35、デザート
会計を済ませ外に出ると、陰り始めた陽の影響か空気がかなり冷たい。急いで車に戻りかけると、
「ちょっと、忘れ物よ!」
緋乃が引き戸を後ろ手に閉めながら叫んだ。
「あ、悪い悪い!」
ジャケットを確認したが、ちゃんと財布は内ポケットに入っている。
「え?」
「え、じゃないよ。あれよ。」
指差す先には、例のパン屋。
「まさか 」
「まさか…何?『食べるなんて言わないだろうな』、って?」
「だって、まだ満腹で苦しいんだろ?」
「だったとしても、絶対に食べるって言ったでしょ、私。」
「何も意地張らなくたって・・・。」
「意地なんて張ってないよ。食べたいの!」
小走りに近寄ってきて私の腕をつかみ、小さな入り口の扉を押した。カンカンカン、とカウベルが音を立てて迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。」
ピンクのチェックのお揃いの三角巾とエプロンをかけた20代後半と思しき細身の女性が声をかけた。5,6坪の店内はレジカウンターでほぼ半分に区切られ、手前がショップ、奥が厨房になっているようだ。
「へぇ、いろいろあるんだ。」
「ミルクパンだって!おいしそう。」
中に入って左側にはパン、クッキー、ジャムなどのオリジナル商品が並べられ、レジカウンター脇には冷蔵ケースが置いてある。中には、プリン、ムース、チーズなどがあり、それぞれに彼女のエプロンと同じかわいらしいピンクのシールが張ってある。
「どれも朝搾りの牛乳で出来てますから、味には自信があります。」
「どこで搾ったんですか?」
そういえば、緋乃の父方の実家は何頭か乳牛も飼っている。
「ここから南に30分ほど行ったところに、契約している酪農家があるんです。そこから毎朝届けてもらって、ここで作っています。」
瀬の本高原から南へのやまなみハイウェイ沿いには、なだらかな丘陵地帯を活かした牛の放牧がおこなわれている。そのまま進みエル・パティオ牧場の手前、西に折れると、大津方面へと外輪山沿いに走る道がある。通称ミルクロードと呼ばれ、沿線には酪農農場が多い。
「ということは、無調整、非加熱ってことですね?」
「はい。」
その答えに満足そうに微笑むと、プリンの品定めを始めた。
「クリームチーズ…抹茶…チョコレート…キャラメル…ストロベリー…。 う~ん、どれもおいしそう。」
「おいおい、プリンなんか食べてたら、アイスクリームは無理だぞ。」
「あ、どうぞご心配なく。」
鼻歌交じりに1個1個手にとって、説明書きを読んでいる。
「決めた、クリームチーズとキャラメル。」
「ちょっと。いったい、いつどこで食べるつもり?」
「ふふっ、いいからいいから。」
さっさと会計を済ませようと財布を出しかけたが、いつもの顔でその手を押さえられた。
「まだよ。」




