38話 火の森戦役
ドラゴンが吐く火は森に引火しパチパチと音を立てながら燃え始める。
それを水の魔法で消し止めながら、レオナルドはドラゴンの弱点を探る。
「くそっあいつの魔力どうなってんだ!」
「……アルバーツィアの魔力を奪っていたのを使っているんだろうな」
「たしか黒い魔石だったよな。お前見えないか」
「無茶言うな、あの炎を掻い潜りながらどうやって見つけろってのか?」
フルミネは青白い稲妻を纏いながら応戦するが、こちらも突破口を見つけられずにいた。
いくらレオナルドの水の魔法で炎のダメージを軽減していると言っても、近づけば熱く、火傷を負う。
しかも相手の高さには絶妙に届かない。
「フルミネ!レオナルドくん!」
名を呼びながら走ってきたのはゲルフォルトだった。
「っ!ベッキオ館長!」
「二人だけに任せてしまってすまなかった!同胞はほぼ避難を終えて防衛の態勢を整えたよ!」
「ありがたい報せだが……どうにもあのデカ物に攻撃が届かない。あんたの風で何とかならないか?」
「私の風だと延焼を起こしかねないね。フルミネの稲妻も炎を誘導しかねない。レオナルドくんの水の魔法でカバーしつつ、魔法騎士団を待つしか……」
「その必要はないわ!」
炎のドラゴンの横を猛スピードで飛来した黒い絨毯からヴィクトリアが顔を出した。
その横にはリッキーとメルダ、ウィル、ガーネットのいつものメンバーがいる。
「トーリー、魔防壁を展開して。その間に俺とウィルで手当てする」
「まっかせなさい。チャチャッと治してあげな」
黒い絨毯をレオナルドとフルミネの前まで降下させると、ヴィクトリアは魔法陣片手に大きな壁を展開した。
ドラゴンが吐いた炎を真正面で受け止めてもなお余裕のある防壁だ。
「レオ」
「悪いなリッキー」
「何言ってんの。団長を最前線に送る俺たちの方が謝らなきゃなのにさ」
リッキーはレオナルドの肩口に手をかざし治癒魔法を唱えた。
薄みどりの光の粒が温かく傷を癒していく。
「俺とトーリーで隙を作る。トーリー曰く、首の真ん中に魔石が埋まってるんだって」
「その魔石を砕けばモルトはあの姿から戻るんだな?」
「師匠……マーリンの話だとそうらしい。行けるか?」
「やる、の間違いだろ」
レオナルドは水の魔法剣を構え、フルミネに合図を送る。
フルミネはウィルから治療を受け、グルグルと肩を回しながら頷いた。
「レオ!フルミネ様!」
アルバが息を切らしながら走ってくる。
「!アルバ、どうして」
「どうして?貴方と共に戦うために、」
「ダメだ!」
冷静に対処していたフルミネが突然声を荒らげた。
全員の目がフルミネに向く。
「頼む……もう二度とあんなのは嫌なんだ……アルバーツィアだけは、地下に……!」
「……いいえフルミネ様、私は逃げません。貴方は私を知る同胞なのでしょう……大きなワシに姿を変えられると言うことは、フルミネという名も偽り。でも私は貴方を知らないし、貴方の指示は受けません。私は私の意思で、スィシオゥと共にこの災厄を打ち払います」
アルバは止めるフルミネの横を抜けてレオナルドの隣に立ち、ヴィクトリアの防壁に阻まれる炎のドラゴンをキッと睨みつけた。
防壁には細く何本ものヒビが入り、もう保ちそうにない。
「話は済んだ!?」
「済んだぞ。待たせたな」
「ホントよ!もうアタシさん限界だからね!」
「助かった、休んでてくれ」
レオナルドに言われ、ヴィクトリアは魔法陣を掲げていた腕を下げる。
その瞬間、防壁は音を立てて割れ、炎のドラゴンが口を開いて炎を吐こうと力を蓄えていた。
「行くぞアルバ」
「えぇ、どこまでも着いていくわ」
割れた防壁の下敷きになる直前に、ヴィクトリアはリッキーに引きずられる形で後方に下がっていた。
「いや〜悪いね弟よ」
「そういう冗談が言える程度には元気だなトーリー。そんで?どうやって援護する?」
「とりあえず炎の勢いを弱めてあげなきゃね。じゃないとフルミネの雷の魔法剣が無用の長物になっちゃうからさ」
「でも水と反応して感電する可能性もあるだろ」
「そこは避雷針の出番さね」
ヴィクトリアはアルバを目で追いかけるフルミネに近づいて鎧をベチンと叩いた。
「う゛っ……何するヴィクトリア」
「腑抜けてんじゃないよ!アンタさんに避雷針の魔法陣を貼っつけたからサッサとあのドラゴンの所に突撃してきな」
「はぁ?そんな事したらレオナルドとアルバーツィアが」
「避雷針っつったでしょ!大丈夫よ、ほら!」
ヴィクトリアはフルミネの背中を蹴って前に進ませた。
フルミネは首を傾げながら半信半疑で突撃していく。
「よし、メルダ!持ってきた銃弾に水属性付与したのがあるから、ドラゴンの首に何発かお見舞いしてやりな!」
「はい!」
「ウィル坊やは館長さんと一緒にそこで待機ね、ガーネットちゃんは二人の援護、リチャードはアタシさんと一緒においで。師匠を前線に連れてくよ」
「……りょーかい」
さすがは魔法騎士団団長、統率力はカリスマのごとく。
指示を受け全員が動き始め布陣は整った。
ヴィクトリアは防壁と別の魔法陣を取り出し、空へ掲げて叫んだ。
「我が師マーリンに希う。貴公の魔術にて炎の勢いを鎮たまえ!」
「おいおい〜師匠使いが荒いのではないか?」
「師匠、今それ言う必要ないよ。実際アンタの尻拭いなんだから、次そんなこと言ったら俺、二度と師匠の味方しない」
「ぐっ……」
「早くして!」
「っわかったわかった! Wæter, wend hiw and beo wræcels to stillne fyr. 」
小鳥のマーリンから白い光が漏れだし、天を突く光の柱となる。
その光の柱を中心に空気中の水気がモコモコと集まり、形を変え、炎のドラゴンに向かって豪雨の如く降りかかる。
ドラゴンの体表を覆う炎は水が当たった傍からジュッと音を立てて消えていく。
「ぐ、あああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!オノれ!魔術師風情ガ!」
「苦しいかい?苦しいだろ?余の魔法はお前のような化け物に特化した特別製だ。たんと味わいたまえよ」
巨体をよじりながら苦しむドラゴンに向かってアルバとレオナルドは剣を構えた。
「魔法剣に宿る水の魔法の流れを感じて。その流れを邪魔せずに剣の形を意識してみて」
アルバの指示通りにレオナルドは魔法剣に集中する。
切っ先から柄を通り、自分の手を通じて魔力が体内を一周する感覚。
その感覚を元に剣の形を強くイメージしてみると、レオナルドを囲むように何本もの水でできた剣が空中で形成され、ユラユラと揺れている。
「……上出来。こんなにセンスがいいならスィシオゥとして認められるはずね」
「アルバ、ここからどうしたらいい」
「貴方の好きなように。その剣であのドラゴンの首元を狙ってもいいし、追従させて切り込んでも良いのよ」
アルバはレオナルドの横で剣を持たない方の手を中空に翳す。
それに共鳴するように、アルバの蜂蜜色の髪と瞳が輝きを増していく。
「 木々の水、土の水、清泉の水、ここに在る全ての水よ、我らの王を導け 」
ぴちょん、と水の滴る音が耳元を通り過ぎ、水玉が辺りをふわふわと浮かび始めた。
そのうちの一つを指でなぞり、炎のドラゴンを指差すと目にも止まらぬ速さで飛んでいく。
水玉が当たった場所は銃弾で射抜かれたように丸い穴を開けていた。
「があぁぁあアアァァ!!どウシてっ、なゼ!」
「私の怒り、我らの怒り……その炎を森に向けるとどうなるかっ、身をもって知るがいい!」
アルバは次々に水玉をドラゴンに向けて放つ。
それを合図にフルミネが魔法剣を振り上げて飛び、丸く空いた傷口に雷撃を撃ち込んだ。
炎が剥がれた皮膚にバリバリと雷が走り、黒煙を上げてダメージを与え、ドラゴンは激痛に咆哮をあげては炎をあちこちに吐く。
木々に燃え移った炎は葉を焼き、枝を燃やし、灰へと変えていく。
マーリンとヴィクトリア、オルソたち言葉の民も加わって消火活動に当たるが間に合わない。
もう、炎のドラゴンを討伐する以外に術は無くなった。
「……アルバーツィア、迷ってる暇はない。首の、人間で言う喉仏の辺りを狙ってくれ。そうすれば俺とレオナルドでトドメをさせる」
「落とす勢いで撃ち込むわ」
「おっと怖い怖い。でもそれでいい。アイツはもうそれでも許されないところまできているからな」
レオナルドは水の魔法剣を構え、フルミネにアイコンタクトをとった後走り出す。
少し遅れてフルミネも走り出し、アルバは一人残され水玉をたくさん作り出して手を翳した。
「 水よ、炎を消し去り、我らの王を悪しき魔石に導け 」
水玉は弾丸のように飛び出し、ドラゴンの首を抉った。
皮膚を守る炎は消え、現れた首の真ん中に黒い魔石が皮膚にめり込む形で脈打つ。
「おぉぉらぁっ!!」
フルミネは現れた首に雷撃を落として炎による修復を防ぎ、レオナルドの攻撃に備える。
ドラゴンは首をもたげ噛み付こうと大口を開けるが、メルダが放った銃弾とリッキーの雷魔法が直撃して顔を仰け反らせた。
「これで終わりだ!モルテナウス!!」
レオナルドはワシの姿に変形したフルミネの背中を蹴り、これまでの猛攻で顕になった首の魔石に向かって水の剣と握りしめた魔法剣を振り抜いた。
黒い魔石は真っ二つに割れ、ドロドロと黒い粘性の液体が溢れ出し、ドラゴンはこの世のものとは思えないほどの叫び声を上げて森の中に倒れ込んだ。
体を覆っていた炎が森を焼き始め、必死に消火活動も行われているなか、煙を上げながらドラゴンの体は小さくなっていく。
剣を鞘に収め、小さくなったドラゴンに歩み寄ったレオナルドとフルミネを、変化が解けたモルテナウスが睨み上げる。
「そんなに睨んだって、もう何もなんねぇよ。お前は負けた、お前は全て失った。求めるものは何一つ手に入らない」
斬られた喉からの出血で思うように話すことができないモルテナウスは、そんなことは無いと言いたげに頭を横に振った。
「人間に戻れただけ良かったと思えよ。化生の術は俺たち言葉の民でも、一歩間違えたら戻れなくなる危険な魔法だ。今回アンタはアルバーツィアの魔力と炎の魔法剣の力を使って変化していたから、魔力源を断てば戻れる保証があっただけだ」
「いやはや……膨大な魔力と魔法剣があれば竜化の術が成り立ってしまうとは。余の研究不足であったわ……肉体があれば研究材料にしたというに。惜しい事をした」
モルテナウスの前に舞い降りたマーリンが小首を傾げながらケラケラと笑う。
余りの衝撃的な発言にモルテナウスの顔面から血の気が引いていた。
「……とにかく出血多量で死なれても困るし、ウィル、すまないが止血だけでも……ウィル?」
「お前……コイツにどれだけ振り回されたか分かっててそれ言ってんの?普通このまま野垂れ死ねばいいってなるだろ」
「ああ、分かってて言ってる。俺はモルトに最大級の苦痛を味わってもらいたいからな。失ったものは戻らない、欲しいものは手に入らない、誰も自分の話を聞いちゃくれない、その全ての恐怖を経験してもらうためにな」
レオナルドはモルテナウスに背を向け、放心状態で佇むアルバの元へと歩いていった。
モルテナウスはその後ろ姿を見て血を吐きながら嗚咽を漏らし手を伸ばす。
「ぼ、くの!ぼく、の、物……なんだ!」
「お前のじゃねぇよ。てか人の事モノ扱いするな。お前と話すの嫌すぎるから口封じの魔術も掛けとく」
半ば怒りのまま止血を始めたウィルに代わり、ヴィクトリアが拘束魔術を展開し、ミイラのごとくぐるぐると巻かれたモルテナウスは物言わぬ芋虫になった。
完全に折れた炎の魔法剣は回収され、芋虫は魔法騎士団が展開する簡易の転送魔法陣に押し込められ、時空の彼方へと消える。
消えた瞬間だけを見たレオナルドとアルバは互いの顔を見合せ、無事を確かめ合うように抱きしめあった。
これで終わった。
もう脅かされることはない。
あの異様な執着も、森を焼かれる恐怖も。
今この瞬間まで頭のどこかで怯えていた事は全て。
「もう大丈夫だ」
「……はい………っはい!」
実感が込み上げきたアルバの目に涙が浮かぶ。
それを拭ったレオナルドは後ろを振り向き、水の魔法剣を高く掲げて宣言する。
「炎の脅威は去った!俺たちの勝利だ!!」
おおぉ!と森の中から呼応する雄叫びが上がった。
オルソと共に消火活動に当たっていた言葉の民たちや、地下の清泉から戻ってきた民たちが雄叫びを上げたのだ。
「スィシオゥ万歳!」
「我らの王に祝福を!」
「導きに感謝を!」
言葉の民たちは勝利と歓喜の舞を踊りながらレオナルドたちを囲み、各々が感謝の言葉を述べていく。
足音が、歓声が森中に響き、森全体を揺らすまでそれは続いたのだった。




