18話 汝、その事実を受け入れよ
お待たせしました。18話更新です。
4月なかなかにハードスケジュールで更新がかなり遅くなっております。
「彼女の名は、エルバリタ=ノービレ。私の姉にあたります」
衝撃だった。
彼女が"火の森戦役"から生きている事ももちろん衝撃だったが、まさか皇族に嫁いだ姉がいたのは更なる衝撃。
彼女も驚いたはずなのに、冷静さを欠かないのはさすがとしか思えなかった。
だからこそ。
幼なじみの狂気を許すことはできない。
──すまないモルト。お前に彼女を囲わせる訳にはいかない。お前の目に狂気がある限り、絶対に。
レオナルドが拳を握りしめアルバを見つめた瞬間の執務室は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
その中でアルバは震える指で手帳のページを捲っていく。
一族の中でも特に綺麗な字だった姉の字が、複雑な古語を描いている。
「……では、解読を始めます」
アルバの声が執務室の中に響く。
どこか寝物語を語るような、子守唄のような、そんな響きを帯びていた。
『森が火に包まれたあの日、私は苦渋の選択を迫られた。どちらを選んでも私たちを未来永劫苦しめる選択。だから、私は……』
◇◇
私は、私たち一族を苦しめる敵にも永遠の苦しみを与える決断をした。
森を焼いた兵士が私に向かってこう言った。
お前は綺麗な顔をしているな
選べ
このままそこに転がるお前らの王の後を追うか
俺の第二夫人になるか
後者を選べば森は半分残してやる
私には長考する時間はなかった。
森の悲鳴が、同胞の悲鳴が、ずっと苦しかったから。
私は手を取った。
でも森が許してくれなかった。
お前が森と運命を共にしないのであれば、お前の大事な家族に、仲間に代わりをさせる。
森が存続する限り、死ぬことは許さぬ。
森の声はそれきり聞こえなくなった。
私は選択を誤ったのかもしれない。
それでも後悔はない。
私は敵地で復讐を遂げる。
森を焼いた報いを受けろ。
森の存続を、取引の材料にした事を後悔しろ。
私は敵を中から侵す猛毒。
遥か遠い未来で、貴様たちにトドメをさせる日を心待ちにしている。
◇◇
執務室の温度が一気に下がる。
執務室の端でモルテナウスが膝から崩れ落ちた音がしたが、誰も振り向く様子はなかった。
それほどまでに皆が側妃の独白にやられていた。
独白を読み上げたアルバでさえも、目を閉じ己の中で必死に消化しようとしていた。
しかし彼女の顔が突然苦痛に歪んだ。
「──っあ゛、!?」
手帳から手を離し、額を抑える。
もう痛むことの無いはずの額の傷が、痛みを思い出したかのように熱を持ち、暴れ始めたのだ。
「アルバっ!」 「アルバさん!?」
悲鳴にも近いアルバの苦痛の声に、レオナルドとガーネットが即座に反応した。
レオナルドはアルバの背中を支え、ガーネットは額の傷の確認をする。
あまりの激痛に、アルバの視界は白く霞んでいく。
何度か目を瞬かせると、アルバの膝に白い手が映りこんだ。
少し顔を上げ手の持ち主を見ようとしたが、白い手が視界を塞いできた。
ごめんね アル
耳の奥で懐かしい声がした。
忘れたくなかった、あの声が。
「ね……ぇさ……」
痛みで上手く喋れない。
白い手はアルバから離れ、向かいに座るゲラルトの方へと移動していく。
「そ、そなたがっ側妃エルバリタ……?」
恐怖に慄いたゲラルトが虚空を見つめて呟いた。
誰にも側妃の姿は見えない。
ただゲラルトの瞳にだけ、エルバリタの姿がはっきりと映っていた。
言葉は聞こえない。
だが、アルバが手帳を受け取った時に伝えてきた「ありがとう」の感情はそこにはない。
復讐を遂げることへの歓喜に満ちた表情で、痛みに苦しむアルバの前に立っている。
「やめろっ……やめるのだ!そのような目で儂を見るなっ」
怯えるゲラルトにエルバリタの影は容赦なく近づいて口をパクパクとさせた。
なんじ そのじじつを うけいれよ
それだけ伝えると、満足したのかくるりと向きを変え再びアルバの前に立つ。
そっと激痛に苦しむアルバの額を撫でると、光の粒となって消えた。
それと同時に痛みが引き始めたのか、痛みに苦しむ声も次第に落ち着いていった。
ガーネットはアルバに抱きつき、レオナルドは安堵の溜息を吐いてアルバの背をポンポンと撫でる。
その様子を座り込んだまま見ていたモルテナウスはギリリと奥歯を噛み締めた。
己が憧れたものは、帝国を滅ぼすために死してなお虎視眈々と復讐の機会を伺っていたのだ。
しかも復讐完遂の最後のピースを、己の手で嵌めてしまった。
皇帝の考え何如ではおそらく何らかの処罰は受けるかもしれない。
それは甘んじて受けよう。
モルテナウスは子どものように膝を抱え、顔を埋めた。
しかし彼の瞳は未だ狂気に塗れ、怪しく光っていた。
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