第3話:必然の導き
やがて天征は少年の目と鼻の先まで近づいた。彼が近づくたびに心なしかユタを覆うクリスタルの輝きが増し、透明度が上がったように感じられた。そして天征は少年に触れる前に一旦冷静になり、先程までの出来事と自分が分かっていることについて頭の中を整理した。
まさか日本の地下深くで俺と同じくらいの年齢の男が佇んでいたとは全く思わなかった。怪獣と戦っていたときはいま目の前にいるこの男や結晶のことについて考える余裕はなかった。とにかくあの怪獣を倒すことしか頭になかった。俺の頭の中は謎でいっぱいだった。なぜ俺は結晶に触れてすぐ力が使えたのか、この男はどうやって俺に結晶を飛ばしたのか、なぜここにいるのかなど全く見当がつかない。確かなことは俺が覚醒者になってしまったことと、男が普通の人間ではないことだ。
この少年は人間を超えた上位存在の何かなのだろうと思いつつ、天征は後戻りのできない好奇心に押され、彼を閉じ込めているクリスタルに手を触れた。触れてしばらくするとそのクリスタルは先程までの暗黒の色彩と打って変わって、天征が纏っていたような白銀へと変わり光となって少年に吸い込まれるようにみるみる消えていき、全て消えるとその少年は自由になり地面に足がついた。そして少年はついに目を開け、視界に天征を捉える。
「…君は誰なんだ?」
目があった瞬間、俺は恐る恐るその男に存在を訪ねた。焦点を逸らさずまじまじと俺を見つめているその目は幼げで純粋ではあるがどこか黒く濁っている。また白い羽衣のような装束を纏っており明らかに現代的な服装ではない。コスプレにしては再現できない部分が多いように感じる。逆にこいつは俺を見ても自分の身なりが特に気にならないのか?というか自分がどこにいるのか分かっているのだろうか。
「……ユ……タ……」
その少年は寝起きのようなトーンで名乗った。
「ユタっていうのか…俺の名前は天征だ」
「テンセイ?」
互いの名前を知ったは良いもののそこから何を話せば良いのか俺は分からずただ立ち尽くし、沈黙が続く。ユタの正体も分からなければここから地上へ戻る術もない。幸い会話ができるのが救いだったがこの状況をどうしたらよいものかと思考が循環しきっていた。俺はユタの顔を見ることしかできなかった。しばらくして少し頭が冴え始めてきたのだろうか、ユタはハッとした表情になった。
「どこ……?」
沈黙を破ったのはユタの方だった。どうやら俺以上に状況を理解できていないようだ。日本の地底にいることすら知らずなぜ自分はここにいるのかも当然分かっていない。
「俺たちは日本の地下深くにいる。とにかくここからどうやって出るか考えよう。」
このままではここで野垂れ死んでしまう。怪獣に蹂躙されて死ぬのは当然嫌だったが何もない地下で餓死してしまうのも同じくらい嫌だ。
「二ホン?なに、それ?分からない」
「は?」
今なんつったこいつ?正気か?思わず声が出てしまった。全く予想外の返事だった。最初から状況を説明しなくちゃいけないのかよ。マジでめんどくさい。
「ええと、日本ってのは今俺が住んでる場所だ。で、俺とあんたはその地下深くで二人ぼっちになってる」
「そうなんだ…」
「ていうかなんであんたもここにいたんだ?」
「覚えてない」
明らかに今の状況はピンチなのにこいつは他人事のように感じてやがる。覚えてないのは良いとしてどこまで感覚が麻痺してやがんだよ!勘弁してくれよぉ…。全くここから出れそうな気がしない。18年生きてきて過去一辛い。
地下深くに二人っきりという危機的状況の中で対照的な二人の様子はどこかシュールだった。どうすればいいんだと頭を抱えて絶望し始める天征をよそにユタは周囲を興味津々にうろつきどこか楽しそうだった。そして絶望している天征に気付くと彼の異変を感じ取ったのかそっと歩み寄ってきた。
「テンセイ、どうしたの?元気ないよ」
「どうしたって地上に戻れそうにないからに決まってるだろ。こっちの深刻さも知らないでお前は楽しそうで羨ましいよ。」
「そうなの?…地上に戻りたい…?」
ユタの一言は天征の心をどんなに鋭い刃物よりも深く抉った。記憶が曖昧な上に全く状況を理解してくれないユタに対して天征は怒りと絶望が半ば混じった返事をした。
「あぁ、帰りたい…でもいつかここで死んじまうんだろうなあ…」
諦めきった表情で俺は上をおぼろげな瞳で見つめた。このまま誰にも知られずに一生を終えてしまうんだ。俺が地底で孤独死するなんて誰も考えたりしないだろ。自分で言うのもなんだが悲劇のヒーローって言葉がぴったりだ。ユタに期待しても助かりそうなフラグが全く見えない。さっきの力をもう一度発動させたらいけそうな気もするがやり方が分からないから余計に悲しくなってきた。なんせ怪獣と戦った時とは明らかに状況が違う。
「ん、どうした?」
「テンセイ、帰りたいの?」
「帰りたい。というか、ここから出たい」
「分かった」
「まじで!?出れるのか!?」
「うん!だからこっち来て」
俯いていた顔をユタへ向けるとそいつは地上に向かって右手を伸ばし掌を開いていた。しかも表情は先程のぼんやりした能天気な様子から真剣で周囲ごと輝いて見えた。目は幼さが消え失せ終始地上を見つめている。これで助かるのか?とにかくこいつだけが頼りだ。藁にも縋る思いで俺は捨てかけていた希望を拾い集めるかのようにユタに全て預け、導かれるようにユタの隣に立つ。雰囲気ががらっと変わったユタは救いの手を伸べる神のように見えた。次の瞬間、ユタの全身から俺が発した白銀の光と同じような輝きを持つ黒色の光が放たれ、その輝きはどんどん勢いを増していく。
「一緒に出よう、テンセイ!」
ユタの一声の直後、地底だった場所は既に二人が初めて出会った座標を包んでいたあの白い光のベールに変わっていた。そして二人は跡形もなく地底から姿が消えていた。
あっという間だった。また周囲があの時と同じ真っ白な空間になったと思った途端、体が浮き上がる感覚に支配され、瞬きした瞬間に辺りを見回すと見覚えのある景色が広がっている。嘘だろ…本当に帰ってこれたのかよ?やっぱりこいつは人間じゃねえ。でも地上に戻れて本当に良かった!助かった!
天征はユタの恐るべき力に対する驚愕よりも地上への帰還が実現したことで地底で死ぬ運命を避けられたという安堵の方が大きく勝っていた。無事に帰還した天征からは絶望が消え失せユタへの感謝でいっぱいだった。
「テンセイ、地上に戻ったよ!」
「ありがとうユタ!おかげで助かったぜ!これで家に帰れる」
「良かった。さっきよりテンセイ元気になってる」
「あ、そういえばユタはどこに帰るんだ?」
「……………」
「急に黙ってどうした?もしかしてそれも覚えてない?」
「あそこ…」
ユタにも何かしら住んでいた場所があるのだろうと思い聞いてみたが突然黙ってしまった。また喋ったと思えば今度は空を指差している。その表情はどこか空虚だった。
「じゃあさっきみたいにして帰るのか」
「だめだ、帰れない」
「どうして?」
「僕はあそこに住んでたのは覚えてる。でもそこは今はもうないんだ」
「もうない?何があったんだ?」
「記憶が無くてそこまでは思い出せない。ごめんね。だけど帰れないことだけは分かる。僕たちは神様にも、もう会えない」
「神様?」
俺はどういうことなのかさっぱり分からなくなった。神様に会えないから帰れないってことなのか?




