20話 夜明け前
日曜日更新、もう1話分です。
2章完結になります。
式典が終わり、皇帝ゲラルトの執務室から退室したアルバ、レオナルド、ガーネットはそれぞれ帰路に着くべく馬車を待っていた。
アルバの腕の中には持ち帰ることを許されたエルバリタの手帳がしっかりと抱かれている。
「俺とガーネットは一度宿舎に戻って今日のことを報告してくる。暫くは俺も頂いた領地の管理があるから、開拓遠征の話は休みになると思う」
「承知しました。では私は本業に戻らせていただきますね」
「落ち着いたら護衛も兼ねてガーネットを送る」
「え?流石に騎士団のお仕事を優先してください。私は一般人に戻りますから」
「モルトの件があるからそれはダメだ。キミはもう陛下公認の特別顧問でもあるんだから」
「レオナルド団長?それ以上強要すると誰かさんと一緒で執着になるよ」
ガーネットの一声にレオナルドは腕を組んで首を傾げながらうーんと唸る。
何も解決策を思い浮かべられないまま、レオナルドとガーネットが乗る馬車が停車した。
ここ数日の荷物を載せていくガーネットの目を盗むように、レオナルドはアルバの方を振り向いた。
「すまない。キミを見ていると今度こそ守らなければと、大切にしなければと思ってしまうんだ…これではモルトの二の舞だ」
「それは…ルーラー選帝侯様とは全く違うものだと思うので大丈夫かと……でも、ありがとうございます。そう思ってくださって」
ヘッドドレスでよく見えないが、うっすらと頬が赤くなっているように見える。
レオナルドは胸の辺りをギュンと掴まれたような感覚に戸惑いつつも、スマートにアルバの右手をとって手の甲に唇を落とした。
アルバはビクッと肩を跳ねさせたが、丁寧にカーテシーで応える。
「だーから距離感って言ってんでしょ!ほら行きますよ!」
ガーネットはレオナルドの背を押して馬車に押し込むと、アルバにぎゅーっとハグした。
「アルバさんはアタシたちの大事な仲間だからね。団長はあんなだけど、モルテナウス様みたいなことには絶対にならないし、アタシがさせないから」
「…ありがとう、ガーネット」
「!… うん!それじゃあまたね!」
ガーネットは体を離し、手を振って馬車に乗り込み宿舎方面へと帰っていった。
直後、博物館前まで送るよう手配された馬車が静かに停車した。
「お荷物をお運びしますね」
馭者がアルバの足元に残されたカバンを馬車の屋根の上に載せていく。
その間にアルバは馬車に乗り込み、ふかふかの座席に身を沈めた。
ドアが閉まりゆっくりと馬車が走り出す。
──怒涛の4日間だった……特に今日は。まさか姉さんが団長さんの紐持ちの根源にいたなんて…グーフォにどう伝えよう……
身を捻って後方に遠ざかっていくウィルト城を見つめる。
探しても手がかりが見つからなかったわけだ。
一番強固な檻の中に、姉は、エルバリタは囲われていたのだから。
皇帝ゲラルトがどこかエルバリタの面影を残しているのだけは、救いのように感じた。
排斥されることなく、帝国人に馴染んで最期を迎えたのだ。
軽蔑はない。同胞の誇りを捨てたのかという怒りもない。
純粋に生きていた証拠が見つかったことだけが嬉しい。
ガタガタと馬車が揺れ出した。
舗装されていた城の敷地から出て、一般道に出たからだ。
アルバは前を向き、馬車に揺られるまま家族が待っている博物館へと帰っていった。
「おかえり」
「ただいま」
辺りの街灯が灯り始めた頃、馬車は臨時休館の博物館の前に到着した。
馬車の音を聞きつけたのか、ゲルフォルトが博物館の出入り口から顔を出し出迎えた。
馭者が降ろした荷物を回収し、2人は暗い博物館の中を歩く。
臨時休館なのは子どもが暴れて、もとい、おふざけをして展示棚のガラスを割ってしまったものを修復するためだったらしい。
「とても素敵なドレスだね」
「ありがとう。ルーラー選帝侯様が見繕ってくださったいくつかのドレスの中から、レオナルド団長が選んでくれたの」
「へぇ。あの唐変木が…」
「グーフォ、失礼が過ぎるよ」
「何のことだか?…さてアル、先に着替えるかい?」
「あー…そうしたいんだけど、少し手伝ってもらわなきゃ。背中側がね」
ゲルフォルトはアルバの背後に回り込むと、あちゃーと頭を抱えた。
背中側は綺麗に紐で結ばれているのと大きなリボンも付いているのとで脱ぎにくそうだった。
「嫁入り前の娘の服を脱ぐ手伝いをするのは気が引けるね」
「嫁入り前って言ったって700越えてるから」
「それとこれとは別だよアル……仕方ない今回だけは我慢しよう」
ゲルフォルトは館長室のドアを開け、さらに奥のちょっとした生活スペースに黒い衝立を並べて即席のフィッティングルームを作った。
アルバは衝立の奥に入り、ゲルフォルトに背中を向けるとスルスルと紐やリボンを緩めていく。
ある程度緩め終わると、ドレスの肩口がズレてきたため、ゲルフォルトは衝立の外に出た。
「色々あったとは思うんだけど、順番に話してもらえるかな」
「いいけど……ありすぎて何から話そう?」
「そんなに?……じゃあルーラー邸の話からお願いしようかな」
「ルーラー邸はね……」
ガサゴソと着替えながらアルバはルーラー邸であったことを話し始めた。
一般人には社交界マナーは遠い存在だったということは強調して伝えた。
「棲み分けって大事だね」
「本当に。それでウィルト城に行って式典だった訳なんだけど……グーフォちょっと手伝って」
着替え終わったアルバがドレスの置き場に苦戦していた。
ゲルフォルトは背もたれのある椅子を持っていき、その上にシワにならないように置き直す。
「トルソー買わなくちゃね」
「そうだね。しばらくここに飾っとくかい?私は全然構わないよ」
「グーフォがいいなら助かるけど……はい、これ」
アルバはゲルフォルトに茶色の手帳を差し出した。
出されたものに手を伸ばし首を傾げたゲルフォルトにアルバは告げる。
「お城で保管されてた姉さんの日記」
「……?なん、だっ……え?」
「とりあえず読んで」
ゲルフォルトは椅子に座りページを捲っていく。
唸って、天井を仰いで、俯いて。
ゲルフォルトにとってもかなりショックの大きい内容だったようだ。
「皇帝陛下は姉さんの事を分かった上で、私たちを受け入れようとしてくれてる。だから私を開拓騎士団の特別開拓顧問として任命したんだよ」
アルバは下賜された羅針盤の勲章を入れた箱をカバンの中から取り出してゲルフォルトに見せた。
しかしあまり浮かない顔で返された。
「開拓顧問ということは……同胞たちをどうにかしようって話なんじゃないのかい?」
「……最初はそう思った。でも架け橋になって欲しいって言われた。この国の皇族にも貴族の中にも同胞の血が…姉さんの血が流れてる。そんな彼らと純粋な"言葉の民"を結ぶのは、私やグーフォにしかできない、たぶん」
「………そう、なんだろうか」
「森の祝福が私たち以外にどれだけの人に降り掛かっているかは分からないけど、そことも繋がりを持てるのは現状、私たちだけなんだよ。見て、姉さんの最後のページ」
アルバは手帳の1番最後のページを開いて見せた。
そのページだけは涙の跡だろうか、文字のあちこちが滲んでしまっている。
『アルへ』
『あなたに私の未来を勝手に託すね。
森がある限り命に終わりがないようにしてしまったのを、許してとは言わないわ。
遠い未来で、私の血を受け継いだ子孫たちと出会って、この手帳を読んでいるなら、どうか彼らと同胞の架け橋になってあげて。
大丈夫、私のアルだもの。
どれだけ私の血が薄くなっても、アルならきっと見つけてくれるって信じてる。
あぁ、でも、今すぐ会いたい。
会って抱き締めたい。
大好きよアル、私だけのアル、私はずっとそばにいるよ』
「姉さんは、どこまでわかってたんだろうね」
涙声で鼻を啜りながらアルバは呟いた。
ゲルフォルトは何も言わずアルバの手を握り、小さく頷く。
「私だって……ね、さんにっあいたいっ」
「うん」
「ずっと、さがしてたって、い、たいのにっ!」
泣いて言葉を詰まらせながら思いの丈を吐き出していく。
ゲルフォルトも静かに涙を流していた。
やっと見つけた、本当の意味で血の繋がった家族の生きた証。
直接伝えられないことの、なんと辛いことか。
2人の瞳に映らないように、光の粒がキラキラと舞う。
光の粒はひとつにまとまったかと思うと、2人の髪の上をふわふわと揺れ動く。
まるで泣いている2人を慰めるように、誰かが頭を撫でているかのようだった。
◇◇
アルバよりも先に城を離れたレオナルドとガーネットは騎士団宿舎に戻ってきていた。
ガーネットが荷物を下ろしている間に、レオナルドは爵位の授与を上層部に報告に回る。
あちこち回って称えられて、ようやく隊長室に戻ってきた頃には日も暮れ、室内に灯りが灯っていた。
「おかえりレオ。いんや、ダンダリオ伯爵様?」
「やめてくれリッキー。耳タコだ」
「へへっ悪い悪い。ガーネットに聞いたよ、アルバさんめっちゃ綺麗だったんだって?」
制服を着崩しながら椅子に座り、整えた髪をワシワシと崩して答えた。
「……あぁ」
「しみじみ言うなよ」
「綺麗だったんだって」
「わかったからニヤニヤしながら言うなって」
「ニヤニヤしてない」
「はいはい鏡みて言ってくださいね〜。僕はレオの顔見たかっただけだから部屋に戻るね。4日間お疲れ様」
リッキーは右手をヒラヒラとさせて隊長室から出ていった。
レオナルドは額に手を当てて天井を仰ぎ見た。
たしかにアルバは綺麗だった。
自分が選んだ紺のドレスに銀髪が映えて、彼女の瞳も輝いていて。
滅多に見せない素肌も色白でツヤ肌で。
あの綺麗な手の甲に自分の唇を……
思い出して口角が上がる。
そばにいたのはメリダやガーネットの女騎士だけで、彼女たちも騎士団の中では美貌の方ではあるが、それとは別ベクトルだ。
別れる直前の照れながらお礼を言ってきた時も、このまま連れ帰りたいと思ってしまったほどに。
──アルバをそばに置きたいと思ってしまうのは罪なんだろうか
陛下に考えて行動しろと忠告を受けた時に、モルテナウスの二の舞になるなと言われた気もした。
アルバはモルテナウスに苦手意識を持っているのは分かっているからこそ、自分まで同じことになれば嫌われてしまう。
「……嫌われるのだけは嫌だ……彼女にはそばにいて欲しいから」
ぽつりと呟いてため息を吐くと、カチャカチャと部屋のどこかから音がし始めた。
椅子から立ち上がり、音の正体を突き止めるのに室内を歩き回る。
行き着いたのは所持を許された水の魔法剣を保管している棚だった。
ウィルト城に持っていけないからと保管庫に入れたのを思い出した。
扉を開き魔法剣を取り出すと、刀身がカチャカチャと独りでに震えている。
鞘から抜いて刀身を確認しようとすると、薄水色にほんのり光り輝いていた。
「……お前の力を、俺のために…俺や彼女やアイツらのために使わせてもらう。文句は…言う口がねぇよな」
自分で言って鼻で笑いつつ、軽く魔法剣を振ってから鞘に戻した。
もうカチャカチャと音を鳴らすことはなくなったが、柄を通して伝わる剣そのものの魔力が今までより濃密でスムーズに流れ込んで来るのを感じ取った。
不思議なこともあるものだと小首を傾げていると、視界の端で窓に何か光るものが映りこんだ。
窓に目をやると映り込んでいたのは自分の蜂蜜色の髪だった。
何となく光の粒のようなものがチラついているようにも見えたが、数秒で見えなくなった。
レオナルドはまた口角を上げる。
確信は無いが、本能的に『護る力』を得た気がしたから。
レオナルドとアルバは窓越しの夜空、その頂点の月を見上げる。
──陛下にいただいた領地で力をつけて、胸を張って君を迎えに行く。今度こそ、俺の手で護る。
──スィ・シ・オゥ、同胞の王の可能性を秘めた人。姉さんが残した最後のピースが彼なのだとしたら……今度こそ、一族の名にかけて護り補佐をしないと。
2人の想いが、願いが、月へ昇華していく。
夜空に浮かぶ月は静かに2人を照らす様は、彼らの未来を照らし始めているかのようだった。
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