15話 いざ入城
「今日、明日は僕の邸で過ごしてもらって、陛下の前でのマナーとか気をつけることを教えてもらってね。そして明後日は朝からウィルト市まで馬車で移動、昼過ぎに到着して夕方に式典、その後立食形式の晩餐会があって終了。というのがここから先のスケジュールだね」
アルバがドレスとヒールに慣れるため、客室からモルテナウスの執務室まで移動してきた一行は、明日以降のスケジュールを確認していた。
まだまだぎこちない動きではあるが、慣れてきたのかソファに座る姿勢もどこか余裕がある。
「ではこの後お勉強ということですね」
「まぁそんなところかな。ノービレさんのことだからそんなに根を詰めなくてもこなせてしまいそうだけど」
「そんなことはありません。皇帝陛下の御前に出る以上、マナー等はきちんとしなければなりませんので」
「そっか。じゃあマナー講師をノービレさんの客室に待機させておくね」
モルテナウスは控えていたヴェルゴノートに指示を出し、さて、と一呼吸置いた。
「僕はレオからある程度報告は受けているけど、改めて聞かせてもらえるかな?あなたのことを」
「私の事……ですか?お言葉ですが、レオナルド団長の報告書通りとしか答えられません」
「それはそうなんだけど、僕は確認がしたいんだ。ノービレさん、僕の邸の者は下がらせるからそのヘッドドレスを外して貰えないかな」
モルテナウスが右手をあげると、室内に控えていたメイド達が一礼して退室した。
誰も居なくなったかを確認したモルテナウスはにこやかにアルバを見つめる。
唐突な指示に困惑したアルバにレオナルドは頷いて応えた。
アルバはひとつ大きく深呼吸してヘッドドレスに手をかけ、ガーネットの手を借りて外していく。
森の遠征で顕になった時以来の銀髪がアルバの肩甲骨辺りまで揺れている。
その中にキラリと光る蜂蜜色の髪と瞳。
「これで……よろしいでしょうか」
「うん、ありがとう。あなたのその美しい髪を隠すのはどうして?」
「それは……それは選帝侯様ならよくお分かりのはずですが」
「そうかな、でも僕はあなたの口から聞きたいね」
「……あなた方帝国人は私たち"言葉の民"を悪しき異民族として教えこまれる。そして騎士団には悪しき異民族は見つけ次第捕らえよ、という任務が密かに下されていること。そのような任務を負う方々の前で私の髪は、私の瞳は隠すべきものでしょう」
アルバはグッと右手を握りしめながら答えた。
その様子をガーネットが心配そうに見つめる。
モルテナウスの反応によっては、と思考を巡らせていたが、思っていたものとは違う反応が返ってきた。
「悲しい話だよね」
「……え?」
「だってさ、僕たちのご先祖さまがノービレさんたち"言葉の民"の森を燃やして、正義気取りしたんでしょ?それと見つけ次第捕らえよってさ…同じ大陸に住むもの同士、仲良くすればいいじゃないか。そうしたらあなたもその髪を隠さずに暮らせるのに」
なんてね、とモルテナウスはくすりと笑い、立ち上がった。
「ノービレさんのドレスコードについて、先に陛下や大臣たちに伝達はしておくよ。じゃないと小言がうるさい人たちが突っかかってくるからね」
「御前で脱がなくて良いのですか?」
「うん、いいよ。だって隠したいでしょ?それに僕としてもその美しい髪は隠したままの方がいいなって思うし」
「……本当にお歴々を説得できるんだろうな?」
「できるじゃなくてやるんだよ。さ、そろそろ先生もお着きだろうし、マナーの勉強に励んできてね」
そう言われてモルテナウスの執務室から追い出されたレオナルド、ガーネットは慌ててアルバにレースのヘッドドレスを被せてから顔を見合せた。
「と、とにかくだ、モルトの考えはは分からないが俺たちはやれる事をやろう」
「はい。マナーを完璧に、ドレスに慣れるを目標に頑張ります」
「アタシはアルバさんのこと、しっかり守るね!」
「俺も探れるところは探る。2人とも、無理だけはしないように」
3人は大きく頷いて廊下を歩き始めた。
後にアルバは振り返る。
住む世界が違えばルールすら違うものだ、と。
根性論?そんなものそもそもどこにもなかったのだ。
「……カーテシーはしっかり深く……陛下が言葉を発されるまで頭はあげない……早口ダメ……背中見せない……」
ブツブツと2日間で教え込まれた事を反芻しながら生気のない目で窓の外を見るアルバと、その横で同じように生気のない目で天井を仰ぎみるガーネットが馬車に揺られていた。
さすがのレオナルドも2人に触れず、同じように窓の外を見つめていた。
この2日間で得られた情報はほぼないに等しかった。
強い違和感を感じたモルテナウスに関しても、執務室での会話以降何の違和感も感じず、いつも通りの幼なじみだった。
ふとアルバに目線を戻すと小さく欠伸を噛み締めている。
「……アルバ」
「っふぁいっすみませんっ」
「少しでも眠っておいた方がいい。簡略の夕方の式典とはいえ、ウィルト城内だと緊張もあるだろうから休める時に休む方がいいんだ」
「そ〜だよ〜アルバさん。先生スパルタだったからね…今のうちに休んじゃお〜。ということで、はい」
ガーネットが足元の小さなカバンから取り出したのは少し厚手のストールだった。
それをアルバの首下から腰にかけて前に布団のように掛けた。
「ふふっそんな赤ちゃんみたいに掛けなくても」
「眠気に負けそうでふにゃふにゃになってる人が何言ってるの。はい、おやすみなさい」
アルバの返事は無く、既に夢の中に旅立っていた。
ガーネットはニヤリとして、アルバの頭を自分の肩に乗せさせた。
一瞬身動いだがちょうどいい高さだったのか、そのまま眠り続ける。
「ガーネット」
「文句は後でいくらでも聞くけど、今はなしね」
こうして首都ウィルト市に戻るまでの4時間程を寝たまま移動したアルバは、城門に着く頃にはスッキリとした顔で起きていた。
「よく眠れた?」
「はい。でもごめんなさい、お2人も朝早かったのに…」
「謝る必要はない。俺たちはこういうのには慣れてる」
「…とか何とか言ってるけど、レオ団長ちょーっとうとうとしてたんだよ」
「聞こえてるぞガーネット。ったく……お、城門を越えたな。そろそろだ」
そう言われてアルバははしたないと分かっていながらも、馬車のカーテンを細く開き外の様子を覗き見た。
白亜の壁にオレンジ色の屋根がツンツンと尖って空に伸びるウィルト城と、城を囲む灰色の煉瓦造りの見張り台、それを繋ぐ通路。
普段からウィルト市に住んでいるアルバだが、城壁が高いため内側のウィルト城本体を見るのは初めてだった。
「お城ってこんな感じだったんですね」
「そうだな。実は俺も、開拓騎士団長の叙任式とモルトの選帝侯叙任式で登城しただけだから、慣れないな」
「そうだったんですか?」
「うん。帝国騎士団の人たちはお城の警備もお仕事だから出入りしてるけど、魔法騎士団と開拓騎士団はほぼ一般人枠みたいなものだから、よっぽどのことがない限りお城に来ることってないんだよ」
そういうものなのか、と独言ていると正面の噴水あたりから警備兵と思しき鎧を着た男たちが整列を始めた。
アルバはカーテンを閉め、外していたレースのヘッドドレスの準備をした。
ストールを片付けたガーネットも手伝い準備万端。
ゆったりと馬車が停車し、ドアが厳かに開かれる。
「開拓騎士団団長、レオナルド=ダンダリオ様並びに国立歴史博物館学芸員スタッフ、アルバ=ノービレ様。どうぞこちらへ、控えの間にご案内致します」
グレーヘアの執事と思しき男性に率いられ、3人はウィルト城の中を歩く。
ルーラー邸とはまた違った赤いカーペットに豪華なシャンデリアが城内を飾っている。
壁にはいくつもの絵画が丁寧に飾られ、額縁も丁寧に磨かれてピカピカとしていた。
「こちらがノービレ様とお連れ様の控えの間、お隣のこちらがダンダリオ様の控えの間となります。お食事はお部屋にお届けいたしますので、お召し上がりくださいませ。お時間になりましたらお迎えに上がります」
「承知いたしました。よろしくお願いいたします」
アルバは普段よりもさらに丁寧な口調で、微笑み優雅なカーテシーを見せた。
執事の男性も思わず見惚れてしまうほどの美しさだったが、咳払いをし一礼して去って行った。
「それではまた後ほど」
「はい」
3人はそれぞれ通された部屋へ入っていく。
分厚い扉がバタンと音を立てて閉まる。
その音はまるでここから逃がさない、とでもいうような重々しい音だった。
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