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23話 新たな来訪者

日曜日更新、お待たせ致しました。

よろしくお願いします。

 アルバがレオナルドの領地に引っ越して早2ヶ月が経った頃。

 少しずつ雨が続くようになり、領地の開拓と森の開拓の進み具合に支障が出始めるようになった。

 灰色の空と窓を打ち付ける雨粒にうんざりしながら、執務室で書類を捌くレオナルドへ一杯の紅茶が淹れられる。

 ふわりと鼻をくすぐる、甘い果実の香り。

 あの日、シフォンケーキと一緒に出された外国の果実紅茶だ。

 レオナルドが顔を上げると、ティーポットを持ったアルバと目が合った。

 彼女はレオナルド邸にいる間はトレードマークの帽子と眼鏡を外すようになり、鮮やかな銀髪をひとつに束ねて背中に揺らしている。

「少し休憩されませんか?」

「……そうする」

 レオナルドはコーヒー好きで知られていたが、ここ最近は紅茶派に乗り換えつつあった。

 アルバが嗜むから、彼女との会話のひとつになればと飲んでいるうちに自分がハマりつつある。

「……美味いな」

「そうですね。お金をお支払いしてメルダにお取り寄せしていただかないと」

「いつからメルダって呼んでるんだ?」

「先週くらいから、でしょうか。メルダからガーネットだけズルいと訴えがありましたので」

「じゃあ俺も」

「それは私人の私にお伝えくださいね」

「………最近アルバも他の奴らと同じ扱いをしてくるようになったな…」

「2ヶ月も一緒にいますからね」

「それもそうだな」

 公私混同を全くといっていいほどしないアルバは、日中の開拓会議の時はずっとレオナルドの事を団長、もしくは伯爵として接するため、当のレオナルドからすれば少し寂しいものでもある。

 そこがアルバの良い所で、レオナルドが惚れ込んでいる所でもあることには違いないが。

「……2ヶ月一緒にいるなら公人のアルバも気軽に呼んでくれればいいんだが」

「?何か言いました?」

「いや、何でもない。ところで今後の開拓の事なんだが」

 レオナルドは書類を1枚手に取ってアルバに話しかける。

 今はこの距離感でもいい。

 いつかもう少し近づくことができればそれでいいのだから。


 雨足が少し弱まった頃、レオナルド邸に1台の豪華な馬車が停車した。

 この2ヶ月の間に選別された使用人たちが突然の来訪者に慌て始める。

 ある者はタオルを、ある者は温かいお茶と部屋の準備を、ある者は執務室へ報告を。

「失礼します旦那様!」

「おい今は仕事中だ…」

「旦那様の従兄弟を名乗る方がいらっしゃいました!」

 それを聞いたレオナルドは立ち上がり、アルバに帽子を被せて執務室奥の扉の奥へと無理やり押し込んだ。

「悪いがここにしばらく隠れていてくれ。あいつには俺の私室に勝手に上がり込む勇気なんてありはしないから、ここが一番安全だ」

「レオナルド団長っ一体どうしたの」

「あとで全部話すから!……頼むよ……」

 アルバの肩を掴み、祈るように呟いたレオナルドにアルバはそれ以上何も言わなかった。

 小さく頷いてレオナルドの私室の窓際に置かれたソファに座りにいく。

 レオナルドは扉を閉め、その扉を隠すようにパーテーションを置き使用人に来訪者を呼ぶよう指示する。

 ものの数分で来訪者は大きな足音を立てながらやってきた。

 茶色いショートヘアを整髪料でペッタペタに撫で付け、白い燕尾服がはち切れんばかりのふくよかな巨体のその人物がノックもせずに扉を開けてドカドカと入る。

「やっぱり伯爵っていうのは所詮この程度だなぁレオナルド!街もしょぼい、屋敷もしょぼい、使用人はもっとしょぼい」

「何の用だニコライ。俺を蔑みに来たのならさっさと済ませて帰ってくれ」

「……ちっ、伯爵風情が次期侯爵の僕に指図するな。僕がお前に指示するんだよ」

 巨体の来訪者、ニコライ=ダンダリオが嫌悪の顔で1枚の書状を突き出した。

「お前が囲ってる凄腕の博物館ガイドを僕の歴史学の教員にしてやるから差し出せ」

「その件は前の手紙でも断っただろ。あと彼女は皇帝陛下ご自身が任命した公認の開拓顧問だ」

「口答えするな。この書状は」

「書状がなんだよ。皇帝陛下が彼女の任を変えるって言うんなら、陛下の御璽入りの書類とか直属の部下に伝えさせろ。俺はお前の行動は何一つ信頼しない」

「レオナルドのくせに偉そうに……こんなことをして許されるとでも思ってるのか」

「うるさい。要は済んだだろ。こっちもお前の相手をしてやれるほど暇じゃない」

「話はまだ終わってないぞ。お前が伯爵位に認められるなんて絶対にありえない!誰かの手柄を横取りしたんだろ?なぁ!お前が僕よりデキルやつな訳ないもんなぁ!?」

 レオナルドは執務室の自席に座り、当てつけのように書類に手を付け始めた。

 ニコライはギリギリと親指の爪を噛み、地団駄を踏んでレオナルドの前に立つ。

「なんだよ」

「偉そうにしてるんじゃないぞ。僕がお父様から侯爵を受け継いだらお前のことなんかすぐに市井に落としてやるんだからな」

「……ふっ、叔父上はまだまだお元気だからすぐには無理そうだけどな」

「っ!お前っ!!」

 怒りに任せて殴りかかろうとしたニコライの身体が突然ビクリと跳ねて止まった。

 ニコライ本人も何が起きたのか分からないのか、顔面蒼白であわあわとしている。

 レオナルドは何が起こっているのかは何となく察していたが、あえて何も言わず流していた。

「っくそ!またお前のっ変な魔術か!?」

「俺はお前の前で魔術なんざ使ったことはないが?」

「嘘つくな!お前はいつも僕をそうやって馬鹿にして困らせて貶める!そんなだから母親が病むんだろ!」

 レオナルドの手元の書類が音を立ててぐしゃぐしゃになる。

「そぉら図星だ!あんなヒステリック女の面倒を見てやってるお父様の身にもなるんだな。なんならここに送り届けてやろうか?あ?」

「……あれを母親だと思ったことはない。自分の欲にしか興味をもたないし、父さんが死んだ時も自分の地位のことばっかり気にして喪にも服さず、後妻にしてくれってあちこち触れ回ってたような女だからな……リッキー!そこにいるんだろ、このクソうるさい次期侯爵様を馬車までご案内差し上げろ」

 廊下側の扉に向かって声をかけると、待っていましたとばかりにリッキーと複数の開拓騎士が入ってきて、腕を振り上げたまま動けないニコライを抱えあげて出ていく。

 リッキーは何も言わず、レオナルドの肩を軽く二度叩くと騎士たちと一緒に出ていった。

 廊下からはニコライの喚く声が聞こえてきたが、レオナルドは無視して私室前のパーテーションを退けた。

 三回ノックして扉を開けると、目の前にアルバが俯いたまま立っていた。

 レオナルドはアルバの腕を引き優しく抱きしめた。

「すまない。あんなもの、聞かせるべきではなかった」

 アルバは小さく首を横に振り、レオナルドの背中にそっと腕を回す。

「ごめんなさい、余計な事をしてしまいました」

「いや助かった。あいつは小さい時から俺と比べられて生きてきたから俺の事は大嫌いだし、ああやって俺に当たらないと自分を見失ってしまう可哀想な奴なんだよ」

「でもあの物言いは貴方に対して失礼すぎます」

 アルバの手に力が入るのを、レオナルドは背中で感じ取った。

 少し涙声になっているのも。

「キミが悲しむことはないんだ」

「貴方が泣かないから」

「俺が?」

「開拓の先頭に立って傷だらけになりながら国に貢献したから伯爵位に認められたのに、誰かの手柄を横取りしただのなんだのとっ、いい加減な事ばかり捲し立てて傷つけてられているのに!貴方が泣かないからっ」

 アルバの訴えにレオナルドはようやく自分が傷つけられていたのだと気づいた。

 胸が痛い。

 ジクジクと傷が膿んでいるかのように。

「……俺、は……傷ついていた?」

「傷つかない人間なんていません」

「そうか……」

 涙こそ出なかったが、自分ではない誰かが自分のために悲しむことの申し訳なさが今度は込み上げてくる。

 おそらく相手がアルバだからなのだろう。

「……すまない……ありがとう」

 アルバは何も言わない。

 ただ首を横に振ってレオナルドをぎゅっと抱きしめ返すだけだった。



◇◇

「男の私室に女性を押し込んどいてさ、しかもお互い抱きしめあっといてさ……何事もなかったってどういうこと?普通"何事も起こらないはずもなく"のお決まりルートだろ?」

「いやっ、それはだな……」

「ウィル、レオのやつはな、アルバさんに抱きしめ返された事にびっくりして、その後何しようと思ったかぜーーんぶ吹っ飛んだだけなんだよ。そう攻めてやるなって」

「ぐっ」

「そういう所だよなぁ……あんだけガードが硬いアルバさんの貴重な素直な気持ちだったのに。惜しいことしてるぜ、ほんと」


 お互い抱きしめあって、照れながら離れて、今日の仕事はここまでにしておこうと解散してからの男どもの会話である。

 アルバは深く帽子を被り、眼鏡もしっかりかけてペコペコと頭を下げて退室して行った様子を見たリッキーとウィルが、レオナルドに根掘り葉掘り聞いたのだ。

「俺だって、やらかしたと思った」

「だろうな。お前のことだから絶対後悔してるって思ったさ」

「どうすんだよ。これで余計にガード硬くなったら」

「それは……たぶん大丈夫な気がする」

「えー?その根拠は?」

「勘」

「…………マジで言ってんの?」



◇◇◇

 小雨が降る中建ててもらった自宅に帰ってきた。

 1階の研究室は無視して、すぐに2階の自室に上がる。

 雨に濡れた上着と帽子をハンガーに掛けて干し、キッチンでやかんの湯を沸かす。

 沸くまでの間、アルバはレオナルド邸での出来事を思い出して一人身悶えた。

「……なんで抱きしめ返しちゃったの……」

 自分でも分からない。

 あんなに優しく抱きしめられて、自然と彼の背に腕を回していたのも事実。

 彼のことは嫌いではない。

 むしろ好きだ。

 でもその前に彼は、"我々"の王に成りうる存在で、アルバはその彼を補佐し護らなければならない。

「王の守護者は……王と恋仲になってはならない……」

 他界した父が口酸っぱく言い聞かしてきたこと。

 父曰く、守護者と恋仲になった"言葉の民"の王となる者は短命になる、という言い伝えがあるのだという。

 言い伝えは所詮迷信だと笑っていたが、実際姉のエルバリタと恋人関係にあった王が、"火の森戦役"で亡くなった。

 あの王はまだ齢30の好青年だった。

 レオナルドを同じ目に合わせる訳にはいかない。

 伯爵として、王として、その命を繋いでいってもらわなければ。

 アルバは床に座りこんで膝を抱える。

 人を愛することがこんなに苦しいものだとは思いもしなかった。


「……貴方のことが好きよ、レオナルドさん。でも貴方には長生きしてほしいの……」

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