31話 嵐の前の静けさ
最終章始まりました。
完結まで走りきります。
よろしくお願いいたします。
誤字報告ありがとうございました。訂正しました。
アルバは木製の指輪が入った箱を手に、執務室の前で立ち往生していた。
そう、指輪だ。
数日前に互いの想いが通じていた事が判明したものの、女から指輪を渡すのはどうなのかと考えてしまったのである。
言葉の民にとって神聖な存在からの贈り物とはいっても、だ。
──こういうのって…男の人が渡したい、物よね……いいのかな、私からでも。
手の中で箱を弄る。
セグルツカが用意した箱は丁寧に磨かれた木目の美しく、留め具はツタと葉を模した細やかな物。
昔からセグルツカは工芸品を作ると右に出る者はいないと謳われるほどの腕前を持っていた。
そんな彼女の渾身の箱を無下には出来ず、大母樹から贈られた指輪を入れて持ってきたのだが。
「……どう誤魔化して渡そう」
「何を渡すんだ?」
「っどぅわあぁ!」
「っと……?綺麗な箱だな。故郷のか?」
扉を開け顔を出したレオナルドが、びっくりしたアルバが投げ上げた箱をキャッチした。
固まったままのアルバは小さく頷くが、箱を受け取ろうとはしなかった。
「どうした?」
「そ、その……箱の中なのですが……」
「こらこら敬語出てるぞ。じゃなくて、箱の中がどうかしたのか?」
「………、わなの」
「え?なに?」
「私の故郷の神様みたいな存在から下賜されたありがたい加護盛り盛りの指輪なの」
早口で捲し立てたアルバの顔は真っ赤で、湯気の幻覚まで見えるほどだった。
呆気にとられたレオナルドだったが、ふわりと笑ってアルバを抱きしめる。
「先を越されたなぁ」
そう言ってレオナルドはアルバの細く綺麗な左手を取ると、薬指をスルリと撫でた。
ピンクゴールドの細身のベースに透明な鉱石が嵌め込まれた、大母樹の指輪とは別の指輪が薬指に収まっている。
「!こ、これっ」
「もっとロマンチックに渡せたら良かったんだが、そういうのはよく分からなくてな……良かったらこっちの指輪も着けるか?」
レオナルドはアルバが持っていた箱を開けて木目の美しい指輪を取り出したが、うーんと唸って止まる。
「レオ?」
「いや、薬指に嵌めようと思ったんだが、アルバには少し大きいんじゃないかと思って。こっちの指輪は大きすぎておそらく俺用なんだろうけど」
「じゃあ右手の中指にする」
「薬指じゃなくていいのか?」
「うん。右手の中指に嵌める指輪は邪気を払ってくれるって聞いたことがあるから」
「……分かった。じゃ」
レオナルドは木目の美しい指輪をアルバの右手中指に丁寧に嵌めた。
アルバはレオナルドの薬指に指輪を嵌めて、ふふっと笑う。
穏やか空気が執務室前の廊下を包み込むが、それを遠くから覗く目が複数。
息を潜め、アルバとレオナルドの動向を陰ながら応援していたリッキーたちだ。
「……やーーーっと渡したか…長かった……」
「アルバの指輪のサイズが知りたいって言ってからどれくらい経ってる?あたし二ヶ月だと思うんだけど」
「それくらいだと思うよ?アタシとメルダでアルバ誘ってアクセサリーショップ行ったの二ヶ月前だもん」
「まぁ……いろいろ、あったし…大目に見てやろうな」
「いろいろ、なぁ……まぁそう、だよな……」
ハァ、と大きなため息を吐いたリッキーは頭をガシガシと掻きながら身を乗り出した。
「……お二人さーん!そろそろお仕事しに行ってもいいっすかねーー?」
急に声をかけられたアルバとレオナルドは飛び跳ねて驚いたが、手を挙げて合図を送ってきた。
仕事をしに行ってもいいらしい。
リッキーは一緒にいた三人の肩を叩きながら廊下を歩いていく。
メルダはガーネットに手を差し伸べて共に立ちリッキーの後を追いかけ、ウィルは少し遅れて三人の後に続く。
「お前たちいつから見てたんだよ?」
「アルバが扉の前でモダモダしてたところから」
「ほぼ最初からじゃないっ」
夕日が傾いてきた頃。
机上の書類を捌ききったレオナルドが大きく伸びをしてこの日の業務は終了した。
予想以上に早く処理が終わったことに、本日の秘書担当メルダが驚いていた。
「今日どうしたの?はやくない?」
「それがな、書類がそもそも少なかったんだよ。ウィル、これで全部なんだよな?」
「あぁ。今日届いた分はそれで全部だし、いつもこの時間に届く追加の書類も今日は来てない」
「……そんなこと、今まであった?何なの?」
執務室にいる皆が小首を傾げていたが、レオナルドは勢いをつけて立ち上がる。
「こんなに早く仕事が終わることもそうない事だし、夜飯を食べに行こうか。リッキー!この前お前が勧めてくれた酒場に連絡を入れてくれ」
「まっかせろ〜!」
リッキーは意気揚々と執務室を飛び出していく。
花の幻覚が見えるほどにレオナルドがウキウキと浮かれているのを、ウィルはやれやれと苦笑しつつ片付け始めた。
「アルバも一緒に行くだろ?」
「いいの?」
「あたり前だろ。うちはアルバ抜きじゃ回らないしな」
「たしかにそうだよね〜。団長の開拓記録の添削はアルバがいないとぜーんぜん分かんないし」
「ガーネット……それは言わない約束」
「だって本当なんだもーん」
ガーネットはべーっと舌を出して執務室から出ていく。
今度はアルバがやれやれと苦笑して資料を鞄に入れて立ち上がった。
「一緒に行かないのか…?」
「行くよ?行くけどティーセットを厨房に返しに行ってくるだけ」
「!そうか、なら一緒に下に降りよう」
ガタガタと椅子を鳴らした立ち上がったレオナルドは、アルバが持とうとしていたティーセットを代わりに持つ。
アルバは扉を開けレオナルドを通してその後に続いた。
「………イチャつくな、はさすがに野暮か」
「あそこまで団長のアピールが明らさまだとね。無闇につついて噛まれるのはごめんよ」
「それもそうだな」
ウィルは手に持っていた資料をトントンとまとめて袋に綴じ、メルダは室内灯を消して回り執務室を出た。
「あ!店と連絡取れたから今からご飯行くぜ!二人とも早く降りてこいよ〜」
迎えに来ていたらしいリッキーが階段の踊り場をくるりと回ってそのまま降りていった。
「じゃじゃーん!ここがボクの最近行きつけの美味しいピザのお店!」
レオナルド邸から南に10分ほど歩いた所に立地する、どこか隠れ家のような雰囲気の店に案内された一行は、中に入って席に着く。
店内奥には石窯がドンと構え、その前で店主がピザ生地をクルクルと大きく広げてチーズやトマト、香辛料、ソースをかけて石窯の中へ入れる様子が見える。
なかなか見られない調理に釘付けになっていると、店員がメニューを持ってやってきた。
「領主様!今日は皆さんとですか?」
「そうなんだ。ピザは店長のオススメで頼む。飲み物は各自だな」
「じゃああたしコレにする」
「アタシはこれかな〜アルバは?」
「私は……」
「ボクとウィルはエールで!」
「俺はウィスキーだな」
注文を聞いた店員は厨房へ行き、6人分のドリンクを運んでくる。
「それじゃ、早く終わった仕事に〜乾杯!」
「かんぱーい!」
グラス同士がぶつかる音が響き、店長オススメのピザも届く。
追加のサラダやパスタも続々と届き、皆で食べ進めていって、気づけば夜更け。
ほろ酔い気分のメルダは酔いつぶれたガーネットをおぶって、先に帰っていった。
リッキーとウィルはもう少し飲むらしく、ニコニコとご陽気な様子で別の店へと向かっていく。
残されたアルバとレオナルドも自宅に帰ることにした。
舗装された道を二人は手を繋いで歩いていく。
「アルバはお酒に強いんだな」
「実はそうなの。ノービレ一族の中で私と父が酒豪の座を争ってた」
「そうか、アルバの強さはお父上譲り…」
「うぅん、祖母譲り」
「お祖母様?ってことはセグルツカ殿も?」
「おば様は下戸で泣き上戸」
「イメージ湧かないな」
「ふふっよく言われてた」
ほろ酔い気分の二人はクスクスと笑いながらレオナルド邸まで戻ってきた。
住み込みのメルダとガーネットが先に戻ってきているからか、邸内の室内灯が付いている。
いつも通り、門の前でお別れだ。
「……今日は夜ご飯のお誘いありがとう……?レオ?」
夜ご飯の礼を言うアルバをジッと見つめたままのレオナルドは、手を引いて再び歩き始めた。
「家まで送る」
「えっ、い、いいよ。裏手だし一人で」
「夜道を愛しい人一人で歩かせるなんて、そんなこと出来るわけないだろ」
むぅ、と少しむくれた顔で訴えてきたレオナルドに、アルバはしょうがないなぁと諦めた。
酒のせいか少し幼くなっているような気がして、無碍に断れない。
もう少しだけ、二人は手を繋いで歩く。
二人分の足音が虫も鳴かない静かな夜道に響く。
時折吹くひんやりと冷たい風が、酒で暑くなった頬を冷ましてくれている。
「また今度、二人であの店に行こう」
「そうね。店長さんのオススメピザ、他の種類も食べてみたいし」
「時々店員の子のオススメの時もあるらしい」
「なにそれ、気になる………あ、」
ゆっくりと歩いていたのにもうアルバの家が目の前に迫った。
今度こそお別れだ。
「送ってくれてありがとうレオ」
「どういたしまして」
「………あのー、レオナルドさん?」
「なに」
「手を離してくれないと……中に入れないんだけど」
「そうだな」
レオナルドはアルバの薬指で光るピンクゴールドの指輪をスリスリと弄ると、グイッとアルバの腕を引き抱きしめた。
「レ、レレ、レオナルドさん!?」
「レオって呼んで」
「言うてる場合かっ、違っ、急になに」
「………ハア……」
「……酔ってる?」
「ちがう。今自分と戦ってるから少し待って」
抱きしめられたまま待つこと一分。
自分との勝負に勝ったのか、ようやくレオナルドはアルバから離れた。
「……素面の時に言うから」
「なにを?」
「こっちの話。ゆっくり休んでくれ」
「うん、レオもね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
レオナルドは手を振って来た道を引き返していく。
アルバはそのレオナルドの背を見送り、ふぅと熱い息を吐いた。
レオナルドの大胆な行動には毎度ドキドキしてしまう自分が恥ずかしいが、彼の愛情表現であることは間違いなく、受け入れて然るべきだ。
「……んふふっ」
思わず笑いが口から漏れる。
薬指に嵌るピンクゴールドの指輪を夜空に掲げると、口角が上がってしまう。
こんなにも贈り物が嬉しいことなんて初めてだ。
博物館のガイド業でお礼品やそれこそ贈り物をたくさん貰ってきた経験はあれど、こんなに嬉しいのは今までにない。
「大事にしないとね」
そう呟いて家の鍵を取り出そうと俯いた時だった。
「すまない。さる御方より貴方を保護するよう命じられている。少し眠っていてくれ」
オルソのものとはまた違う低い声が背後から聞こえ、振り向こうとした瞬間に口元を何かで覆われ、何かしらの魔法を掛けられる。
瞼が重くなり意識が沈んでいくなか、アルバは必死に薬指から指輪を外し玄関横の植木に落とした。
その植木は妖精たちの朝露用の物で、朝になれば彼のところに持って行ってくれるはずだから。
アルバは祈るように植木の中の指輪を見たあと意識を手放した。
低い声の男は気づいていたようだが、見なかったことにして意識のないアルバを横抱きに抱えあげた。
「すまない。あの御方の命令には逆らえない我ら、帝国騎士団を許してくれ」
アルバを抱えた男の胸には帝国騎士団の長たる証の勲章がいくつも揺れている。
悔恨と懺悔が入り混じる苦痛の顔のまま、男は暗闇へと姿を消した。




