26:強制された日常
なんか声が聞こえる…
「テンセイ、起きて」
「おい起きろ煤垣。着いたぞ」
目的地に到着したらしくユタと村上に起こされた。どれぐらい寝たのかは分からない。タバコの匂いはもうしなかった。
「じゃあ降りるぞ」
彼の合図に従い車を降りると、目の前の光景に目を奪われた。
「うおぉ…。でけえ…」
巨大かつ広大な建物が視界にいきなり入り込んできたのだ。
「どうした?」
「いや、思ったよりでかくてびっくりした」
「そうか。ここは一般人は入れねえから新鮮だろうな」
村上はアステリズムの施設の規模に驚く俺を、上京したての田舎者を見るような眼差しで尋ねると、中央の建物の方向へと歩き出した。
何歩か歩いたところで辺りを見回している俺に気づくと、振り返って少しめんどくさそうな顔をした。
「お前ら突っ立ってないで早くついてこい」
「は、はい」
そのまま彼についていき建物に入った。内部は無機質で近未来的な雰囲気で国営の研究機関の片鱗が感じられた。そして研究室らしき部屋まで案内され、村上が扉のロックを解除すると室内には職員が数人仕事していた。
中でも楽しそうに機械をいじっていた同僚らしき男に目が映った。小太りで黒縁のメガネをかけたオタクっぽい感じが印象的だ。他の職員とは明らかに雰囲気が違う。
その男は村上が来たのを認識すると手を振った。
「お疲れ村上!…あれ、そこの2人は君が探してた子たちかい?」
「ああ、思ったよりすぐ見つかった」
俺は目の前の男を覚えている。この男も村上と共に海岸の調査に来ていたからだ。彼は立ち上がって俺と目が合うと気さくな表情を浮かべながらこっちに来た。
「初めまして!ええと、確か煤垣君とユタ君だったよね。君たちのことは村上から聞いたよ。あと、俺は広田遥希。村上とは大学からの付き合いさ」
なんか結構良い人そうだなこの広田って人。村上とは正反対な気がする。
「…よろしくお願いします…」
広田は俺に挨拶すると、彼の視線が村上に移った。どうやら村上は何か言いたいことがあるようだ。
「広田、煤垣をよろしく頼む。俺は研究があるからここで抜けさせてもらうぜ。あとユタ、お前はこっちに来てくれるか」
「え?」
おい待て!ここでユタと引き離されるのか?まさか実験対象にしないよな…。ユタがただの覚醒者じゃないことが発覚したらもっとやばいことになりそうだ。
「あ、あの…俺たちこれから…」
顔が青ざめるのを感じつつ村上にこれから何が起こるのか尋ねようとした。
「まあそんな顔すんなよ。最初も言ったけどお前が思ってるような人体実験なんてするつもりはねえから安心しな」
俺が不安に思っていることに気づいたのか、村上は事情を説明した。
「大丈夫だよテンセイ」
ユタも俺を元気づけようとしてくれた。そして、村上はユタを連れて研究室から出るとどこかへ行ってしまった。
研究室には俺と広田の2人しかいなくなった。ユタたちを見届けるなり広田が話しかけてきた。
「煤垣君。今から大事なことを話すんだけどいいかな」
「…はい?」
「急で申し訳ないけど君たちにはしばらくここで住んでもらう。部屋も用意してあるから」
え?俺、ここで暮らすの…?それだと唯花たちを探しにいくことなんて到底できねえじゃねえか!おまけにユタもどっかに連れていかれたし…
「どうしたの?何か気になることがあるのかい?」
暗い表情のままの俺を気にかけてくれているようだ。黙り通しても現実は何も変わらないだろうから全てを伝えることにした。
「…信じてくださらないと思うのですがここに来る前、友達と甲信越にある廃墟都市に逃げていたんです。でも、途中で絶滅が起こってユタ以外のみんなと離れ離れになってしまったんです…」
「絶滅に巻き込まれてしまった…か」予想に反して広田は真面目に話を聞いてくれた。
俺がどんな状況下だったのかある程度理解してくれたようだ。
「あの街、立入禁止区域だよね?よく生き残ったなあ。とにかく、はぐれちゃった友達がまだ生きていることを祈ろう。僕にはこれしか言えないけどごめんよ」
「いえ、全然謝るようなことでは…」
「友達のことは村上が戻ってきたときにまた聞いてみたらいい。あいつなら俺よりもっと頼りになるはずさ」
広田はそう言って俺がこれから暮らす部屋に行こうと、2人で研究室を出た。
いざ部屋に行ってみると思いの外、かなり快適に暮らせそうな感じだ。キッチンはなかったものの冷蔵庫や電子レンジなどの家電が備えられているほか、風呂やトイレも清潔だった。
研究機関に捕まってしまったから過酷な暮らしを強いられるのではないかと覚悟していたため、マンション並みの居住空間を用意されるとは思わなかった。
「これが煤垣君が今日から暮らす場所だよ。思ったより綺麗だろ?」広田は少し自慢げに部屋を案内した。
「はい。正直、自分の家よりも広いです」
「おおー、そうか。そういえば、煤垣君って今は夏休みかな?」
「そうですね。今高校生で、9月からまた学校です」
「なるほど。どこの高校通ってるんだい?」
「海神高校です」
「へぇー、海神高校か。だったらここから割と遠くないな。てかあそこ進学校じゃん。煤垣君、見た感じ賢そうだしなんか納得いくね」
「いえいえそんなことは…言うて自称進ですよあの学校」
ここで暮らすことは分かった。でも何か忘れてる…
「…あ」
「どうした?」
学校という単語で思い出した。命と生活が保障されたのは良かったものの、夏休みが始まれば学校に行く必要がある。当然だが、俺の家に教科書とか制服とか全部置きっぱなしだ。
「俺の家に教科書全部置いたままでしてこのままだと…」
「それは大変だ。俺が車出すから一緒に今すぐ取りに行こうか」
俺が言いたいことをすぐ察した広田は手伝ってくれるようだった。
「じゃあついてきてくれ」
「はい」
駐車場に向かうまでに最初通ったルートとは違うルートを行き、前方にある巨大なガレージらしき建物を通り抜けることになった。
「でっか!何あれ」
研究室があった建物からガレージに移動した直後に、巨大な乗り物が視界一面を占めた。
「よくぞ気づいてくれた!こいつはASTRA-LOCKERと言ってな、アステリズム自慢の調査車両だ!」
広田は嬉々として巨大特殊車両を早口で紹介した。いや、この大きさなら普通に気づくだろ。それにしてもかなりデカい。戦艦を少し短くしたぐらいの大きさで黄緑と紫のカラーリングが目を引く。特に印象的だったのは4対ある巨大なタイヤだった。直径だけでも軽く3m以上はあるだろう。
「このアストラって車は何に使うんですか?」
「簡単に言えば走る研究所さ。めちゃくちゃ万能だぜ!?」
「走る…研究所?」
「今はメンテ中で生憎動かせないんだ。でも煤垣君には絶対こいつが動くさまを見て欲しい!」
走る研究所の意味が理解できないまま俺は駐車場に着いた。黒のバンの助手席に座らせてもらうと、広田に家の住所を伝えた。
「煤垣君って高校生なのに一人暮らししてるのかー。たくましいねえ。それじゃあ行くよー」
車はアステリズムを出発すると俺の家まで向かって行った。
そういえば村上とユタは何してるんだろう?




