35話 奪還の先にあるものは
時は遡り、開拓騎士団と魔法騎士団がルーラー卿別邸を取り囲む布陣を整えていた頃。
ルーラー卿別邸の正面で腕を組んで仁王立ちするヴィクトリアが布陣の指示を飛ばしていた。
ヴィクトリア率いる魔法騎士団とレオナルドから預かった開拓騎士団、言葉の民の精鋭たち。
普段これだけの大所帯を指揮することなどないが、弱音を吐いている余裕もない。
何せ別行動を取っているレオナルドから預かった大切な家族たちだ、大切に扱わねば。
「ヴィクトリア団長!右舷班、空中班の配置完了しました!」
「左舷、奇襲班を無事森へ配送完了!定位置に着きました!」
「……よろしい。全員、通信魔法具を起動して定刻まで待機して。メルダ、レオナルドからの合図に気をつけて」
「承知しました」
「……もう!そんなに畏まらないでよ!アタシさんとメリダの仲でしょ〜?」
プク〜と頬を膨らませたヴィクトリアに、メルダは苦笑いで答えた。
「今のあたしは開拓騎士団及びダンダリオ伯爵配下ですから、魔法騎士団の団長たるヴィクトリアさんには礼節が必要でしょう?」
至極真っ当な答えにヴィクトリアはしょもしょもと顔を曇らせいじける。
「アタシさんの可愛いメルダはどこ行っちゃったのよ〜…いったたたた!ぴーちゃん痛いってば!」
しょもしょもとしているヴィクトリアの頭頂部をオレンジ色の小鳥が高速でつつく。
「ヴィクトリアさんのその小鳥、リッキーも連れてましたね」
「あたた…この子はね、鳥型の自律型魔導具の最初機でね。リチャードが持ってるのは最新機ではあるんだけど内蔵された魔導炉に御霊分けしてあるから、この子と同一体ってところかな」
「古い型だが居心地はそう悪くはないからな」
「……鳥がっ!鳥が喋った!?」
「そりゃあ自律型だもの喋るよ?さ、お喋りはこの辺りにして気合い入れようね〜」
自分から話のネタを提供しておきながら、スっと仕事モードになるヴィクトリアに、メルダは呆れつつも奇襲行動を取るレオナルドたちの合図を待った。
準備が出来たら森の中から点滅信号が送られてくる手筈で、メルダはそれを視認する役目を担っている。
「……合図は絶対に見逃さない」
「その意気だよ〜。まぁあっちにはアタシさんの超一級魔導具を引き連れた、アタシさんより魔法の天才がいるからね〜」
「へっ……くし!」
「おいおいここに来て風邪か?勘弁してくれよリッキー」
「違ぇよ、ぜってぇトーリーが余計なこと言ってんだよこういう時って」
鼻をぐしぐしと擦りながら、リッキーはいつもと違う口調で悪態をついて臨戦態勢を取る。
肩に乗ったオレンジ色の小鳥を指に移動させ、空いた手で腰に下げたウェストポーチから小さな円盤を取り出した。
「まさかリッキーくんがずっと猫を被っていたなんて思わなかったよ……ところで、リッキーくんのそれは初めて見るね。これまた古い魔法陣だ」
「あれ、館長さんに見せてなかったっけ……これは姉貴が古代魔術を応用して作った魔法陣のストック。なんでか分からないけど、姉貴とオレしか発動できなくて実用化は無理なんだ」
木漏れ日にキラキラと反射する円盤を弄りつつ、リッキーは魔法陣に力を込める。
「レオ、言われた通り今から不可視の魔法を使う。森を抜けてルーラー卿別邸に入るまで誰も互いの姿は見えなくなるから気をつけてくれ」
「わかった。それじゃ、ヴィクトリアに合図を送る。みんな別邸で落ち合おう」
レオナルドは肩に乗っていた妖精にアルバが落とした指輪を持たせて空へ飛ぶように指示する。
妖精はぐんぐん空へ飛んでいき、太陽に指輪を掲げた。
キラリと小さな光がメルダの目に留まるだろう。
「Leoht, hyd urene hiw.」
少し間を置いてリッキーが呪文を唱えた。
リッキーを中心に魔法陣が足元に展開され、近くにいたレオナルド、オルソ、ゲルフォルト、ガーネット、ウィルを足元から照らす。
瞬きのうちに互いの姿は見えなくなった。
遠くで何かが破裂する音が聞こえる。
姿は見えずとも、そこにいる誰もが頷く。
レオナルドはグッと踏み込んで走り出した。
向かうはルーラー卿別邸、使用人入口。
森を抜け、魔法騎士団の突然の攻撃に慌てふためくルーラー卿別邸の敷地内。
ここにいるはずのない帝国騎士団の鎧を着た兵士たちが、鎧をガチャガチャ音を立てて走り回っている。
──なぜ一邸宅に帝国騎士が……?俺たちの行動がバレていたのか?
『"禁止魔法石"の製造はルーラー邸の地下。それを埋め込んだ新型の鎧も発明されてるから、帝国騎士団はそれを着込むだろうさ。武力衝突になったら気をつけてね〜』
ヴィクトリアが別れる間際に言っていたことを思い出した。
奴はこんな所にまで権力を伸ばしていたらしい。
ギリッと奥歯を噛み締め、リッキーの魔法のお陰で姿を消したレオナルドは帝国騎士たちの横を走り抜けていく。
そんな物に頼らなければならないほど軟弱な組織になったのか、と心底腹が立つ。
開拓騎士団や魔法騎士団はそんな物には一切頼らず、日々鍛錬と研究に努め、国が良くなればともがいているのに。
そこに漬け込んだ幼なじみにさえ腸が煮えくり返りそうだ。
怒りを力に変えぐんぐん走るスピードを速めていったレオナルドの視界に、メルダに合図を送らせた妖精が入り込んだ。
王さま! ここからはいれるよ!
見ると使用人入口とは別に開いている扉が見えた。
妖精の呼びかけに応え、レオナルドはその扉の中に滑り込む。
どうやらここは半地下のようで、邸に攻撃が着弾する度に大きな音と揺れが響き、パラパラと砂が落ちてくる。
薄暗く奥へ続く廊下は一定間隔で松明が壁に設置されているだけの質素な造りだ。
人の気配もない。
レオナルドは呼吸を整えながら廊下を歩き始め、肩に降りてきた妖精に労いの言葉をかける。
「メルダへの合図ありがとうな。でもよく俺の姿が見えたな、リッキーの話じゃあの魔法は互いに視認できなくなるって事だったけど……」
「森の妖精は王の黄金に輝く魔力が見えるらしいよ」
「〜〜〜〜〜っ!!?……べ、ベッキオ、館長!?」
「はーい私だよ。驚かせてすまないね。レオナルドくんがここに入るのが分かったから、オルソにリッキーくんたちを任せて私が来たよ」
姿が未だ見えないが、レオナルドの右隣にゲルフォルトがいるらしく、妖精はニコニコ笑ってエッヘンと胸を張っている。
驚いて大声を出さなかった自分を褒めたい。
「………じゃあなんでベッキオ館長も俺のことわかったんですか」
「私たち"言葉の民"は妖精に近い存在でね、王の魔力を感じ取ったり可視化出来たりするんだよ。オルソも分かってて私に譲ったみたいだ……おっと、魔法の効果は終わりかな?」
景色にインクを落としたようにじんわりとゲルフォルトの姿が現れた。
レオナルドも同様にじわじわと姿が見え始める。
「リッキーくんは何かを隠してるとは思っていたけど、まさか古代魔法が使えるくらいの莫大な魔力を内包していたなんてね。魔法騎士団からしたら喉から手が出るほど欲しい人材だろうに」
「……リッキーは……昔からヴィクトリアと比べられたり継承権の話だったりにウンザリしていたらしく、解放されたい一心で開拓騎士団に入団して俺と一緒にいます」
「へぇ……彼にもそんな事が……開拓騎士団はそういう子たちが集まりやすいのかな?」
「俺がそういう質なのもあると思います。俺たちの半数は家の事とか何かしらを抱えてる。でも俺はそういうの、踏み込んで欲しくないし踏み込みたくない」
歩きながら応えるレオナルドに、ゲルフォルトは感心していた。
そういう所が素質なのだろう。
「……だから、だろうね……」
「ん?何がです?」
「いやいやこっちの話っ」
ゴドンッと一際大きな破裂音と揺れが二人を襲った。
誰かが派手に暴れているらしい。
早く地上階に上がってアルバを探さなければ。
「危ないねぇ、えらくハッチャケてる子がいるみたいだ」
「ここまで派手にするなんて作戦にはなかった……何かイレギュラーが起こっているのかもしれません」
王さま! 導きの子 上にいる!
「なんだって!?」
でも何かおかしい ちからのながれがへん
もしかしたら ふた されてるかも!
「力の流れがおかしくなる蓋……レオナルドくん、アルは鉄枷か何かをつけられている可能性があるね。それにこの辺り……アルはいないはずなのにアルの魔力を感じる」
「っ……早く探しましょう。アルバの所まで案内できるか?」
まかせて! 導きの子まで 王さま あんないする!
妖精は飛び上がり、廊下をまっすぐ飛んでいく。
レオナルドとゲルフォルトは互いに頷いて走り出した。
揺れが大きく、激しくなるなかを走り抜けていく途中、不自然に空いた扉を見つけた。
先を急ぎたい気持ちを抑え中を慎重に覗くと、窓一つない質素な部屋で異質に光る三本の鎖と割れた黒い石が目に付いた。
ここ これ 導きの子の魔力がのこってる
妖精が指さしたのは粉々になった黒い石。
割れた断面から微かではあるが、黒いモヤのようなものが染み出ており、そのモヤは廊下のさらに奥に設置された階段方面に伸びていた。
レオナルドの背中にヒヤリとした悪寒が走る。
"禁止魔法石"は相手の魔力を奪い自分の強化に使用する。
もしこの魔法石がアルバに付けられていたのだとしたら、地上で交戦している帝国騎士団の鎧は奪われた魔力で補強されているはず。
拉致されてここに監禁されている間、ずっと魔法石を身につけさせられていたとしたら。
「レオナルドくん!?」
気がつけば走り出していた。
ゲルフォルトも妖精も置き去りにして、ひたすら廊下を走り地上階を目指す。
地下から飛び出すと、地上階はあちこちに風穴が開き、瓦礫は崩れ、帝国騎士団や邸の使用人たちが下敷きになっているのを駆けつけた開拓騎士団と魔法騎士団が救助していた。
「団長!すいません!予定がかなり狂ってしまっています!!」
「っ何があった!?」
「緊張した新兵が爆破魔法を暴発、ルーラー卿側が攻撃と判断し反撃を開始したため、このような状況に」
「ここまでの大規模進軍はなかったからな…仕方がない。お前たちは怪我人を救出し、帝国騎士は捕縛してヴィクトリアに引き渡すんだ」
「団長は!?」
「俺はこのままアルバの救出に向かう。作戦会議の時に伝えた通り、ヴィクトリアの指示で動くんだぞ、いいな」
開拓騎士は勇ましく返事をして瓦礫を起こし、救助活動を再開する。
「レオナルド団長!ルーラー卿及びダンダリオ侯爵子息を上階にて目視しました!それから女性の声が複数聞こえたのも確認しています。もしかしたら」
「……報告感謝する」
魔法騎士の助言で確信したレオナルドは魔法剣を抜いて階段を駆け上がる。
崩れた壁を踏み台にして壊れた階段をひたすら上に上がっていくと、屋上へ出る扉が大きく開け放たれているのを発見し、レオナルドはそのまま扉をくぐって外へ出た。
そこで視界に映りこんだのは、一人のメイドと共に貴婦人と幼い女の子を庇って立つ愛しい人の後ろ姿。
彼女の右手首と両足首には鉄の枷が黒黒と光り、両の足で立っているのがやっとのように大きく肩で呼吸している。
レオナルドは獣のような唸り声と共に床を蹴り、一足飛びに彼女の前に躍り出てフラフラと揺れる身体を抱き寄せた。
一瞬の出来事に、そこにいる誰もが驚きの余り声も出ず、ぎこちなく剣を構えることしか出来ない。
「 動くな 」
レオナルドの低く唸るような声と射抜くような瞳に、目の前に立つ幼なじみと従兄弟はビクリと肩を跳ねさせて動かなくなった。
「そこから一歩でも動いてみろ、俺は迷わずお前らを斬る」
「レ、オナ、ルドっ!またこの僕にっ命令する気、かっ!?」
「ああそうだ。俺はお前に命令する。 その口を閉じろ 」
喚き散らそうとした従兄弟の口はぎゅむっと閉ざされた。
それを見た幼なじみは狂気に満ちた顔でレオナルドを睨む。
「レオナルドっ……どうしてキミが"言葉の民"と同じ技が使えるんだ!?」
「……お前のような卑怯な奴に答える必要があるのか?お前は俺よりも賢いんだろ、だったらご自慢のその頭で考えろ。そこのあんた、奥方と娘を連れて下がるんだ」
幼なじみを一瞥したレオナルドは、固まっていたメイドのナーシャに指示を下すと、剣を構えたまま少しずつ後退する。
「遅くなった」
アルバを支える手に力が入る。
やっと取り戻した。
もう二度と離すものか。
そう思っていた矢先、突然アルバの身体から力が抜け重くなる。
「アルバ!?どうした!」
見れば呼吸はさらに浅く、口の端からは鮮血が流れている。
「っく、ははっ……アッハハハはは!!一歩遅かったなぁレオナルド!」
笑いだしたモルテナウスはギシギシと音を立てながら懐からペンダントを取り出した。
真っ黒な魔法石が揺れている。
「アルバの魔力はここにある!これで彼女は永遠に僕のもの!本当は彼女の全てが欲しいけど、魔力さえあれば十分だ!アッハハハッ!」
勝利を確信したかのようなモルテナウスの笑い声が反響し、聞こえた者全てに恐怖を植え付けたのだった。




