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28話 王の帰還

 地下から地上に戻ると来た時に降っていた雨は止み、空には満天の星空が浮かんでいた。

 心地よい風が吹き、雨の湿気はほとんどない。

「少し歩くが…不調はないか」

「大丈夫だ。むしろ快調過ぎるくらいだな」

「そうか。では行こう」

 オルソが先頭を行き、その後ろをレオナルドとアルバがついて行く。

 けもの道を抜け小川の橋を渡り、篝火に沿って道を行く。

 5分ほど歩くと森の木々が減り、集落の入口だろう木の門が三人を出迎えた。

 真夜中に差しかかろうという時間にも関わらず、多くの人が何かを待っているように集まっている。

 門の近くで立ち話をしていた男たちが三人に気づき慌ただしく駆け寄ってきた。

「オルソ様!儀式はっ」

「落ち着け、俺の後ろにいる方を見れば分かるだろう」

 男たちは少し横にずれてオルソの背後を確認すると、同じようにオルソ越しに集落を見ようとしたレオナルドと目が合った。

 驚いて数歩後ろに下がったが、互いに顔を見合わせてぺこりと会釈する。

「お前たち、樹聖はどこに?」

「根の宮に」

「わかった。アル、王を連れて根の宮に行け。俺は皆に説明してくる」

 オルソはレオナルドに軽く礼をすると、駆け寄ってきた男たちと共に集落の真ん中に向かっていく。

 アルバはレオナルドの手を引きオルソとは別方向に向かって歩き出した。

 集落の人々の目が刺さる。

「気にしないで。みんな貴方のことが気になってしょうがないの」

「だとしても気になってしまうんだが」

「あら、開拓の凱旋でキャーキャー言われてた団長さんらしからぬ発言」

 小さく笑ったアルバは集落の奥にそびえる大樹の根元にある門に手をかけて押し開ける。

 外の雑踏が嘘のように静かになった。

 アルバも心做しか緊張しているようだ。

「……いつまでそこで立っておる。疾く中に入りや」

 嗄れた声が奥から響き、アルバはビクリと肩を跳ねさせて1歩踏み出す。

 ここはアルバにとって何かしらの恐怖を感じる所なのだろう。

 二人は門をくぐり、木の中に入るように奥へと進む。

 石畳の床は所々木の根で盛り上がり、気をつけて歩かないと転んでしまいそうだ。

「やれやれ、700年経っても其方は幼いままぞ」

 見えてきたのは社のような構造物の真ん中に座る老齢の女だった。

 700年と口にしていたと言うことは、この人物もアルバと同じなのだろう。

「大伯母様……大変ご無沙汰しております」

「堅苦しい挨拶なぞせんでよい。昔のように可愛らしく囀るがよかろ」

「さすがに…そうも言っていられませんので。紹介させてください、こちらの方が」

「レオナルド=ダンダリオ。森が定めし我らの新たな王。言い伝えの試練を乗り越え、覚醒も近いな」

「試練?覚醒?一体何の……」

「ん?アルバーツィア、もしや其方、何も伝えておらんのではないか?」

 ギクリと目を逸らしたアルバを他所に、老女は座っていた台座から立ち上がり、レオナルドに近づいた。

 まるで値踏みをするようにレオナルドの周りをクルクルと回り、満足気にニヤリと笑った。

「ノービレの家は皆同じような系統を好みよる……何も伝えん所もそっくりじゃ」

「え、……あの?」

「いやいやこちらの話でな、気にするでない。立ち話もなんだ、二人ともこちらに来て座りや」

 老女は二人の背を押して自分が座っていた台座まで戻る。

 いつの間にか小さな椅子が二つとローテーブルが準備されており、いい香りのするお茶まで置いてあった。

「この茶は昔アルバーツィアがここに来る度にせがんできたものでの。其方の口にも合うと良いのだが」

「い、いらん事言わないでよおば様!そんな話をするために彼をここに連れてきたのではないわ!」

「おーおー囀りよるわ。だが正論よの……仕方ない本題に入るか」

 老女は自分用の椅子をローテーブルに近づけると、よっこらせと吐きながらどっかりと座る。

「まずは死の淵よりの帰還、お喜び申し上げる。吾はセグルツカ、そこの顔を真っ赤にしておる愛い奴の大伯母にして、森の楔を担う者だ。よろしく頼む」

「セグルツカ殿、改めて俺はレオナルド=ダンダリオと申します。アルバ……さんとはその、」

「クカカ!そう固くなるでない!其方とアルバーツィアが恋仲であることは森を通して既に知っておるよ。それ故の其方の大怪我だな」

 レオナルドは右脇腹のニコライに刺された当たりを触る。

 痛みも引き攣りもなく、今までとなんら変わらない。

「……セグルツカ殿、いくつか質問してもいいだろうか?」

「かまわんよ。今の其方には吾に聞きたいことは山ほどあろうて」

「まずアルバーツィアというのはアルバの本名なのか?」

「そうだの。アルバと呼ばせる方が楽だと言うておった」

「そうか……では試練とは?」

「森が認めし次代の王と、王を補佐する守護者が恋仲になると必ず王が短命になる、という言い伝えによる王の選別だな。ただし短命というのも振れ幅が大きくてな、怪我だけで済んだ者もいればその日のうちに死んだ者もいる。其方は死にかけた怪我であったな。運命に翻弄された王候補はすぐに命を落としたからの」

「……いや言い方」

「クカカ!すまんすまん。これアルバーツィア、そんな顔をしては婿殿が怯えるぞ」

 アルバの顔がボンッと赤くなり、セグルツカの肩をポカポカと叩く。

 セグルツカは笑いながらアルバの奇行を受け入れ、レオナルドの一番の問を先に告げた。

「其方の一番聞きたいことは……なぜ己が言葉の民の王となったのか、だろう?」

「……はい。俺のこの蜂蜜色の髪が、アルバのお姉さんが根底にあるというのは分かっているんだが…」

「今の世では隔世遺伝、いや先祖返り、と言うのだったかの。父母のものではなく祖先の力が発言してしまうアレだ。おそらく其方はエルバリタとレイオンの間の子の裔だな」

「レイオン?とは誰だ?」

「姉さんの恋人。火の森戦役で亡くなった王の事よ。火の森戦役の時には姉さんはレイオン兄さんの子どもを宿していたの。知ってたのはおば様と私だけ」

「それって」

「心配するでない。エルバリタは700年も前の人間故、其方とアルバーツィアが結ばれても何ら問題はないし、王に選ばれた理由も分かったであろう?」

「……俺の中には言葉の民の血が色濃く受け継がれていたってことか……?」

「そうなるのう……今は帝国の民の血もしっかり混ざっとるから混血だな」

 やれやれとセグルツカはお茶をひと口すするとレオナルドの蜂蜜色の髪に手を伸ばした。

「うむ……正真正銘紐持ちの証、森の加護もしっかり受けておる。エルバリタの子の裔という加護ではなくスィ・シ・オゥへの加護……其方、隣人たちが見えつつあるであろ?」

 セグルツカは髪に伸ばした手を今度は目の前に持ってくる。

 その手の上には薄らと小さな人型の何かが座りレオナルドに手を振っていた。

「言葉の民とは、言の葉に己の魔力を乗せて魔法を操る者。しかし実際は魔力に反応した隣人たちの力を借りているに過ぎない。其方たち帝国の民が魔法石で魔法を操るようにな。違いは特にないが…強いていえば天然素材か人工素材か、というぐらいだな」

 セグルツカが手を下ろすと小さな人型の何かはふわりと宙へ浮き、チリンと音を立てて消えた。

 レオナルドは少し冷めた茶を飲みながら考えた。

 自分のルーツが言葉の民由来であること。

 その事が今後帝国にどう影響するのか。

 ウィルト城でのエルバリタの毒の正体が、もしかしたら自分である可能性が出てきたこと。


──俺は一体……何なんだ……?


 ぐるぐると頭が混乱しかけたその時、右腕に小さな衝撃と重みがのしかかってきた。

 見ればいつの間にか寝落ちたアルバが小さく寝息を立ててレオナルドにもたれかかっていた。

「アルバ?」

「寝かせておきなされ。その子は其方を死の淵より呼び戻しておる故、相当疲れておるはずだ。それでなくとも、今日は一日気を張り続けておったはず」

 セグルツカは祭壇裏の陰から一枚のブランケットを取り出し眠るアルバに掛け、愛おしい我が子を見るように髪を梳く。

「……この子が眠っているうちに一つ、其方に真実を伝えねばな」

「真実、ですか」

「うむ。ここ、根の宮は死の淵を歩んだ事がある者のみが滞在を許される特殊な空間でな。吾もその昔、死の淵を彷徨ったことがあるのよ」

「それは……さっきまでの俺のように?」

「然り。奇跡的に助かった故、今はピンピンしておるがの。其方も死の淵を歩いた故ここに居られる。そしてアルバーツィアも」

 セグルツカはアルバの前髪をソッと動かすと、額に大きな怪我の痕が現れた。

 ウィルト城で日記を解読した時に突然痛み出したあの傷痕だ。

「其方たちが言う"火の森戦役"で負った傷だ。当たり所が悪かったのか、泉の治癒が終わっても3日は目を覚まさなんだ。吾が呼び戻してようやく目を覚ましたが、エルバリタが帝国に連れていかれたことも、レイオンが自分を庇って死んだ事も覚えとらん。おそらくレイオンの顔も、死の淵を彷徨ったことさえも、な」

 セグルツカはレオナルドに笑いかける。

「それにしても、見れば見るほどレイオンによく似ておる。アルバーツィアもよく懐いておったよ……我らの王よ、この子をよろしく頼みます」



 眠るアルバを抱いて、レオナルドは根の宮から出てきた。

 惑わせの森調査で左腕に大怪我を負い、出血で歩けなくなったアルバを調査拠点に運ぶのに抱き上げて以来にはなるが、こんなにも軽かったかと実感する。

 抱き上げる腕に力を込め、根の宮の前にある大きな焚き火まで歩いていくと、ずっと待っていたらしいオルソが寄ってきた。

「アルは……寝たのか」

「そうだな。彼女を寝かせられる場所はあるか?」

「準備させた。案内する」

 オルソは根の宮の上層部を指さして、大樹の脇に備え付けられた木の階段を登っていく。

 しばらく登ると大きいテラスのように広がったエリアに出て、木の中をくり抜いたように作られた部屋に灯りが点っていた。

「今日はここで休んでくれ。ここは特別な客を招いた時に利用される部屋だ。必要なものは揃えてあるし、足らないものがあればまた伝えてほしい」

「……ありがとう」

「礼など必要ない。270年ぶりの森が認めた王にもてなしがないなど、末代まで恥として伝えられてしまうからな」

 オルソは深々と頭を下げ、階段を降りようと歩き始めたが、ふと思い出したように振り向いた。

「王の帰還、お慶び申し上げる。部下の者たちは別室に案内し、既に休んでいるため明朝にこちらへ案内させていただく。今はゆるりと休まれよ」

「あぁ、そうさせてもらうよ」

 今度こそオルソは階段を降りていった。

 姿が見えなくなって、レオナルドは出入口から少し奥まった所に設置されたベッドにアルバをそっと寝かせた。

 相当疲れていたのか全く起きる気配がない。

 レオナルドは口元に付いたアルバの髪を丁寧に退けて、その手で頬を優しく撫でる。

 根の宮を出る直前にセグルツカに言われたことを思い出した。


『其方がアルバーツィアを愛しいと思うのは、エルバリタの子の裔だからではない。其方自身から生まれ出でた気持ちを忘れてはならぬ』


 生まれて初めて誰かを愛おしいと思った。

 父に大事に育てられて、この人は絶対に大切にしたいと思う人を愛しなさい、と教わって生きてきた。

 父さんは母さんをそう思ったから愛して、結婚して、自分が生まれて、育ててくれた。

 幼い頃に出会っていたことをすっかり忘れた状態で、博物館で出会ったアルバに心惹かれて彼女を大切にしたいと思った。

 でも心のどこかで、自分じゃない誰かの感情に動かされているのではないかとも思っていた。

 アルバに寄り添って欲しいという、かつて彼女を大切にしていた誰かの感情に。

「……そう思わせたのは、俺の中に流れているレイオンって王の血のせいなんだろうな」

 そう独り言を呟いて離れようとしたレオナルドの袖がクンッと引っかかった。

 なんだと袖を見たレオナルドは思わず頬を緩める。

 いつの間にかアルバが無意識に袖を掴んでいたらしい。

「いくらなんでもベタ過ぎないか?」

 そう聞いても返事はないが、握った本人は幸せそうな顔で小さく寝息を立てている。

 しかし袖を掴まれたままでは灯りを消しにも、もう一つのベッドにも行けない。


おうさま あかり けしてあげるよ


 小さな子どもの声がしたかと思うと、部屋の灯りが一斉に落ちた。

「!……ありがたいけど俺どこで寝るんだよ」


いっしよに ねれば いいよ


 クスクスと笑った子どもの声はその後何も聞こえなくなった。

 どうやら本当にアルバの横で寝ろということらしい。

 とうとう諦めたレオナルドはアルバを少しだけ真ん中からズラすと、ベッドの端に体を滑り込ませて寝転がった。

 暗闇に目が慣れてしまって寝顔が見えるのと寝息とで変に意識してしまう。


──こんな状況でっ、寝れるわけないだろ!



王さま 王さま 迷子だった王さま


帰ってきた! 森戻す 王さま 帰ってきた!


水の力強い王さま もう森 燃えないね


水の力 植物 育ててくれるね


護った 見つけた あの子を褒めなくちゃ!


あの子に最高の祝福を!


森の感謝! 我らの感謝!


たくさん たくさん 伝えよう!


 静まり返った森で隣人、妖精たちが笑いながら言祝ぐ。

 王の帰還を讃えよう。

 守護者に感謝を伝えよう。

 彼ら、彼女らに最大限の祝福を。

この物語も佳境に差し掛かりました。

もう一悶着ありますが、お付き合いいただければ

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