32:異郷の末裔
状況が未だに理解できない。とにかくレクターが急かしている以上、行かなきゃやばそうな感じがする。
「準備が終わり次第、速やかにお願いします。主席を待たせるわけにはいきません」
「わ、分かりました」
そう言うとパパっと着替えを済ませ、部屋から出た。
「それでは行きましょう。外に車があるのでそれに乗ってください」
レクターの言った通り、ホテルを出ると彼の車が停めてあった。乗り込んだ途端に車は発進していった。
車内には沈黙が続いていて、どこか緊迫した雰囲気が漂っていた。レクターの表情は真剣だったがどこか不安を感じているようだった。行き先は聞かなくてもなんとなく分かる。昨日のパレード会場だろう。普段あそこは政府の建物として使われているらしいから、そこであの国家主席が待ってるんだろうな。でもなんで私が呼ばれた理由がやっぱり思い浮かばない。何かやらかしたっけ?だとしたらわざわざここまで連れて来られないよね?膝の上で握りしめた手から手汗が止まらない。
そして、数分足らずで宮殿に近づいてきた。気味が悪いほど静かだった。それだけではなく警備が厳重で敷地の至るところに兵士がたくさんいるのが見える。昨日の盛況とは比べ物にならない。ゲートに辿り着くと、レクターは見張りの兵士に一枚の紙を見せた。紙を確認したその兵士は「どうぞ」とだけ返事し、車はさらに宮殿の奥へと進んで行く。
「主席ってどんな方なんですか?」
「国のことを第一に考えていらっしゃるお方ですよ」
レクターは少し誇らしげに答える。
「実のところ、主席の意向による面会はカルナト史上初めてですので私としても緊張しています。なぜ会いたいとまではお聞きしていないのでこのような形になってしまい申し訳ありません」
「いえいえ、レクターさんが謝ることじゃないですよ」
国家主席の人柄を述べたあと、レクターは付け加えるように私情を訴えてきた。とりあえず、私が何かやらかしたわけではないのが分かって良かった。でも、なんで私と会いたがってるんだろう?
やがて車は宮殿の手前で停まり、私はレクターに促されるまま車を降りた。
「ここから先は徒歩になります。引き続き、私についてきてください」
「は、はい…」
目の前にそびえ立つ宮殿を見上げ、思わず息を呑んだ。昨日はパレードの熱気に圧倒されて気づかなかったが、こうして間近で見ると、その大きさに改めて驚かされる。宮殿の入口周辺には武装した兵士が何人も立っていた。彼らは周囲を注意深く見回し、私たちが近づくと視線を向けてくる。昨日のパレードでは、あれほど大勢の人々でごった返していた場所だ。だが、今はまるで別の場所に来てしまったかのように感じられた。
緊張感がとてつもない。恐る恐る入口まで歩いて行くと一人の警備兵がこちらに向かってきた。
「どういったご用件でしょうか」
「この方は主席がお会いになりたいとお呼びになられた方です。こちらが伝令書となります」
「確認しました。お通りください」
それだけ言うと、警備兵は入口の脇へと退いた。
ふぅ……止められなくてよかった。
そう安堵したのも束の間、宮殿の中へ足を踏み入れた途端、再び緊張に襲われることになった。廊下は広く、壁や床は荘厳さを放っている。装飾も立派だったが、それ以上に目につくのは、廊下の各所に立つ警備兵の姿だった。
ここに、国家主席がいるんだ……。当たり前のことだったが、そもそもなんで私はここに呼び出されたんだろう。カルナトに来てからまだ一日しか経ってない。何か国家レベルの罪を犯したわけでもないのに、今は国のトップがいる宮殿を歩いている。考えれば考えるほど混乱してきた。
やがて、私たちは大きな扉の前に辿り着いた。
「……この先に主席がいらっしゃいます」
レクターは扉を見つめたまま、静かにそう告げた。
「くれぐれも、粗相をするような真似はしませんように」
最後に釘を刺すようにレクターが言ったのち、警備兵によって扉が開かれた。
扉の向こう側には、デスクに座っている国家主席の姿がそこにあった。昨日のパレードとは違って至近距離にいるため、彼から感じるオーラがとてつもない。おまけに、彼の近くには数人の側近らしき人物が立っている。
「お前が例の外国人か。よく来てくれた」
国家主席の青年はまずそれだけ言った。部屋には彼の声だけが響く。
「うーん、人が多いな。俺はこいつと2人で話したい。お前らは外に出てくれ」
「御意」
青年が周囲を見渡してそう告げると、レクターを含む部下たちは同じタイミングで返事したのち、部屋から出ていった。バタン、とドアが閉められる音が部屋にこだまする。
二人きりになったあと、青年は椅子を机の前まで持ってきた。
「まあとりあえずここ座ってくれ」
「は、はい」
「お前があの外国人だろ?秩序維持省の連中から話は聞いた。名前教えてくれるか?」
「……唯花っていいます」
「おけ、ユイカな。知ってるだろうけど俺はカルナト共和国第三代国家主席、シュンスイ=トクユキだ。俺のことはシュンスイってそのまま呼んでいいぜ。無理に敬語使わなくていいから」
「え?」
なんかこの人フランクだな。思ってた感じと違う。でも、相手は国のトップだ。流石にタメ語で話すのは無理がある。
シュンスイの予想外の態度に戸惑って沈黙していると、彼はあろうことか近くにあったお菓子を食べ始めた。本当にこれで国家主席なの?
「これ美味えんだよな。毎日食わなきゃやってられなくなっちまった。お前にもあげるよ」
「あ、ありがとうございます…」
そう言ってシュンスイは私にそのお菓子を渡した。見た感じキャンディーのようだ。
「あの、私と話したいことって何でしょうか?」
本題に触れると、シュンスイの目つきがさっきと比べて明らかに神妙になった。
「ああ、お前は二ホンから来たって言ってたよな?」
「は、はい…」
「二ホンか、久しぶりに聞いたぜその地名」
「えっ、知ってるんですか?」
「行ったことはないけどじいちゃんから自分の故郷だ、ってよく聞かされてたんだよ。じいちゃんもお前と同じように二ホンから来たらしい」
目から鱗だった。じいちゃんって建国者のケントだよね?一気に話変わってきた。もしかしたら、シュンスイも日本人だったりするかもしれない。
「二ホンから来たって言う外国人の情報が耳に入ってきてな、もしやと思ってお前を呼んだわけ」
「そういうことですか」
なるほど、ケントから聞かされた日本の話を私を呼んで答え合わせしたかったんだ。
次にシュンスイは机の引き出しから一枚の紙を出した。
「俺の名前、別の表記があるんだ。じいちゃんが俺に書いてくれた。ちょっと見てくれ」
「漢字!?」
その紙を目にした瞬間、私は思わず叫んでしまった。紙にはなんと、『徳幸 春水』と漢字で大きく書かれていたからだ。
「やっぱり知ってるんだな。俺の名前は日本だとこう表記されるらしい。この書体、”カン字”って言うのは覚えてた」
やっぱり最初の違和感は間違ってなかった。シュンスイの漢字表記名がある以上、建国者の名前も健斗っていう漢字なんだろうな。
そういえばシュンスイって日本についてどれぐらい知ってるんだろう?色々聞いてみよう?
「シュンスイさんって日本人ですか?」
「いやー、多分違うな。じいちゃんは二ホン人だけど俺はカルナト生まれだから二ホンの血は4分の1しか引いてないし」
シュンスイはどうやら日本とカルナトのクォーターのようだった。改めて考えてみると、外国のトップの血筋に日本人がいるのはとても不思議な気分になる。
「正直日本人に会えるとは思わなかった。せっかくだしじいちゃんの話してもいいか?」
「聞きたいです!」
「ありがとう。じゃあ、覚えてる限りのことを話そうか」
日本をシュンスイ以外に知っている人がいなかった以上、ケントは私と同じように日本からここへ飛ばされてしまった可能性が高い。話を聞いていけば戻れる手がかりが見つかるかもしれない。そう思いながら私はシュンスイの話を聞くことにした。
「じいちゃんはとにかく行動力のある人だった。革命を成功させて、カルナトの基礎を作ったんだし」
「やっぱり偉大な方だったんですね……」
「うん。でも、料理は壊滅的に下手だったらしい」
「……え?」
「何を作っても焦がすんだって。革命は成功させたのに、目玉焼きひとつまともに作れない。なんか笑えてくるよな」
なんか話脱線してない?建国の歴史を話すのかと思ったら、急に家庭的な話題になったんだけど。
「話を戻そうか。じいちゃんは日本にいた時からエヴォルバーっていう、ここでいう魔法使いみたいな能力者だったらしい。ちなみに革命以降、魔法は科学の延長線上の技術として扱われるようになった。でも、エヴォルバーは魔法使いとは割と違いがあるらしい」
今エヴォルバーって言ったよね?建国者は覚醒者だったんだ。そういえばレクターが革命は彼自身の偉大な力によって成し遂げられたって言ってたのを思い出した。その力って命脈権能のことだ!
シュンスイはさらに話を続けた。今度はカルナトの建国史について話してくれるようだ。
「じいちゃんが革命を起こした理由は何だと思う?」
「え?…やっぱり王国がやりたい放題だったから?」
「まあそれもある。けどな、一番の理由は宗教だったらしい。じいちゃんがここに来た時、知り合った魔女が色々教えてくれて接していくうちに恋愛に発展したらしい。でも、その魔女が宗教裁判で捕まっちまった。それにブチギレたじいちゃんは勢いで王国ごと滅ぼしちまったからそのまま建国したんだって。実はその魔女が俺のばあちゃんでな、この話は全部ばあちゃんから聞いた」
「なんだか色々と凄いお話ですね…」
現在のカルナトに至る経緯がなんとなく分かった。それにしても恋人のために革命を起こしてそのまま建国ってなんかロマンチックかも。
「あの一件で、じいちゃんは建国後に宗教を片っ端から禁止したんだ。それに、個人崇拝も認めなかった。自分の像なんて建てるなって何回も言ってたらしい」
「それなのに、今では大きな像がありますよね」
「ああ。じいちゃん、今頃あの世で頭抱えてそうだな。首都の名前までケントってついてるし」
「ご本人の希望とは逆だったんですね」
「まあ、皮肉ってやつだろうな」
こうして聞くとカルナトの歴史はレクターから聞いた時との落差がすごい。




