34話 決断
──ここに閉じ込められて何日経ったんだろう……窓もなければ時を告げる鐘も聞こえない。感覚が、自分が、狂いそう。
モルテナウスに拉致され、どこかの一室に監禁されているアルバは、寝具に寝転んでぼーっと天蓋を見つめていた。
実際の時間は拉致監禁開始から三日ほど経っているが、そんなことは今のアルバには一切分からない。
レオナルドたちが必死に行動しようとしていることも、そもそもウィルト市でとある魔法石による犯罪が横行していることも全く知らない。
ただただ、モルテナウスの気味の悪い好意や恍惚とした表情に対して拒絶しているだけで精一杯だった。
定期的にメイドが食事を持ってやって来るが、何が混入しているかも分からないためほとんど手をつけずに返していた。
初めこそ困惑の表情でメイドたちが食事を下げていたが、途中からこっそりとコレは大丈夫だの、コレはやめた方がいいだのと教えてくれるようになった。
そのメイドはルーラー邸でドレスの着付けを手伝ってくれた三人のうちの一人だったことに後になって気づいた。
彼女のおかげもあって、多少の空腹はあるが何とか持ちこたえている。
──何回かに一度、モルテナウス=ルーラーが入ってくるけど何もしてこない。最初の強引さはなんだったの?気味が悪い…
何もしてこないのは、おそらくアルバの右手首と両足首に取り付けた枷で何も出来ないだろうと思っているから、というのは察しが着いている。
たしかに何も出来ない。
冷たい鉄と鎖との接続部に付けられた黒い魔法石のせいだ。
何度も外そうと藻掻く度に、皮膚が擦れ枷の下は真っ赤な擦過傷ができていた。
爪も割れ、硬い何かにぶつけて壊れないか試すうちにあちこちに打撲痕もできた。
その痕を見たモルテナウスが、気でも触れたかのように喚き散らすのを見てからは外す気も失せた。
こうして思い返す度に自分が狂っていっていることに気づかされる。
逃げなければと思う自分と、もう何も出来ないと諦めている自分とがせめぎ合い、思考を巡らせるだけの無気力なアルバを作り上げている。
ジャラ、と鎖の音を立てながらアルバは身体を起こし寝具の縁に座ると、扉をノックする音が聞こえた。
何も答えず扉を見ていると、いつものメイドが食事を運んできた。
「ノービレ様、お食事をお持ちしました」
「……はい」
アルバは備え付けられた椅子に座り、テーブルに並べられた豪華な食事に対峙する。
「本日はコチラのお肉料理と、デザートが安全です」
「そうですか」
アルバはメイドが安全と伝えたものだけを口に運び、カトラリーを置いて食事の終わりを告げる。
メイドは手早くワゴンに食器をさげると、アルバの耳元に顔を近づけた。
「!なにを」
「しーっ……先程、開拓騎士団と魔法騎士団の布陣が完了しました。間もなくノービレ様の救助作戦が開始されますが、私たちも中から貴女を脱出させるために動きます」
小声でそう告げたメイドはアルバから離れ、ワゴンを押して部屋から出て行った。
アルバは困惑した。
枷を外せない以上、どうやってここから脱出するというのだ。
アルバの力ではどうすることも出来なかった枷を、メイドがどうこうできるというのか。
しかし、まさか帝国に存在する三つの騎士団のうち二つが手を組んでいることに驚きもあった。
──開拓騎士団と魔法騎士団が近くに……開拓……レオ…?レオが、来てくれた?
ぶわっと目頭と鼻の奥が熱くなる。
助けが来たと唐突に実感して、何もかも諦めかけていた自分を消し去った。
足掻かなければ。
自分から行動しなければ。
アルバは立ち上がって鎖の接続部を壊せそうな硬いものを探し始めた。
何でもいい、鉄の枷は壊せなくても、鎖の接続部だけでも。
「私が……諦めて、どうするのっ」
重いソファを持ち上げ、脚が降りてくるであろう場所に足枷が付いた左脚を滑り込ませる。
上手くいけば接続部が割れ、失敗すれば左脚は。
迷っている暇などない。
少しでも早く脱出できるように、自分ができることをしなければ。
「すー、はー………っふ!」
ソファを持ち上げていた手を離しギュッと目を瞑る。
ガチンッと鎖の爆ぜる音と何が割れる音がし、接続部が引っ張られ鉄の枷が皮膚を擦り痛みとなってアルバに伝わる。
痛みに耐えながら確認すると、鎖の端と黒い石の破片が飛び散っており、擦れて痛む足首は血は出ていないが真っ赤になり熱を帯びていた。
思いのほか上手くいったが痛みに対する恐怖が込み上げてくる。
「………やらなくちゃ……」
恐怖に震えながらもう一度ソファを持ち上げたが、突然部屋全体を爆音と揺れが襲う。
大きな揺れに手を離してしまい、床とソファの脚に右足が挟まれる形になってしまった。
頑丈な鉄の枷で足が潰されることはなかったが、衝撃で変形し外すのが困難になっている。
揺れが収まった頃合いを見てソファを少し持ち上げて足を引き抜いたが、変形した表紙に皮膚を切ったのか血が滲む。
「っ………まだ揺れてる…、もしかして騎士団が動いてるの?」
窓がない監禁室は一切の情報を遮断しているため外の動きは全く分からないが、唐突に扉がノックもなしに開け放たれた。
アルバはソファの陰に身を潜め様子を伺ったが、入ってきたのは給仕のメイドだった。
「ノービレ様ご無事で……この足の血はっ?それにどうやって左脚の魔法石を砕いたんですか」
「そ、ソファの硬い脚と重みで……」
「なんて無茶を!下手をすれば足の骨が砕けてしまうかもしれないのに!どうして私たちをお待ちにならなかったのですか」
「……ごめん、なさい」
「とにかく、今からこの枷を外して処置します。動かないでください」
メイドはポケットから細い鉄の棒とハンマーを取り出し、棒はアルバの鎖の接続部に、ハンマーで棒の上部に狙いを定め振り下ろす。
ガキンッと黒い魔法石は砕け、同時に鎖の接続部も変形し割れた。
メイドは手を止めることなく、今度はアルバの右手首の枷に鉄の棒を当て、ハンマーを振り下ろして石と鎖を割った。
「これでこの部屋から出られますね。私の力では鉄の枷そのものを取り払うことができませんので、ヴィクトリア団長に外してもらいましょう」
「……ヴィクトリア?貴方はルーラー邸のメイドじゃないの?」
「私はウィリティング帝国魔法騎士団所属です。ルーラー卿の不審な動きを突き止めるため潜入していました。さ、脚の手当も済みましたよ、立って!」
メイドに手を引かれる形で立ち上がったアルバは、監禁されていた部屋から一歩踏み出した。
石畳の床に煉瓦の壁、一定の間隔に設置された松明が、現在地が地下であることを証明している。
上階で武力衝突が起こっているのだろう、衝撃音と揺れで土埃や小さい石がパラパラと落ちる。
「ここに留まるのは危険です。足元に気をつけながら上に逃げます」
メイドが先行しアルバはそれに続く。
かなり大規模な武力衝突のようで、地上に近づくほど爆音と揺れが激しくなった。
「くっ……誰がここまで激しくしろと…ノービレ様、だいじょう…」
振り向いたメイドは言葉を失った。
必死についてくるアルバの首や肩に悍ましいほどの黒いモヤが巻き付いていたからだ。
本人はまだ気が付いていないらしく、足を止めたメイドの顔を見上げている。
「私は大丈夫ですよ。ついていきますから」
「………体調が優れないと感じたらすぐに仰ってください。それから、なるべく後ろは振り向かないように」
メイドは見えたものは言わず、アルバの安全を最優先に動き始めた。
ルーラー卿の私兵が走り回る隙を見てカーペット敷の廊下を隠れながら進んでいく。
まもなく合流地点という時に、邸中央の吹き抜け上層から子どもの悲鳴が聞こえてきた。
「ママあぁーーー!!」
「子ども!?まさか、エミリーお嬢様っ」
「行きましょう。今の声からして、母親に何かしらの害が及んでいる可能性があります」
「はあ!?ご自身の置かれている立場をお分かりですか!?貴方は逃げなくちゃ行けないんですよ!」
「わかっています。でも子どもを見捨てて自分だけ逃げるようなクズにはなりたくないんです」
メイドは迷った。
この人を安全な場所に送り届ける任務はもちろん最優先だが、一人の騎士として困っている人を助けない訳にはいかない。
しかも護衛対象が助けに行くと言い出した。
「〜〜〜〜っ分かりました!私から絶対に離れないとお約束いただけるのでしたら!エミリーお嬢様を助けに行きましょう」
「もちろんです」
「行きますよ。おそらくお嬢様はこちらです」
メイドはアルバの手を引いて崩れかけた階段を登り始めた。
揺れに耐え、私兵から身を隠し、二階へ上がると小さな女の子が大きな本棚の下敷きになっている女性の手を握って泣いているのを発見した。
「エミリーお嬢様!」
「!ナーシャ!ナーシャっママを助けて!」
「お助けしますから、お嬢様はこちらの方と一緒にいてくださいね」
アルバは小さく頷いて女の子、エミリーに手を差し出す。
エミリーは恐る恐るその手を掴み、アルバの服の裾をギュッと握りしめた。
その間にメイド、ナーシャは肉体強化の魔法を自分に掛け、大きな本棚を一気に持ち上げて退けた。
「奥様!」
「……ナー、シャ?」
「あぁ、良かった……奥様、私たちと一緒に逃げましょう。立てますか?」
あちこちを痛めているのか、奥様と呼ばれた女性は呻きながら体を起こすとアルバと目が合った。
「ガイドさん?なぜ、貴方がここに……」
「……少々複雑な事情がありますので、ここではお話できません。落ち着いたらお話しますね」
アルバは眉根を下げて困ったように笑って誤魔化した。
どうやらこの奥様は以前博物館でイヤリングを落とした女性で間違いない。
自分の夫が目の前の女性を拉致監禁していたなんて全く知らないのだ。
別邸に連れてこられて、突然襲撃を受けたショックに追い打ちをかけるのは少々酷というものだ。
「とにかく奥様、今は安全なところに避難を。ノービレ様はお嬢様をお願いします。下は…」
ナーシャが階段下を覗くとルーラー卿の私兵が武器を構えて闊歩し、時折魔法の火の玉が飛んできている。
「……下へはもう行けませんね。屋上へ逃げましょう、そこならまだ助けを呼べます」
「でしたらわたくしが案内しますわ。こちらです」
ナーシャに支えられながら奥様は崩れかけた廊下を歩き始める。
アルバはエミリーの手をしっかり握って後を追いかけた。
この決断が、更なる苦難を呼び寄せることなど誰も知る由もなかった。




