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「彼女が薔薇姫と呼ばれていることは知っているが……」
「そう呼びたくない理由でもあるの?」
それとも名前で呼びたい理由があるのだろうか。
リリナカーナの中の疑念は相変わらず燻っている。
それが激しい炎になるか、そのまま鎮火するかはカルロの返答次第だ。
今、リリナカーナに出来るのはカルロの返答を待つことだけだった。
「彼女は……私の知っているお姫様とは違う」
暫くの沈黙の後、カルロはゆっくりと口を開いた。
些か頼りなげな声音は珍しいもので、言葉を紡ぐ最中も何か考え事をしているようだった。
「はい?」
真面目な顔をしたカルロの言葉に、リリナカーナは面食らった。
知っているお姫様とは何だとか、どう違うのかとか、疑問が次々に浮かんで消える。
「私の知っているお姫様とは大分違うので、何というかこう……違う」
呆気に取られたままのリリナカーナを余所に、カルロは自分の言葉を確かめるように同じようなことを呟いた。
カルロの知っているお姫様と、薔薇姫は違うらしい。
その違いがどういうものなのか、リリナカーナには見当もつかなかった。
「じゃ貴方の知ってるお姫様ってどういう人なの?」
分からないなら尋ねるしかない。
そしてリリナカーナの問にカルロは即答した。
「可愛くて、気が強くて自信家で我が儘だな」
カルロの答えにリリナカーナは首を傾げる。
可愛いとその後の言葉が等号で結ばれない。
気が強いまではどうにかなっても、自信家と我が儘はどうだろうか。
自分に自信があるのは良いことだ。
ありすぎても問題だが、なさすぎて卑屈になるのも良くない。
それが可愛いと両立するかどうか。
そもそも陰口の一種だ。
我が儘も、程度によるだろう。
可愛いと我が儘、可愛いと自信家が仮に両立したとしても、自信家で我が儘が可愛いと結びつくかどうか。
リリナカーナには想像出来なかった。
「可愛いの? それ」
何処と無く既視感のある評価にもやもやした気持ちを抱える。
どうにもリリナカーナにはカルロの言うお姫様が可愛いとは思えなかった。
「可愛い」
しかしカルロにはぴったりと結びつくものらしい。
真顔で言われた可愛いに少しばかりの嫉妬心を抱く。
「君は覚えていないだろうけど、私と君は幼い頃に会ったことがある」
突然の話の転換に追いつけず、リリナカーナは怪訝そうにカルロを見た。
なんだか嫌な予感がしていた。
「それって、王子殿下の13歳の誕生パーティーのこと?」
幼い頃というと、あのパーティーが一番に思い出される。
王子殿下に年の近い貴族の子息として、カルロも当然あのパーティーに招待されていたのだろう。
ただ残念なことにリリナカーナは、その時のカルロのことを全く覚えていなかった。
認識もしていなかったのかもしれない。
「それより以前に」
全く記憶にない。
王子殿下の誕生パーティー、13歳のパーティーはリリナカーナにとって非情に思い出深いものだった。
薔薇姫の存在を知り、初めての挫折、そしてリリナカーナが変わろうと決意した日でもある。
それ以前の記憶は、正直どこも朧気だった。
ただ、それ以前のリリナカーナは、フェディントン伯爵家のお姫様として我が儘放題の娘だったと記憶している。
「君はあのパーティーの後、少し変わった」
「少し」
リリナカーナとしては一念発起して変わろうと努力してきたというのに、カルロから見れば少しの変化しかなかったというのか。
自分では大きく変わったつもりでいたが、他人から見れば少ししか変わっていないのかもしれない。
その事実に少なからずショックを受けた。
「私が君に初めて会った時、本当に驚いた……君はお姫様だった」
一体いつの話をしているのか。
リリナカーナがどれだけ考えても思い出せない過去を、カルロは鮮明に覚えているようだった。
「昔読んだ物語のお姫様によく似ていた、可愛くて、気が強くて自信家で我が儘な所もそっくりだった」
お姫様が自信家とはどんな物語だと新たな疑問が沸いたが、リリナカーナはそれを一先ず脇へ押しやった。
先程感じた嫌な予感が、どんどん膨らんでいく。
それはほぼ確信に近かったが、リリナカーナとしてはなんとしても否定したい、して欲しいものだった。
「一目惚れだった」
一目惚れ。
それはリリナカーナがカルロに感じたものと同じだ。
たった一目、一言言葉を交わしただけでリリナカーナは恋に落ちた。
それを、カルロも経験していたらしい。
「じゃ貴方が知っているお姫様って」
尋ねずともわかっていることだった。
こればかりは自惚れでなく本当にわかっていることだったが、リリナカーナはやはり心の何処かで違っていて欲しいとも思っていた。
しかし続けられたカルロの言葉は、リリナカーナの期待を裏切るものだった。




