33話 共闘
アルバが何者かに攫われ、救出作戦を行うべくレオナルドは開拓騎士団を早々に集めていた。
突然招集された騎士たちも何かが起きていると理解しているらしく、あちこちで緊張感が張り詰めている。
レオナルド邸の前庭に現れたレオナルドはすでに騎士団長の鎧を身に纏っていた。
騎士たちはザワザワとざわめき立つ。
「団長が鎧をきてるぞ」
「あの顔…めっちゃ怒ってるじゃねぇかよ…」
「今日は開拓行程なんてなかったよな?オレたち何で招集されたんだ?」
「みんな、緊急で集まってもらってすまない!俺たちの開拓顧問が何者かに拉致された」
騎士たちのざわめきが大きくなった。
それもそうだ、ここにいるすべての騎士たちはアルバの世話になったものたちばかりだからだ。
ある騎士は物資の確認を共に、ある騎士は武器の手入れを、またある騎士は勉学を。
みな何かしらで関わりを持っていたのがアルバだ。
騎士たちにとってもアルバは家族の一員だった。
「どこの誰っすか!アルバさんを拉致したの!?」
「ゲスいことしやがる…ただじゃおかねぇぞ」
「団長!」
レオナルドがスッと右手を挙げると、騎士たちは一斉に静かになった。
「誰の仕業かなんて、お前たちも分かってるだろ」
レオナルドの一言、それだけで十分だったらしい。
静まり返っていた騎士たちは苛立ちの声を上げる。
「野郎…権力持ってりゃ何でもしていいと思ってやがんのか!」
「もう我慢できねぇ!団長、今すぐ向かいましょうよ!」
「そうだそうだ!」
怒りのボルテージがはち切れそうになっている騎士たちに、レオナルドは選択を迫られていた。
今すぐルーラー邸に向かうべきか、帝国の返答を待つべきか。
本心は今すぐにでもルーラー邸へ突入したい。
だが、その選択でアルバに危害が及んでしまったら?
「……やれやれ、大切なものが多いと考えることも多くて大変だね」
邸宅の門扉からゆったりとした穏やかな声が聞こえてきた。
半年、いやほぼ一年ぶりに会う彼がなぜ。
「ベッキオ…館長……」
「やあ、久しぶりだねレオナルドくん…いや、我が王、と呼ぶべきかな?」
ゲルフォルトは軽やかな足取りでレオナルドの方へと歩いてきた。
当のレオナルドはゲルフォルトとのあれこれで若干腰が引けているが。
「ベッキオ館長…どうして」
「ある罪悪感を抱えた騎士殿がうちの博物館にお越しになってね。その彼から聞いたのさ、『モルテナウス=ルーラーに指示されてノービレ嬢を拉致した』と。だから私はここにアルバの代わりに王を補佐と救助の嘆願に来たわけだ」
ゲルフォルトはレオナルドの前で深く頭を下げた。
「伏してお願い申し上げる。私の大事な家族を、ここにいるみなの家族をお助けください」
「館長……必ず助けに行く。でも感情のままに動いてアルバに危害が及んでしまうことを考えると…」
「その心配はないよ」
そう軽くあしらうように答えたのはリッキーだった。
手にオレンジ色の小鳥を乗せレオナルドの横に立つ。
「魔法騎士団団長のヴィクトリア=ウィックネイから報告。変装魔術で潜入した者がアルバさんの監禁場所を特定、ルーラー卿は邸の者に丁重に扱うよう通達しているらしい。あいつのことだからね、アルバさんに怪我を負わせるようなことはしないはず」
「リッキー、お前…」
「切り札は最後まで取っておくものだろ?トーリー…じゃなかった、ヴィクトリアはボクの姉貴。闇の魔法石を生産した愚かな部下を問い詰めたらルーラー卿に繋がって、きな臭いなってさらに深掘りしたらかの有名なガイドさんを攫って手籠にしようとしてるって話が出てきたから、ボクたちに協力してくれるって」
「…であれば、我々はその魔法騎士団とやらと行動を共にする方が良いだろうか?王よ」
「……!オルソ殿!」
「オルソ。まだくたばっていなかったのか」
「そういうお前もだグーフォ。王の御前でそういうのは後にすべきだろ」
門扉を潜ったところで立っていたオルソは頭を下げ右に少しズレると、その後ろから何人もの言葉の民だろう人々が現れた。
「樹聖より精鋭をお借りし馳せ参じた。これより我ら言葉の民は、王の守護者の救出に参加する。ご命令を、我らの王」
レオナルドは集まった皆の視線を一手に引き受ける。
何を迷うことがある。
彼女のためにこれだけの同志がいるというのに。
「……おそらく森の開拓の行程よりもキツいことが予想される。だが俺たちにはこれだけの仲間がいる!俺たちの家族を取り戻すために!モルテナウス=ルーラーに目に物見せてやろうじゃないか!行くぞ!!」
「おぉおおぉぉぉっ!!!」
レオナルドは腰に提げた魔法剣を掲げ進軍を告げる。
先頭を行くレオナルドの後ろにはリッキーとゲルフォルト、そしてガーネットが続き門扉の外に待機させていた馬に慣れた動作で乗る。
ゲルフォルトに関してはレオナルドの後ろに乗せてもらっている。
「オルソ殿の移動は」
「心配は無用だ。我々には我々の手段があるのでな。最後尾に着いていく」
「了解した。少し急ぐが何かあれば遠慮せず言ってくれ。ガーネットは巡回方面に行ってるメルダを回収、リッキーはウィルが合流したら追いかけてこい」
「了解」 「了解!」
「ベッキオ館長、少し荒い行軍になる」
「かまわないよ、キミのやりたいようにやりなさい。私はそれを補佐するだけだからね」
「感謝する。お前たち!ルーラー選帝侯領へ進軍!」
馬の蹄の音が舗装された石畳の街道に響く。
武器を積んだ荷馬車も続き、領民たちは物々しい雰囲気に固唾を呑んで見送る。
レオナルド一行は領地の外壁を抜け、帝国へ続く街道を走り抜けて行った。
馬を走らせること四時間。
首都ウィルトの城門がようやく見えてきたと思うと、黒い何かが城門の前で待ち構えていた。
「団長!あれなに!?」
「わからないが、ルーラーの手先なら強引に抜けるぞ!」
そう言って手綱を握り直したレオナルドの耳元で、付いてきた妖精が警告の音を鳴らした。
王さま とまって!
今いくと はし くずされる!
「なっ……全体!一旦停止!!」
慌てて行軍を停止させたレオナルドはウィルト市直前の石橋一歩手前で何とか留まった。
数秒後、渡ろうとしていた石橋が音を立てて崩れ落ちていく様を、レオナルドたちは固唾を呑んで見つめていた。
「あっぶな…」
「……ありがとう、助かったよ」
妖精はニコリと笑ってチリンと鳴った。
しかしこれで迂回を余儀なくされてしまった。
ウィルト市に入る石橋は残り2本。
そのどちらも今のように破壊工作がされていたらどうしようもない。
「これを仕組んだのは……ああ、帝国騎士団の若い衆だね」
ゲルフォルトが丸を作った指の間から覗くように城門を見て鼻で笑った。
「あの様子だと、ルーラーのお坊ちゃんにご褒美でももらったのかな?若い…若いねぇ」
「すまないベッキオ館長、これから迂回して…」
「その必要はないよ〜」
立ち往生している一行の上空から、少し高音の女性の声が降って来た。
一斉に顔をあげ見上げると、太い杖に横乗りした白いローブに身を包んだ誰かが浮かんでいる。
その誰かはレオナルドを見ると目の前まで急降下してきた。
とても小柄な魔法使いだ。
「帝国騎士団の新兵が端のところに集まってるから気になってついて来たんだけど、まさかレオナルドの足止めだったなんてね〜。ほ〜んと、ルーラーの御坊ちゃまはアンタのこと嫌みたい」
「ヴィ…ヴィクトリア!?お前ここにいていいのかよ」
「ここ最近は例外でね、魔法騎士団が街の巡回を行ってるの。詳しい話は後で、とにかくこの橋を直しちゃいましょう」
杖に乗って浮かんでいる女性、ヴィクトリアは壊された石橋の真ん中あたりに飛んでいくと、腰につけた小さな円盤を一つ取り出して杖の先に揺れている小さいランタンのような部品の留め具にぶら下げ、聞き慣れない言葉を発する。
「 hwyrf stanbrycgn , ga þanc bacwand on tien , odyw þine hiw 」
言葉に呼応するようにヴィクトリアの足元には白く発光した紋様が浮かび上がり、崩れた石橋を照らすと、石橋はガラガラ、ゴトゴトと音を立てながら元の形を取り戻していく。
「ふぃ〜〜これで大丈夫かな?レオナルド〜もう通って…」
「貴様ぁ!なぜ橋を魔法で直したんだ!?これじゃあ開拓騎士団を足止めできないだろうが!」
宙に浮くヴィクトリアに剣を向けた、破壊工作を行った新兵のリーダー格だろう男に、ヴィクトリアは明らさまに落胆した態度を見せた。
「帝国騎士の品質もえらく落ちたもんだね。誰にどんな命令をされたのかは知らないけどさ、民間人の生活路を一人の騎士の足止めだけに壊すのは騎士道精神に反するんじゃないの?」
「黙れ!この帝国を守ってる帝国騎士団に向かって偉そうな口を聞きやがって!今すぐ降りてこい、一発ぶちのめして」
「 お前らが黙れ 」
いつの間にか橋を渡り終えていたレオナルドが馬上からリーダー格の騎士を睨みつけた。
ビクリと肩を跳ねさせた新兵たちの口が、まるでチャックを閉めるように左から右へ口が勝手に閉じる。
ムームー!と唸る新兵の横にふわりと降りてきたヴィクトリアが感心した顔でレオナルドを覗き込んだ。
「やるじゃんレオナルド〜。いつの間にそんな高等魔法を使えるようになったのよ〜?」
「ん?お前がこいつらを黙らせるのに口閉じの魔法を使ったんだろ?」
「は?違うんだけど」
「え?」
何とも言えない空気が漂ったが、ブンブンと首を横に振ったヴィクトリアは話を戻した。
「……ま、まぁとにかくさ!ここにいても帝国騎士団に囲まれるだけだし、こいつらはアタシさんの部下が何とかやっとくから、レオナルドたちは一度ウチの宿舎に来なさいね」
「いや、俺たちはこのままルーラー領に…」
「それやめときな。感情で動くとあとあと大変だから」
「……っ!」
おちゃらけた言い方から一気に真剣な言い方に変わったヴィクトリアに、レオナルドは背筋にヒヤリとした何かを感じ取った。
ヴィクトリアが言うのだから本当にやめておいた方がいいのだろう。
「お前の言う通りにする」
「そっか!じゃ、ダンダリオ伯爵様ご一行をご案内〜」
元の調子に戻ったヴィクトリアは再び杖に横乗りするとふわりと浮かび上がった。
そのままスイーっと街の中に入っていく後ろをレオナルドたちは着いていく。
その間にヴィクトリアの指示で現れた魔法騎士団所属の魔法使いたちが新兵を取り囲み、ボディチェックや拘束、なにかの魔法陣の中に押し込む作業を行っているのが見えたが、レオナルドはその一切を無視して街の中心へと向かっていく。
ほぼ一年近く振りの首都ウィルト市が、どこか静かで何かに怯えているようなそんな雰囲気が漂っているような気がした。
「ようこそ〜我が魔法騎士団本部へ〜」
「……つっても元は俺ら開拓騎士団の宿舎の半分に領土広げてるだけじゃないか」
「余計なこと言わなくていーの。さ、お連れ様も座って座って!」
ヴィクトリアに連れてこられたのはかつてレオナルドたち開拓騎士団が拠点にしていた総合宿舎の一角だった。
ヴィクトリアの魔法で運ばれてきた椅子にゲルフォルトやオルソ達が座り、レオナルドは窓に寄って宿舎の中庭を見つめた。
大勢の騎士たちで賑わう宿舎が閑散として不気味なほど静かだ。
その不気味さを感じ取っているレオナルドの事を分かってか、ヴィクトリアはウィルト市が置かれた状況を話し始める。
「今ね、ウィルトで"禁止魔法石"っていうのが出回っててさ。その魔法石を使った犯罪が後を絶たないんだ。魔法石は一応魔法具として扱われるから、アタシさんたち魔法騎士団が巡回に当たってるんだけど…その魔法石を使って違法な肉体強化をしてるのが帝国騎士団ね」
「……それが俺たちになんの関係が?」
「魔法石作らせたの、アンタの幼なじみ」
名前こそ出されなかったものの、全身の血が沸騰したのかと思うほど体が熱くなったレオナルドを、肩に乗った妖精がどうどうと落ち着かせた。
冷静に、と自分に言い聞かせながら深く深呼吸する。
「その魔法石は最初こそ粗悪品ばかりだったんだけどね〜…対象者の体内魔力を微量だけ奪って風邪をひいたみたいな感覚に落とすくらいの代物だったのが、今や体内魔力を根こそぎ奪って自分のものにして、無理矢理自己強化するっていう代物に進化しちゃった」
ヴィクトリアは壁の棚から厳重に封がされた黒い石を取り出して皆に見せた。
その黒い石を見てゲルフォルトが反応する。
「これ……私見たことがあるね」
「館長さんの記憶通りだと思うよ〜。だいぶ前に粗悪品の方だけど博物館のガイドさんが被害に遭ってるからね〜」
「やっぱりそうか……となると、ルーラーのお坊っちゃんはそれだけ前から、この違法な魔法石の生産を試みていた訳だ」
「そーだね〜。うちでとっ捕まえた愚か者の話を聞くに、"禁止魔法石"の生産は五年前から始まってたみたいだけど、ぜーんぜん上手くいってなかったんだって。形になって、思った力を保有するようになったのがここ一年、実用化されたのが半年前ね」
ヴィクトリアは指先でクルクルと魔法石を回した後棚に戻した。
「んで、なんでアタシさんがアンタたちをここに呼んだかなんだけど」
「ああ、それだ。何で俺たちをここに?」
「ルーラー領にアンタのお目当ては居ないってのを伝えるためさね」
「な、んだって…?」
「どうもアンタやガイドさんに不貞を働いた後蟄居を命じられてたみたいでね。本邸じゃなくて別邸に家族連れて引っ込んだらしいの」
ヴィクトリアはウィリティング帝国の地図を魔法で呼び寄せると、赤いインクでクルッと一箇所に丸をつけた。
「……ここって」
「潜入させた部下の話じゃ、このリブロルム山脈の麓にウィルト王国時代のルーラー領があって、そこを別邸として使ってる。ここの地下に魔法石が運び込まれてるらしいんだけど、厄介なのは別邸の後ろが山脈なのと」
「惑わせの森が左側に広がってる」
「そー。だから奇襲がかけられない。正面からになっちゃう」
「……失礼、森は逆に我々にとって有利ではないだろうか」
ずっと黙っていたオルソがようやく口を開いたかと思うと、立ち上がって地図を指さした。
「でっっ……っそうじゃなくて!アンタさんわかってる?惑わせの森だよ?入ったら出られない恐ろしい森からどうやって……ちょっと待った、アンタさん何者?」
「帝国の民が"言葉の民"と呼ぶ森に住まう者、オルソという」
「言葉の……えっ、ちょ、ちょっと待って?レオナルドは分かっててここに連れてきたってこと!?何考えて」
「悪いなヴィクトリア。俺のルーツは"言葉の民"にある。この蜂蜜色の髪も……オルソ殿や森の偉い人に認められて交流があるし、俺たちが取り戻したいアルバも"言葉の民"なんだ」
「……は、はは……じゃあ何かい?アタシさんたちが座学で教わってきた"言葉の民"ってのは間違った認識だったって事?こんな……こんな穏やかな人相の人たちっていうのかい?」
「良かったなオルソ。お前の人相を穏やかって表現してくれる若者がいて」
「……うるさいぞグーフォ」
「っ博物館の館長さんも!?ちょっ、ほんとにちょっと待ってって……え?アタシさんたちは知らないうちに"言葉の民"と一緒に生活してたってこと?」
あまりの衝撃に頭を抱えて百面相をしながらちょこちょこと動き回るヴィクトリアに、オルソとゲルフォルトは一生懸命考える子どもを見る様な視線を送る。
レオナルドはそんなヴィクトリアの肩に手を置き、決意を固めた目で見る。
「……ヴィクトリア。俺たちは森から別邸に攻め込むよ。悪いけどお前たち魔法騎士団には正面から当たってもらいたい」
「ほんっっとにめちゃくちゃな事言ってくれるじゃないの。アタシさんたちの方にリスク大きすぎなのよ、相手は"禁止魔法石"でうちの専売特許の魔力奪いに来るんだけど〜?」
「俺たちの物資の中に魔防強化版の盾を積んである。本来はそれを持って惑わせの森に入る予定だったんだが必要なくなったし、それならお前たち魔法騎士団の役に立つ方がいいだろ?」
何か言い返そうと口をパクパクと動かしていたヴィクトリアだったが、結局何も言葉は出ず大きくため息を吐いた。
「分かったわよ……でも条件を飲んでもらうわ」
「おう」
「メルダを返してちょうだい。正面から行くならあの子の目が必要よ」
「リッキーじゃなくて?」
「リッキーはそっちに連れて行って。アタシさんとの連絡係がいるでしょ」
「……分かった。アイツらが合流したら…」
唐突に扉が三回ノックされた。
居合わせた者全員が扉の方を向くと、細く開いた扉からリッキーとメルダが顔をのぞかせる。
「失礼します……魔法騎士団の方がうちの団長がこちらにいると伺って……」
「きゃーー!久しぶりメルダ〜〜!」
ヴィクトリアは両腕を挙げて扉まで走っていきメルダに飛びついた。
それを横目で見たリッキーの顔はドン引きで引き攣っている。
「ヴィクトリア団長っあの、今はそのっ」
「……トーリー……ほんとにそれ辞めなって先生に言われて…あ」
「イタタタタタ!ピーちゃん痛い!」
リッキーの頭の上にいたオレンジ色の小鳥がすごい速さでヴィクトリアの頭頂部を突き始め、ヴィクトリアはメルダから離れた。
「も〜せっかくのメルダとの再会なのに……しょーがない、ちょっと休憩してみんなを集めて作戦会議するか〜」
ヴィクトリアは頭頂部を擦りながらレオナルドを見上げる。
「アンタさんには申し訳ないけど、ここで焦っても解決しないからね。ちゃんと作戦を立てて万全の体勢でガイドさんを助けに行こう」
「………恩に着る」
「んーにゃ、これは貸し一つ。返し方はそっちに任せるから、絶対に生き残ること。いいね?」




