19話 決断
日曜日更新、お待たせ致しました。
本日はもう1話更新予定です。
よろしくお願いします。
様々な状況に置かれた執務室が落ち着きを取り戻した頃、ゲラルトは重い口を開いた。
「まさか、儂らの先祖はとんでもない事をしでかしておったとはのぅ…」
誰も否定しなかった。
否定できなかった。
「ノービレ殿は……大丈夫かね」
「……はい陛下。お心遣い感謝致します」
「そうか……ことここに及んですまないが、手帳の内容は全て恨みを書き連ねたものなのかだけを教えてもらえるかな?」
アルバは頷いて手帳をパラパラと捲っていく。
覗き込むように手帳を見たレオナルドとガーネットは全く読めないようで、首を傾げていた。
かなり早いペースで読み進めていたアルバの指が、最後のページでピタリと止まった。
「どうしたのかね」
「恐れながら、この手帳の真ん中から最後にかけては日々の生活に関することと未来への不安を嘆く内容がほとんどです」
「あれだけ怨みを込めた日記の始まりだったのに?何か心境の変化でもあったのか」
「おそらく、子どもが産まれたからでしょう。嬉しかった、可愛い子、私の血は続いていく……そんな内容が散見されます。それと同時に不安も増えていますね」
アルバは手帳の文字を愛おしそうになぞる。
姉の生きた証を今、実感するかのように。
「不安……皇族に属する者として言うならば、継承問題か」
「そのようです。側妃でありながら男の子を産んだようです。しかも紐……蜂蜜色の瞳を持っていたようですね。魔法も巧みに操ることができた、とも記してあります」
「だから、であろうな」
ゲラルトはソファに背中を預け天井を仰ぎ見た。
己の幼少期を思い出す。
「儂の目にも蜂蜜色とやらに輝く時がある。幼少の頃それを見た宮廷学者がとかく誉めそやしてきてな。やれ魔法の勉強をしましょう、やれ魔法の実践しましょう……結局儂には才能はなく、出来るのは感情が昂る時や勅命の時に相手を思い通りに操る事だけ。心無い者たちに皇帝の器ではないと言われておったが、そんな儂にも側妃の毒はしっかりと受け継がれておったのだな」
ゲラルトは自嘲気味に笑い上体を起こしてアルバを見つめた。
痛みに気を失うことなく耐えきった彼女の額や首筋には汗が流れ、少し疲れた表情で、しかし真剣にゲラルトを見つめ返していた。
「陛下の能力は、"言葉の民"の中でも限られた者が使用できる部類です。人心を操るのは簡単なことではありません。ノービレの一族は大抵この能力を有しますが、特に姉は……エルバリタは人を操る事に長けていました」
ですから、とアルバは手帳に目を落とし優しく撫でた。
少し笑って、穏やかに言葉を紡ぐ。
「陛下がそのお力を誤った方法でお使いになっていない事に、救われております」
「そなたが、か?」
「はい。私だけでなく、今を生きる"言葉の民"全てが」
「……っは、くっ、くっはっはっは!……そうか、そなたはそう言うてくれるのだな」
ゲラルトはひとしきり笑うと、何かを決断した目で立ち上がった。
「そなたの寛大な心に感謝を。そしてその褒賞としてアルバ=ノービレ殿を開拓騎士団特別開拓顧問に任命し、ダンダリオ伯爵と共に惑わせの森の開拓及び、"言葉の民"との架け橋となること、そして我が皇族の未来を見届けることを命ずる」
突然の任命に、アルバはバタバタと立ち上がりカーテシーで応じた。
「拝命致します陛…」
「お待ちください!正気ですか陛下!?なぜそこまでレオナルド=ダンダリオに肩入れするのですかっ……僕が見つけた彼女を、違う男に渡すなんて、そんなこと享受できません!アルバっ僕と来るんだ!」
意気消沈で座り込んでいたはずのモルテナウスが立ち上がり、早口で捲し立てアルバの左腕を力強く掴んで引っ張った。
「っいや!放してください!」
「何故だい!?僕の方がっ僕の方がレオよりもキミをっ」
「控えよモルテナウス=ルーラー!」
ビクリとモルテナウスの身体が跳ね、掴んでいた手をパッと放した。
ゲラルトが言葉に魔力を乗せて言い放ったため、そのまま身体は動かず目だけがアルバとゲラルトを交互に見ている。
その視線を遮るように、ゲラルトはアルバの前に立ち、レオナルドはアルバの肩を抱き寄せた。
「なぜ……なぜなのですか……」
「なぜ?お前自身の顔を見てもう一度問うてみよ」
ゲラルトはガーネットに本棚の隅に置いていた小さな鏡を持ってこさせて、モルテナウスの顔を映した。
焦燥と狂気に塗れた表情、美しかった蜂蜜色の瞳は茶色に濁っている。
鏡の中の自分を見て、モルテナウスはヒッと小さく悲鳴をあげた。
「お前は妻子を持つ身ながら、己の欲のために罪なき我が民を無理やり手篭めにしようとした。それは同族意識によるものであったとしても到底許される事ではない。モルテナウス=ルーラーにノービレ殿への接近することを禁ずる。部下を送り情報を集めることもだ」
ゲラルトは目力を強めてモルテナウスに迫る。
身体が動かないモルテナウスはブルブルと震え顔面は蒼白、嫌だと口が動くだけ。
「追って沙汰する故、自邸にて待て。心配はするな、お前の身分はそのままにしておいてやろう。衛兵!」
「いやっ、嫌だっ僕は!」
モルテナウスの反論も虚しく、執務室に入ってきた衛兵に抱えられる形で皆の前から姿を消した。
しばらく廊下からモルテナウスの喚く声が聞こえてきたが、次第に聞こえなくなった。
「……さて、次はダンダリオ伯爵だな」
ゲラルトはくるりと振り向いて、アルバの肩を抱き寄せたまま険しい顔をしたレオナルドを見る。
なかなか手を放そうとしない。
「ダンダリオ伯爵、そなたのその行動の意味を問うてもよいか?」
「その行動、と言いますと?」
「儂にそれを言わせるのか……そなた、腕の中に抱いておるのは誰かね」
そう言われてやっと自分がしている行動に気がついたレオナルドは、手を放しはしたが距離を取ることはなくアルバにピッタリとくっついている。
「ダンダリオ伯爵よ、そなたにはルーラー卿のような狂気を孕んではいないと信じておるが、ノービレ殿は儂が認めた公認の開拓顧問だ。この意味が、今のそなたならわかると思うがね」
「……はい」
「であればちと考えて行動するべきだな。新興の伯爵が軽率に女性の肩を抱くようなことは控えるように。例えそれが、敬愛から来るものであったとしてもな」
ん゛っと突然アルバが呻いて下を向いた。
どうしたどうしたと覗き込むと、耳まで真っ赤にしてプルプルと震えているだけだった。
「……もうしわけごじゃいません……その、今になってはずかしくなってしまって……」
とても小さな声で話すアルバを見たゲラルトは大口を開けて大笑いした。
「だっはっはっはっはっ!!そのような愛らしい一面を見せられてはダンダリオ伯爵の庇護欲をくすぐられてしまうな!っはっはっはっ!」
笑いすぎて出た涙を拭き取って、ゲラルトは下を向くアルバの肩に優しく手を置いた。
「儂は決めたぞ。我が血に流れる側妃の毒を悪しきものと捉えるのではなく、我らをより良い未来へ導いてくれるものであると捉えよう。それにあたり、そなたたち"言葉の民"との友好を結べるよう力を尽くそう。いつかそなたが、その美しい髪と瞳を隠さずに大手を振って外を歩けるようにするためにな」
アルバは目に涙を湛えながら顔を上げて微笑んだ。
「有り難きお言葉、感謝申し上げます。陛下の言葉は姉の恨みを癒すものとなるでしょう」
「うむ、そなたとそなたの大切な者たちに幸多からんことを」
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