29話 選択
ふと目が覚めたアルバは、いつの間にベッドで寝たのかを思い出せずぼーっとしていた。
身体を起こそうにも、重しが乗っているかのように身体が重くて動けない。
そう、重しが乗っていて動けないのだ。
やっと頭が起きて考えられるようになって気がついた。
誰かが背後で寝ていて、ガッチリと抱き締められている。
「んん……」
首元に声が響き、息がかかる。
叫びそうになるのを必死に抑え、少しずつ振り向いた。
レオナルドの整った寝顔が眼前に現れた。
ヒョッと変な声が漏れてしまい、レオナルドが少し身じろいで目を覚ます。
「………おはよ、う」
「お、おはよ、ございます……」
「……うん」
目を覚ましたものの、まだ夢見心地なのかレオナルドはアルバに回した腕に力を入れ、ギュッと抱きしめた。
「……っレオっ、レオナルドさんっ……苦しい」
腕をペチペチと叩いて抵抗したアルバはようやく解放され、上体を起こした。
髪は少し乱れていたが、服は一切乱れていない。
全く状況を理解できないアルバはレオナルドの肩を揺すって起こす。
「レオ、起きてください…」
「……ん……、っ!おあっだっ!」
飛び起きたレオナルドはベッドから落ち、床に打ち付けた腰を擦りながら顔を出した。
「……俺は何もしてないぞ」
「……でしょうね。あの子たちが笑ってるから」
アルバは微笑みながらレオナルドの後ろを指さした。
レオナルドが振り向くと小さな何かが口に手を当ててクスクスと笑っている。
昨晩灯りを消したのはこいつららしい。
おはよう王さま おはよう導きの子
人の子はくっつく方が よくねむれる
王さま よくねむれた?
「そ、れは……」
「もしかしてあまり眠れてない?」
「いやっ眠れたんだよ……最初は寝れないって思ったんだが……アルバの寝息と体温で、その、夢見も良くて…」
「だからさっき腕を」
「ちがっ、あれはアルバが俺の袖を掴んだまま寝たから!」
「え゛」
「ん゛んっ……とにかく!顔洗いに行こう。オルソ殿の話ならリッキーたちをここに連れて来てくれるらしいからな」
二人は互いに照れ隠しで咳払いをして立ち上がると、妙な距離感を保ったまま洗面所へと入っていく。
その様子を小さな何かが笑いながら追いかける。
「……イタタタタっこら、髪引っ張るな」
「あ、こらっ耳元で騒がないで。人間は耳元で大きい音が鳴ると聞こえなくなっちゃうの」
洗面所から子どもをあやすような二人の声が聞こえてくる。
リッキーたちが案内されてくるまで、その声は止むことはなかった。
「そんで?二人仲良く支度してたってワケね……の割には、何その距離感」
オルソに案内されてやってきたリッキーたちは完全復活したレオナルドに安堵しつつ、ちゃっかりレオナルドとアルバだけ別室だったことに要らぬことを考えたようだった。
ニヤニヤとアルバをつつくガーネットに、ただニッコリと微笑むだけのメルダ、何とも言い難い表情のウィル。
「お前らな……とんでもねぇこと考えてるのバレバレだからな。そもそも!俺は何も!してない!」
「何もしてねぇんだったらそんな距離感にはならないんだよ、普通」
「ホント団長ってば、アルバの事になると行動が早いって言うか」
「本当に何もないって!信じてよガーネット〜」
容赦ない掘り下げにあたふたと否定を続けるアルバとレオナルドに助け舟が出された。
「みな、茶が入った。茶を飲みながら王に何が起こったのかを共有すべきではないか?」
「オルソさんは二人の微妙な距離感、気にならないんですかぁ?」
「……昨日、互いに通じ合って死の淵より帰還し、隣人たちの世話焼きで計らずしも同衾したからこその距離感だろう?熟年夫婦ではないんだ、何も気にする事はない」
テーブルに人数分の湯呑みを置いていくオルソはサラッと言ってのけた。
正直つまらないといった顔のリッキーは湯呑みを受け取り、お茶を啜ったが熱すぎてフーフーと冷ましている。
罰が当たったらしい。
「では王よ、憶司として御身に何があったのかを守り手のみなに伝えてもよろしいか」
「あぁ、よろしく頼む」
「承知した。みなと別れたあと、我々は……」
オルソは昨夜の清泉での出来事を事細かに説明していく。
さすがにアルバがレオナルドの深層心理に入った時に見たものの内容は触れられず、レオナルドの傷は完治したこと、本格的に惑わせの森がレオナルドを次代の王と認めたことを伝えた。
「王と認められた以上、様々な選択に迫られるだろう。帝国の民でいるか、我らの同胞となるか、と」
「帝国のクソ野郎が俺たちの王なわけがねーだろが!」
突然出入口から罵声が飛んできた。
全員が振り向くと、金髪の青年が短剣を振りかざして立っている。
オルソは頭を抱えて大きくため息を吐いた。
「クチオーロ……お前はまた抜け出したのか。ピッキオが泣くぞ」
「うるせぇ!俺はそこの帝国人を認めねぇ!森が認めたとか守護者がどうとか関係ねぇし」
「……またそんな事を。そんなだからお前は紐を失ったん」
「関係ねぇっつってんだろ!!」
クチオーロと呼ばれた青年は短剣を構えてレオナルドに突撃していく。
突き出された短剣がもう少しで届くかと思いきや、クチオーロの視界がぐるんと回転し床に叩きつけられ、短剣を持っていた腕も捻りあげられてしまった。
「……?、なに、?」
「オルソ、この子もしかしてグランカーネの裔の子?」
「……そうだが」
「なら納得ね。あそこの家は自分のことしか考えない人ばかりだし、森のことさえも見下して授かった紐を手放すような奴らだもの」
クチオーロを捻りあげたのはアルバだった。
普段のにこやかな表情から一変し、足下で状況を把握できていないクチオーロを軽蔑の眼差しで見下ろしている。
「前みたいに汚い言葉ばかり聞きたくないから、 口を閉じて一切喋らないで 」
「っ!ンンーー!ンムッンーーー」
「あら、喋らないでって言ったのに効かなかったみたい……それなら」
「わーーーっ!それ以上は勘弁してくださいアルバーツィア様!」
別の青年が大慌てで滑り込み、アルバの前に手をかざした。
アルバは捻りあげた腕を離し、飛び込んできた青年にクチオーロを押し付けた。
「ふぅ……寛大なご配慮、感謝します。こいつはこっちで」
「何を勝手に決めているの。王の御前でよくもそんなことをノウノウと言ってのけるわね」
決して大きい声ではないのだが、空気が震え室内にいる全員に恐怖を植え付けた。
相当怒っていると誰もが思う。
「お前が私にこの傷を付けたこと、忘れたとは言わせないわ。前回だって今だって、お前がちゃんと教育していればその小童もこんな事にはならなかったはずだけど」
「そっそそ、それは、その……」
「ベッキオの名が泣くわね……オルソ、サッサとつまみ出して。気分が悪いわ」
「分かった。その代わり、お前もその態度どうにかしろ」
「分かってるわよ」
オルソは青年たちの襟首を掴んで退室していった。
それを見送ったアルバは大きくため息を吐き、頭を抱えて備え付けの洗面所へと消えていった。
見事なまでの怒髪天に取り残された五人も軽くなった空気に安堵の息を漏らす。
「アルバってあんな風に怒ることあるのね」
「さすがに二回も命を狙われたらああもなるよ」
「クチオーロ、だっけ?かなり帝国に対して反抗心があるみたいだけどさ、何かあったのかな……ってレオ、どこ行くん」
「リッキー」
ガーネットはリッキーを呼んで首を横に振った。
今はそっとしておく方がよさそうだ。
洗面所の扉を軽くノックしてから、レオナルドは中を覗くと、アルバが洗面台の縁に手を置いて俯いたまま小さく、どうぞ、と呟いた。
「大丈夫か」
「……大丈夫では、ないです」
先程の威圧感はどこへやら、小さく弱々しい声が返ってきた。
「幻滅したでしょ……あんな高圧的なやつなんだって」
「そんなことはない。本来のキミの立場を知れた。守護者とは、辛いものだな」
「……辛い……たしかに、そうね…」
「抱きしめてもいいか?」
レオナルドの申し出に小さく頷いたアルバを、背中側から優しく抱きしめた。
「キミにそんな顔をさせなくちゃいけないなら、俺は王にならない選択をすべきかな」
「さすがに森が許してくれないわ」
「ならしょうがない。さっきのクチオーロ、だっけ?彼を説得する選択しかないな」
「あれはどうしようもない血族主義の煮凝りだけど」
「どんな奴だろうと納得させてやるさ。今までだってそうしてきた」
どこからその自信がくるのかと問いたかったが、野暮だろうと思った。
彼は何だってやり遂げる膂力のある男だ。
本性を見せた所で、人を見捨てるような薄情者でもない。
アルバは抱き締めるレオナルドの腕に自分の腕を添わせて微笑んだ。
「貴方がその選択をするなら、私は貴方に着いていく選択肢しか残らないのだけど」
「ははっ。いつまでも着いてきてくれるんだろ?ガイドさん」
「そういう時だけ本職で呼ばないで貰えます?帝国の騎士様」
毒気を抜かれたアルバは腕の中でくるりと回って抜け出すと、レオナルドの手を握って小さく深呼吸して笑った。
「ガーネットたちに帰ってこないって言われてるかしら」
「かもな。アイツらすーぐ人の事詮索するから」
「イチャつくなって開口一番言われそうな気がする」
「間違いないな」
二人は手を繋いで洗面所を離れ、四人が待つ正面の部屋に戻る。
四人の開口一番がウィルのイチャつくな、だったことで膝から崩れ落ちる結果となったが。
「まさか当たると思わないじゃない」
笑撃もほどほどになってきた頃、クチオーロを外へ連れ出していたオルソが朝食と思しき食事を携えて戻ってきた。
部屋の真ん中で膝から崩れ落ちているアルバに首を傾げつつ、テーブルに食事を広げていく。
「お前、この700年で変わったな。帝国暮らしでそこまで変わるのか」
「そりゃあいろいろ経験してきましたから。楽しいことも辛いことも」
「そうか……ところで王よ、今後どう選択をされるか朝食を食べながらお聞かせ願おうか」
食事を広げるのを手伝っていたレオナルドは頷いて応えた。
席に座ってまっすぐにオルソを見つめて口を開く。
「俺は、開拓騎士として言葉の民の王として、帝国と言葉の民の架け橋になる」
「……我らの王のみではない、と?あくまで帝国の一員として我らの王になるというのか」
「本当ならそれが一番いい選択になるんだろうけど、俺には父さんの時から慕ってくれている領民たちがいるからな。彼らにとっても俺は王みたいなもんだし。それに」
レオナルドは隣に座るアルバの手を取って微笑んだ。
「ベッキオ館長との繋がりもそのままにしておきたい。そうすればいつでもアルバも俺も、帝国の暮らしにも戻れる」
「それはつまり、我々の動向は帝国に筒抜けになるということか」
「違う違う。俺たちは"言葉の民だから踏み躙られる"状況を起こさせないようにしたいんだ。俺たち帝国人が学ぶ歴史は間違っているから、正しい歴史を学ばさなくちゃいけない。でもそんなことはすぐにはできない、だって間違った歴史を学んでそのまま研究を続けるお歴々が国の中枢に居座っているからな。そんな彼らに『お前たちが学んできた歴史は間違ってるんだぞ』なんて言ったらこっちが負けるに決まってる。だったら少しずつ地盤を固めて、架け橋を作って、アンタたちが大手を振って森から帝国に遊びに行けるようにするのが、王の務めなんじゃないかな」
オルソは何か言おうとしたが、自論を語るレオナルドの周りを森の代弁者たる隣人たち、妖精たちが賛同するように飛び回っているのを見て口を閉ざした。
最初は綺麗事をツラツラと言うだけの若造かと心のどこかで嘲笑していたが、こんなにも芯の通った自分を持っているとは思いもしなかった。
今までの王に選ばれた者たちと全く違う。
「……森は……我々に変われと、いつまでも過去に囚われず今を生きろと、そう言いたいのか」
「そういう事だと思う。だから姉さんとレイオン義兄さんの子孫で帝国育ちの彼を王に選んだんだよ」
「………そうか」
アルバがこんなにも冷静に物事を俯瞰して見ている。
昔は猪突猛進、一度信じたら痛い目を見るまで考えを変えなかった、あの通り一辺倒のアルバが。
それに比べて森の奥で息を潜めて生きる我々のなんと凝り固まった思考だろうか。
完敗だ、彼らの選択を否定しきる考えはもう浮かばない。
「そうは言うけど、団長のやりたいことは簡単な事じゃないんだぞ。陛下はともかく、お前のあのバカ親戚や狂ったルーラー家の坊ちゃんとか、必ず障害になるはずだ」
「そこはウィルの手を借りるさ」
「……あんたって人は……」
「ははっ残りの三人も手を貸してくれるんだろ?なんだかんだ」
話を振られたリッキーたちは呆れたように笑って当たり前だ、と応えた。
そのやり取りをみたオルソは安堵の息を漏らす。
「王の選択が、我々を良き方向に導くことを切に願う。守護者よ、新たな守り手たちよ、どうかよろしく頼む」
「こちらこそよろしく頼む」
憶司・オルソが後に記す。
帝国の民より王、選ばれり。
森、隣人を通じて王の帰還を伝うる。
王、守護者の手を借りて帝国との架け橋となることを宣言す。
我らの変化を森が望み、王はそれに応えけり。




