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「私もそうだったのだろうか?」

 先程までの笑みを引っ込めて、カルロはリリナカーナを見つめた。

 リリナカーナのほんの僅かな変化も見逃さないというように、真剣な眼差しだった。

「そう、とは?」

 突き刺さる視線に耐えかねて、リリナカーナは顔を上げた。

 逸らしていた視線を戻すと、榛色の瞳にリリナカーナが映っているのが見えた。

 その表情は硬く、顔色も悪い。

 リリナカーナはまた視線を逸らし、顔を伏せてカルロの瞳に映り込んだ自分を視界から追い出した。

「君が私を婚約者に望んでくれたのは私がフェディントン家にとって利になる者だったからだろう? それでも利にならないと判断すればいつでも切り捨てる気でいた……違う?」

 リリナカーナはカルロの言葉をすぐに否定することが出来なかった。

 フェディントン家にとって利になる者。

 それはリリナカーナの考える結婚相手の一つ目の条件だ。

 だから利にならないと判断すれば切り捨てる、それは自然に行き着く答えだった。

 しかし、仮にカルロがフェディントン伯爵家にとって価値のない者になったとしても、リリナカーナは彼を切り捨てることはなかっただろう。

 そう思いはするのに、それを言葉にして伝えることが出来ない。

 それはリリナカーナの中の矛盾で、ちっぽけな矜持によってもたらされた弊害だった。

「私はもうフェディントン家にとって利益をもたらす者ではなくなってしまった?」

 カルロの問いかけに、リリナカーナは答えを返すことが出来ない。

 そもそも、カルロがフェディントン伯爵家にとって価値のない者になることがないのだ。

 カルロがロクサーヌの名を捨てない限りは。

 だからこの問の答えは“いいえ”だ。

 そのたった一言を吐き出すまでに、少し時間が必要だった。

「いいえ、貴方の価値は変わってないわ、何も損なわれていない……今もフェディントン家にとって貴方以上に価値ある婚約者ひとはいないでしょうね」

 他家にとってもそうだろうという本音は心の内に留めた。

 カルロ自身は家督を継がない次男だが、騎士として身を立てている。

 兄弟仲の良好な兄は王女殿下の婚約者だし、カルロ本人も王子殿下の学友である。

 ロクサーヌ公爵家は有力な貴族であって、王からの信頼も厚い。

 彼を通して縁続きになりたいと考える家は多いだろう。

 かく言うフェディントン家もそこに含まれるのだが。

「では婚約破棄を申し出た理由は?」


「あの晩、貴方に言ったことに嘘はないわ……私が婚約者に望むことは3つだけ。 フェディントン伯爵家への利になること、貴族であること、薔薇姫に夢中でないこと」

 カルロの価値が変わっていないと言ったのはリリナカーナ自身だ。

 そしてカルロはロクサーヌの家名を名乗っている限り、貴族である。

 消去法で、リリナカーナが婚約破棄を申し出た理由は彼女が婚約者に望むことの3つ目になる。

「つまり私がリリーローズ・オデュッセイに夢中になっていると?」

 リリナカーナにとって最も重要なのは、相手の地位でも容姿でもなく、自分の家の利益でもなかった。

 ただリリナカーナが忌避する薔薇姫に好意を抱いていないかどうかだ。

「そう見えるってことよ、ずっと噂になってる」

 リリナカーナはずっと、それについて目と耳を塞いで知らないふりをしてきた。

 問題の先送りと言われてしまえばそれまでだが、薔薇姫への忌避とリリナカーナの虚栄心からの行動だった。

「今更その噂を気にし始めたのは何故? その噂はもう随分と前からあったように思うが」


「ずっと気になっていたのよ、貴方に言わなかっただけで」

 噂について問いただすことなく、素知らぬふりをしてやり過ごすことが出来ると信じていたからこそ、リリナカーナはカルロに何も言わなかった。

 そうすることで、二人の間にあった平穏が保たれると信じていた。

「君が噂をそこまで気にかけているとは思わなかった」

 カルロの返答は想定内のものだった。

 リリナカーナは噂など全く気にしていないように振る舞っていたのだ、少なくとも、カルロの前では。

「私はわかりやすいのではなかったの?」

 すかさず投げつけられた皮肉に、カルロは苦笑するだけだった。

 その様子を視界の端に捉えて、リリナカーナはまた不快感を抱くことになった。

 なんだか自分が幼い子供の扱いを受けているように感じる。

 リリナカーナがどれだけ不快感を露わにしても、気まずさに視線を逸しても、皮肉を正面から投げつけたとしても、カルロは苦笑するだけだ。

「私に弁明の余地はあるだろうか?」


「言いたいのならどうぞご自由に」

 カルロの問にリリナカーナが素っ気なく答える。

 相変わらず顔をそむけたまま、視線も合わせないリリナカーナ。

 カルロはそんなリリナカーナの態度にも臆することなく、気負った様子もない。

 そしてカルロが口にした弁明は、リリナカーナにとって思いがけないものだった。

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