95 郷愁縁起編16 考察
「どうしたもんかなぁ」
俺は今、領主館の大浴場で湯に浸かっている。トアが気を効かせて用意してくれたらしい。アイツの場合風呂掃除も水溜も湯沸も魔法であっという間だからな。風呂屋をやるというのもわかる気がする。
でも、この世界の水の循環ってとうなってるんだろう。空中の魔素を水に変えているって話だったけど、それなら水の総量がどんどん増えて海水面が上昇したりとかしないんだろうか。世界中の人が生活魔法で出す水って、それなりの量になると思うんだけど。それとも水が水蒸気になるようにいつか魔素に戻っているのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら湯船で顔を洗う。
ユイを誘おうかと思ってアルティアナの部屋を覗いて声をかけようとしたが、女子たちに囲まれ尋問を受けていたので何も言わずに退散した。助けを求めるような視線を投げかけてきたように感じたが、なんとなく怖かったので気のせいだと思うことにした。
ごめんな、これがお前の見込んだ男の正体なんだぜお風呂きもちいいです。
さて、アホなことを考えている場合ではない。これからの事を真面目に考えよう。
まず、いつものように選べる選択肢を提示する。
一つ目は、問答無用で逃げるというもの。
二つ目は、帝都に戻り、イディナを説得し、もちろん大会には出場しない、というもの。
どちらも一長一短だが、俺的にはもう色々考えるのが面倒なので、世界の果てまで逃げるのもアリかという気分になっていた。トアもいるし、連合国のさらに東の東方大陸や、意表をついて聖王国に逃げるのもありかもしれない、そこで、ホントに風呂屋かたこ焼き屋でもやるか、と。
エリーやミラ、ミシアをどうするかという問題はあるが、まぁ、あいつらはどうにかして俺を探し出すだろう。そして【精神感応】の影響範囲の外に出れば、俺が逃げた訳も理解してくれるはずだ。
俺の最終目標はもちろん日本に帰ることだが、その方法については現状としてミシアにお任せ状態だ。基本的に俺が手伝えることも無いわけで、逆に言うと俺がいなくても研究は進む。
アルティアナとリジーをミシアに診てもらうという事を頼まれてはいるが、その辺も何か方法を考えてどうにかなるだろうと思っていた。
俺は、こんな風に思っているんだけど、とタマムシに相談した。
『それなんだが………、本当にイディナの【精神感応】のせいなのだろうか』
……は?
『いや、考えていたのだが……数万年生きているイディナが自分の能力をコントロール出来ないということがあるのか?』
……じゃあ、意図的にやってんじゃないの? 自分でもそういう能力があるって言ってたし、〈大魔嘯〉もイディナのせいってハルも言ってたじゃんか。
『古竜や上位の竜には逆鱗がある。〈大魔嘯〉は、夫の銀竜がイディナの逆鱗に触れたせい、というのは考えられないか? それが物理的なものか比喩的なものかはわからないが、とにかくイディナがキレて暴れたと。……それに、イディナは今回のような回りくどい方法を取る必要があるだろうか。お前や仲間たちの力を知りたいなら直接言えばいい。力を示せと』
………結局、何がいいたいんだ? イディナの【精神感応】が原因じゃないってことか?
『その可能性もあるんじゃないか、ということだ。もちろん考えすぎかもしれないし、イディナに何か別の意図があるのかもしれん、ただ、全く別の第三者が似たような能力で今回の件を引き起こしているとしたら、……逃げるのはマズいかも、と思ってな』
タマムシは語った内容はこういうものだった。
現状は建国祭の武術大会を利用して俺や仲間の実力を測るというものだが、時間がたてばどういう風に変化するかわからない。そして、その内容もエスカレートするのではないか、というのだ。例えば国家の威信をかけて俺を探し出す、という風に。
その状態で俺が国外に逃亡していたら、当然帝国は捜索の手を伸ばすだろう。国家の力を使ってだ。そうなると色々な事態が考えられる。
『イディナが原因ならそこまではしないだろう。もしそうでも、説得できるかもしれない。こちらにはハルもいるしな。だが、原因がイディナではなく別にあるとしたら、……とても厄介なことになるかもしれない』
仮定の上に仮定を重ねた話ではあるが、国家に国家が干渉して、折り合いがつかないとどうなるか。しかも帝国の上層部は操られている状態で理性的とはいえない。そうすると行き着く先は……。
……戦争になるって?
『今ある情報で最悪の最悪を想定したらそれも有り得るという話だ。……もしそうなったらお前、心労でどうにかなるんじゃないか? 私の感情制御にも限界はあるんだぞ』
確かに、ユイを巻き込んで怪我をさせてしまっただけで、最悪の気分だった。ちょっとスケールが大きすぎてリアルに想像しづらいが、もし俺の逃亡が原因でそんなことになったら後悔どころの話じゃない。
だが、だからといってどうしろというのか。おとなしく武術大会に出るのもなんか癪だし。
『あとは、イディナが原因にしろそのほかに原因があるにしろ、【精神感応】の本当の狙いがわからん』
……どゆこと?
『お前やお前の仲間の実力がわかったとして、それで満足するのか? その後になにか目的がある、とは思わないか?』
……ひょっとして〈竜の王〉のこと? ……うわー、そんなん関わりたくねぇー。
イディナに聞いた〈原初の混沌〉と〈竜の王〉の話を思い出す。まったくスケールの大きい話だったので、タマムシはともかく俺には関係ない話だと思っていたが。……いや、ないよね?
『まぁ、なんにせよ情報が少なすぎる。トアやハルに話を聞いてからまた考えよう。……イチロー、お前そろそろ上がらないとのぼせるぞ』
その後、しばらく部屋で休憩して、皆で夕食を食べることになった。
シルビアはやはり忙しいらしく、夕方にハルが村に送っていったらしい。
ユイの事が少し心配だったが案の定キョドっていた。トアやハルが世話を焼いているようで、それをちょっとうらやましそうにアルティアナが見ている。リジーはニコニコしながらマイペースに食事をしている。
「リジー、ドルフはどうしてんの? 元気?」
あんまり興味は無いが、ここにいないのは気になる。ラステイン家にリジーを預けているということか。
「うん、元気だよ。あのね、お父さんは里に帰ったけど、お願いして夏までここにいていいってことになったの。アルファードさんもいてもいいって」
「あ、そう」
「フチ君、ドルファンドル氏も君に会いたがっていたよ。帝都での活躍の話をしたら心配していた。……君には治癒魔法が効かないからなぁ」
「はぁ」
俺の何気ない話題にアルファードが割り込んできた。あのドワーフのおっさん、ちょっとウザかったけどいい人だよなぁ。それに、ドルフがくれたミスリルのナイフが無ければ、ギルバートの剣を受けることが出来なかっただろうし、ラニルスを止めることは出来なかったかもしれない。そう考えると感慨深い。足を向けて寝れないな。
「魔法が効かない……?」
「イチローには魔力が全くと言っていいほどないです。たぶんタガメと同じくらいです。ユイは知らなかったですか?」
トアの言うタガメが俺の思っているタガメと同じものなのかわからないが、どっちにしても悪口だろう。まぁ、俺の魔力は虫けらと同等かそれ以下ということは間違いではないのだが。
「わたしの弟子なのに、魔法を一切使えないどころか、治癒魔法も強化魔法もほぼ効かないです。ついでに言うと治癒の薬も効かないです。それなのに武術大会に出る話になっているです。困ったもんです」
「ごめんね。イチロー。……僕、なんだか、イチローに迷惑ばっかりかけてる気がする」
ハルがなんだか落ち込んでいる。確かに聖教徒がらみはハルとユキが原因なんだけど、二人が同行するようになった原因は俺だし、俺が自分で選んだことだ。後悔はしていない。……して、いない……と言いたい。
「あー、ハル、それな、もしかしたらイディナさんが原因じゃないかもって話がでてきてるんだわ。まぁ、ハルの事は頼りにしてるから、あとで相談しよう。トアもな」
「……うん」
「わかったです」
二人の返事を聞いた後、俺はユイに向き直る。
「ところで、ユイはこれからどうする? 俺がどんな奴か聞いた? 俺と一緒に来てもいいけど、大変だぞ?」
常識が通じない奴らばっかりだからな。
「………聞いてない」
「へ?」
「……ランがなんか凄い奴だってのはわかるけど、この状況がぜんっぜん理解できねぇ。ランと何してたか聞かれるばっかりで、説明もねぇし……」
「……えーと?」
俺はユイの周りにいたと思われる人物たちに視線を向ける。アルティアナとリジーは目をそらしハルはキョロキョロしている。
「まっ、待つです。その辺はもう説明があったと思っていたです。イチローは自分の事を説明していないですか?」
「いや、そりゃ少しは説明したけどさぁ……。自分で自分の事を説明するのもなぁ。信じたかどうかも微妙だし」
なんとなく気まずい沈黙が流れる。とりあえず食事を終えユイに説明をすることになった。といっても自分たちの事を自分で言うのは何とも恥ずかしいので、アルファードが説明してくれた。それを横で聞いているのも恥ずかしいのだが。
俺は横で聞いていて思わず頭を抱える。改めて聞くと色々酷いな。自分のこととはいえ、どうしてこうなった。
ユイもさすがに俺達の噂ぐらいは知っていたようで、俺がその噂の本人だと知ると流石に驚いていた。
「ユイ、今の話は少し間違ってることもあるから、全部信じるなよ? 特に俺に関する話はほとんどが嘘だからな」
ものすごい剣の達人だとか、古竜の主人で、やろうと思えば帝都を滅ぼすこともできるとか……俺の実力はアルファードも知ってるはずなのにわざわざそんなこと教えるなよ、と思ったが、どうやら少し面白がっているらしい。アルティアナとリジーもニコニコして話を聞いている。「フチさんって実は強かったんだね」とか二人でコソコソと話をしている。
「えっと、じゃあ、ランがあのロウ・フチーチで、そっちのゴブリンが初代皇帝の石像をぶっ壊して立ち姿を変えたっていう魔法使いなのか?」
「ちょっと待てです。皇帝の像をぶっ壊したのはギルバートです。わたしは最後に修理したですよ。その上前よりカッコいいポーズにしてやったです」
トアの口からギルバートの名前が出たとき、今度はアルファードは頭を抱えていた。
俺もちらりとしか見ていないのでよくは知らないが、初代皇帝の像は地面に立てた剣に両手を添えたポーズから、片手で持った剣を空に掲げているポーズに変わっているらしい。アリオンは気にしているようだったが、帝都の住人には意外と評判らしい。
アレに助けられたのは事実だがあの石像をゴーレム化したのはトアの仕業だし、ぶっ壊したのはトアの言う通りギルバートだ。俺は関係ない。その件に関してのクレームは受け付けない。
「それに、ロウ・フチーチには手を出すなってのは有名な話だぜ。瞼や口を絶対に切れない糸で縫われたり、コボルトの姿に変わる呪いをかけられるとか、……ホントか? ラン」
「………それはホントだ」
「………えぇ」
ユイは俺の言葉に絶句している。というか引いている。俺も引いている。そんな俺たちの様子を見て、アルファードは一つ咳払いをする。我に返った俺はユイに声をかけた。
「あー、ユイ、押し掛けて後悔したか? 俺達と一緒に来るのは構わないけど、どうする?」
ユイは俺の言葉に戸惑っているようだ。俺はユイに笑いかける。
彼が少しでも安心するように。
「まぁ、その辺はゆっくり考えていい。放り出したりしない。俺の仲間に任せ……るのは心配だから、その辺は今から考えるけど心配すんな、いざとなったら代官様がなんとかしてくれる」
「フチ君、いい笑顔だが、言ってることはカッコ悪いぞ」
「ユイ、これがイチローです。お前が見たカッコいいイチローはたぶん夢です」
何やら外野がうるさいが俺は気にしない。俺は仲間を頼るって決めたのだ。ははは。
「でもいいなぁー、僕もカッコいいイチロー見たい。……イチロー、もし僕が捕まっても助けてくれる?」
「はっはっは。ハルは面白いなぁ。誰が捕まって誰が誰を助けるんだって?」
「むー」
その後もユイの質問に答えたりしながら、少し世間話のようなことをして、夕食は終わった。皆が食堂を退室するときにトアとハルに声をかける。帝都の様子聞いてこれからどうするかを考えるためだ。
ユイはどうしようかと思ったが、アルティアナとリジーが引っ張っていった。アルティアナは年下の存在と接することがあまりないので、構いたいのだろうとアルファードは苦笑いしていた。
さて、何やら色々と考えないといけない事があるが、まずは俺がどうするか決めないとな。
ユイの事はともかくとして、アルティアナとリジーのスキルのこと。【精神感応】の狙い。そして〈竜の王〉と〈原初の混沌〉か。
……正直いってめんどくさい。
はぁ、どうしたもんかなぁ。




