26話 運命を変える
レオナルド邸の広い食堂で、主人から使用人、駐在している開拓騎士たち皆が集まって大きな食事会が催されていた。
その名も『団長の人生の春に乾杯の会』。
主役はもちろんレオナルド、そしてアルバである。
若い騎士たちにとってこういった色恋は興味が湧くもので、あちこちから質問が飛び交う。
馴れ初めを知っている者は多数あれど、急に距離が詰まった理由を知らない。
皆、気が付けば付き合っているのかと間違うほどに近い距離感だったという。
「そんで?団長はいつからアルバさんのこと狙ってたんすか!?」
酒が入り少しへべれけ状態の若手がレオナルドに聞く。
「初めてアルバが俺たちに同行してくれた時から」
サラッと恥ずかしげもなく答えたレオナルドに、歓喜のヤジが飛ぶ。
逆に恥ずかしくなってしまったアルバは外の空気を吸うために席を立った。
食堂の扉の近くにいた使用人には声をかけ、廊下に出て深呼吸する。
レオナルドに聞かれた質問なのに顔が熱い。
初めて同行したのはもう半年以上も前の話で、その時からずっと心に秘めていてくれたことがこんなにも嬉しくて恥ずかしい。
熱く茹だる顔を手で仰いでいると、窓ガラスを打ち付ける雨の音が聞こえてきた。
「お昼はあんなに晴れていたのに……この時期は天気が不安定なのかな……ん?」
仄暗い窓の外で何かが動いた気配がした。
目を凝らして見てみたが、何も通る気配はない。
「気の、せい?……っあ!ごめんなさい大丈夫?」
「すみません大丈夫です、ごめんなさい」
トンと背中にぶつかったのは幼い顔のメイドだった。
何度も謝ってペコペコと頭を下げて足早に去っていく。
初めて見た顔だった気がする。
レオナルドは新入りを朝に必ず紹介するため、夜に初めましてはありえないはずだ。
「……まさか!」
気づくのが遅れた。
エントランス方面から悲鳴と鎧を着込んだ足音が聞こえてくる。
襲撃だ。
アルバは大急ぎで食堂の扉を開き、思い切り叫んだ。
「敵襲!」
即座に反応して帯刀していた魔法剣を抜いたレオナルドはアルバの元に走る。
ギィンと剣同士がぶつかる音と男の雄叫びが響き渡る。
「レオナルド=ダンダリオ!お前の命も今日までだ!」
「!その鎧の紋章、ニコライの私兵だな。メルダ、ガーネット!アルバを頼む!」
「了解!」 「まっかせて!」
「いやっ待ってガーネット!私はっ」
「とにかく来て!大丈夫だから」
アルバの手を引いて走り出したガーネットは食堂奥の扉を蹴り開けてどんどん進んでいく。
キッチンはシェフたちが既に退避した後だったのかもぬけの殻状態で、1番奥の棚の前でガーネットはようやく立ち止まった。
アルバの手を離して棚をグッとズラすと、隠し階段が現れる。
「この階段を上がればレオ坊ちゃんの執務室なんだよね」
「私、隠れるつもりはないんだけど」
「うん。そういうと思ってね、アルバをここに連れてきたのはある物を渡すためなんだよ」
階段を上り、レオナルドの執務室の暖炉横に出たガーネットは、後ろを来ていたアルバの手を再び握り大きな棚の前まで連れてきた。
「ずっと返すタイミングを逃してたって言ってたんだよ」
棚の中から取り出されたのはアルバが"言葉の民"であることを打ち明けた時に、ウィルに渡してしまっていた短剣だった。
経年劣化でガタが来ていた短剣は、綺麗に磨かれ手直しされている。
アルバは短剣を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
「レオ坊ちゃん……うぅん、旦那様が"アルバは絶対に守られるのを嫌がるだろうから、もしもの時はこの短剣を返して一緒に戦うかどうかを聞こう"って。愛ってすごいね、こんなことまで予測できちゃうんだもん」
「そうね……ありがとうガーネット、メルダ。私、レオナルドさんの隣に立ちたい」
「分かった。このまま執務室の出入口から出て、一階のみんなと合流しよう。あたしが先導するわ」
「ありがとうメルダ」
執務室の扉を開けて廊下を走る3人は、食堂を目指した。
一方その頃の食堂内。
アルバを逃がした後、食堂内は敵にぐるっと囲まれて身動きが取れないようになっていた。
──ニコライの私兵にしては無駄な動きがない。それと俺の魔法剣も効いていない。剣術一本でやれるとこまでやってみるか。
ジリジリと間合いを詰めてくる敵に、レオナルドは少しだけ鋒を下げた。
好機と捉えた敵は一歩大きく踏み込みながら剣を振り上げる。
レオナルドは下げた鋒を素早く切り上げ逆袈裟斬りにする。
硬いはずの鎧ごとスッパリと斬られた敵兵はその場で絶命した。
後ろに控えていた他の敵兵は息をのみざわつき始める。
「俺が皇帝陛下に目を掛けてもらって団長の座に着いたと教え込まれていたな?そんな訳ないんだよなぁ!」
レオナルドは剣を構え敵の中に飛び込んだ。
味方はそれに続くように雄叫びを上げながら突撃していく。
「お前たち!俺たちがどれだけ場数を踏んでいるか、身をもって教えて差し上げろ!」
「おぉおぉおおっ!!!」
突然体勢を持ち直したレオナルド率いる開拓騎士団に敵兵は気圧され、防戦を強いられ始めた。
ジリジリと後退し、一人また一人と外へ逃げ出していく。
「誰一人逃がすな!ここで全員仕留めろ!」
「了解!」
我先にとリッキーが駆け出す。
「レオ!何人か庭園に逃げた!」
「了解、そっちは任せろ!」
レオナルドは魔法剣を構え直して一気に駆け抜ける。
食堂を出て正面のガラス扉が大きく開き、敵兵が何人か抜け出していた。
「逃げんなあぁぁっ!!」
レオナルドの雄叫びに敵兵が立ち止まる。
その直後、魔法剣をと共に飛んできたレオナルドが一閃し、敵兵たちは崩れ落ちた。
さすがに疲れたのか、肩で息をし大粒の雨に打たれた髪を鬱陶しそうに掻き上げたレオナルドに一発の衝撃が貫いた。
「……っぐ、」
「ハハッ!僕もやればできるんだ!」
「ニコ、ライ……!テメェっ」
「レオナルドさん!!」
アルバの悲鳴が中庭に響く。
レオナルドの背中に突き刺した剣を引き抜いて、いやらしい笑みを浮かべたニコライがアルバに歩み寄ってくる。
「こんばんは、ガイドさん。貴女を独占しようとする不届き者から解放しに来ましたよ」
「言っている意味が分かりません!そこを退いてください!」
「やれやれ……どうやら貴女は洗脳されてしまっているようだ。そこの不届き者は、貴女を誰にも触れさせまいと方々に手を回しているというのに」
「何を、言っているの……?貴方の言っている意味が本当に分かりませんっ! 退いてください !」
アルバは言葉に魔力を乗せようとしたが、ニコライは下卑た笑みを浮かべるだけだった。
「っくはははは!やはりあの御方の言われた通りだ。貴女は言葉に魔力を込める時、その美しい蜂蜜色の髪と瞳が光を帯びる。その瞬間に魔防壁を展開すれば無効化できるのですよ。さぁ、あんな奴放っておいて、僕とあの御方の所へ参りましょう」
ぶくぶくと太り、レオナルドの血が付いた手が伸びてきた。
その手をパシンと払い除け、アルバはニコライの横を走り抜けてレオナルドに駆け寄った。
雨脚が強まり、レオナルドの体からどんどん熱を奪っていっているのが分かる。
「レオナルドさん!しっかりしてくださいっ」
「あ、るば…」
「喋らないでくださいっ今っ、今止血しますから!」
アルバは羽織っていた上着が汚れるのも厭わず、レオナルドの傷口に当てて止血を始める。
その背後に剣を振り上げたニコライが迫る。
「そこまで一緒にいたいのなら、共に屠ってやる」
「───っ!!」
アルバが短剣を構えるよりも早く、レオナルドがアルバを庇った。
レオナルドの背中に真一文字が刻まれる。
ズシリとレオナルドの体重がアルバにのしかかり、支えるのもやっとだ。
チリチリチリと耳鳴りがする。
森の声が責め立てる。
王を護れ
お前の使命を全うしろ
護れ 護れ 護れ 護れ!!
「っ私の前から消えろ!」
アルバとレオナルドを中心に突風が吹き荒れ、雨粒の一つ一つが目視できるくらいゆっくりと落ちていく。
アルバの髪と瞳にキラキラと光る。
突然の出来事にニコライは魔防壁を展開させたが効果はなく、風圧で吹き飛んだ。
壁に打ち付けられたニコライが呻きながら立ち上がろうとしたところで、ニコライの首筋に剣が当てられる。
「そこまでだ。ルーラー選帝侯の駒」
「なっ貴様っ、いや、貴方はっ」
「お前は踊らされ、ボクの大切な人たちをここまで傷つけた罪は重いものだぞ。恥を知れ」
「ご、誤解なのでございます!ウィリアム・サンブタック様!僕はレオナルドが女性を囲い、良からぬことを考えているとの話を受け、ダンダリオ本家として処罰しに…」
「話にならないな。それにボクはサンブタックの名が嫌いだとずっとお前に言ってきたはずだが?」
「ひっ……申し訳ございません!お許しください!」
「この期に及んで許しを乞うなど腹立たしい。ガルテラ、こいつを今すぐ父上の所に連れて行け。既に手は打ってあるから、連れていくだけであとはやってくれるそうだ。処罰はお任せするが、ボクたちに必ず報せてほしいと伝えてくれ」
ガルテラと呼ばれた老紳士は、何も言わず頭を下げると仲間と思しき男たち数人と共に、まるまる太ったニコライをヒョイと抱え上げて中庭から出て行った。
ウィリアム・サンブタックことウィルは瞬き一つせず、ニコライを睨んだまま動かないアルバの肩にソッと触れた。
ビクッと反応して顔を上げたアルバにいつもの落ち着いた声で話しかける。
「アルバさん、レオを手当するから魔力を落ち着かせてくれるかな」
「だ、ダメなの……今私の魔力循環でレオナルドさんの止血をしているからっ」
「大丈夫。こう見えてボク、回復魔法はすごく得意だからさ。離れたらリッキーたちを呼んできて」
アルバが意識がないレオナルドから離れると、ウィルが咄嗟に回復魔法を展開させ止血する。
言われた通り、アルバはリッキーたちを呼びに邸の中に入る。
「アルバさん!」
ちょうどエントランス方面から走ってきたリッキーと合流した。
メルダとガーネットも走ってくる。
「大丈夫!?」
「レオ、レオナルドさんがっ!私のせいでっレオナルドさんが!」
何かを察したリッキーが中庭に走っていく。
中庭を見たメルダも、ヒュッと喉を鳴らして走り出す。
「レオ!おいレオしっかりしろ!」
「止血帯もっとちょうだい!」
大粒の雨がレオナルド邸の中庭に降り注ぐ。
たくさんの死人と怪我人が倒れ、無事だった騎士たちで救護活動を行っている。
その中心で、リッキーとメルダがレオナルドの応急処置に追われていた。
アルバはそれを雨にうたれながら眺めていた。
服が汚れるのも気にせずに、ズルズルとその場に座り込む。
「……やっぱり言い伝えは本当だったんだわ…」
レオナルドが運ばれていくのを、ただ見ているしか出来なかった。
「っあぁっ……いやっ嘘だよ、こんなっ」
自分は誰も愛してはいけないのだという悔しさと、愛してしまったが故の後悔と懺悔が込み上げて慟哭に変わる。
「……っごめ、ごめんなさいっごめんなさい!私のせいでっ!」
「アルバさん……まだ、できることがあるはずだよ」
アルバはバッと顔をあげる。
自分の限界ギリギリまで回復魔法を展開していたのだろう、疲れた表情のウィルがアルバの前に片膝をつく。
「……ウィルさんは、どこまで知ってるの」
「今度調査する予定だった地下の湧水に、不思議な力があることは知ってる」
ウィルはアルバの肩を掴んでまっすぐに目を見つめた。
「アルバさんなら、レオの運命を変えられる。まだ間に合う」
そう言われてアルバは思い出した。
はるか昔、地下の清泉にエルバリタが王を連れていった時のことを。
あの時も王に選ばれたエルバリタの恋人が肩から手首にかけて大きな怪我を負っていた。
それを治すために清泉の湧水で洗い清めて手当しようとエルバリタが言った。
エルバリタは当時から森の声をよく聞き、色んなことを知っていたから、アルバも恋人も何も疑わずに清泉に降りていった。
清泉の湧水で傷を洗い清めると、恐ろしいほどのスピードで傷が治っていったのだ。
「……レオナルドさんを、清泉に……地下の湧水の所に連れて行きたい」
「分かった。すぐに動けるように準備するから、アルバさんも必要な物を揃えて待ってて」
ウィルは立ち上がり邸の中に入っていく。
しばらくの間アルバは目を瞑ったまま動かなかった。
レオナルドを助けたい。
ただその一心で、彼の運命を変えるのだ。
スィ・シ・オゥ(種子を蒔く王)と森が認識したレオナルドであれば、清泉も応えてくれるはず。
アルバは目を開く。
蜂蜜色の瞳がいつも以上にキラキラと輝く。
「私は、貴方の人生のガイドになるの。貴方に指名して貰ったからっ」




