25話 人生のガイド
アルバがナンパにあった翌日。
この日もいつものキャスケット帽は家に置いたまま銀髪を揺らし、開拓の計画案と森の地図を手にレオナルド邸に向かうアルバを、ガーネットが迎えに来た。
「ガーネット?どうして」
「メルダから話聞いてね、お迎えに行こっかなって思って」
「ありがとう。でも朝早いし、リッキーさんが追い払ってくれたからたぶん大丈夫だと思うの」
「分かんないよ〜?男って狼だって言われるしね」
笑いながらアルバとガーネットは大通りを歩いていく。
この後とんでもなくポンコツになることを、この時のアルバは予想だにしていなかった。
「……で、ここの区域なんだが……?アルバ?」
「んぇっ!?はいっ!」
「今日どうした?調子悪いのか?」
「いえいえ元気ですよ、はい」
「その割には持っている資料が上下逆なんだが」
指摘されて気づいたのか、慌てて上下を戻すアルバを心配するレオナルドと、あちゃーと頭を抱えるメルダがいた。
「メルダ、俺は彼女を働かせ過ぎているのか」
「大丈夫でしょ」
「でも調子悪そうだぞ?」
「あー……ちょっと休憩連れてってくる」
「休憩だけでいいのか?休みを取っても…」
「そこまでじゃないのよ、ね?アルバ」
アルバはブンブンと頭を縦に振り、メルダと共に執務室から出ていった。
あまりの速さに唖然とするレオナルドをリッキーはフォローする。
「心配すんなって。アルバさんのことでから回ってるお前があんな感じだよ」
「はぁ?いつ俺がから回ってたんだよ」
「初めて彼女と出会った時から。ボクたちがどれだけフォローしまくったと思ってんのさ」
ぐうの音も出ないレオナルドはため息と同時にそうだったな、と呟いた。
モルテナウスに紹介され初めて博物館でアルバを見た瞬間に惹かれた。
男相手に啖呵を切るその姿に一目惚れだった。
「………ちょっと待て、俺の空回りとアルバの空回りは一緒にしちゃダメなんじゃないか?」
「おま、お前さぁ……」
リッキーは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その頃の廊下。
顔を真っ赤に茹で上がらせたアルバをメルダが必死にフォローしていた。
「大丈夫よアルバ、気にしない気にしない」
「できないよ!考えないようにしようって思うほどどツボに嵌るんだもの」
「アルバは今公人でしょ」
「……そう、私は今公人。私人の私はお休み中」
「落ち着いた?」
「落ち、つかない〜」
「じゃあもう今日は諦めるしかないね」
「いや〜見捨てないで〜」
見た事もないほどのポンコツ具合に、メルダは腹を抱えて笑う。
いつものクールなアルバはどこへやら。
もう一押し、とメルダは少し酷な提案をする。
「もう言っちゃえば?昨日あたしたちに話したこと」
「え゛」
「アルバがそこまで落ち着かないのなら言っちゃった方が逆に良くない?」
「いやいやいやそれとこれとは話が別でしょう」
「めっちゃ早口じゃん……でもレオ団長からもあんなにアプローチがあったんだから、アルバの方から話したって問題ないじゃない。向こうは小躍りどころかお祭り騒ぎになるだけよ」
「……それ仕事手につかないやつ……」
「ポンコツ極めてるアルバが言っても説得力皆無だからね」
ぐうの音も出ない。
頬を赤らめたまま何も言わなくなったアルバの背中を押しながら、メルダは執務室に戻る。
「大丈夫よ。初めてアルバに会った時からこんな予感はしていたし、団長も多分その気だっていうのも分かってたし。アルバの立場が悪くなることはないわ」
「どこからその自信が来てるのよ?」
「んーー……勘?」
「……うっそでしょ」
「はーいそれじゃ張り切っていってみよー」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
今まで聞いた事のないアルバの悲鳴と共に執務室に入るメルダは終始にこやかで、そばにいたリッキーはこう語る。
「同性の気心知れた友達ができると、メルダってサディスティックになるんだなぁ……」
「もう大丈夫なのか?」
「はいっ大丈夫、です…」
「無理はしないでくれ」
「……はい」
少し素っ気ないようなレオナルドにモヤッとしつつも、アルバは仕事に戻る。
「次の開拓地の視察なんだが、アルバにまたガイドを頼むことになる」
「わかりました。この辺りでしたら…」
「どうかしたか?」
「……この辺りの地下には私たち"言葉の民"にとって神聖な湧水と地底湖があります。以前の開拓の際に奇襲をしかけてきた"言葉の民"と接触する可能性があります」
「湧水となると生活用水として使っているかもしれないな……よし、地下への入口をアルバに表記してもらって、そこ辺りはよく注意して視察するように各員に伝達だな」
「それと魔防性能の高い盾を準備しておいた方がいいかもしれません。この辺りは居住区の一番端に当たるので、巡回役の見回りも考えられます」
「そうだな。キミたち"言葉の民"は魔法に長けているからな」
「特に紐持ちには気をつけないといけませんね。私やレオ団長のように分かりやすい見た目の者もいれば、皇帝陛下のように目だけに特徴がある者もいますから」
「わかった。ウィル、今すぐ下で控えている者たちに通達しろ。魔防付与の盾をありったけ準備するように、ってな」
ウィルは小さく頷き、執務室から足早に出ていく。
ふぅ、とため息をひとつ吐いたアルバはテーブルに置かれたシワひとつない地図を指でなぞる。
──地下の地底湖……清泉がこの辺り、ここに降りる階段はこことこの辺りだから…随分と深くまで戻ってきたものね。
地下の地底湖には姉のエルバリタとよく侵入してはゲルフォルトに怒られた。
森の声や妖精たちの声を聞くには絶好の場所で、家族に怒られたり喧嘩した時はここに隠れてよく泣いていた。
森に住む一員としての記憶が次から次へと湧いてくる。
忘れていた、懐かしい思い出が。
──そういえば、姉さんが王を清泉に連れていったことがあったっけ……なんでだっけ……たしか巡回の時に怪我をして、
「……るば……アルバ?」
肩に手が置かれてようやく呼ばれていることに気がついたアルバは反射的に顔を上げた。
「っ!はいっ」
「大丈夫か?呼んでも返事がないから心配になったんだが」
「っすみません少し考え事を」
少し身をかがめたレオナルドの顔が近すぎて、アルバは思わず半身を引いてしまい机の角に足をぶつけそうになった。
「危ないっ」
レオナルドは咄嗟にアルバの腰に手を回し自分の方へと引き寄せる。
かなり密着してしまったため、アルバの心拍が伝わってきた。
ドッドッと激しく脈打ち、耳まで真っ赤になっている。
「……すみません」
すごく小さな声で謝罪され、レオナルドも釣られて顔を赤くし手を離した。
「す、すまないっ!また勝手に触れてしまった」
「そういうのじゃなくて!……あの、」
アルバはチラっとメルダの方を見たが、目ヂカラだけで頑張れ、と応援された。
レオナルドもリッキーを見たが、そのまま待っていろと言わんばかりのジェスチャーをされただけだった。
小さく深呼吸したアルバはレオナルドの瞳をジッと見上げて口を開く。
「少しだけ、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「!……あぁ」
「……レオナルド、さん……貴方が私のことを大切に扱ってくれるように、私も貴方のことが大切な存在です。そばにいて欲しいと、貴方の大きな手で抱きしめて欲しいと、そう……思うんです」
アルバは顔を伏せ、拳をグッと握りしめる。
緊張で口から心臓が飛び出しそうだ。
「この感情が、貴方のことが好きなんだって…愛しているんだっていうことに、最近になって気づいたんです……でも、気づいた時に思い出してしまったんです。貴方は森に"スィ・シ・オゥ"として認識されてしまっていることを。そして私は貴方の運命を変えてしまうかもしれないと」
「……どういう、意味だ?俺の運命を……変える?」
「森に王として認識された者には、ノービレの一族から守護者が付けられます。守護者は王を守り、王を輔弼、助言や手助けをすることを生業としますから……でも距離が近くなってお互いを意識しても、恋仲になってはいけない。これは私の一族に伝わる言い伝えです。王と守護者が恋仲になると、王は短命になる……私は貴方に短命になって欲しくない」
語り続けるアルバの声はどんどん涙声になっていく。
握りしめた拳も、力みすぎて血色が悪くなっている。
レオナルドはアルバの拳にそっと触れ、優しく包み込んだ。
「ありがとうアルバ。俺のことをそう思ってくれて……そうか、俺の一方的なものではなかったんだな」
頭の上から降ってくる普段よりも優しいレオナルドの声に、アルバはゆっくりと顔を上げた。
頬を少し赤らめ、目には少し涙が浮かんでいる。
「!レオナルドさ…」
「キミを、抱きしめてもいいだろうか」
「……はい」
レオナルドはアルバの背中に手を回し、優しく抱き寄せた。
「ありがとう。俺は大丈夫だ。キミが心配するようなことは起きないよ」
「どうしてっ、どうして言い切れるんですか?」
「どうしてだろうな。根拠はないんだが、不思議とそう思えるんだ」
レオナルドは小さく笑い、自分を見上げるアルバの額にかかった美しい銀の前髪を優しく退けた。
室内灯を受けて蜂蜜色の瞳がより一層輝いて見える。
「アルバ……俺を、信じてくれるか」
「信じたい……でも、姉が王と恋仲になってすぐに、当時の王が……」
「700年前と今は違うんだ。当時のキミたちの王だって、そんな言い伝えなんて信じていなかっただろうさ」
レオナルドはアルバの額に唇を落とす。
ぼんっと真っ赤になったアルバを見てハハッと大きく笑い、抱き上げた。
「アルバ!俺の人生のガイドになってくれ!」
「はいっ…!」
執務室に真ん中でようやく互いの想いを伝えあった一組の男女は、応援していた同僚たちに祝福される。
途中「二人して遅すぎないか」と野次も飛んだが、祝福が止むことはなくその日のうちに領内全域に知れ渡った。
ある者は「やっとか」、またある者は「付き合ってなかったのか」、そしてまたある者は「もう結婚しろ」とまで言う始末。
信頼する領主にやってきた人生の春を応援したくてしょうがない領民たちは、その話を肴に酒を飲みどんちゃん騒ぎ。
そこへどんちゃん騒ぎを聞きつけた兵士が、ほろ酔い気分の領民たちに何事かと問いかけた。
機嫌のいい領民は丁寧に説明した。
「おれたちの領主様に、やーーっと春が来たんでさぁ」
「そうそう!お相手はずっと一緒に仕事をなさっている開拓顧問の別嬪さんでしてなぁ。あの方はワシらに対してもニコニコと微笑んでくださる、天使様のような方なんだ」
「それにしてもレオ坊ちゃんがあんなに奥手な方だとは思わんだ。お父上はかなりのプレイボーイで有名な方だったのにな!」
「おめぇそれは言わねぇようにって大旦那様から言われてただろ!っなっはっはっはっは!」
盛り上がる領民たちから事情を聞いた兵士は何も言わずに路地裏へ入り、スタスタと迷いもせずに歩いていく。
薄明かりが見え始め、歩くスピードを弛めると他にも兵士が出てきた。
「やはりダンダリオ伯爵は開拓顧問を身内に囲いこんだようです」
「……チッ……書状を拒んだのは自分のものにするためだったんじゃないか……あの御方が懸念した通りになった。開拓顧問の救助活動を開始する、各員持ち場に着け」
「はっ」
「傷一つ付けることは許されない。慎重に行動しろ。あぁ、伯爵と部下共は殺しても構わないとの命令だ、しつこい奴らはここで我々が始末しよう」
恐ろしい計画がどんちゃん騒ぎの陰で動き始める。
レオナルド邸に魔の手が忍び寄っていた。




