25:追手の正体
俺は足が固まってしまい、動けないでいた。研究機関に見つかった以上、どのみち俺に自由はもう訪れない。仮にあいつらが俺たちをずっと探してたなら、死ぬまで実験対象にする、もしくは無力化されて殺処分してしまうのではないかと否定しきれない恐怖に苛まれ、全く声が出せない。
「ん、ビビッてんの?まあ一回落ち着け。お前らを殺しに来たわけじゃねえから安心しろ。てか、死なれたらこっちが困る」
その男は俺の様子を見て戦意が無いことが分かると両肩の物体を一瞬で消し去り、半ば呆れたように呟いた。
そして男は指を差して俺たちに指示した。
「とりあえず、あの車乗ってくれ」
「…は、はい」
男に従うまま、黒塗りの大型四駆に乗り込んだ。俺とユタは後部座席に座り、男は助手席に座った。
「よし、じゃあ行くぞ」
男が運転手に合図すると車は発進し、俺の知らないどこかへと迷いなく向かっていく。
「あの、どこへ行くんですか?」
「着いたら分かる」
「……」
男に行先を尋ねたが、それだけ言われて俺は何も言えなくなった。逃げ出すことなんてできそうにないし、ユタに至っては座席に深く腰掛けて一休みしていやがる。
とりあえず無言でやり過ごそうとしばらく黙っていると、助手席の男が振り向き、話しかけてきた。背が高いせいか、男の目から上が座席のヘッドレストから見えた。
「ところでお前ら、なんて名前?」
「す、煤垣天征と言います…」
「煤垣、か…。あんま聞かない名字だな」
男が俺の名前を尋ねてきたのでそれに答えたは良かったものの、次に何を言えばいいか分からず沈黙が戻ってしまった。男はそんな俺を一瞥した後、視線をユタに移した。
「ところで煤垣の隣の君はなんて言うの?」
「僕はユタだよ」
いつものぼんやりとした様子でユタは受け答えた。
「ゆた…?それって名字か?」
男はユタの名前が「ユタ」しか無いことに違和感を抱いた様子で少し疑問を浮かべていた。一方でユタはなんで男が怪しんでいるのか理解できていないようだ。
「だから僕の名前はユタ。ところで、名字ってなに?」
しかしユタは名字という概念すら知らず、質問を質問で返すような形で返事した。
「…は?」
予想外すぎるユタの反応に、男は思わず言葉を失ってしまった。だが彼はすぐに余裕を取り戻し、前を向いた。
「…まあいい。せっかく名前教えてもらったんだから俺も名乗る義務ぐらいはある」
そして男は自分の顔が俺たちに見えるように座席の間から顔を見せた。
「俺は村上沙山、タメでいいぜ。全然呼び捨てで構わん。研究機関の人間だ。お前らのことは前から探してた」
村上はそう言って再び前を向くと片腕を座席の上に置いた。
「もう分かってるだろうけど今から向かうのは研究所だ。めんどくさいことにお前らを見つけた場所はそこからかなり離れてるから着くまで2時間ぐらいかかる」
ぶっきらぼうに目的地を伝えると、村上はタバコをふかし始めた。運転手はどうぞと言う代わりに助手席側の窓を開けた。
窓を開けたにも関わらずしばらくタバコの香りが車内に漂っていた。村上が吸っていたタバコは加熱式タバコで紙タバコのあの煙臭い匂いは全く感じられず、透き通るような清涼感のある香りだった。この匂いはどこか嗅ぎ覚えがある。いつの記憶かは思い出せないが…
「臭かったらごめんよ。俺の娯楽はこれぐらいしかねえから許してくれ」
自虐混じりの言い訳を言った後、電子機器を操作し始めた。ていうか村上、あの感じで喫煙者なのか。全然そういうイメージがない。
次第に車の走行音が心地よく感じられた。これまでの疲労が一気に押し寄せてきたみたいだ…
眠い。
そう思った時には俺は既に目を閉じていた。眠りに落ちる直前に感じたのはタバコの残り香だった。




