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「君が好きだ、だから婚約を解消したくない」

 真剣な眼差しで、カルロは真っ直ぐにリリナカーナを見つめていた。

 驚きに見開かれた若葉色の瞳が、榛色の瞳と向かい合う。

「……それは弁明なの?」

 リリナカーナの唇から零れた言葉は、酷く頼りない響きだった。

 突然の告白に、それを喜ぶ自分と、困惑し信じられないと疑う自分がいて落ち着かない。

「どうすれば私の言葉を信じてもらえる?」

 カルロの問に、リリナカーナは答えを返すことが出来なかった。

 リリナカーナが信じようとしない限り、カルロが何を言っても、何をしても意味が無いのだ。

 逆を言えば、リリナカーナがカルロを信じられるならば、こんな問答も必要ないのだけれど。

「貴方が近衛騎士を目指していたのは薔薇姫の為じゃないの?」

 リリナカーナがカルロを信じきれない原因は薔薇姫だ。

 薔薇姫との噂の真偽がはっきりしないことには、リリナカーナはカルロを信じられない。

「何故リリーローズ・オデュッセイの為に私が近衛騎士になる必要があるんだ……一体どうしてそんなことを?」

 眉間に皺を寄せていかにも不服ですといったカルロに、リリナカーナは正直に問に至った原因を答えた。

「その……噂よ」

 答えてから、まるで自分が噂ばかりを信じてその真贋を判別出来ませんと言っているようなものだと気付いて失敗したと思う。

 思うも、言ってしまったことはどうしようもないと開き直る他なかった。

「また噂」


「ええそうね噂ばっかりよ!」

 カルロがどういった意味合いで言ったかは分からないが、それが責めるように聞こえたリリナカーナは、反射のように反発した。

 きつい口調で飛び出した言葉が耳に届いて失敗したと思っても、一度発した言葉を引っ込めることは出来ないのだ。

 心中に去来する気不味さを濁しつつ、相手の出方を待つ。

 待つ時間は途方もなく長く感じた。

「私が近衛騎士を目指していたのはリリーローズ・オデュッセイの為じゃない、自分の為だ」

 噂については何やら思うところがあるのだろう、しかしカルロはリリナカーナの問にはっきりと否定を返した。

 そこに食い下がったのはリリナカーナだ。

「なら何故そんな噂が流れたの?」

 噂が流れるにも原因がある。

 それが全くの事実無根ならば妬み嫉みで流布されたものもあるだろうが、大抵は当人は気にも留めない些細な事柄から生まれ、それに尾鰭がついて人々の間を泳ぎ回ることによって大きく育ち、あたかもそれが隠された真実のように巡る。

 誰も信じないような荒唐無稽な噂なら、当人や近しい人の耳に入る前に消えてしまうものだ。

 それが届くということは、何かしらそれを信じさせるような物言いや振る舞いが当人らにあったということだろう。

「思い当たるものがない……と思う」

 なんとも頼りない返答だったが、仕方のないことなのかもしれない。

 妬み嫉みも当人にとっては些細な事柄から生まれるのだろう。

 とすれば噂の渦中の人物にとって、噂が生まれた原因など些細な事でしかないのだろう。

 そんな些細な事を自覚している者も少ないのではないか。

「本当に?」

 それでも何かないのかとリリナカーナが念を押すように問えば、カルロももう一度考えることにしたのだろう。

 先程よりも長い沈黙を、リリナカーナは落ち着かない心地で待った。

「ああ……いや、士官学校に入りたての頃に自分はお姫様の為に近衛騎士を目指していると言ったことがあるが」

 暫くしてもしかしてというものに思い当たったのだろうカルロは、それでも自分の言葉を疑っているようだ。

「お姫様?」

 リリナカーナの知っているカルロと彼の口から飛び出したお姫様という単語が合致せず、リリナカーナはその単語を繰り返した。

 お姫様。

 それはリリナカーナがなりたかったものだった。

 カルロだけのお姫様に。

「ああ」


「それは……薔薇姫のことではないの?」

 薔薇姫の為に近衛騎士を目指しているのではないとはっきりと聞いた筈なのに、疑念は消えない。

 カルロの言うお姫様が誰なのか。

 それはやはり、薔薇姫ではないのか。

 やはりという落胆と、どうか違っていて欲しいという願望とがまぜこぜになった心中は荒れるばかりだった。

「お姫様と言うとリリーローズ・オデュッセイになるのか?」

 問い返してきたカルロは心底不思議そうな表情をしていた。

 カルロの感情がはっきりと読めるのは珍しい事だったが、初めて見る表情に場違いだと思いつつもリリナカーナの心は揺れた。

「それは……でも王女様は王女様だし、他に姫と呼ばれている女性は薔薇姫くらいじゃないの?」

 リリナカーナの知る限りではそうだった。

 貴人の娘なら姫と呼ばれても可笑しくはないが、家人以外にそのように呼ばれているのは薔薇姫くらいだろう。

 そう考えての発言だったが、カルロはどうやら納得していない様子だった。

「そういえば貴方は薔薇姫と呼ばないのね」

 思い返せばカルロは、リリナカーナの前では薔薇姫をリリーローズ・オデュッセイと呼ぶ。

 リリナカーナが同伴する社交の場ではオデュッセイ公爵令嬢と呼び、少なくともリリナカーナの前で薔薇姫という呼称を使ったことはない。

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