39話 あのあと
拘束されて芋虫となったモルテナウスへの尋問による取り調べと審判が行われた。
ダンダリオ伯爵に対する敵対行動
開拓騎士団特別開拓顧問の拉致監禁
禁止魔法石使用による肉体強化と竜化
「世界を焼く」発言
事が事ゆえに関与疑惑のある内容と関係者の炙り出しにかなりの時間が掛かったが、主にこの四項目を中心に審議が行われ、判決が下された。
「モルテナウス=ルーラーの選帝侯位を剥奪、王都より遥か南東に位置する岬に幽閉し、その命尽きるまで監視される事を申し渡す。ただし此度の一件に関して、妻と子は関与無しであることと匿名の嘆願書が提出された故、妻と子は一定の区間と監視ありでの外出を許可する」
憔悴し切ったモルテナウスは項垂れたまま何も言わず、判決を受け入れた。
ただ一言だけ、判決を下した皇帝に対して去り際に呟いた。
「ちち、うえ……ぼくは、」
「!……たしかにワシとお前には血の繋がりはある。しかしワシはお前を息子とは思っておらん……二度と会うことはない、即刻幽閉地へ向かうがよい」
モルテナウスは絶望の表情を貼り付けて、無理やり引っ張られる形で退室した。
この判決は翌日の情報紙を大きく彩った。
選帝侯家の一つがお取り潰しになったことも大きな話題だが、何より若き選帝侯モルテナウス=ルーラーが皇帝の庶子であったその事実は、帝国を大きく揺るがすものだった。
そのことに対して皇帝ゲラルトは近々国民に向けた声明を発表するらしい。
「……とはいえ、ルーラー家の領土があんなことになったのは予想外っつーか、よく陛下が許したよな〜」
「まったくだ。お陰でボクの気が休まらなくなったよ」
「でも……嫌じゃないんだろ?」
「………ふん」
ダンダリオ邸の執務室で情報紙を広げていたウィルは照れ隠しのように椅子に深くもたれかかった。
【旧ルーラー選帝侯領はサンブタック選帝侯家へ委譲】
【新興選帝侯家、領地拡大】
【他家への牽制か】
「こんな褒賞、ウチが貰うには重すぎるんだ」
ウィルは大きく溜息を吐いて情報紙を畳み、机に投げ置くと席を立ち執務室を後にした。
リッキーは小さく笑ってそれを見送り、頬杖をついて窓の外を見る。
二ヶ月前、ドラゴンと化したモルテナウスに森の一部が焼かれてしまったのが嘘のように、太陽と深緑が眩しい。
今頃うちの領主殿は森の復興に忙しなく動いているだろう。
「……あいつの事だから、影の功労者のサンブタック選帝侯に譲ったんだろうけど……ガーネットさんとこの坊ちゃんはもっと欲を持ってもいいと思うぜ」
「それ、アタシに言わないでくれる?」
ここにもう一人、大きな溜息を吐く者が。
「坊ちゃんがあぁなったのは大旦那様が亡くなられたからで、大奥様との確執のせいなんだから」
「それも過去の話、だろ?」
「あのねぇ……坊ちゃんは変わられたとは言っても過去の精算が完璧にできたわけじゃないの。あの場にいたリッキーが一番分かってるはずでしょ」
「それは……まぁ……」
リッキーは思い返す。
ちょうど二週間前のこと。
モルテナウスへの判決が概ね決まった事と褒賞の件について皇帝ゲラルトからの召集がかかり、レオナルドとアルバ、リッキー、ウィル、ヴィクトリア、そしてフルミネが謁見の間に馳せ参じた。
「……此度のモルテナウス=ルーラーによる一件に対し、そなたたちは見事な働きをしてくれた。一人一人褒賞を授けるゆえ、名を呼ばれた者は前へ」
先ずはリッキーとヴィクトリアだった。
ウィックネイ家の男爵から子爵への昇格と、古代魔術の研究費として多額の報奨金が授与された。
魔法騎士団は帝国騎士団の再編のため、今しばらくは帝国の警邏も兼ねるようにと命令が下った。
次にフルミネ。
一時モルテナウスへ加担したが、取調べの結果禁術によって強制的に加担させられていた事が発覚、彼もまた被害者であると認められた。
そして雷の魔法剣を最大限に行使し、炎の脅威を退けた功績が大いに評価され、名誉騎士の称号とウィリティング帝国騎士統括官の地位が贈られた。
次にウィル。
サンブタック選帝侯家次男ではあるが、情報戦に長け、今回の一件で帝国側が迅速に行動できたのは彼とサンブタック家の功績であるとし、領地の拡大を許された。
拡大といっても現領地の総面積の半分程度の拡大だったのだが、このあとのレオナルドの一声で何十倍もの領地が与えられることをこの時のウィルは知らない。
そしてアルバ。
先にゲラルトからの謝罪の言葉がかけられた。
モルテナウスの執着に対する認識の甘さと対応の遅れに対するものだった。
その後、アルバを(側妃エルバリタのことは伏せつつ)自らの縁戚であることを公表し、一代限りの女男爵の叙爵を告げた。
本来であれば更なる褒賞が与えられるはずだったのだが、アルバはそのほとんどを断った。
代わりに「言葉の民に対する誤解と誤った歴史の修正、差別と偏見のない世の中にしてほしい」という条件を言ってのけた。
ゲラルトは返事一つで快諾したが、爵位だけは受け取ってほしいと逆に懇願されたため叙爵された。
これによりレオナルドとの多少の身分差はあれど、これで貴族と一般人の婚姻ではなく、貴族同士の婚姻となったことを保証する形だ。
そして“言葉の民”の決定的な証拠である蜂蜜色の瞳と髪束を隠さずに現れたアルバに対して、帝国は誤った歴史を再編し正しい歴史を紡ぐことに尽力するよう任務が与えられた。
最後にレオナルド。
開拓顧問の救出と炎の脅威を退けた功績に、父親である故ダンダリオ侯爵の名誉回復のため、辺境伯位を叙爵されることになった。
伯爵位の認定から一年弱という短期間での昇格には多方面から皇帝へ叱責の声が上がったが、「レオナルドが残した功績と同等のものを成し遂げられる自信のある者のみ発言せよ、発言した者は災厄が再び起こった際には己の力のみで防いで見せよ」と皇帝が声をあげたことで誰も何も言えなくなった。
そこにレオナルドは父親の死が叔父一家による暗殺であったことと、従兄弟であるニコライのこれまでの所業を証言したことで、現ダンダリオ侯爵家は爵位を剥奪されるという一大スキャンダルが発生。
レオナルドの母親を名乗る女性が発狂しながら、自分を一緒に暮らさせろ、お前の母親だぞ、と迫って来たが、レオナルドは何も反応を示さずゲラルトに身内でもなんでもない不審者として城外への追放を申し出た。
「あんなのが母親ってのは死んでもごめんだ」
回想を終えたリッキーはゲンナリした顔でガーネットと顔を見合せた。
ガーネットはでしょ?とでも言いたげな顔をして書類を片付けている。
「ていうかリッキー、そんな悠長にしててもいいの?」
「え?なんで?」
「呆れた!今日は中央広場で言葉の民の方たちと大交流会でしょ!?」
「っ!うわ!忘れてた!」
「もー!しっかりしてよねー!」
リッキーはバタバタと立ち上がり、慌てて執務室を出ていく。
ダンダリオ邸を出て中央広場へ走っていくと、大きな焚き火の土台と多くの屋台が軒を連ね、交流会に向けて着々と準備を進めていた。
「!おーリチャードの兄ちゃん!今頃ご出勤か?」
「あー!やっと来た!言い出しっぺのご本人様の到着だよ!」
「悪ぃ悪ぃ!ちょっと物思いに耽ってて!」
「物思いに耽るにゃちと若すぎじゃねーか!ガッハッハッ!」
「うっせーな!オレだって考えることがあるんだよほっとけ!」
広場を爆笑の嵐にしたリッキーは屋台の設営に手間取る領民の手伝いを始める。
見慣れない顔の男と彼の娘だろうか、薄黄金色の瞳をした少女がペコペコと頭を下げながら設営を進めた。
屋台に並ぶ品は言葉の民の伝統工芸らしい。
可愛らしい木の実のリースや鉱石細工のアクセサリーなどがどんどん並べられる中、少女がリッキーの袖をくんっと引っ張った。
「ん?どした?」
「守り手のお兄ちゃん、お手伝いありがとう」
「どういたしまして。交流会、楽しんでいってくれよな」
少女と目線を合わせるようにしゃがんだリッキーは、照れ臭そうにお礼を伝える少女の頭をポンポンと撫でた。
頭を撫でられた少女は頬を赤らめてうつむき加減で小さく頷くと、リッキーの胸に何かを押し付けて走っていってしまった。
リッキーは押し付けられたモノを手のひらに乗せて確認する。
それはリッキーのダークブラウンの瞳と同じ色の鉱石を嵌め込み、木の実と可愛らしい花を周囲にあしらった小さなラペルピンだった。
「あ〜初恋泥棒さんみーっけ」
「ヴあっ!?驚かせんなガーネット!てかなんだよ初恋泥棒って!」
「そのまんまの意味ですけど〜?あーぁあの子可哀想〜」
「ンだとお前っ」
「きゃ〜アタシ追っかける前に自分の仕事してくださーい」
「仕事してるっての!余計なこと言いやがって!」
などといいながらガーネットを追いかけるリッキーは内心、どこかホッとしていた。
本来の自分を隠して、猫を被って接していたのを咎められなかったこと。
古代魔術を使えるからと煙たがられることはなく、こうして異文化交流の責任者として任されていること。
今まで仲良くしてくれた仲間が、以前と変わらず接してくれていること。
それら全てがここにいてもいいと、証明してくれている。
ありがたい話であるが。
「……ってか肝心の王様はいつ戻ってくんだよっ」
交流会の重要ポジションが不在なのはさすがのリッキーもご立腹らしい。
ダンダリオ辺境伯領に一番近い惑わせの森の外縁を、いつもよりお淑やかな淡い青色のレースのワンピースを着たアルバと、少し浮世離れした印象の女性と少女がゆったりと歩いていた。
「お元気そうで何よりですわ、アルバさん」
「夫人もお元気そうで。エミリーちゃんもまた背が伸びました?」
「あら、嫌だわ、わたくしのことはリリーと呼んでくださいな。エミリーはこのところ成長期のようで、どんどんお洋服を新調しなければなりませんのよ」
うふふ、と微笑んだ女性はモルテナウスの妻・リリー。
モルテナウスと同様、南東の岬にある帝国所有の小さな屋敷で、娘のエミリーと共に監視付きの生活を送っている。
監視とは言っても、モルテナウスとの接触時と外出時のみで、プライバシーに関わるところは監視の目はない。
だからこうしてアルバに会いに来られるのだ。
「……それでリリー様、今日は以前いただいたお手紙の件でこちらに?」
「そうそう!そうなのよ。こちらをね、見ていただきたいのだわ」
リリーがエミリーが背負っていたリュックサックから取り出したのは、一通の分厚い手紙だった。
アルバは受け取り、内容を確かめる。
「…………本当に、こんなに協力をしてくださるんですか?かなりの金額ですよね?」
リリーはにっこりと微笑んだまま何も言わない。
「おじい様がね、お姉さんがエミリーとお母さまを助けてくださったお礼なんだって」
「お、お礼だなんて。私はただ当たり前のことをしただけで」
「あの状況下で、その当たり前を行動に移すことがどれだけ難しいか……誰も助けに来なかった所に貴女はナーシャと来てくれましたね。父はそこに感銘を受け、貴女への全面支援を申し出てくださったのよ。どうか父の想いとわたくしたちからの感謝を受け取ってちょうだいな」
のちに聞いた話、リリーの実家は建築材の製造加工と建築でひと山当てた成金貴族らしく、首都ウィルトの建築物のほとんどはリリーの実家が建てたと言っても過言ではないらしい。
そのお陰で莫大な財産を築き、モルテナウスへの嫁入りが決まったとか何とか。
そんな貴族がなぜアルバへ多額の支援金を提供したかと言うと。
「そうそう、これは父からの伝言なのですが……ウィルト市に現存する焦茶色の歴史博物館と区別するために、辺境伯領の新設博物館は白と黄色を基調とした可愛らしい印象の建造にするのはどうか、と。ガラス窓も多くして太陽光をたくさん取り込んで暖かい雰囲気の回廊を設ければ、観光客も増えるはず。ですって」
リリーは微笑んでアルバの手を握り、指の関節や手のひらにできたマメを優しく撫でた。
「……辺境伯夫人になる頃にはこの頑張っている証は消えてしまうのね」
「いいえ、消えることはありません。私はこの命ある限り、今やるべきことを続けていきますから」
「まぁ……だったらエミリーの歴史の先生になっていただきたいわ」
「ご指名とあれば」
「うふふ頼もしいこと。アルバさんにお願いしましょうねってずっと前からエミリーと話していたのよ」
「エミリーちゃんのご指名でしたらますますお断りできませんね」
「まぁ嬉しい。あぁでも、貴女の本業は博物館にあるのだから、無理はせずに予定が合わない時は遠慮なく言ってちょうだいね。わたくしたちはあの火吹きトカゲさんのようなことは絶対にしませんから」
ニッコニコと笑ったリリーだったが、アルバは思わず苦笑いで返してしまった。
この奥様、なかなか鋭利な物をお持ちのようだ。
「奥様、エミリーお嬢様、そろそろお時間です」
そう遠くから声をかけてきたのは、監禁されていたアルバを助けた魔法騎士団所属のナーシャだった。
ナーシャはリリー直々に監視兼護衛に、と抜擢されたらしい。
「お久しぶりですナーシャさん」
「お久しぶりですアルバ様。奥様とエミリーお嬢様はこの後ご実家に立ち寄られる時程がございますのでお連れいたしますが…よろしいでしょうか?」
「えー!もうおじい様の所に行く時間?お姉さんと遊びたかったー!」
「またいつでも遊びにいらして下さい。今度は美味しいお茶を準備してお待ちしてますね」
「ホント!?じゃあエミリー、美味しいクッキー作ってくるね!約束!」
エミリーは小さな小指を立ててアルバの前にずいっと出した。
アルバはその小指に自分の小指を添える。
「これね、遠い遠い東の海に浮かぶ小さな島の約束のおまじないなんだって。ゆびちりじぇんまん……あれ?」
「ゆびきりげんまん、でございますね」
「そうそれ!ナーシャありがと!お姉さん約束守ってね」
エミリーはブンブンと手を振って小指を離すと、リリーとナーシャと手を繋いで外縁から去っていった。
一人になったアルバの背後から爽やかな風が吹き抜ける。
「……アルバーツィア」
「どうしたんですか?フルミネ、様……」
アルバは風に煽られた髪を手で押さえながら振り向くと、そこにいたのは普段の黒い洋装ではなく、丈が長い白シャツと柔らかい素材のパンツ、肩から伝統刺繍を編み込んだストールを流した言葉の民の伝統衣装のフルミネだった。
少し長い前髪の隙間から黄金色の瞳が覗き、後ろで束ねた黒髪が風に煽られて動物の尻尾のようにゆらゆらと揺れている。
「……オルソに……交流会なんだから着ろと言われたんだが……」
「………アクィリオ…?」
唐突に降って湧いた懐かしい名前を呼ぶ。
フルミネに庇われ、ワシの姿の背に乗せてもらったあの時からの違和感がようやくわかった。
「ちがっ!……くは、ない……けど」
否定ではなく躊躇いがちに肯定したフルミネ、改めアクィリオは肩を振るわせながら俯いた。
「ごめんなさい……どうしてあなたのことを忘れて」
「それ以上言わなくていい……いいんだ。アルバーツィアは火の森戦役で頭を怪我して、覚えてることもそんなに多くないってセグルツカ様から聞いてるから……でも俺のことを忘れてるって言われた時、ショックじゃなかったって言えば嘘になるけど……だから少しでも近くで、何かあった時に守れるように帝国騎士団の戸を叩いた。必死に訓練して、のし上がって、騎士団長になってアルバーツィアを守れるって思ってたのに……」
アクィリオは拳を震わせる。
守れると思っていたのに酷い目に合わせた。
魔法に長けた言葉の民のくせに、帝国人の言いなりになって怖い目に合わせた。
「アルバーツィアを……姉さんを、あんな目に合わせたくてここまで来たんじゃない!すまないっ……俺は、俺はっ……あぅ」
「こら。そうやって自分を責めてその後どうするの?」
アルバはアクィリオの頬を両手で挟んで笑った。
忘れていたアクィリオの記憶が溢れてくる。
昔もこうやって頬を挟んでは遊んでいた。
「これから私の事を守って。ウィルト市にいるグーフォを守って。今までの分とこれからの分と」
アクィリオは頬を挟むアルバの手を握って片膝を着いた。
「帝国騎士統括官として、命にかえても」
「命は大事にね」
「それは約束できないかもな」
「あらあら……あ」
アルバは森から出てきたレオナルドに気づき手を振った。
しかしその手を止めてアクィリオを見上げる。
「なんだよ」
「……騎士団長にいつ就任したのかは知らないけど、森の呪いのことはちゃんと言ってあるの?じゃないと、この団長ずっと団長だよなって周りが怪しまない?」
アクィリオはスゥーッと息を吸いアルバから顔を逸らす。
ちゃんと顔を見るためにクルクルと回り始めたアルバの元に、状況を理解できないレオナルドがオロオロしていたのは三人だけの秘密である。




