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17話 ノービレという名

毎週日曜日更新が続けられるように精進して参ります。

何卒よろしくお願いいたします。

 ゲラルトに座るよう勧められた小さなソファに座って、アルバは茶色の手帳を改めて見る。

 表紙に文字があるか、日焼け等はないか。

 歴史的価値のある書物かどうか。

「……この手帳はどこで発見されたものでしょうか?」

「ここから少し行ったところに図書庫があってな。そこの1番奥の誰も寄り付かんところで見つけたものだ」

「でしたら、この傷みの無さは何かしらの保護魔術が施されている可能性があります。持ち主の不注意で傷ついたくらいの傷みですので、学術的にも価値は高いでしょう。中身は……」

「そなたに読んでもらいたい。先も言うたが、解読してもらわねばならんのでの」

「解読、ですか?」

「そうだ。1ページを見てみよ」

 言われてアルバは表紙をめくり1ページ目に目を落とす。


 “この手記を読んでいるあなたへ”

 “このページのみを帝国文字で書いています。どうかこの手記を古語が読める方に渡してください。そしてどうか、私たちの事実を知ってください。読んでいるあなたが心の優しい方である事を願って。”

 “側妃 エ(涙の跡か何かで滲んで読めない)ノービレ”


 ひゅっと喉が鳴り、ページを持つ指が震える。

 言葉が出ない。

 頭の中はどうして、ばかりが渦巻いていて何も考えられない。

「……そなたも相当驚いておるようだ。無理もない、そなたと同じ、"ノービレ"という名がそこには書いてあるのだからな。急ぐことはない、落ち着いてからでよい」

 しばらくの間、何も言えず座ったまま動かないアルバを、ゲラルトは何も言わず待っていた。

 ようやく気持ちの整理が着いたのか、アルバは大きく深呼吸してゲラルトを見る。

「失礼致しました。不躾ながら質問をしてもよろしいでしょうか?」

「よい、儂に答えられることならな」

「ありがとうございます。陛下のご家族にルーラー選帝侯様の瞳のような蜂蜜色の何かしらをお持ちの方はいらっしゃいましたか?」

「儂の瞳には黄金の線が細かく散っておる。あとは時折ルーラー卿のように瞳全体が、そなたの言う蜂蜜色とやらの皇帝がいたのは肖像画で残っておるな。過去、ルーラー卿や名だたる名門貴族の祖先に降嫁された姫君もおるでな、我ら一族だけでなく蜂蜜色の何かしらを持つ者はいた。だがのぅ……最近はほぼ見られんそうだ。儂の治世で分かっておるのはそこのルーラー卿とダンダリオ伯爵だな」

 髭を撫で付けながらサラサラと答えるゲラルトに、アルバは残酷な事実を告げる。

「その蜂蜜色の何かしらが、惑わせの森に住む"言葉の民"由来のものであることについては……ルーラー選帝侯様からお聞きになっておられますか?」

 ゲラルトは身を乗り出し、目を見開いた。

その様子を見て、アルバは右手だけで少々雑にヘッドドレスを脱ぐ。

 モルテナウスには見せた、アルバの"言葉の民"たらしめる証拠をゲラルトにも見せるために。

「……お初にお目にかかります、ウィリティング帝国皇帝陛下。私は"言葉の民"、アルバ=ノービレ。陛下の遠きご先祖さまに、森を追われた者たちの生き残りでございます」

 不敬罪で首を刎ねられてもいい、と急に覚悟が決まった。

 ただこれだけは言わなければならないと、何かに背中を押された気がするから。

「……そうか……そうであったか……」

 ゲラルトは膝に手を付き頭を下げた。

「っ陛下!?」

 ドアの前で待機していたモルテナウスが駆け寄る。

「我が祖先がそなた達にした事は、儂が謝罪するだけでは済まされぬ事は分かっておるが…それでも謝罪させて欲しい。申し訳なかった」

「……どうか頭をお上げください陛下。私は謝罪を望んで申し上げたのではありません」

 アルバは茶色の手帳のページを捲る。

「私、皇帝側妃、エルバリタ=ノービレがここに記す。"言葉の民"でありながら、森を焼いた悪しき敵に嫁いだ理由を」

 手帳の中身を読み上げたアルバに呼応するかのように、ゲラルトの目に1人の女性が映り込む。

 その女性は微笑んで頷き、言葉は発さなかったが口の形は「ありがとう」と言っていた。

 ゲラルトはもう一度だけ軽く頭を下げる。

「……全てを読み上げる必要はない。そなたが一度全てに目を通し、事実を儂に教えてくれるだけで良い。頼めるかな?」

「かしこまりました。でしたら1つ、私から条件を出させてください」

「聞こう」

「ダンダリオ伯爵と従者のガーネットさんもここに呼んで頂けますか?あの方たちも知っておくべきだと思いますので」

 ゲラルトは頷き、モルテナウスに呼んでくるよう指示を出す。

 一瞬たじろいだように見えたが、モルテナウスは小さく会釈をし、執務室から出ていった。

「ルーラー卿がいないうちに1つ伝えよう。そなたは気づいていたかな?謁見の間の直前に1箇所だけ日焼けしていない壁があるのを」

「はい、少し気になっておりました」

「そうか。あそこにはな、そなたが今読み上げたエルバリタという側妃の自画像が5年ほど前まで飾ってあったのだ」

「外されたのは修復か何かで?」

「いや」

 ゲラルトはドアをチラッと確認してから声を低く小さくした。

「ルーラー卿が妙に欲しがってな。日頃の輔弼の感謝を込めて下賜したのだ。そこからだな、そなたの事を儂に進言したり、開拓騎士団に同行させるようしつこく言うようになったのは」



 モルテナウスの衝撃の事実を聞いて、アルバはますます警戒を強めた頃、廊下を行くモルテナウスは親指の爪を噛みながら苦い顔をしていた。


──どうしてレオを呼ぶんだ!?どうして僕だけじゃダメなんだ!僕はこんなにもっ、こんなにもっキミを愛しているのに!


 悔しい感情ばかりが頭を過ぎる。

 どうすればこちらに振り向いてくれるのだろう。

 1つ方法を思いつく。

 だがそれは幼なじみや皇帝、家族すらも敵に回しかねない方法だ。

 これだけは、この一線だけは超えてはいけない。


 グッと感情を押し殺してパーティ会場の扉を開ける。

 当然、伯爵位を戴いた幼なじみは貴族のお歴々に揉みくちゃにされていた。

「……失礼、あぁ失礼、陛下がダンダリオ伯爵をお呼びでして……申し訳ない、陛下の命ですので」

 人を掻き分け幼なじみの元にようやくたどり着いた。

「レオ、陛下がお呼びだよ」

「陛下が?っあ、おい!」

 モルテナウスはレオナルドの左手首をグッと掴んで来た道を戻ろうとした。

 囲まれているためいろんな貴族の者たちとぶつかる形になってしまう。

 レオナルドはぶつかる度に謝罪を述べながらモルテナウスに引きずられていった。

 扉の近くで控えていたガーネットには手招きして呼び寄せ、ようやく2人をパーティ会場から連れ出すことに成功した。

「っモルト……モルト!どうしたんだよ!」

 掴まれた左手を無理やり解放してレオナルドは吠えた。

「……どうしてキミなんだ」

「?何が」

「僕が彼女を見つけた。僕が彼女の事を陛下に進言した。僕が彼女に似合うドレスを準備したっそれなのに!」

 モルテナウスはレオナルドの襟首をグッと締め上げようと手を伸ばす。

 突然の行動に、ガーネットが動こうとしたがレオナルドは制止した。

 モルテナウスの手は空を切り体勢を崩し、睨め付けるだけに留まった。

 レオナルドは半身を引いてモルテナウスの手を避け、軽蔑するような目を向けたからだ。

「アルバが初めてお前を見た時に動けなくなった理由がやっと分かった」

「やめろ!キミが彼女の名を軽々しく呼ぶな!」

「……その考え方を改めない限り、彼女がお前の望む行動は取らない…絶対にな」

「そんな事、分からないだろ」

 モルテナウスの視線は完全に床を見て拳をワナワナと震わせている。

 アルバのこと以外はどうでもいいのだろう。

 その様子にレオナルドは溜息を吐いた。

「とにかく早く陛下の所へ連れてけよ。話はそれからだろ」

「……あぁ」

 モルテナウスは目線を合わすことなくレオナルドたちをゲラルトとアルバがいる執務室まで連れて行った。

 アルバのヘッドドレスが外されているのを見て、ガーネットが駆け寄った。

「アルバさん何されたの!?」

「違うんですガーネットさん。私の意思で外したんです。この方が色々と説明しやすくなるので」

 ガーネットの心配を他所に、アルバはどこか冷静だった。

 見れば膝の上には茶色の手帳が置かれ、優しく撫でている。

「急に呼び立ててすまない、ダンダリオ伯爵。ノービレ殿からそなた達にも話したいのだと申告があった故、ルーラー卿に呼びに行かせたのだ」

「いえ…」

「……陛下、僕はここで、」

「否、そなたもここで事実を受け止めよ。勝手に出ていくことは許さぬ」

 逃げ道を拒がれたモルテナウスは小さく返事だけしてドアから離れた。

「……さてノービレ殿。皆揃った故その手帳の中身を教えてもらえるかな?」

「はい陛下。まずこの手帳の持ち主は"言葉の民"の中で統治を任せるに値する人物、すなわち王の素質を持った者を補佐する地位にいた女性です。彼女の名は、エルバリタ=ノービレ。私の姉にあたります」

 サラッと告げられた衝撃的事実に、執務室にいた誰もが息を飲んだ。

「ノービレという名は王を補佐する職を担う一族に贈られた名。ここに生まれた者の大体は蜂蜜色の瞳であったり、髪の一部が変色したりと、森と共にある事を運命付けられています。姉、エルバリタは特に森に気に入られた存在でした。それがなぜ…」

 アルバは手帳に目を落とす。

 捲られた1ページ目の最後の行に記された「側妃」が引っかかっているのだ。

「私は森が焼かれたあの日、頭に怪我を負い記憶が定かではありません。森と共にある事が運命であった姉も、当時の王と生死を共にしたんだと思っていました。だから森の遺物を保管する博物館で、いつか姉に繋がるものを回収出来ればと、ずっと働いてきました」

 アルバは顔を上げ、ゲラルトをまっすぐに見つめた。

 部屋の明かりを受けて蜂蜜色の瞳がキラリと光る。

「先程、ルーラー選帝侯様がレオナルド団長を呼びに行かれている間に少しだけ手帳の中を拝見しました。全てをお話する時間がありませんので、本当に大切な事実をお話したいと思いますが……よろしいでしょうか?」

「うむ……本音としては全てを話してもらわねば困るが、そなたたちを長くここに押しとどめておくのは難しいからのぅ……よい、そなたの思う大切な事実のみを端的に述べなさい」

「ありがとうございます。では……」

 アルバは手帳のページを捲る。

 誰も知らない物語の幕開けだ。

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