40話 これからのこと
「おーいそっちもう少し上げろよ〜」
「そっちが上げすぎで上がらないから一旦下げてくれ!」
「このお花はここでいい?」
「うん大丈夫!あ、その花は入口のところね!」
「なぁここに置いてた脚立どこ持ってった?」
「すまんこっち使ってる!」
慌ただしく交流会の設営が続く様子を、森から戻ってきたレオナルドとアルバが少し離れたところから見守っていた。
帝国人の子どもたちと言葉の民の子どもたちが笑いながら一緒に遊んでいる姿を二人は目で追う。
「……これで、良かったんだよな」
「なぁに?急に」
「いや……こんな風にみんなが笑い合って一緒にいるっていうのがまだ信じきれてなくて」
「あらあら。帝国唯一の辺境伯様が弱音を吐いていらっしゃるわ?」
「おーい揶揄わないでくれよ……」
頭をワシワシと掻いたレオナルドは周囲をぐるりと見渡した。
一年前、この地をもらって森の開拓に備える目的だけだった街が、大きく美しくたくさんの笑顔あふれる街へと変わったのだ。
「……俺は、父さんの後を追えてるかな」
「私はそう思うけど?でも判断するのはついて来てくださっているあの方たちだと思う」
アルバは交流会設営にバタバタと慌ただしい領民たちを見る。
目が合えば忙しいのをそっちのけで手を振って応えてくれる、心優しい領民たちだ。
「みなさんを見ていれば一目瞭然、でしょ?………あ、妖精たちも遊びに来たよ」
レオナルドとアルバの周りをクルクルと回る妖精たちは、各々手に何かしらを持っていた。
小粒の赤い木の実や白い花、籠いっぱいの山の幸。
ノンナルベラから ひとの子に おすそ分け!
王さま 森をきれいにしてくれて ありがとう
「お礼なんていいのに。俺たちが森の一部を燃やしてしまったから」
先頭の妖精はブンブンと頭を横に振った。
それちがう 森燃やしたのは 火のトカゲ
王さま 森をまもった
水のちから 王さまのちから なかったら森 今ごろこげこげ
ひとの子も妖精も みんなおうち なくしてたかもしれない
だから ありがとう なんだよ
「でも……」
「妖精たちがそう言っているんだ。好意は有り難く受け取っておくものだよ新しき王」
聞こえて来た声に目を見開きながら、アルバは振り向いた。
大きなワシの姿から人の姿にもどるアクィリオの横に立つのは。
「お、……おば、さま…?」
「なんだい?まるでお化けでも見たような顔をして。吾がここにいてはいかんのか?」
「違うだろセグルツカ様。姉さんたちはあなたが森から出てきたのに驚いてるんだ」
「ははーん?そういうことかい……そう言えば其方らには言うておらなんだか」
セグルツカはコホンとわざとらしく咳払いをすると、ニヤリと笑った。
「ノンナルベラから特別に許しをもらってな。王と導きの子に新たな祝福を授けてくるようにと頼まれた。なぁにそんなに警戒するでないよアルバーツィア、其方への祝福は善いものなのだから」
セグルツカは怯えるアルバの両手を取り、聞き慣れない言葉で言祝ぎを始める。
アルバの足元に淡い緑の発光する蔓が伸びて足に絡みつき、アルバは小さく悲鳴をあげた。
アルバにとって森の祝福は、たくさんの別れを経験させた、悲しくて恐ろしいものでしかない。
涙目になり、肩を震わせ、小さく首を横に振り続ける。
「落ち着かんかアルバーツィア……王よ、すまんがアルバーツィアを支えてやって…」
「セグルツカ殿、アルバがこんなにも怯えるなら祝福はいらない。今すぐ止めてもらえるか」
「……そうは言われたもなぁ。今更止めることなぞできんよ、もう終わるからな」
セグルツカはアルバから手を離し、数歩下がった。
アルバの足に絡みついていた蔓はシュルシュルと地面の中へ消えていく。
それを見たアルバがホッとした表情で涙を拭った瞬間、パキンと何かが割れる小さな音がした。
驚いて音の出処を探すと、アルバの右手中指に嵌められていた大母樹・ノンナルベラの加護付きの木製の指輪が真っ二つに割れていた。
「なんで……私いつも丁寧に……あ、れ?」
突然視界がぐにゃりと回り、膝から崩れ落ちたアルバをレオナルドは慌てて抱き止めた。
「大丈夫か?」
「……うん、大丈、夫じゃない……」
アルバはセグルツカに困惑の目を向けた。
その目に応えるように、セグルツカはただ小さく頷く。
「どうした?」
「困惑しているアルバーツィアに代わり、吾が説明しよう。アルバーツィアに授けられていた長きに渡る祝福と、妖精との関わりが深くなってしまったことに対する魔力の妖精化を消し去ったのさ。良かったなぁ新しき王……時間は、共に流れていくようになった」
何かを理解したレオナルドはアルバの肩を掴み顔を覗き込んだ。
時間が共に流れる、それが意味することは一つ。
「一緒に……歩んでいけるんだな」
アルバは頷いた。
美しい蜂蜜色の瞳を潤ませて、ただただ頷いている。
「ちなみに補足をするとだな……アルバーツィアはしばらく魔法は使えんし、時間の流れに戸惑うだろう。普通の人間とはそういうものだ、存分に甘やかし甘やかされることだな」
したり顔で背を向け、ヒラリと手を振ったセグルツカはアクィリオの手を引いて交流会会場の中、人混みの中へと姿を消した。
それを見送ったレオナルドとアルバも手を繋いで会場へと足を向ける。
遊びまわっていた子どもたちも真似をするように、みな手を繋いで会場へと走っていく。
「……ところで、この後お忍びでいらっしゃるあの方にはどう説明する?普通に話を受け入れてくれそうな気はするが……」
「受け入れてはくれるだろうけど……なぜかイヤな予感がするのよね」
「ふむ………話の大凡は理解した。森の祝福とやらを失ったアルバ嬢は無防備同然、ということだな」
「失ったのは不老長命の祝福だけなのですが……」
「だけ、と言うが話を聞くところ、得意の魔法も一時的に使えんのだろう?無防備ではないか」
やれやれと肩をすくめるのは、お忍びで来た皇帝・ゲラルトだ。
交流会会場の中央奥に設営された、レオナルドとアルバの待機用天幕の中で秘密裏に会談が行われていた。
ダンダリオ辺境伯領の今後と新設される歴史資料館について、そしてこれから開催される交流会についての会談だったのだが、ゲラルトには別の要件もあるらしい。
「何にせよ、そなたは守られるべき存在なのだよ。モルテナウスのような者は早々出てこんだろうが、世の中何が起こるかはわからぬ……故に、ダンダリオ辺境伯」
「はい、陛下」
「そなたに命じる。生涯を賭してアルバ嬢を幸せにせよ。これ以上にないほど甘やかすのだ」
「へっ?いえ、別に甘やかすなどはっ」
「御意に。このレオナルド=ダンダリオ、これまで彼女より受けた恩を返すべく、彼女を誰よりも幸せにすることを宣誓いたします」
「レオ!?」
「よろしい……アルバ嬢、そなたはもっとわがままを言って良いのだぞ?自分がどうしたいのかに忠実でなければ、貴族社会ではやっていけぬ。そなたはダンダリオ辺境伯夫人なのだから」
ゲラルトはアルバの手を取ると優しく撫でた。
森の再興を手伝っているであろう、少しマメができている美しい手。
この手に、心に、どれだけの人間が助けられてきたか。
助けられたのそのうちの一人はゲラルト本人だ。
「ゲラルト=ウィルトアートの名に於いて、そなたたちの婚姻を保証する。末永く、その寿命尽きるまで、幸せに生きよ」
「はい、陛下」 「御意に」
穏やかな空気が流れていたところに、オルソが天幕の外から声をかけてきた。
「歓談中に申し訳ない。クチオーロがグランカーネの長を連れて謁見したいと申し出てきたのだが」
「……分かった。陛下、少々席を外しますがよろしいでしょうか?」
「問題ない」
レオナルドは深々と頭を下げると、オルソと共に天幕の外へと出ていった。
その後ろ姿をゲラルトは微笑ましく見送る。
「彼奴、以前よりよく笑うようになったが……儂より王然としておるではないか」
「勿体無いお言葉……本人が聞いたら、自分はまだまだです、と縮こまってしまうと思いますが」
「だっはっはっはっはっ!!確かに言いかねんな!だがそこがアレの良いところであり、儂の推しポイントだ」
「まぁ!陛下どこでそのようなお言葉を?」
「妻だよ。何でも、民の中で誰かを応援したい、目の保養にしたい、などを体言する言葉なんだそうだ。妻の推しは今ウィルトで人気の舞台俳優でな、今も観に行っておるよ。ちなみにそなたも巷では推される側なのだぞ?」
「私が、ですか?」
「そうだとも。“帽子のガイドさん”は誰もが知っていて、会いに行ける推し、と有名だったのだぞ?まぁこの1年近くはウィルトから離れてしまった故、声は小さくなってしまったが……城内でもよくその名を聞いていたよ。ああ、そうだそうだ」
ゲラルトは何かを思い出し、そばに控えていたグレーヘアの侍従長が手に持っていた物を持って来させた。
皇帝の紋章があしらわれた、小さくて可愛らしい箱が手渡された。
「勝手ながら結婚祝いを作らせてもらった。アルバ嬢のことだ、先に言うと断られるからな」
アルバは苦笑いと共に箱をゆっくりと開けた。
中に入っていたのは言葉を失うほど美しいブローチだった。
土台には広げられた本があり、その本から飛び出すように一振りの剣と一本の羽根ペンがクロスしながらブローチの真ん中を彩る。
剣と羽根ペンを両脇から支える二頭の獅子に、額縁は森の深緑を思わせるエメラルドの装飾枠、ブローチの頂点には蜂蜜色の宝石を嵌め込んだ小さな王冠があしらわれており、最下部にはまた別の四つの蜂蜜色の宝石が揺れるように細工されている。
「っ陛下!このような高価なものはっ」
「しーっ……何も言うな」
ゲラルトはブローチをアルバの胸元に器用に取り付けた。
天幕に入る日光を受けて宝石たちがキラキラと輝き、揺れてチリチリと音を立てる。
満足げに微笑んだゲラルトは椅子に深く腰掛けた。
「……女男爵の爵位を授けた時は、そなたは何も要らないと皆の前で告げてしまったからな。ああ言われたら無理に領地なり報奨金なりは授けられん、儂でもな。だが流石にここまで何も授けることができぬとなると、皇帝の尊厳にも関わるものなのだぞ?だから此度は断れぬように秘密裏に準備した、という訳だ。それをつけている限り、そなたもレオナルドも、未来の子どもたちも身分を保証される」
ゲラルトはよっこら、と腰を上げ椅子から立ち上がりアルバに背を向けた。
「さて、儂はダンダリオ辺境伯領を観て回るとしよう。今日はお忍びだからな、久々の遠出は楽しまんと」
そう言ってゲラルトは侍従長を連れて天幕の外へと出ていってしまった。
一人残されたアルバはブローチに手を当ててカーテシーでもってその姿を見送った。
「やれやれ……こうでもせんと受け取ってもらえんとは……お前も相当苦労するぞ?レオナルド」
「本当に。すでにいくつかドレスを贈ろうとして断られています」
「ガハハハ!ま、そのうちだな、そのうち」
「はい。地道に贈り続けようかと……陛下、これからのことを少々ご相談させていただいても?」
「ん?構わんが、今はウィルトット公爵と名乗っておるから陛下と呼ぶのを辞めてくれるなら、何なりと答えよう」
「……承知いたしました、公爵閣下」
「そなたも変なところ頑固だのぅ……まぁ良い!無礼講だ!して、相談とは?」
「実は森の民を……」
二人の王がこれからについて話し合う。
片方は国そのものを良くするために、もう片方はそれに助力するために。
お互いに向いている方向は同じものだ。
「……なるほどな…しかしそこまで考えておるなら一度城で大臣たちの前でも発案せねばならん。構わんか?」
「もとより承知の上でお話をさせていただいております。招聘とあらばいつでも馳せ参じるつもりです」
「うむ、その粋やよし。では日を改めてそなたをウィルトに呼ぼう」
「は。よろしくお願い致します」
「……話は変わるがそなたたち結婚式はどうするつもりなのだ?」
言われてレオナルドは頬を掻きながら苦笑いで返した。
「まさか決めとら」
「いえいえ挙げるのは決めているんですが……場所で悩んでいるんです」
「あぁ……ウィルトで挙げるかここで挙げるか、か」
「お察しの通りです。彼女のことですから」
「儂としてはウィルトで盛大に挙げても良いと思うが?そなたたちはそこらの有名貴族よりも有名だからな。それにファンも多い」
「それは……分かっているのですが、その」
「ま、目立ちたくはないわな。しかしどうしたものか……遠い縁戚としては立ち会わぬ通りはないだろうて」
「え……結婚式にも来て下さるのですか?」
「当たり前だろう。何せそなたの後見人はお父上からの遺言で頼まれておるからな。両親の代わりに立ち会うと決めておった」
レオナルドは目を丸くした。
父がまさか皇帝に後見人を頼んでいたとは。
豪胆と言うべきか、とんでもない父親と言うべきか。
「そんな顔をするでない。心配するな、とやかく口出しはせんよ」
「いえ、そういう事ではなくてですね……」
「あーー!やっと戻ってきた!いつまで油売って……えぇぇぇええ!?」
プリプリと怒りながらズンズンと歩いてきたが、ゲラルトの姿を見て驚いた声をあげる。
それに対してまるで友に挨拶するように手を挙げて返したゲラルトに、続いてやってきたガーネットもメルダも戸惑いを隠せていない。
「いやぁ愉快愉快!そなたたちはいつ見ても良い反応をしてくれるからな!」
少し時間が空いて半年後。
森の知る者ぞ知る、木漏れ日が美しく入り込む一角に簡易の結婚式場が設営された。
参列者はかなり少ない。
いるのは騎士団側からリッキー、メルダ、ウィル、ガーネット、ヴィクトリア。
言葉の民側からゲルフォルト、オルソ、セグツカ。
そして再びお忍びでやって来たゲラルトと許可を貰ったリリーとエミリー。
椅子に座る彼らの間には赤いカーペットが敷かれ、色とりどりの花が配置されている。
カーペットの先、誓いの場として一段高く作られた台の前で白の儀礼服に身を包んだレオナルドがソワソワと待っている。
ポンポンッと軽快な音とともに花びらが舞う。
参列者の視線は一斉にレオナルドと反対の方を向いた。
視線の先には白のウェディングドレスに身を包み、弟のアクィリオに手を引かれて歩くアルバの姿。
ゆっくりとカーペットの上を歩いてレオナルドの前まで来ると、アクィリオはアルバの手をレオナルドに託す。
「……頼んだぞ」
「ああ」
短く交わしてアクィリオは自席に座り、レオナルドとアルバは一段上がって向き合った。
二人を祝福するように穏やかな風が吹き、木の葉がサラサラと音を立てる。
妖精たちも二人の周りを踊るように飛び回る。
「これからも俺の隣でガイドしてくれ、愛しいガイドさん」
「ご指名とあれば、愛しい騎士さん」
二人は唇を重ねる。
参列者の温かい祝福の拍手が贈られ、妖精たちは花びらの雨を降らせる。
「………ここからまた、始まるのね」
そう呟いたアルバの声は一瞬の突風にかき消されてしまった。
「ん?何か言ったか?」
「うぅん、なにも」
アルバはそっとレオナルドの手を握り直した。
大きな手の温もりを感じながら、アルバは森の木々を見上げ木の葉の擦れる音に耳を傾ける。
もうこの森を焼く恐ろしい炎はない。
あるのは新緑を育てる豊かな水。
森は、言葉の民は、過去を克服し帝国と新たな未来に向かって歩み出した。
過去の過ちを正しく受け止め、正しい過去を伝えていく。
その行先を見守るように、木漏れ日はキラキラと二人を照らし続けるのだった。




