15:虫の知らせ
姫菜:歓楽街である天の河通りで煉と出会った地雷系の少女。家出してからはずっと歓楽街で過ごし、退屈な生活に飽きていた。出会った煉に刺激を受け、彼と友達になった記念に歓楽街から去ることを決めた。「鎖の女王」という二つ名の通り、鎖を自在に操る命脈権能を有する。
高速で飛んできたため神社には数分もせず着いた。鳥居をくぐってから煉は誰かいないか周囲を見回したがそこにはやはり誰も来ていない。
「やっぱりまだ誰も来てないか。俺が言ってた神社はここだ」
「思ったよりすぐ着いたなー。神社なんて行ったのいつぶりだろう。歓楽街と違って全然静か。なんか落ち着くかも」
姫菜は早朝の神社の静けさに新鮮な感覚に包まれていた。
二人ともオールして歓楽街を駆け回ったため、疲れの色が見え始めていた。
「煉、ここで寝てもいいかな?流石にあたしも疲れちゃった」
姫菜は欠伸をした後、煉の返事を待たずに本殿の縁側に横になった。
「別に大丈夫なんじゃね?…ってあれ、もう寝てんの?…なんか絵面すげえな」
地雷系ファッションの少女が神社で眠っている様子は異様というか新鮮というか、想像したこともない光景だった。天征とのトーク画面を見たが既読はまだついていなかった。やはりまだ彼は寝ているのだろう。
「…俺も寝よ」
姫菜に続くように煉は彼女の反対側に移動して寝転び、眠りについた。
昼が過ぎて神社に降り注ぐ日差しが強くなってきた。先に目を覚ましたのは煉の方だった。
携帯を見てみると天征から「今から神社行く」と返信があった。
(こいつのことどう紹介しようか…いずれにしろあいつ驚くだろうな)
そんなことを考えていると誰かの足音が聞こえてきた。天征がちょうど神社にやってきたようだ。
「おーい、天征!昨日はマジで最高だったわ。ん?ユタは?」
「ユタは留守番してるよ。楽しめてよかったじゃん。…てか隣は?」
「歓楽街で出会った俺の新しい友達さ。こいつほんと面白いんだよな」
「…そうなんだな。というかこいつも覚醒してないか?」
彼女が覚醒者であることを髪色から見抜いたようだった。天征の勘の鋭さに煉はわくわくして彼女の詳細を語り始める。
「よく分かったな!こいつ鎖操ってておまけに何考えてるか分かんねえだよなあ」
「え!?もしかしてあの鎖の女王と会ったの?」
「確かにあいつそんなこと言ってたわ。天征はこいつのこと知ってたのか?」
「いや、煉が街に行った後に街についてちょっと調べてみたら都市伝説みたいに書かれてさあ、ガチでいたのも驚いたけどお前が神社に連れてくるとは思わなかった」
天征はてっきり煉がトラブルに巻き込まれてしまうのではないかと心配していたがその心配とは全く異なる結果になってしまい、驚く半ば困惑していた。
「……ん?」
「あ、起きた」
「…煉、おはよ……なんか誰かいるんだけど」
姫菜がやっと目を覚ました。彼女は寝起きであるにもかかわらず煉以外の気配を一瞬で感じ取った。
「あたしのこと呼んだ?」
彼らの会話で目が覚めかけていたのだろうか、彼女は『鎖の女王』という単語に反応したようだ。
「ちょっと話してただけさ」
煉が別になんでもないよと言わんばかりに反応した。返答に困ってたから助かる。正直こういう見た目の女はちょっと怖い。
「そうなんだ。てかあんた誰?」
鎖の女王は俺の方を見て尋ねた。まだ寝ぼけてはいるが視線は鋭い。
「こいつ俺の友達で天征っていうんだよ。めちゃくちゃ強いらしいぜ」
「へえ、強いんだ。あたし姫菜っていうの。よろしくね天征」
(余計なこと言うなよ煉…)
俺は誇張されて紹介されたことに困惑しつつも気を取り直して煉にこれからの予定を尋ねた。
「煉はこれから俺の家に戻るよな?」
「ああ。ところで姫菜はどうすんの?」
「私もついていきたいんだけど。いいかな、天征?」
「まあいいよ」
俺はしぶしぶ承諾した。家に帰るとユタは既に起きていて出迎えてくれた。
「テンセイお帰り!あれ、また増えてる?」
「うん、煉の友達だってさ」
「わあ、あんたかわいいね。名前なんて言うの?」
姫菜はユタの純粋な雰囲気が気に入ったようだった。
「僕はユタ。君は?」
「姫菜だよ~。神社で寝てたら天征と会ったんだー」
「そうなんだ、よろしくね」
姫菜の対応があからさまに違う。それにしてもユタのコミュ力って凄いな。天使とはいえ俺でもそんなフランクに接することはできないなあ。
「神社で寝てたんだからとりあえずシャワーしてきな」
よく考えたら二人以外誰もいない神社で寝るってすげえ度胸だなこいつら。怖くなかったのか?
「分かった。じゃあアタシ先行ってもいい?」
「いいぜ」
先に姫菜がシャワーを浴びに行くと、煉は深夜の出来事を語りだした。
「歓楽街に行ったのはいいけど退屈してたんだ。そしたらあいつが急に来てさあ、そのまま仲良くなってオールしたってわけ」
「…なるほど。ちなみに姫菜はあそこの界隈だったら有名らしいんだが煉は知ってた?」
「いや全く」
「下調べ一切せずにあそこ行ったのか…すげえな」
「遊びはノープランこそ至高だぜ?予定に縛られたくはないからね」
「…そうなんだな(地味に共感できるな…)」
煉の言っていることは深いのか浅いのかいまいち分からないが、彼なりの美学なのだろう。言いたいことはなんとなく分かる。
「煉、上がったよー!ありがとね天征ー」
「よっしゃー。じゃあ入ってくるわ」
しばらく経って姫菜のシャワータイムが終わり、煉の順番が回ってきた。やっと来たかという感じで風呂へ行く煉と入れ替わるように、元の服に着直した姫菜はドライヤーを持ってリビングへ出てきて髪を乾かし始める。ツインテールだった彼女の髪はそれなりに長く、少し大人っぽく見える。
「…ん?どうしたの?」
「いや、結構髪長いんだなって」
「でしょ。乾かすの時間かかっちゃうんだよねー」
姫菜は丹念に髪を乾かし続ける。正直かわいい。ていうか腕しんどそう。しばらくして、姫菜は髪を乾かしきった。そして元のツインテールに髪型を戻すと俺たちを見つめたのち、俺に問いかけてきた。
「あんたも覚醒者だよね?」
「うん。髪色で見分けられるらしい。」
「それはあたしも知ってるよー。ほら見て。あたしの髪の毛、よく見たら紫っぽいでしょ?」
「ほんとだ。言われてみたら確かに見えてきた」
天界因子の影響を受けた覚醒者は髪色が変化すると唯花が言っていたが、その色彩の明度がブリーチによる染色では出せない独特の光沢を放っている。その光沢はあの時出会ったユタが放っていた輝きに似ている気がする。
「ユタってもしかして天使?」
「そうだよ、ヒメナ。分かるの?」
「昔ね、天使たちがこの世界に散り散りになったっていう話を聞いたことがあるの。あと天征と煉とは雰囲気が明らかに違うからもしかしたらそうかなって思ったの」
姫菜はユタが覚醒者を超越していた存在であることを直感で当てたようだ。やっぱりあいつは他の覚醒者とは違うもんなんだな…
「姫菜ー!上がったからドライヤー貸してー」
「はーい」
続いて煉もシャワーが終わり、ドライヤーを姫菜からもらうと洗面台の方へ戻っていった。
「ねえ、今日はここで過ごしてもいい?」
姫菜は唐突に泊めてほしいと天征に頼んできた。
「急だなあ。まあいいよ。ユタと煉もいるから狭いけど大丈夫?」
「全然いーよ」
そして姫菜はリビングの片隅に横になって寝始めた。
「あれ、こいつもう寝てんの?」
「姫菜が今日はこのまま泊まりたいって」
「そうか。流石に4人もいると狭いな」
「そろそろ住む場所見つけられるようにしろよ。俺も風呂入ってくる」
いつまでも居候されるわけにはいかないと煉に釘を刺した天征は風呂へと向かった。一方、煉は夜の街でのバカ騒ぎで一時的に満足したのか特にやりたいことは無いようで姫菜の後を追うように眠りについた。風呂から出た天征がリビングに戻った時には3人とも既に寝ていた。煉と姫菜は部屋の片隅のそれぞれ向かい側、ユタはベッドで寝ている。
しばらくすると車の音が家の方に向かっていくように聞こえてきた。そして家の近くまで聞こえてきたと思ったらその音は消えた。家の周辺は普段から車の通りがかなり少ないから多少違和感を感じた。時計を見ると23時だった。いつもの寝る時間より少し早いがまあ早寝するに越したことはないと思ってベッドに寝ころんだ。
---ピンポーン---
天征がベッドに寝ころんだ次の瞬間、家のインターホンが鳴った。誰だこんな時間に…
恐る恐るモニターを見てみると、そこに映っていたのは意外な人物だった。
「明!?こんな急にどうした?」
「悪いな。お前に話したいことがある。とにかく入れてくれ」
ユタたちも目が覚めてしまったようで何が起きているのかはっきり理解していないようだ。
「どうしたのテンセイ?」
「明が来た。とりあえず入れる」
明に強引に促された俺はドアを開けると、そこにいたのは明だけではなかった。
「ごめんね天征。ちょっと明にどうしてもって言われて私がここまで案内したの」
モニターに映っていたのは明だけだったから彼ひとりで来たのかと思った。しかし、本当は唯花が明を俺の家まで連れてきたようだった。唯花はどこか混乱している一方、明は何か悟ったような表情だ。
「誰?この二人も天征の友達?」
「お、明に唯花じゃん。どうしたん?」
姫菜は当然二人のことを知らない。煉は二人が遊びに来たのかと思っているようだ。
「言っておくが遊びにきたわけじゃねえ」
玄関から上がるなり、明は部屋の真ん中に座りみんなを見回して最後は俺の顔に視線を向けた。
「明、話したいことって…」
「ああ、俺たちはここから今すぐにでも逃げた方がいい」
「……逃げる?…」
部屋は一瞬にして緊迫した空気に包まれた。




