30:誰も取り残さない社会
車で移動中、しばらく沈黙が流れていた。このまま黙っているのも退屈に感じた唯花は、カルナトについてレクターに尋ねることにした。
「そういえばカルナトってどんな国なんですか?」
「誰一人として社会から取り残さないことを目指している国ですよ。詳しく話すと長くなりますがそれで良ければお教えしましょうか?」
「お願いします、もっと詳しく聞きたいです!」
「分かりました」
レクターはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに笑みを浮かべると、カルナト共和国の歴史について真剣に語り始めた。
「カルナト共和国はかつて、とある王国でした。その王国は政治腐敗が常態化していました。それだけではありません。宗教の存在により、その対立による戦争が頻発した他に魔女狩りなどの拷問も盛んに行われたことで多くの人々が犠牲になりました…。他にも奴隷が非人道的な扱いを受けていたり、亜人族は冷遇されていました。そんな社会全体で争いが絶えない王国の状況に心を痛めた一人の男が立ち上がり、彼自身の偉大な力と募った同志たちとの協力により、王政を打倒して革命を実現しました。このような歴史から今日のカルナト共和国が建国されたのです」
こんな激動の歴史があるとは思わなかった。なんか歴史の授業を聞いてるみたいな感じ。
一つ気になったけどカルナトは今誰が支配してるんだろう?せっかくだし聞いてみよう。
「今は誰がこの国の政治を動かしているんですか?」
「建国者の孫が書記長を務めていらっしゃいます。ちなみに彼は三代目で、二代目は建国者の部下です」
「なるほど。……ところで書記長ってどうやって選ばれるんですか?」
「”統合カルナト”の党大会で選出されます。カルナトは社会主義の国ではありますが独裁にならないように調整しているんです」
「代表を選ぶのは日本と似てるかも。じゃあ今は統合カルナトっていう党が政権を担ってるんですね」
「ええ。…ですが、厳密に言うと統合カルナトしか政党はありません。多党制にしてしまうと権力が不安定になりやすいという理由でこのような方針になりました」
「へぇ~、他にも政党はあると思っていました。だったら、選挙はやらないのでしょうか?」
「そんなことはありませんよ。国の各地区をそのまま選挙区にして立候補者に投票します」
この国結構面白いなあ。革命とか書記長って言葉が出たからてっきり厳格な社会主義の国かと思ったけど、選挙はやるから割とそこは自由なのかな。…そうだ、まだ気になることがあったんだ。
「そういえば、誰も取り残さない社会ってどういう意味ですか?」
「よく聞いてくれました。カルナトは多種族国家であるので、革命以前は度々種族間で分断が起きていました。こうした分断を無くすため、国民は種族問わず平等な存在として扱っていく社会を目指そうという理念が込められているんですよ」
どこか誇らしげに語ったレクターの様子からして、愛国心がかなり強く見える。話はまだ終わらないようだった。
「これだけではありません。社会からはみ出してしまいそうな人々を救済するという精神も込められています。例えば、元は奴隷だった人々には国営工場の働き手となった他、浮浪者など生活基盤が不安定だった人々は兵士として活躍しています。社会から取り残されている人がいるのであれば、その人も平等に社会に組み込まなければなりませんから」
レクターはさも当然という顔をしてそう言った。なんかこの人雰囲気変わったよね?でも、やってることは合理的だ。しかし、どうしても妙な違和感がある。
…あ、もうすぐ街に着きそう。
やがてレクターは車を停めると私の方を振り向いた。
「着きましたよ、ユイカさん。それでは降りましょうか」
車に揺られること体感十数分、カルナトの中心部に到着したみたい。レクターに促されるまま車を降りた。辺りを見回すと同じような車が何台か停まっている。すぐ後ろには立派な建物が経っていたから恐らくカルナトの政府機関の建物か何かだろう。
「ああ、こちらは我々秩序維持省の建物です」
建物が気になっている私にレクターは教えてくれた。それにしてもかなりいかつい外観してる。ヨーロッパの宮殿みたい。
「すごい立派な建物ですね」
「そう感じていただき光栄です。ちなみに秩序維持省はカルナト共和国で最初に創設された政府機関の一つなのですよ?」
へぇー、これ最初に建てられたんだ。だからこんなに見た目張り切ってるのか。
今思い出したけど私、外国人なのに政府機関の敷地入らせてもらってるけどいいの!?めちゃくちゃ優遇されてる気がする。まあこれは言わないでおこう。
「ここはカルナト共和国の首都、ケントグラードです。街を少し見ていきましょうか」
そうしてレクターは街を案内し始めた。ケントグラードっていう都市名なんだ。
ん、けんと?……流石に日本人の名前じゃないよね…?
「わあ…。人すっごいいる」
中心部の街並みは華やかで多くの人で賑わっていた。露店や市場が道一帯に広がっていて、歩く度に人と肩がぶつかりそうになる。しかも、街の至るところにカルナトの紋章らしきものが描かれた旗やタペストリーがこれでもかと掲げられている。こういう感じは社会主義の国っぽい。でも、その割に人々は全く気にすることなく楽しそうに街を行き交っている。カルナトってかなり住みやすそうな気がしてきた。
そう思ったのも束の間、しばらく街を歩いて行くと私は奇妙な光景を目にした。
大通りの片隅で十数人の人々が手錠のようなものを掛けられ、どこかに向かって一列に連行されている。彼らを捕縛しているのはレクターと同じ服を着ている人たちだ。何かの犯行現場かな?
「レクターさん、あの人たちは何をしたんですか?」
その光景を見たレクターは、先程までの親切な感じから一瞬にしてシリアスになった。
「彼らは宗教の信仰が発覚したため摘発されている最中です」
レクターは連行されている彼らの方を指差して説明した。
「え、宗教?」
どういうこと?この国って宗教を信仰しているだけで捕まるの?
「言い忘れていましたね。カルナト共和国では宗教による戦争や拷問によって多くの尊い命が失われてしまったため、建国当初から宗教全般を禁止しています。つまり、この国で最も重い罪は宗教の信仰、布教および創始です」
どうやらカルナトにとって宗教は禁忌の対象なんだ。
「じゃあ、あの人たちは死刑ですか?」
「いえ、死刑にしてしまうとそれは宗教と同じです。収容所に送致された後、再教育が施されます。死刑と比べればより人道的な制度です」
再教育!?なんか急に物騒なこと言い出したんだけど!何するか全く想像付かないし怖すぎるでしょ…
「ところでユイカさん、あなたは宗教を信じていますか?」
「…え?」
何?これ私にもとばっちり来るやつ?…待て待て待て、正直言って宗教なんか全く信じてないから答えはノーだよ!急に聞かれたから一瞬思考止まっちゃった…。表情ガチだし「はい」って答えたら死ぬやつじゃん。因子使って逃げるのもありだけど数の暴力ヤバそうだから現実的じゃないとなればこうするしか…
「全然信じてないです!」
叫ぶと周囲の目が気になるので、レクターから目を反らさずそう答えた。この感じなら流石に嘘ついてるとは思われないよね?てか、ほんとに信じてないから!マジで信じてくださいお願いします!
「…そうですか。良かった……」
レクターは心の底から安堵しているようだった。
「疑ってしまい申し訳ありません。それでは気を取り直して行きましょうか」
そして先程までの穏やかな好青年に戻り、街の案内を再開する。しかし、当然ながら私が抱いていた違和感は確信に変わった。なんかこの国、ちょっとズレてるよね?




