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「君は存外わかりやすい方だし、見ていれば何が好きか嫌いかくらいはわかる」
案に単純だと言われ、リリナカーナの眉間に生まれた渓谷は深くなる一方だった。
「私の目が節穴だって言いたいの?」
リリナカーナは恥を承知でカルロを理解出来ていないと告げたのに、カルロはリリナカーナを良く理解しているような口ぶりだ。
「とにかく物事を悪い方へ考えて自己完結するのは悪い癖だな、君は結局自分以外を気にかけていないし見てもいない」
たとえどんなに不仲であっても、正面切って自己中心的思考を指摘されることはないだろう。
はじめは好みのものの話をしていたというのに、今は何故か、リリナカーナの悪い部分を滔々と挙げ連ねられている。
そしてそれに対して浮かぶのは悲しみではなく苛立ちだった。
「しかし不思議だ、君は自己中心的に見えるのに、尽く物事を自分の都合の悪い方に解釈する」
募る苛立ちをなんとか押さえ込もうとするリリナカーナの努力を知ってか知らずか、カルロは何処か愉しげに言葉を連ねた。
面白がっているようだ。
「馬鹿にされているのはわかったわ」
リリナカーナは、最早取り繕う必要もないのではと思い始める。
その心中は酷く波立って荒れていた。
気を抜けば酷いことを言ってしまいそう。
そんな不安もあった。
「そんなことはない、確かに愚かだとは思うが、それを変えて欲しいとも思っていない」
愚かだと思っていると認めたのに、馬鹿にしているつもりはないらしい。
その思考が全く理解できず、リリナカーナには不快感ばかりが募る。
「……どういう意味か尋ねても?」
今、絶対に鏡を見たくない。
鏡を見れば、自分の酷い顔がはっきりと見えることだろう。
リリナカーナは、心中の嵐を奥歯で噛み砕いて、ため息として吐き出した。
言葉にすれば、それは鋭い刃になったに違いない。
それでもそれを、カルロに直接ぶつける気はなかった。
代わりに膝の上に置いた手をきつく握る。
整えられた爪が皮膚に食い込んで、少し痛んだ。
「君は基本的に他人の好意を信じないだろう? 一つ嫌なことがあると他も全て同じだと感じてしまう、君に悪態を吐いた男がリリーローズ・オデュッセイを褒め倒したから、他の男も同じだと思っている」
そうだっただろうか。
リリナカーナはカルロの言葉を頭の中で復唱して考える。
確かにカルロの言う通りかもしれない。
リリナカーナは他人をまず疑ってかかるし、信用もしない。
一つ嫌なことがあるとどんなものでも嫌いになる、というか基本的に十把一絡げに物事を考えるので、十全でなければ全て“良くないもの”だ。
その思考はリリナカーナが蝶よ花よと可愛がられ過ぎた結果だろう。
ただし最初の印象が好ましければ大抵のことが許せる程にはリリナカーナは大雑把でもある。
「違う人が沢山いるようには思えないわ」
少なくとも今の社交界には、とは言葉にせずとも伝わっただろう。
「君の場合、第一印象で本当に全てが決まってしまうんだな、それ以降は印象が悪くなることはあっても良くなることは滅多とない」
滅多とと言われたが、実際にはそれがほぼないことをリリナカーナは自覚していた。
そしてなんとも言えない表情から察するに、カルロもそれをわかっているようだった。
「もう少しまとめて話せないの?」
「君が支離滅裂なことを自然としているから、それを言葉にしようとすると同じようになる」
話のまとまりがないことを自分の所為だと言われ、リリナカーナは目を閉じた。
指で眉間を押して、少しでもそこに出来上がった渓谷を浅くしようとしてみる。
「別に言葉にしなくてもいいのよ? 誰も頼んでないわ」
段々と苛立ちを取り繕うことも出来なくなってきたリリナカーナは、心底嫌そうな表情を隠しもしない。
それは表情に、声音に、態度に如実に表れていた。
「猫を被っている君を見るのも面白いが、時折見える素の部分も面白いよ」
カルロは本当に楽しそうに笑って見せた。
しかしながらその笑顔も今のリリナカーナには苛立ちを助長させるものでしかなかった。
そもそも、面白いとは何だ。
嫌われていないとは思っていたが、それも怪しくなってくる。
リリナカーナの知っている結婚を約束した男女というのは、こんな風に相手の難点を挙げ連ねた上で面白いなどとは言わない筈だ。
好かれている自信があった訳ではないが、これでは嫌われていないだろうという認識すら誤りのように感じる。
「猫なんて被ってないわよ」
嘘だった。
誰が見てもはっきりとわかる大嘘だった。
その自覚があるので、リリナカーナは正面から左へ視線を滑らせた。
左手の親指の付け根を揉みながら、心の中で、誰に聞かせるでもなく言い訳する。
猫は被っていない。
リリナカーナにとっては猫が大きすぎて被るものではなくなっているのだ。
着込むと言っても良い。
だから猫は被っていない。
被ると着込むは別なのだから、嘘は言っていない。
「君は嘘をつく時、いつも視線を左にずらす……それから右手で左手の親指の付け根を揉むね」
リリナカーナの手元を見やって、カルロが呆れたように言う。
言われた途端に手を離して、リリナカーナはうつむいた。
「君は時折酷く冷めた目をしていることに気付いていないのか? 他人とは距離を置き、いつでも切り捨てられるように準備している」
何時になく饒舌なカルロは、リリナカーナが押し隠そうと一応の努力をしていた部分を容赦なく暴き立てる。
リリナカーナは無言を貫いた。
図星を突かれて言えることがなかった。




