34、強さ
「仲の良い夫婦に見えるのに、色々あったんだな。ま、こっちもそう見えてるんだろうけど。」
こちらの問いかけに返事をする代わりに湯呑にお茶を注ぎ足し、続けた。
「冷静に話す彼女を見てると、誰か他の人の事じゃないかって思ったわ。なんか怖ささえ感じたもの。」
「よっぽど今の自分に自信があるんだろうな。」
「うーん、わかんないけど、懐の広さとか、強さとかが伝わってきた。」
両肘をつき、両手で顎を支えた。視線はテーブルに落としたままだ。
「今はこうしてあなたといろんなことを話して、あちこち遊びに行ってとても楽しい。でもこの楽しさは、これから先ずっと続くものじゃないことも分かっている。何かのきっかけで言葉を交わさなくなって、それが寂しさに、そして憎しみに変わっていくかもしれない。そんな時、感情を抑え込んで、何事もなかったかのようにふるまうなんて出来るかしら…。ううん、きっと私にはできないわね。」
大きく息を吸い込むと両手をテーブルに戻し、顔をあげた。
「ねえ、あなたが女性とそんな関係になったとして、私にちゃんと話してくれる?」
「え?ああ、そうだな。話…せないかな、正直言って。いや、うーん。」
「ふっ、あなたらしい言い方ね。」
やわらかな微笑みを浮かべた後、いつもの表情。
「でも私、やさしい嘘はいらないからね。」
「いや、決してやさしさとかじゃなくて、ただ、その、話したところで真意が伝わるとは限らないんだから、だったらいっそのこと…」
「はい、もうおしまい。」
湯呑をテーブルに置くと穏やかな表情でこちらを見つめ、2度かぶりを振った。
「ほんとにあなたって…」
緋乃の右頬に、西陽が当たり始めた。気が付くと、壁の時計は4時になろうとしている。
「そろそろ出発しようか。胃袋も少し落ち着いたことだし。」
「あ、そうね。後の予定もあるから、出ましょう。」
「後の予定?」
枯れ残ったススキが金色に輝いて風に揺れ、長い影を白いキャンバスの上に落としている。しかしその下に茶色に変色した落ち葉や朽ちた草があることに、誰が思い及ぶだろう。




