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24話 誰かを愛するということ

日曜日定期更新です。

よろしくお願いいたします。

 翌朝、雨は上がり久しぶりの気持ちのいい快晴が広がっていた。

 幸い今日は休みをもらっている。

 ベッドから降りて大きく伸びをしたアルバは洗面台へと向かう。

 冷たい水で顔を洗い、横にかけてあるタオルを手に取って水気を取り、そのままタオルを首にかけてキッチンに向かい、やかんのお湯を沸かそうと火の魔石スイッチをひねる。

 氷の魔石で冷やされた箱、冷蔵庫と言ったか、を開けて卵とソーセージを取り出してフライパンで焼く。

 いい音、いい匂いに釣られたのか、耳元でチリンチリンと鈴の音が鳴る。

「……わかった、わかったからうるさくしないで」

 独り言を呟いてテーブルに置いておいた皿に目玉焼きとソーセージを乗せ、ティーポットに湯を入れる。

 ピンク色のマグカップと氷を入れた白いマグカップをテーブルに置き、アルバはようやく椅子に座った。

 ティーポットから甘い果実の香りが漂う。

 アルバはピンク色のマグカップにはそのまま紅茶を注ぎ、白いマグカップには少しずつ冷ますように注いでいった。

「はい、まだ熱いから気をつけてね」

 また独り言、かと思いきや薄らと小さい何かが白いマグカップの周りを飛んでいる。

 アルバはそれ以上は何も言わず、少し冷めた目玉焼きとソーセージをたいらげて紅茶を飲み、ふうと息を吐いた。

 今日はひとつ試したいことがある。

 ずっと被っている帽子を被らずに街を歩くこと。

 皆が綺麗だと褒めてくれたこの銀髪を揺らして外を歩くのだ。

 アルバは皿とマグカップ、フライパンを洗い食器置きに立てかけてクローゼットへと向かう。

 たくさん歩くだろうからパンツスタイルが望ましいだろう。

 気温もそこそこ高くなるはずだ。

 もうすぐ夏がやってくる。

 本格的な夏が来る前に、涼しげな服と帽子、今日の昼以降の食材を買い貯めるために着替え始めた。


 ダンダリオ伯爵領には他の領地にはない特別なルールが存在する。


『人の外見に、他人が付加価値を付けること勿れ』


 誰でも己の見目に醜美はあって当たり前で、それを自分ではない誰かに指摘され蔑まれるような価値観を突きつけられたら誰だって悲しい。

 それを領主レオナルドは領民たちに強く説いた。

 それからだろうか、領民たちは誰かの外見にとやかく言うこともなく、表現したい自分になっていった。

 派手すぎるのはさすがに、との事でギラギラジャラジャラとアクセサリーをつけたり奇抜な色の服を着るような者はほとんどおらず、皆それぞれのお洒落を楽しんでいた。

 アルバもそれに倣おうと、今日は帽子をせずに外を歩く決意を固めた。

 白のレースシャツにキャメルのAラインパンツ、靴は白のローファーでソールだけが黒のオシャレを取り入れる。

 いつものくせで帽子を被ろうとしたが、グッと堪えて髪を緩く編み込んで背中側に垂らし、遠い昔に買ったストローハットを浅く被った。


──歳の割に凄く若い格好をしている気がする……ちょっと恥ずかしい、かな……


 姿見に映る自分の姿に少々照れつつも、アルバは茶色の小さなリュックを背負って外に出る。

 太陽の光がサンサンと降り注ぎ、既に少し暑い。

「………必要な物を買って、どこかでお茶かお昼ご飯食べて帰ってこよう。そうしよう」

 アルバの決意表明に呼応するように、耳元でチリンチリンと鈴が鳴る。

 薄くて小さい何かが手を振っているように見える。

 アルバは笑って門扉を開き、商業施設が集まる地区へと出かけて行った。



 10分ほど歩いて、ダンダリオ伯爵領の西区までやってきた。

 八百屋から雑貨店、服屋、居酒屋まで揃っている、言わば青空複合商業施設。

 アルバはメルダやガーネットに教えてもらったオススメのお店を見て回る。

 領内ルールのおかげで髪について何か言ってくる者はいなかったが、アルバの整った顔立ちと背中で揺れる銀髪が領民たちを釘付けにしていた。

「あんなに綺麗な人いたっけね?」

「あんた知らないの?あの方は森の開拓にご尽力頂いてる学者さんだよ」

「女性で学者さんて……すごいお人が居たもんだ」

 井戸端会議のマダムの話題を掻っ攫うほどの注目を浴びたが、不思議とアルバは穏やかな気持ちでいた。

 誰も自分を"言葉の民"だと言ってこない事への開放感。

 ここの領民は誰も、蜂蜜色の髪と"言葉の民"がイコールにならないのだ。

 そもそも知らないのだから。

 かつては森から来たと言っただけで厄介者として扱われ、酷い時には石や食器が投げられて怪我をしかけたこともある。

 だからアルバはずっと帽子で髪を隠し、特有の瞳を眼鏡で隠してきた。

 でもそれもおしまい、なんという喜び。


 ルンルンといい気分で買い物をすすめ、昼食をどこにするかと悩んでいた時だった。

 チャラチャラといかにもイキっているだろう歳若い青年2人が、アルバの行き先を阻んだ。

「お姉さ〜んおひとり?オレらとメシでもどっすか?」

「お断りします。通してください」

「まーまーそんな冷たいこと言わないでさ。ね、あっちにいい店があるんだよ〜」

「興味ありません」

「寂しいこと言うなって!あ、もしかして誰かと待ち合わせ?だったらその待ち合わせの相手も一緒にど?」

 あまりにしつこいアプローチに、内心キレかけのアルバが言葉に魔力を乗せようと息を吸ったところで、優しく肩をポンと掴まれた。

「この人、僕の連れなんだけど。何か用?」

「っ!リッキーさん…?」

「……ちっ男いんのかよ。行こうぜ」

「まーまーちょっと待ちなよ。君たちの見る目だけは褒めてあげるよ」

「は?何言って」

「二度とこの人にちょっかいかけないようにさせるためにさ、ひとつ教えといてやるよ。この人、うちのボスのお気に入りなんだよね……賢い君たちなら、この意味が解ると思うけどなぁ?」

 アルバからは見えていないが、相当悪い顔をしていたのだろう、イキった若者はしっぽを巻いて逃げていった。

「……逃げ足だけは速いな……大丈夫?アルバさん」

「はい、助かりました」

「良かった……じゃないよ!なんでひとりで歩いてんのさ!ガーネットとか誘わなかったの?」

「今日ガーネットはお休みじゃなったので」

「だったらボクでもメルダでもいいから声かけてよ。今日非番なんだから」

「でも、そんな、ご迷惑じゃ…」

「ボクたち家族みたいなもんでしょ!迷惑とかそういうの、考えなくていいから!はい行くよ!」

 リッキーに背中を押されつつ、アルバは大通り裏の隠れ家的喫茶店に連れてこられた。

 カランカランと小さな鐘を鳴らして店内に入ると、バーカウンターとテーブル席が6席ほど置いてあるだけのシンプルな店内で、1番奥の席に私服のメルダが手を振って待っていた。

「やっほ」

「こんにちはメルダ。あなたも非番だったの?」

「そうよ。ここに入る前にリッキーがアルバの事を見かけたから呼んでくるって走っていってね」

「アルバさんナンパに遭ってたんだよ?」

 メルダが椅子の音を立てて勢いよく立ち上がるのを、アルバとリッキーは二人がかりで抑えた。

「大丈夫なのよメルダ。リッキーさんがかっこよく助けてくれたから」

「これでレオにも貸しができたって訳」

 ジトっと二人の顔を交互に見たメルダは、小さくため息を吐いて椅子に座り直した。

 アルバとリッキーも椅子に座ってメニューを開く。

 リッキーはハンバーグとサラダのセットとコーヒーを、アルバはサンドイッチと紅茶のセットを頼んだ。

「あの、ずっと気になっていたことがあって」

 アルバが突然切り出す。

「お二人は、その……こ、恋人同士なの?」

盛大に水を吹き出したメルダとリッキー。

 二人して口元を拭ったあと、真っ赤な顔で否定し始めた。

「そんな理由ないでしょ!メルダとは腐れ縁っていうかさ!ね?」

「そうよ。リッキーとは訓練兵時代からの間柄でレオ団長に引き抜いてもらって再会しただけなの」

「恋人ってか本当に家族みたいなもんなんだよな」

 あまりの高速否定にアルバは思わず笑ってしまいつつも、少し複雑そうな顔を伏せた。

 只事ではないと感じ取ったメルダとリッキーは話を聞く姿勢になる。

「もしかして、昨日のレオのこと?」

 アルバは小さく頷いた。

 そしてぽつりぽつりと自分の想いを打ち明け始める。

「昨日、レオナルド団長の背負っているものの大きさを知りました。知りたくなかった訳ではありませんが、一般人の私が踏み込むのもどうかと思って聞かずにいたんです」

「レオは自分のことをあんまり話したがらないからなぁ。しかもクソ従兄弟のニコライが来たってのがデカいね」

「……私、あの従兄弟さんがレオナルド団長にあまりにも酷いことを言ったから、護らなきゃって…咄嗟に魔法を使ってしまって。その後も酷い罵倒があった後、扉が開いて感情の一切をどこかに置いてきたかのような表情のレオナルド団長を見て、悲しかった……こんな顔は見たくない、この人の為にそばにいたいって思ってしまった。でも」

 言いかけたと同時に料理が運ばれてきたため、アルバは言葉を切った。

 三者三様、美味しそうなランチがテーブルに並ぶ。

「……冷めちゃいますから先に食べ」

「ううん、あたしアルバの話の方が大事だと思う」

「でも」

「いいよ。ボクもアルバさんの話が聞きたい」

 真剣な眼差しを受け、アルバは話を戻す。

「……私のこの感情は、好きや愛なんだと…気づいたんです」

「うん」

「でもそれをレオナルド団長にお伝えすることはできません」

「うん………え?なん、なんで?」

「私たち"言葉の民"の守護者の一族は王となる者と恋仲になると、王が短命になると言い伝えがあるから」

「そ、そんなの、ただの言い伝えだろ?関係なくない?」

 アルバは首を横に振る。

「私の姉、エルバリタが皇族に娶られていた話は覚えていますよね。エルバリタは元々"言葉の民"の王と恋仲でしたが、王は"火の森戦役"で亡くなりました。30歳くらいだったと思います」

 二人は何も言えなくなった。

 言い伝えを間近で経験しているのだから、安易に言い伝えを信じるなとは口が裂けても言えない。

「私はレオナルド団長には長生きして欲しいんです。だから」

「言い伝えとか関係ないよ。誰かを好きになることに、他人がとやかく言うべきじゃない。ボクたちは特に、いつポックリ逝くかも分からないんだから、気持ちは素直に伝えておく方がいいと思うな」

 リッキーはにっこりと笑った。

 開拓騎士という立場上、普段は森の巡回と今はレオナルドの領地の警備隊も兼ねているが、武器を持った何者かが攻めて来た時には真っ先に防衛と反撃を行わなければならない。

 それは怪我もするし、最悪の場合死に至る。

 それは領主であるレオナルドもまた同じ。

 だからこそリッキーはアルバの背中を押すのだ。

 訓練騎士見習いの時からの付き合いであるレオナルドの気持ちを知っているから尚のこと。

 誰かを好きになることに、愛することに、言い伝えだとか何だとか、そんなものクソ喰らえ。

「ボクは、アルバさんとレオには幸せになってほしい。二人で笑いあっていてほしいんだ」

「……あたしも。アルバはもう十分苦しんできたんだから、今度は幸せにならなくちゃ。ね?」

 アルバは二人の顔を交互に見る。

 二人は本気で背中を押そうとしてくれている。

「………レオナルドさんに、話しても大丈夫でしょうか…?」

「大丈夫も何も、心待ちにしてると思うよ」

「……!はいっ」




「レオ!おいレオしっかりしろ!」

「止血帯もっとちょうだい!」

 大粒の雨がレオナルド邸の中庭に降り注ぐ。

 たくさんの死人と怪我人が倒れ、無事だった騎士たちで救護活動を行っている。

 その中心で、リッキーとメルダがレオナルドの応急処置に追われていた。

 アルバはそれを雨にうたれながら眺めていた。

 服が汚れるのも気にせずに、ズルズルとその場に座り込む。

「……やっぱり言い伝えは本当だったんだわ…」

 レオナルドが運ばれていくのを、ただ見ているしか出来なかった。

「っあぁっ……いやっ嘘だよ、こんなっ」

 自分は誰も愛してはいけないのだという悔しさと、愛してしまったが故の後悔と懺悔が込み上げて慟哭に変わる。

「……っごめ、ごめんなさいっごめんなさい!」

 アルバの声は雨の音に掻き消され、誰にも届くことはなかった。

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