18:ひとりぼっちの10年間
目の前にやってきたその少年からは殺意など感じられず、むしろ興味津々な様子でこちらを見つめていた。しかし、植物で包囲されているため警戒は解かれていないようだ。なるべく戦いは避けたい。
「もう。…言わんこっちゃない」
「いやほんとごめんて!あれはほぼ不可抗力みたいなもんだよ!」
呆れる唯花を前に煉は必死で言い訳を探している。一方で姫菜は急すぎる事態に思考がフリーズしていた。ユタはというと相変わらずボーっとした様子で少年を余裕そうに見つめている。
「この街の主は間違いなくこいつだ…」
明は戦うことになるかもしれないと命脈権能を発動させ構えていた。6人のそれぞれの様子を見た少年は、興味を孕んだ微笑みから疑問を浮かべた表情に変わった。次に、俺たちを囲んでいた植物の檻を解いた。
「ん?…別に僕は君たちを殺すつもりなんて全くないよ。何か反応があったから来ただけさ」
周囲の植物は少年と感覚を共有していたようで俺たちの位置がすぐ分かったようだった。そして少年と天征の目が合う。
「さっきも聞いたけどこんな夜中にどうしたの?」
少年はなぜここに来たのか再び尋ねてきた。
「ええっと、どうしても逃げなきゃいけない理由があってここまで逃げてきたんだ」
「へぇ〜、その理由って何?」
またしても尋ねてきた。そりゃ6人で押しかけられたらそうなるよな…ここは正直に全部言おう。
「俺たち、世間では覚醒者って言われる種類の人間なんだけど、そのせいで研究機関から目を付けられてるらしくて住んでた街から逃げてきたところなんだ。それで、逃げる場所としてこの街が良さそうって理由で今ここに来た」
「…なるほどね」
納得してくれたっぽい。でも次聞かれたらどう答えよう…こいつは何考えてるか全く分からないから下手に地雷踏んだら怖い。
「覚醒者かー。だったら君たちは僕と同じだね」
「…お前、もしかして知っているのか?」
次に少年と会話したのは明だった。見ての通り少年が覚醒者であるのは言うまでもないが、明が問いかけたのはおそらくそのことではない。
「知ってるって、何を?」
「10年前にこの街で絶滅って呼ばれる災害が起こったんだが何か覚えているか?」
「…あー、あれか。あんまり覚えていないかも。ていうか10年も経ってたんだ」
おそらくこの少年はただの覚醒者ではなく絶滅の生存者である可能性が高い。
少年が絶滅について思い出そうとしていると頭皮が濡れる感覚がした。どうやら雨が降ってきた。
「雨が降ってきたね。ここだと濡れちゃうから一旦場所変えようよ。僕についてきて」
天征たちは少年の後をついていく。少年は今日まで10年間ずっと、この街で一人で過ごしてきたのだろうか、目新しいものを見つけたような眼差しで彼らを見ていた。また、覚醒者にしては薄気味悪い無邪気な雰囲気を纏っている。
「そういえば名前言ってなかったね。僕は森島秘美希っていうんだ。君たちはなんていう名前?」
少年がそう名乗ったあと、各々は名前を秘美希に教えた。そうこうしているうちに互いの警戒は解けていた。そして彼らは街の一角にあるマンションの残骸に辿り着き、今夜はそこで休むことにした。
「みんなそう緊張しないでよ。気にせず休んで」
そう言って秘美希は自身の命脈権能を発現させてあちこちに植物でできたベッドを人数分、一瞬で生成した。
「サンキュー秘美希。ちょうど疲れてたから寝るわ」
「あたしもー。みんなお先におやすみー…」
歓楽街でのバカ騒ぎと深夜ドライブで疲れ切った例の2人は草のベッドに飛び込むと同時に意識を手放した。時間を確認すると午前3時だった。高校生にしてこの時間まで起きているのはガチ目にヤバい。2人の後を追うようにベッドに寝転んで眠ろうとしたら明が話し始めた。気になってしまい、彼らの方へ顔を向けると唯花と目が合った。彼女も寝転んだからといってすぐに寝るわけにはいかないようだ。
「なあ秘美希。ちょっと話したいことがあってな、絶滅について何か思い出せたか?」
「うん。というか、全部覚えてるよ」
「は、じゃあなんでさっきは覚えてないって言った?」
「ごめんごめん、あれは早く雨宿りしたかったんだ」
「まあいいぜ。覚えてるなら教えてくれ」
「分かったよ」
秘美希は10年前に経験したあの大災害を記憶が残る限りで明たちに語り始めた。
―あれは僕がまだ7歳の時、2146年の冬だった。冬にしては妙に少し暑かったのを覚えてる。急に外が眩しく光って、部屋の窓から外を見てみると街全体が悲鳴を上げているような光景が広がってた。
走っていた車が謎の穴に吸い込まれて、建物はがれきになって周囲を飛び交っていたし、轟音も鳴り響いていて底知れない恐怖を感じたんだ。僕は急いで部屋のクローゼットの中に隠れたよ。そこでずっと目を閉じて、耳を塞いでね。あの時は本当に怖かったんだと思う。
どれだけ隠れてたのかは分からないけど、静かになったから外に出てみたら見慣れた街の面影はもうどこにもなかったよ。あの光景は忘れるわけがない。周りには生きてる人は誰もいなかった。みんな絶滅に巻き込まれて死んじゃったか、穴に吸い込まれたんだろうね。
街を進んでみたら色んなところがとんでもないことになってた。車や家がビルの壁に突き刺さってたし、駅に行ってみたら電車が天井から吊り下がったまま固定されてた。絶滅のせいで街一帯の物理法則がめちゃくちゃになった状態が今も保存されてるんだと思う。子供ながらに僕はこのまま一人で死んじゃうんだって思ったよ。―
「聞くだけでもすごく怖い災害だわ。よく生き残ったよね」
「だよね唯花。なんで僕は助かったんだろう。ただ運が良かったとしか思えないや」
秘美希は絶滅のことを過去のことだと割り切っているような態度で唯花に返事した。絶滅が彼のトラウマになっているのではと思っていたが全くそんな感じはしなかった。
「なるほどな。…秘美希、もう一つ聞きたいんだがどうやってこの植物を操れるようになった?」
「10歳ぐらいの時に街をうろついてたら、キラキラ光ってる結晶があってさー、それを拾ったら体の中に消えていったんだ。そしたら次の日には今の力が使えるようになってた。それまでの3年間は大変だったよ。街に残った食べ物を拾い集めてたからさ」
秘美希は覚醒するまでの間、サバイバル生活をしていたようだ。しかし、それ以降はどうやって生きてきたのだろう?
「ということは覚醒者になってからその必要は無くなったってこと?」
唯花がタイミングよく尋ねた。
「うん。水飲んで太陽に当たれば平気みたい。それに自分で果物とか野菜とか生やせるんだよね。ほら」
秘美希は得意げにリンゴを一瞬で実らせた。
「光合成ができる覚醒者は初めて見たなー」
秘美希から絶滅のことを詳しく聞いて満足した明はそう呟いた。
「でもこの力、慣れるのに一年ぐらいかかったんだよね。一回本気出してみたら今みたいに街全てが植物で覆われちゃった」
明が5年前にこの街が突如緑で覆われたと言ってたが、秘美希の話からしてちょうど5年前になる。あれはそういうことだったのか。
「人とお話できたのは何年ぶりだろう。今日まで10年近くずっと一人ぼっちだったからすごく楽しかったよ。でも今は夜中だからそろそろ寝たいかな。起きたらまた話そうよ」
「うん、おやすみ」
「教えてくれてありがとうな。また明日」
3人はそれぞれベッドに向かっていった。
「天征君も寝ようよ」
「そうだな」
秘美希に誘われるまま俺はベッドに向かって眠りに着いた。
そこまでは良かった。俺はこれまでの出来事の興奮が冷え切っていないのか途中で目が覚めてしまった。時間は午前6時手前で初夏を過ぎていることもあり、窓枠から外を覗いてみると外はうっすら明るい。辺りを見回すとみんなぐっすり寝ている。だが、ユタの姿がないのだ。
不審に思い、ユタを探しに屋上へ行ってみると建物の外で夜空を眺めていた。
「ユタ、寝れないのか?」
「うん。だからこうやって外を眺めてるんだ」
しかし、そんなユタの様子は明らかにいつもと違う。神社の鳥居の上に立って黄昏れていたあの時のユタだ。多分寝過ぎたから寝れないというわけではないのは確かだ。
「どうした?」
「…この街に来てからずっと、何か感じるんだ」
ユタはいつものふわふわした雰囲気が消え、真剣な表情をしていた。おそらく秘美希が覚醒したのはこの街で絶滅が起こった際に結晶が街に降ってきたのだろう。俺に至ってはあの不思議な空間でユタと出会い、あいつから結晶をもらって覚醒した。今思い返してみると、天使は絶滅と何か関係があるのかもしれない。




