↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/50

36話 引導

 モルテナウスの狂気を孕んだ笑い声は、空中から戦況を見ていたヴィクトリアの耳にも届いていた。

「っあのバカ選帝侯め……体内の魔力枯渇が死に直結することを知らないっての!?メルダ!アタシさんはレオナルドの所に加勢に行ってくる。あとは伝えた通り騎士団を動かして、いいね!?」

「えっ、ちょっとヴィクトリアさん!?あたし浮遊魔法の持続、出来ないんですけど!」

「大丈夫〜!メルダが乗ってるその箒は半永久的に飛べるよう改良したやつだから〜!」

 ヴィクトリアはそう言いながら猛スピードで別邸の屋上へと飛んでいく。

 この奪還作戦で一番大事なことはターゲットを殺さないこと。

 生きて取り戻し、生かして捕らえる。

 今、その目標がどちらも叶わなくなろうとしている。

「アタシさんが行くまで持ちこたえるんだよ!」


 モルテナウスの高笑いが響く屋上は、異様な空気に包まれていた。

 身体が冷たくなっていくアルバを抱きかかえたレオナルドの背後で、夫の狂気を目の当たりにした選帝侯夫人は恐怖に腰を抜かし、娘のエミリーは泣き声ひとつあげられず失禁してしまっている。

 メイドのナーシャは夫人とエミリーを守るため臨戦態勢を取るが、モルテナウスの異様さに手は震えていた。

「ハア……可哀想なアルバ……僕がレオナルドと会わせてしまったばかりに、キミは物言わぬ姿になってしまった……でも大丈夫だよ、これからはずぅっと僕が一緒に…」

「………かってに、ころさ、ないでよ」

 意識を取り戻したアルバはか細い声で悪態をついた。

「っあ…、あぁ……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ……ちょっと、きがゆるんだ…だけ」

「……っなぜだ!?なぜキミはそいつを選ぶ!あの時もっ今も!なぜなぜなぜ!!」

 叫ぶモルテナウスから真黒な炎が立ち昇る。

 ゴウゴウと燃え盛る炎はモルテナウスを包み込む。

 レオナルドはアルバを抱え上げモルテナウスから距離を取るが、黒い炎が追いかけてきた。

「レオナルド!アンタさんの剣は飾り!?」

 空を猛スピードで飛んできたヴィクトリアが魔法壁を展開しながら降り立った。

 レオナルドは右手に構えた魔法剣を振り上げると、刃から水のベールが飛び出し黒い炎を堰き止めた。

「……やるじゃん。さて、アンタさんがアルバさんだね……あーあー可哀想に、鉄枷なんてつけられてさ。 Iren, flit and fal. 」

 ヴィクトリアがアルバの鉄枷に手をかざすと、鉄はボロボロと崩れていく。

 解放された手首、足首は痛々しい赤い痕をくっきりと残していたが、顔色が少しずつ良くなってきた。

「それにしても、禁止魔法石を長時間つけられた状態でよく生きてたね?あ、これは褒めてるよ」

「おそらく……これのおかげ、ですね」

 アルバは右手に視線を落とす。

 見ていたのは大母樹・ノンナルベラから授かった木製の指輪。

 よく見るとほのかに発光している。

「私の今までの体内生成魔力はすっからかんですが、今は森の魔力で補填してもらっています。だから……もう心配いらないよ、レオ」

 アルバは自分の身体を支えるレオナルドの腕にそっと触れた。

 レオナルドに支えられた瞬間、安堵と限界で意識を飛ばしてしまったことで不安を掻き立て、ガチガチに身体が固まってしまった彼には申し訳なく思う。

 触れていて分かる。

 必死に冷静になろうとして肉体のコントロールが追いついていないのだ。

「レオ……、一緒に深呼吸、しましょうか」

 言葉に魔力は乗せない。

 そんなことしなくても彼は一緒にやってくれるから。

 そう信じて肺いっぱいに空気を取り込んで吐き出す。

 最初は深く吸えなかったレオナルドも、次第に深く吸えるようになっていき身体の硬直も治っていく。

 その様子にはヴィクトリアも安堵の息を漏らし、レオナルドの肩をバシバシと叩いた。

「アンタさんでもそんなことになるんだね〜」

「……悪いかよ」

「悪かないよ。アンタさんにも人間的なところがあったんだな〜って安心しただけさ…ねっ!」

 ヴィクトリアはレオナルドとアルバを思い切り押して離れさせると、二人がいたところにギラリと光る剣が振り下ろされた。

 すかさず水の魔弾で応戦するヴィクトリアは通信魔法具で全員に呼びかけた。

「敵首魁は屋上!魔法剣による攻撃を確認した!動ける者は直ちに屋上へ集結し、捕縛作戦を実行する!」

「僕の捕縛!?誰に向かって、誰の許しを得てそんな」

「開拓騎士団専属特別開拓顧問の拉致監禁及び禁止魔法石製造の関与、魔法剣による国民への攻撃。挙げればいくらでも増えるぞ。皇帝陛下から書状も出ている」

「どうして僕ばかりこうなる!陛下に対して誘惑か洗脳魔法でも使ったんだろ!お前だって一般人を囲って無理矢理利用しているくせに!お前のそれが許されるのなら僕だって……許されて然るべきだろう!!」

 モルテナウスは赤黒い炎の刃をヴィクトリアとレオナルドに向けて放つ。

 速さはそこまでないものの、圧倒的な量にレオナルドは捌ききれずアルバから手を離し自分から遠ざけた。

 その行動に口角を上げたモルテナウスは炎を纏ったままアルバの方へと走っていく。

「っ!アルっ」

「僕と共に新たなる歩みを!」


 迫り来る炎にアルバは一歩も動けなかった。

 700年前のあの日と同じ、赤黒い炎。

 森を焼き、義兄を死に至らしめ、姉を奪ったあの炎。

 恐怖よりも怒りが沸いてくる。

 許さない。許してはならない。

 我々“言葉の民”を苦しめた炎は、今ここで絶やさなければ。

 でもどうやって?


 アルバの目前にモルテナウスの腕が伸びてくる。

 レオナルドもヴィクトリアも間に合わない。

 モルテナウスは勝利を確信した。

 腕を掴み、自分ごと炎で。

「いい加減にしろ」

 低い声の直後、青白い轟雷と共にアルバとモルテナウスの間に割って入ったのは黒い洋装の騎士だった。

 黒い洋装の騎士は伸びてきていたモルテナウスの腕を掴み床にねじ伏せ、その拍子にモルテナウスが持っていた剣がガランと音を立てて床に落ちた。

「グゥっ!……貴様っ何のつもりだ!」

 捻られた腕の痛みに耐えながらモルテナウスは顔を上げて呻く。

「……俺はもう疲れたんだ。貴方の命令に逆らえず、騎士として……守り手として誇りを抱けなくなった己に」

 黒い洋装の騎士は手にした無骨な長剣をモルテナウスの首元に当てた。

 洋装と揃えられた黒の制帽を目深に被り、その目元は見えないが、明らかに殺意の籠った目がそこにある。

 動けば斬る、ただそれだけ。

「フル、ミネェっ……!」

「俺の名を呼んだところで、どうにもならん。古き友に呪縛を解いてもらっている」

 フルミネと呼ばれた黒い洋装の騎士は背に庇ったアルバをちらりと見て目を細めた。

 突然現れた騎士に驚いた表情のアルバと目が合う。

 あの頃と変わらない、美しい蜂蜜色の瞳。

 本当はずっとそばで守りたかったもの。

 しかしそれを言う資格はこの騎士にはない。

「……ルーラー卿。貴方がアル……ノービレ嬢に抱く執着もここまでだ。見ろ、貴方を選んだ魔法剣が折れかけているぞ」

 モルテナウスはハッとした顔で落とした剣を見た。

 剣の柄の部分から刃の中央に向かって何本ものヒビが入り、そのヒビから赤黒い火花が散っている。

 そこへ階段を駆け上がる足音が聞こえ、何人もの騎士たちが武器を構えて飛び出してきた。

「レオ団長!」

「!遅いぞガーネット!やる事は分かってるな!?」

「アタシの状況を見てから言ってほしいんだけど!」

 そう言ったガーネットの背中まで長かった赤い髪は、彼女のうなじの高さまでバッサリと切れており、身につけた鎧は血と煤で汚れていた。

「ほんっっとに!レオ坊ちゃんは昔からアタシに対して人遣いが荒いんだからっ!」

 ガーネットは床を捲れ上がる程の威力で蹴り、飛ぶように炎に巻かれて動けないままのニコライを確保しに動いた。

 獲物を見つけた獣のような赤い瞳に、ニコライは悲鳴を上げる。

「うっさいわね!アンタには一発お見舞いしていいって許可は貰ってんのよ!」

 振りかぶった拳がニコライの左頬にめり込む。

 あまりの威力に血を吹き出しながら気絶したニコライの後ろ襟を掴んで、ガーネットは再び床を蹴って戻ってきた。

「コイツに引導を渡すのはアタシじゃないからここで終わっとくけど、一発じゃ足りないのよ。どれだけの人間がコイツに人生狂わされたか……身をもって知る事ね!」

 ガーネットは待機していた騎士たちの方へニコライを投げる。

 真っ赤に腫れ上がった顔は原型をとどめておらず、回収する騎士たちが震え上がっている。

「ガーネットさん怒らせるの、やめとこうな」

 誰かがポツリと呟いたが、ガーネットは何も聞こえないフリをして背を向けた。

 そんな事に自分の怒りをぶつける余裕はない。

 目の前にもう一人、引導を渡したい人物がいるのだから。

「ガーネットちゃん。あれは私たちの獲物だよ、横取りはしないでね」

 怒れるガーネットの肩に手を置いて現れたのはゲルフォルトとオルソだった。

 穏やかな笑みだが、目は一切笑っていない。

「オルソ、まずは我らの王を」

「承知した」

 オルソは炎の刃に囲まれて苦戦しているレオナルドの背後まで駆け寄った。

「 炎の刃、我が暴風の前には無力! 」

 言葉に魔力を乗せたオルソは詠唱と共に両の拳を中空に突き出した。

 突き出した拳から竜巻のような風が吹き出し、レオナルドを囲んでいた炎の刃は一つにまとまりバキバキと音を立て、割れてはその場に落ちて行く。

「王よ、不躾ながら申し上げる。その水の剣のお力をお借りしたい」

「構わない。存分に使ってくれ」

 解放されたレオナルドは顔の前に水の魔法剣を掲げ魔力を込めると、大小様々な水の玉がレオナルドの周りをたゆたい始めた。

 オルソはその水の玉に手を添えて言葉に魔力を乗せる。

「 水は釘、憎き炎を貫き縫い止めるは今 」

 水の玉は太い釘のように形を変え、モルテナウスの服を貫いて床に縫いつけた。

 服を破いて逃れようとするモルテナウスだったが、破れた端から修復されていくためどうすることもできない。

「王よ、アルの元へ」

「……っすまない」

 オルソの魔法に見入っていたレオナルドは、剣を鞘に収めながらアルバの所へ走って行く。

 それを見た後、同じように炎の刃に囲まれていたヴィクトリアも同様に助け出した。

「……どうしてアタシさんは後回しだったのかな?」

「アレに引導を渡したいのは我らだからな。貴殿を先に解き放てば、真っ先に首を狙いに行くだろう」

「へえ……?」

「行くぞ、我らの王のご判断を記憶せねば」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。