ、まずイディナに相談し、原因がイディナ以外なら、その究明と排除に動く。
武術大会の延期の話も出ているという話なので、引き伸ばして様子を見ても事態は好転するどころか悪化するかもしれない。
ここで正気のトアに会えた事は幸運だった。帝都の状況が少しでも知れたし、予測だが【精神感応】の影響は遅効性で即効性はなく、影響範囲に入ってもしばらくは通常の思考ができるだろうとトアは言っている。そして、実は、ハルはあまり影響を受けていなかったことが判明した。どうも、帝都で聞いたあの受け答えは素だったらしい。ということは、ユキもきっと影響を受けていなかったのだろう。古竜はそういうのに耐性があるのかもしれない。なんだかなぁ、という気がしないでもないが、操られていない味方が増えるのは正直有難い。
「まぁ、一度帝都に戻ってまずはイディナに聞いてみよう。ハル、悪いけど明日帝都まで運んでくれるか? 俺とトアはもちろんなんだけど、アルティアナとリジーとユイもお願いできないかな?」
「わかった。イチローを乗せるのは久しぶりだね」
「そういわれればそうだな。……今度、遠くまで行ってみるか。東方大陸ってどんなんだろ? 遠いのかな?」
「ほんとに! 約束だよ!」
「え、あーうん……」
言った後に少し後悔した。日本とアメリカぐらい離れてたらどうしようと思ったからだ。たしか飛行機で十時間とかじゃなかったか。そんな長い時間の空の旅はしんどそうだ。ただ、ハルが嬉しそうなので今更訂正しづらいけど。
「あー、そういえば。トアの必要な物ってなんだったんだ? 帝都では手に入らないものなの?」
俺の問いかけにトアはニヤリと笑う。が、その笑顔はすぐに微妙なものに変化した。
「対エリー用の秘密兵器を森に採りに行っていたです。……と思っていたですが、とても危険なものなので、よく考えれば使えないです」
「ええー、それってどういう……」
トアがいうほどの危険物ってなんだろう。少し怖い気もするが気になるので尋ねようとしたときに、ノックの音が響いた。
「マスター、失礼します」
特に返事を待つことなく、メイを先頭にぞろぞろと人が入ってくる。アルティアナとリジー、ユイ、カロリナも一緒のようだ。
「お茶をお持ちしました。それと、皆さまがお話があると」
メイはそういうとお茶の準備を始めた。話があるというのは後ろの四人からだろう。そちらに目を向ける。アルティアナとリジーの後ろでユイがなにやらモジモジしているようだったが、二人に促されるように前に進み出た。
風呂を使わせてもらったのか、薄く桃色がかった灰色の髪も櫛が入れられ奇麗に整えられている。だが、問題はその服装だ。
「どうした、ユイ、女の子みたいな格好して」
おそらくアルティアナのものだろう、あまり華美ではないシンプルな白のワンピースを身につけている。似合ってはいるが、男の子にこんなものを着せてどうするつもりなのか。嫌々着せられたのなら、ちょっと文句を言わなくてはならない。そんなことを考えていると、ユイから声がかかった。
「ラン、ちょっと立って」
ユイはニコニコしながら俺の前に来た。俺は言われるまま椅子から立ち上がる。そして、向き直った瞬間に強烈なボディーブローを食らった。油断していたというか、まさかそんなことをされるとは思っていなかったのでモロに食らってしまった。正確な鳩尾への一撃に、一瞬意識が飛びそうになる。
「オレは女だ! ……ランのバカ!」
この瞬間に俺が考えたことは、ユイの言葉の意味ではなく、メイがユイを攻撃するんじゃないか、という事だった。混乱する思考の中でとにかくメイを止めないと、と思い、慌ててメイに視線をやると、メイはユイの頭を優しく撫でていた。そしてユイは涙目だった。
それを見た俺は、潔く土下座の姿勢を取ったのだった。
この後、周囲にいた女子たちはドン引きだった。
「うわー、さすがに今のは無いです」
「僕も最初に見たときから雌だってわかったけど」
「フチさんって……」
「あのね、ちょっと酷いと思う」
「マスター………」
カロリナだけが少しオロオロしている。まさしく針のムシロとはこのことだ。
一週間近く行動を共にしてまったく気が付かなかった、というか、思い込んでいたのだが、これは流石に俺が全面的に悪い。
散々謝り倒し、冷たい視線の中吊し上げを食らい、ユイの許しの言葉を貰ってから、皆が少し落ち着いた時に、俺は一言だけ言わせてもらった。
「本当にすいませんでした! でもなユイ、女の子が男に、なんでもする、なんて簡単に言っちゃいけません。お兄さんは心配です」
「そっ、それは……」
俺の言葉にユイは顔を赤くする。耳まで真っ赤だ。
「……その話はまだ聞いてないです。詳しく聞く必要があるです」
ユイの様子を見ていたトアがユイの手を取り、引っ張っていった。それに続いて他のメンバーもぞろぞろと部屋を出て行った。
正座の姿勢で取り残された俺の隣にはメイが立っている。
「ワタシはマスターの為に何でもしますが……」
「あー、うん、ありがと……まだ話し合いは終わってないんだけどなぁ」
その後しばらくその場で待っていたが、結局トア達は戻ってこなかったので、アルファードと酒を飲むことにした。
翌日には帝都に向かうつもりだったので、ちょっとだけのつもりだったのだが、アルティアナのスキルの事や、領地経営の事を延々と聞かされた。ギルバートがいないので色々と大変らしい。そんなこんなで結構遅くまで付き合わされてしまった。
翌日、さっそく準備をして帝都に向かう。カロリナもアルティアナのお付きのメイドという立ち位置なので同行することになった。
ハルの竜の姿を見たユイがものすごい勢いで呆然としたり、ハルが抱えて皆を運ぶために用意した馬車の客車の中で、ちょっとはしゃいでいるユイを除く他の女子たちが微妙に気まずい雰囲気だったりしたが、あの後ユイからどんな話がされたのかを聞く勇気は、俺にはなかった。
帝都のラステイン家の屋敷につくと、俺はトアとハルを引き連れその足でイディナの下に向かった。
「私じゃないわよ?」
イディナのその言葉を聞いた俺は、一気に脱力した。ある程度予測していたことではあるが、この十日近い逃亡の日々はなんだったのかと。
「確かに私の【精神感応】でも同じようなことは出来るけど、そんなまどろっこしいことしないわよー。イチローさんの力を知りたいなら殺す気で襲い掛かればいいじゃない」
あ、はいそうですね。
「私もあなた達の実力に興味はあるけど、イチローさんは殺しちゃうと死んじゃうでしょう? それもちょっと困るかなぁって思って。そしたら誰かが周囲が操り始めたでしょ? なんだかイチローさんもやる気のようだったし、面白そうだから様子を見てんだけど……。止めた方がよかったのかしら?」
「! 止められるんですか!」
「簡単よ。操られている人も含めて全部吹き飛ばせばいいのよー」
あ、はいそうですか。
「まぁ、冗談はさておいて、……今あるこの効果の中和なら出来るわよ。とはいっても、波を打ち消すわけだから加減が難しいわ。せいぜいこの屋敷くらいの範囲しか打ち消せないけど。……一応やったほうがいいかしら?」
というわけで、主要なメンバーに広間に集まってもらった。なんせ全員となると応接室では椅子が足りない。
メンバーは、トア、エリー、ハル、ユキ、ミラ、ミシア、ギルバート、アンナ、アリオン、アルティアナ、リジー、ユイ、イディナ、そして、俺とメイ。
集まったメンバーに現状を説明する。そして、アリオンやミラに改めて帝都の現状を聞き、情報のすり合わせを行う。
まず最初に【精神感応】とその効果についてイディナから説明してもらった。
「たぶんだけど、これ【七宝】のうちの一つだと思うわ。私の【精神感応】と全く同じ効果かどうかはわからないし、どうして、イチローさんとその仲間の力を知りたい、なんていう感情を増幅させているのかもわからないけど」
確かにイディナが原因でないなら、その辺の意味がわからない。俺や仲間に、もしくはお世話になっているラステイン家に害意があるなら、もっと直接的な感情を増幅させたほうが効果は有りそうだ。イディナの話では疑心や不満、憎しみなどの感情の方が増幅させるほうが容易いという話だし、他に犯人がいるのは確定したが、その動機というか、狙いがわからない。
「イディナさん。貴女はその犯人が識別できますか? あるいは、その犯人を探し出す方法がありますか?」
イディナの説明が一通り終わったところで、エリーの質問が入った。その表情は満面の笑顔だ。だが、その笑顔の意味を知っているメンバーは思わず息を飲む。というか、いつもより当社比で一.五倍くらいヤバい感じがする。さっきまで真剣な表情で落ち込んでいたので猶更だ。
「うーん、術を使ってるところを見ればわかると思うけど……、でも、【七宝】を使ってるのは、少なくとも使徒かその眷属なわけだし、エリーちゃんも見ればわかるんじゃないかしら」
「……そうですね。ふふふ……」
なんか笑ろとるでこの人。ハッキリ言って怖いんですけど。
そんな微妙な空気を払拭するようにトアが少し大きな声で告げる。
「その犯人捜しですけど、やっぱりイチローが大会に出るしか無いと思うです」
トアの提案はつまり、その犯人は俺の力を知りたいわけだから、大会に出場すれば必ず見に来るはず、というものだ。そして、大会にトアやエリー、ミラやギルバートも出場し俺と当たったら適当に八百長すれば怪我も防げる。少なくとも大怪我することは無い、というものだった。
「少なくとも犯人はイチローの試合を会場に見に来るはずです。それをみんなで探すです。わたしたちイチローの周囲の者の力も知りたいと思っているようなので、わたしやエリーが試合の時も見に来るかもしれないです」
そこを捕まえる、というわけだ。
犯人の動機はともかくこれはチャンスだ。この武術大会を逃せば、今後いつ同じようなことをしてくるかもわからないし、その内容も変化するかもしれない。
ただ、八百長試合といっても、ある程度真面目にしないと犯人は別の方法を取ってくるかもしれない。例えば、試合開始と同時に降参とかすると、俺の実力は全くわからないわけで、別の機会、別の手段に移行する可能性があるというのだ。
………いや、まぁ、理屈はわかるけどさぁ。
というか、最初からイディナに相談すればよかった。何度も言うがこの数日はいったいなんだったのか。
帝都の路地裏を逃げ回り、押し掛けられた子供に土下座し、結局武術大会に出るこの流れ。
犯人にどういう意図があるのか知らないが、こんなの意味不明の嫌がらせじゃないか。俺に治癒魔法が効果がないということを知らないとすれば、悪意や害意はあまりないのかもしれない。だが、悪意がなければなにしてもいいというわけでもない。というか、外堀をじわじわ埋めていくような手口がなんとも癪に障る。だんだん腹立ってきた。あー、自分でやさぐれてくのがわかるわ。また闇落ちしそう。
「……わかった。大会には出場する。……その犯人とやらを捜すのにみんなも協力してほしい」
俺も覚悟を決めよう。案外すぐに犯人も捕まるかもしれないし。
くそう、どんなやつかしらんが捕まえて小一時間説教してやる。
「試合なんてマジで本当に嫌なんだけど、なめられっぱなしだと調子に乗られるかもしれない。使徒だかなんだか知らんが、皆の協力が有れば簡単に捕らえることが出来ると思う。よろしくお願いします」
ここからは大会出場を前提に話し合いを進める。
この時点で建国祭まであと五日。問題の武術大会は一般参加者の予選が始まっているという。ちなみに俺は予選免除のシード扱いらしい。まったく有難い話だ。
大会のルールや出場者の情報集め、裏工作が可能かどうか、また、その【七宝】とやらの精神操作の対抗手段がないか、などをじっくりと話し合う。
俺の身の安全の為の準備も色々と必要になる。その為にそれぞれにお願いをする。
俺は席を立ち皆に頭を下げる。
「準備時間はあんまりないけど、みんなよろしく頼むよ」
皆はそれぞれ頷いたり短く返事を返したりしてくれた。エリーはゆっくりと立ち上がりニッコリ微笑んでいる。
「はい、必ず捕まえましょう。ふふふ……」
「そうだな。エリー、頼むよ。ふふふ……」
俺も思わず笑いが出てしまった。久々にキレちまったよ、というわけだ。
俺とエリーの様子に仲間たちは引いているようだが、そんなのはどうでもいい。絶対捕まえて酷い目に合わせてやる。
「「ふふふ……」」




