14:真夜中の悪ふざけ
煉はいまいち彼女が言っていることがよく分からなかった。そんな煉を前に少女はもう一度話しかける。
「あんたみたいにあんな派手に電気いじってた人見たことないんだけど。この街じゃ見かけない顔だね」
さっき仕掛けたイタズラが見抜かれていたことに煉は違和感を覚えた。女はただの人間ではないことは確かだ。
「なんで俺だって分かったんだよ?ていうか姉ちゃん、もしかしてこの街仕切ってんの?」
「見たらあんたの仕業だって分かったよ。あと別に仕切ってるわけじゃないんだけど、みんなあたしを見ると『鎖の女王だ』とか言って逃げちゃうんだよね」
鎖を纏っている彼女は確かに禍々しいからビビってしまうのも無理はない。だが、煉の目にはそう映らなかった。
「その鎖のことか?」
「見ての通りだよ。いつからかは忘れたけどなんか操れるようになったんだよね」
天征が調べた天の河通りの鎖の女王とは紛れもなく彼女のことだ。その鎖は煉を確実に捉えている。
(この女、明が言ってた覚醒者って人間か。でもなんかこいつ面白そう)
しかし、彼女の存在を全く知らない煉は怯むどころか彼女に刺激を受けた様子だ。
「…にしてもその鎖すげえな!かっこいいじゃん!」
「え…?かっこいいって初めて言われたんだけど…あんたはあたしが怖くないの?」
「いや全く」
彼女は自身の存在や鎖による威圧感が全く通用するどころか純粋に格好いいと褒められたのが予想外だったため、毒気を抜かれたような顔をして一瞬困惑したが、すぐにニヤけたように微笑んだ。
「…ハハッ、ウケる。あんた、あたしのことほんとに知らないんだ?しかも見た感じ面白そうだし気に入ったわ♪」
どうやら煉は彼女に気に入られたらしい。
「知らないもなんも俺の感覚で10年何もない監獄に閉じ込められてたからよお、こっちはめちゃくちゃ退屈してんだわ」
「10年!?何それヤバすぎ!暇どころじゃないじゃん!」
「おかげで時間感覚がイカれちまった。いざここに来ても思ったよりおもんなくてどうしようか悩んでたらお前が来たってわけ」
彼女は目を大きく見開きながら驚いた。彼女はますます煉に興味を持ち始めたようだ。
次の瞬間、鎖が煉が逃げられないように彼の周囲を囲んだ。
「ねえ、せっかくだし今夜はあたしと遊んでよ。あんたの10年分の退屈、あたしが埋めてあげる」
「いいぜ。俺もちょうど暇してたし楽しませてくれよ!」
「じゃあ行こう!」
出会った時からお互いがただの人間ではないのは気づいていた。刺激への飢えがシンクロした二人は意気投合し、一夜を共に過ごすことを決めた。
彼女はそう言うと鎖で煉を固定したまま、残りの鎖を少し小さなビルの屋上まで伸ばしてリフトの要領で一気に屋上まで登り切った。
「うおっ!すげえな今の」
「あたしの鎖はすっごく頑丈だからこれぐらい余裕なんだよねー。」
「なるほど!お前は鎖の力が使える覚醒者なんだな」
「今さら気づいたんだ。あんたの能力は電気だよね?」
「ああ。ここに上がった時無意識に放電しちまったけど大丈夫か?」
「うん。鎖は金属だから感電しなかったんだと思う」
会話の後、煉は『今日はオールするから昼ぐらいに帰るわ』と天征にメールを送った。すぐに『無茶すんなよ』と天征から返事が来た。
「どうしたの?」
「いや、友達に今日はオールするってメールしただけ」
「友達…か。いいな…」
彼女は「友達」という単語に反応し、煉に聞こえないぐらいの声で呟いた。
「お前今なんか言った?」
「いや、なんでもないよ。あ、そうだ。次からあたしのこと『姫菜』って呼んでよ。あんたのことはどう呼んだらいい?」
「じゃあ『煉』って呼んでくれ」
「おっけ」
しばらくして姫菜は屋上の端っこまで歩いていき、煉の方を振り返る。
「おい!飛び降りるつもりか!?」
彼女の常軌を逸した行動に思わず煉は動揺した。しかし、姫菜はそんなつもりなど全くないようだった。
「なわけないじゃん。今から一緒に遊ぶんでしょ?まあ見てて」
「っ!?」
鎖を構えた姫菜は飛び降りたかのように見えた。だが次の瞬間、鎖が対岸のビルの柱に絡みついて彼女は素早くそのビルの屋上に着地した。
「煉も電気の力で飛べるよね?一回やってみてよ」
呆気に取られている煉を前に姫菜は得意そうな顔をして遊びへと誘う。そして、これから何をするのかが分かった煉は一気に興奮した。
(こいつがやりたかったことって、一緒に街を飛び回ろうってことか。めっちゃ楽しそうじゃん!)
すぐさま煉は自身に眠る因子を解放し、体に電気のオーラを纏う。バチバチと駆け巡る電流の音が向こう側まで聞こえてくる。
「瞬きすんなよ姫菜!しっかり見てろ!」
叫んだ途端、煉は一瞬で対岸の屋上に移動した。姫菜の目には残像こそ見えなかったものの、彼の動線の跡には電気が残っているのが確認できた。
「すっご。あんたほんとに最高だわ。よーし、こっから本番だよ!」
「おう!でもこの街の道よく知らないからお前についていくわ」
「任せて!!」
そして二人は夜の街を自由に素早く翔けていく。姫菜が鎖を街のビルや鉄骨に巻き付けたり、フックショットのように目標地点へ突き刺す勢いを活かして夜空を跳ぶ一方、煉は電磁気力の反発で重力を無効化して迷子にならないように彼女にスピードを合わせて隣を並走する。
歓楽街のビルの屋上や鉄骨、大きな看板の上など色々な所へと飛び移りながら、二人は夜の街を縦横無尽に突き進む。軌道に応じて電気を纏った煉が放つ黄緑色の光を姫菜の鎖が反射し、街のネオンを上回るほど煌びやかに光が降り注ぐ。
「一発かましてやるぜ!」
その光景を見た煉はもう一度ネオンを操り、街が黄緑色一色に染まる。地面を歩く人々の反応などどうでも良かった。脊髄反射で自分が面白いと思ったことをやるだけだ。
姫菜は個の集合体だった歓楽街が一つの色に染まるという異常がとても新鮮なものに見えた。
(あんなにめちゃくちゃなこの街が煉に全部染められてる…やっぱりあいつ、最高だ…!)
「いいね!もっといけー!!」
「まだまだー!」
煉は姫菜に焚きつけられ、今度はネオンどころか歓楽街一帯の建物の照明まで操り始めた。煉の高揚した気分を表すかのように建物の窓が激しく点滅している。きっと地上では大騒ぎになっているだろう。
「なあ姫菜、朝まで暴れようぜ!」
「もちろんだよ!バテたら許さないからねー!」
退屈だった世界が、この一瞬だけは輝いている…
二人はそう思いながら朝まで歓楽街を飛び回り続け、無秩序だった歓楽街は二人の覚醒者の庭と化していた。
どれくらい暴れ回っていただろうか。朝焼けが近づいてきた頃、思う存分遊びきった二人はビルの屋上で笑い合っていた。
「マジで楽しかったー。ここに来てから一番楽しかったかも」
「俺もー。監獄での10年を諦めなくてよかったぜ!」
10年分の退屈を一時的に埋めたは良いが、まだ早朝なので天征は寝ているから起こすのは申し訳ない。でも何もせず帰るのも面白くないなあと煉は迷っていた。
「ねえ、これからどうするつもり?」
そんな煉の様子を見た姫菜が尋ねてきた。
「何も考えてないや。お前はどうするか決めてんの?」
「煉が行くとこについてこっかな」
「街に残らなくていいのか?」
「ここにはもう残る気はないね。あたしは正直この街には退屈してたんだ」
「意外と飽きるもんなの?」
「家出して最初にここに来た時は自由で楽しかったけどもう飽きた。あとさ…」
姫菜の表情が少し真剣になった。
「あたしと友達になってくれる?」
「え?」
急すぎる彼女のお願いに意表を突かれた煉はついていけなかった。
「今まで出会った人間であんたが一番面白かった。今日あんたと出会ってこの街から抜け出すきっかけがやっと見つかった。煉が嫌じゃなかったら友達になってほしい…」
「…何言ってんだ?」
「っ、そうだよね…急すぎるよね」
しかし、姫菜が予想した煉の返答の意味は真逆だった。
「とっくに友達だと思ってたぜ?ここまでバカ騒ぎして楽しめたのは久しぶりさ。正直お前に感謝してるぐらいだよ」
「ほんとに!?すっごく嬉しい!」
姫菜は友達ができたことに喜びを隠さずにはいられなかった。同じように、煉も閉じ込められてきた空白を埋めてくれる彼女の存在をありがたく感じている。
「せっかくだし俺の友達にも会わせてみてえな。あいつらも良い奴だから絶対仲良くなれると思うぜ?」
「会ってみたい!」
(あいつら、今日もあそこの神社に来るよな?とりあえずあそこ行くか)
「姫菜、俺の友達は神社によくいるはずだからあそこまで行ってあいつらが来るまで休んでもいいか?」
「いいよー」
「まだ飛べるか?」
「移動するぐらいなら全然いける!」
ユタ達が集まっていたあの神社へ向かって、二人は静かになった歓楽街から飛び去っていった。




