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30話 レオナルドの苦悩

 あらゆる選択に迫られ、決定を下し、ようやく領地に戻ってきたレオナルドの目の前に、山積みの書類が出迎えた。

 邸の片付けに追われていた騎士たちが帝国からの使節の対応をしている間に、レオナルドの執務室と隣の自室は綺麗に片付き、気が付けば書類の山が居座っていたらしい。

「本当に誰がここを片付けたとか、書類持ってきたかとか、全っ然知らないんスよ」

「盗まれたものとかは無さそうなんすよ。団長が意識を失ったあとにアルバさんからお預かりした魔法剣も、返り血を綺麗にしてそこに収まってますし」

 レオナルドは指さされた戸棚を見ると、静かに棚に収まる魔法剣に隣人たちが座ったりつついたりしている。

 机の上の書類が誰の仕業かわかったような気がした。

「分かった。とりあえず俺はこの書類の山と廊下に待たせている客人の相手をするから、お前たちは持ち場に戻ってくれ。俺のいない間、ご苦労だった」

 騎士たちは敬礼して退室し、廊下の客人たちと入れ替わった。

 客人はアルバに連れられたオルソとクチオーロ、そしてお目付け役らしい青年だ。

「待たせてすまなかった。そちらに腰掛けてくれ」

「心遣い、感謝申し上げる。ピッキオとクチオーロも」

「はい、ありがとうございます」

「……っす」

 クチオーロは罵詈雑言を吐けぬよう予め魔法をかけられているらしく、必要以上の言葉は話せないらしい。

 オルソの発案のようだ。

 三人がソファに座ると、テーブルにアルバが人数分のティーカップとメルダオススメの果実紅茶が入ったポットを置いた。

「さてキミ達を我が邸に招いたのは、いろいろと説得をするためなのと、森の外を知ってもらうためだな。どうだろうか」

「どう……と言われましても、オレたちは馬車って箱に入れられてここに来ましたし」

「ふはっそうだよな。そりゃ答えにくい質問をしてしまった。そこの窓から外を覗いてみるといい」

 レオナルドが指さした大きな窓にピッキオとクチオーロは恐る恐る近づいて外を見た。

 白やクリーム色で彩られた石畳の舗装された道路を笑顔で行き交う人々や道端で談笑するご婦人たち、軒先で小さな店を開く商家の旦那など、生き生きと生活する様が映った。

「オレたちと……変わらない、のか?」

「そうだ。ここに住むのはキミ達と何ら変わらない人間で、魔法を使える使えないの差はあっても、それを悪く言うような性根の腐った者はいないと自負しているよ」

「アンタの目にはそう写ってるだけで、本心はそうじゃねぇかもしれねーぞ」

「そうかもな。まぁ人間の心の内なんて俺には分からんから、この自負は願望でもある」

「ハッ……聞いて呆れるぜ。そんなんが王を名乗るのかよ、お笑い草だ」

 クチオーロは顔だけをレオナルドに向ける。

「オレらを飼い慣らせると思うな。いつでもその喉笛噛みちぎる準備は出来てるんだからな」

「飼い慣らすだなんて思ってない。共に歩んでいきたいと思っているからな」

「……チッ、気持ちの悪ぃ綺麗事じゃねーか」

 大きく舌打ちをしたクチオーロはそれ以降何も言わず、ソファにドカッと座った。

「此度の王は……人たらしなのか?」

「天然物よ。なかなかの逸材」

「だろうな、あのクチオーロが簡単に引き下がった」

「おい聞こえてんぞオルソ!」

「あ!ダメだろクチオーロ、オルソ様にそんなこと言っちゃ!めっ!」

「ガキ扱いすんなっ」

「クチオーロ……もう少し轡が必要か?」

「……いや、……くそっ……」

 悪態をついてそっぽを向いたクチオーロを横目に、レオナルドはひとつ提案をした。

「さて、わざわざ御足労をかけたのに俺はこの書類の山と戦わないといけない。街の観光をうちの部下たちに任せてあるから、ぜひ楽しんできてくれ」

「王のご厚意に感謝を。お前たち、この茶を飲んだら行くぞ」

 ピッキオとクチオーロはティーカップを雑に持つとグッと飲み干した。

 そこそこ熱いはずだが二人は動じず、ピッキオに至っては華やかな果実の香りに驚いていた。

「茶に果実の香りを移してる?違うな……どうやってるんだろ」

「口に合って良かった。製法は伝えられないが、いつでも飲みに来てくれ」

「はい!ありがとうございます!」

 こうしてオルソたちはメルダに連れられて街に繰り出して行った。

 執務室の窓から様子を伺いつつ、レオナルドは書類に手をつけ始める。

 書類の上の方はすでに処理済みの帝国へ送るものばかりだった。

 捌いても捌いても新しい書類が出てこない。

「もーーー!これ処理終わってるやつじゃねぇか!誰だよここに運んできたの」

「そこで手を挙げてる小さい子がいるよ」

 歴史的観点による報告書を書き始めたアルバがレオナルドの机の端を指さして笑う。

 そこにはバツが悪そうにモジモジしている妖精が見上げていた。

「〜〜〜〜言い方が悪かった。すまない。ただこのサインが書いてあるものは次の人に送るようなんだ」


おてつだい ダメ?


「ダメじゃない。むしろ手伝って欲しい」

「あっダメよレオ、そんな頼み方しちゃ」


わーい おてつだい するー!


 機嫌を直した妖精が意気揚々と飛び上がると、せっかくまとめた書類がバサバサと音を立てて宙に舞う。

 アルバはインクボトルの蓋を閉めて立ち上がると、書類に向かって言葉を紡ぎ始めた。

「 書類は散らばらず ひとつにまとまってテーブルに 隣人は動かない それ以上何もしないで 」

 宙に舞った書類はカサカサとまとまり始め、ゆっくりとテーブルに着地する。

 手伝おうとした妖精が頬を膨らませて抗議の意を示しているが、アルバは前を素通りした。

「すまないアル、バ……」

 レオナルドの身体がゆっくりと傾いたのを、アルバは何も言わず腕を掴んで支えた。

「あれ、なん、で」

「隣人たちが魔法を使う時は近くにいる契約者の魔力を使ってしまうから、的確に度合いを教えないと全部持ってかれるのよ」

「俺は契約したのか?」

「いいえ。今回はこの子の独断。周りの子の様子を見るに、人の話を聞かない子のようね」


導きの子 どうしてじゃまするの


「邪魔してないわよ。アナタが王の魔力をすっからかんにしちゃったから怒ってるの」


だって おねがいされた!


「それはそうだけど、魔力を全部使うのはダメ。これは禁止事項、森を出る時に聞かされているはずよ」

 妖精は空中で地団駄を踏むと、怒られて泣く子どものようにけたたましく鈴の音を響かせてから姿を消した。

 他の妖精たちは困ったように、心配するようにアルバとレオナルドの周りをクルクルと飛んでいる。

 大分力が戻ってきたのか、レオナルドは自力で身体を支えられるようにまで回復すると、妖精たちは彼の頬や頭を撫でて回った。

「ん、もう……大丈夫、おーい」

「んふふ、この子たちは人と交わるのに慣れてる子たちみたい。今は好きなようにさせてあげて」

「だとしても、ちょっと……たすけてくれないか」

「もう少しそのままで……ンフッ」

「……楽しんでるだろ」

「気のせい気のせい」

 その後も髪と頬を撫でくりまわされてボサボサになったレオナルドを見て、アルバは耐えきれず吹き出した。

 楽しそうならいいか、とレオナルドは髪を整えながら微笑む。

 しかし書類の仕分けは終わっておらず、二人して夕方までバタバタと書類捌きに追われた。

 戻ってきたオルソたちはどこか満足気だったことは覚えているが、交わした言葉は覚えていないほど多忙で終わった一日だった。


 翌日、せっかく片付けた書類の山に追加の山が築かれた。

 先日の奇襲の件で心配した皇帝からの手紙と領地での防御面改革に色んな案を提供してくれた訳だが、これがまた何通りもあってありがたいのかなんなのか。

 失礼のないようにと全てに目を通していくレオナルドだが、余りにも多すぎて終わりそうにない。

「……レオ、ちょっと休んだら?それ別に返事しなくていいんだろ?」

「そうなんだけどな、読んどかないと失礼じゃないかと思ってしまってな。リッキーたちは先に休憩しててくれ。もうすぐ読み終わるから」

「で、でもっ」

「ガーネット。ああなったレオが頑固なの、一番よく知ってるだろ?ボクたちは先に休憩しよ」

 リッキーはガーネットとウィルを連れて執務室から出ていくと、扉の前で立ち止まり頭を抱えた。

「あいつ、書類仕事捌き続けて何日目?」

「……奇襲に遭った日と森で治療を受けた日を除いて、二週間は経つな」

「サボってた形跡はないんだよな…ボクとウィルで帝国に送るように封書作業してるから。それにしても多すぎないか?」

「一回に届く書類がそもそも山のように届くからっていうのもあると思う。ちょっと抗議文でも送るか」

「うちの領主様にどれだけ仕事回すんだって?……いいんじゃないの?みんなの署名入りでさ、抗議文作ろ」

 リッキーたちの会話を扉の裏で聞いていたレオナルドは苦笑した。

 捌いても無くならない書類のほとんどは、内務大臣経由の開拓騎士団に関する無理難題の処理と領地の税金の話、伯爵夫人の選定の話、あとは嫌がらせの如く森開拓の催促。

 伯爵夫人の選定はいわゆるお見合いだが、レオナルドの心は決まっている。

 この書類だけは中身を見ずに断りの書状をしたためて送り返していたが、向こうも読んでいないのだろう。

 レオナルドも頭をガシガシと掻き、大きくため息を吐いてから身体をほぐし始めた。

 それを真似して妖精たちも身体を伸ばしたり腕をぐるぐると回したりしている。

「そういえば…昨日書類の山吹き飛ばしてたお前たちの仲間はどうした?」


あの子 森から でられなくなったよ

森とのやくそく やぶっちゃったからね

導きの子 せいろんぱんち


「ふはっなんだそれ……でも俺も悪かったんだよな、ちゃんと伝えなかったから」


王さま わるくない

王さま 森のそとの子 まほうの使いかた

導きの子と ちがう

あの子 それ わかっててまほう使った

だから森に怒られた じごうじとく


「そうか」


これから まほうの使いかた 知ればいい

導きの子 教えてくれるよ

王さま すぐできる センス よし

王さま 水の剣使う あれ てだすけ


「魔法剣が?」

 レオナルドは棚に飾ったままの水の魔法剣を手に取り、鞘から刀身を引き抜いた。

 ほんのり淡い空色を帯びた刀身は近くを飛ぶ妖精に呼応するかのように薄く明滅している。

「剣が光ってる…」


この剣 王さま あるじにみとめてる

ここの石より 王さまのことば だいじ


「俺の、言葉?」


そう 王さま 森の子の血 ついでる

だったら まほう つよくなる

導きの子のこと ほしい 森のそとの子から まもる ちからになる

だから れんしゅう あるのみ がんばれ


 妖精たちはレオナルドの肩や頭の上に乗ってチリチリ、コロコロと笑っている。

 レオナルドは剣を鞘に戻し、棚に収めるのではなく腰に提げた。

 この方が安心する。しっくりくる。

「……よし。何事も経験が物を言うからな。お前たち、練習に付き合ってくれ」

 意気込んだレオナルドだったが、妖精たちが目の前で大きくバツ印を作った。

「なんでだよ」


王さま きゅうけいしろ

導きの子と れんしゅうするのがいい

こそこそれんしゅう ダメ ぜったい


「……えぇぇ……俺、アルバに何もできないところ見られたくないんだ」


さいしょ みんな できない あたりまえ

導きの子 王さまのこと わらわない

まほうのたつじん そばにいる あんしんする

導きの子 おしえじょうず

王さま すぐじょうたつ

だから きゅうけい!


「わかった、わかった!休憩しような!」

 妖精たちの言葉が理解できるようになってから、こうして振り回されることが増えた気がする。

 妖精たちが執務室にいるのは、アルバ曰く森の加護によるものらしいが、話し相手に付き合わされる方が多い気もする。

 ありがたい、のか?


──書類仕事に妖精たちの話し相手に……いつになったら俺の穏やかな生活が戻ってくるんだよ……


 レオナルドの苦悩は尽きないのであった。

これにて第3章終幕です。

幕間を1つ挟み、最後の第4章が始まります。

なにとぞよろしくお願いします。

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