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霞  作者: 東郷十三
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35/46

35、デザート

会計を済ませ外に出ると、陰り始めた陽の影響か空気がかなり冷たい。急いで車に戻りかけると、

「ちょっと、忘れ物よ!」

緋乃が引き戸を後ろ手に閉めながら叫んだ。

「あ、悪い悪い!」

ジャケットを確認したが、ちゃんと財布は内ポケットに入っている。

「え?」

「え、じゃないよ。あれよ。」

指差す先には、例のパン屋。

「まさか 」

「まさか…何?『食べるなんて言わないだろうな』、って?」

「だって、まだ満腹で苦しいんだろ?」

「だったとしても、絶対に食べるって言ったでしょ、私。」

「何も意地張らなくたって・・・。」

「意地なんて張ってないよ。食べたいの!」

小走りに近寄ってきて私の腕をつかみ、小さな入り口の扉を押した。カンカンカン、とカウベルが音を立てて迎えてくれる。

「いらっしゃいませ。」

ピンクのチェックのお揃いの三角巾とエプロンをかけた20代後半と思しき細身の女性が声をかけた。5,6坪の店内はレジカウンターでほぼ半分に区切られ、手前がショップ、奥が厨房になっているようだ。

「へぇ、いろいろあるんだ。」

「ミルクパンだって!おいしそう。」

中に入って左側にはパン、クッキー、ジャムなどのオリジナル商品が並べられ、レジカウンター脇には冷蔵ケースが置いてある。中には、プリン、ムース、チーズなどがあり、それぞれに彼女のエプロンと同じかわいらしいピンクのシールが張ってある。

「どれも朝搾りの牛乳で出来てますから、味には自信があります。」

「どこで搾ったんですか?」

そういえば、緋乃の父方の実家は何頭か乳牛も飼っている。

「ここから南に30分ほど行ったところに、契約している酪農家があるんです。そこから毎朝届けてもらって、ここで作っています。」


 瀬の本高原から南へのやまなみハイウェイ沿いには、なだらかな丘陵地帯を活かした牛の放牧がおこなわれている。そのまま進みエル・パティオ牧場の手前、西に折れると、大津方面へと外輪山沿いに走る道がある。通称ミルクロードと呼ばれ、沿線には酪農農場が多い。


「ということは、無調整、非加熱ってことですね?」

「はい。」

その答えに満足そうに微笑むと、プリンの品定めを始めた。

「クリームチーズ…抹茶…チョコレート…キャラメル…ストロベリー…。 う~ん、どれもおいしそう。」

「おいおい、プリンなんか食べてたら、アイスクリームは無理だぞ。」

「あ、どうぞご心配なく。」

鼻歌交じりに1個1個手にとって、説明書きを読んでいる。

「決めた、クリームチーズとキャラメル。」

「ちょっと。いったい、いつどこで食べるつもり?」

「ふふっ、いいからいいから。」


さっさと会計を済ませようと財布を出しかけたが、いつもの顔でその手を押さえられた。

「まだよ。」



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