9:鳥かごからの遭難信号
鳴神駅へと向かっていった天征と時を同じくして、唯花は神隠しの都市伝説が囁かれる廃ビルへと向かっていた。神隠しの内容とは、ビルの最上階へ行くと二度と戻れないというものであった。
彼女は心霊スポットに肝試しに行くような怖いもの見たさが混ざった遠足気分で、人ごみの中を切り抜けていく。交差点で激闘を繰り広げている天征とはまるで対照的だ。
(そういえば天征、覚醒者の警報アプリがどうって言ってたね。そんなアプリがあったの全く知らなかった。「覚醒者 警報 アプリ」で調べてみよっと……ってあれ、なんか使えないんだけど)
神社を出る前、天征の携帯のアプリは確かに反応していた。しかし、今はなぜか使えなくなっている。システム障害でも起こっているのだろうか。
だが、そんなことは今の彼女にとってはどうでもよく、廃ビルへ行って神隠しの真相を確かめることが最優先だ。
SNSの情報を頼りに街を進んで行くと唯花は早速目的地に到達したようだ。
「このあたりにあるはず……あ、見つけた。多分あれだよね?思ったより分かりやすい」
件のビルは街中の一角に鎮座していて、周囲には立入禁止のフェンスが厳重に敷かれている。
しかし周囲を見回してみると、警備員らしき人物は見当たらない。潜入するには絶好のタイミングだ。
「全然人いないじゃん。ラッキー♪さっさと入っちゃお」
そんな彼女を拒むかのように張り巡らされたフェンスは、3mぐらいの高さがありよじ登って入るには手間がかかりそうだ。
(バリケード高すぎだってば…スカート引っ掛かりそうだし乗り越えて入るのは難しそう。入口とかないの…?)
せっかく来たので引き返すわけにもいかず、周囲を探ってみるがゲートらしきものは見当たらない。それにフェンスは鉄製らしく頑丈なつくりになっているから並大抵の工具では侵入は不可能だ。
「ふうっ……仕方ない…」
そう言うと唯花は片手をフェンスの継ぎ目にかざした。彼女が手のひらに意識を集中させると、そこからほのかに灰色の光が灯っている。
光が漏れだしたタイミングで唯花がフェンスに手を触れた。
次の瞬間、手を触れたところが何年も雨風に晒されたかのように赤黒く錆びつき、砂のようにボロボロと崩れ落ちた。
唯花の命脈権能は物質の結合を解くことができるようだ。
(これやるのちょっとめんどくさいんだよね…)
そしてフェンスに開いた穴から侵入し、ビルの周りに沿って歩くと入口を見つけた。入口のドアは鍵がかかっていたがドアのガラスに手を触れるとさっきと同じようにして崩れていき、唯花はそのまま中へと入っていった。
1階ロビーは埃っぽく数年前のパンフレットや設備がそのままにされている。また、空調も切れているせいか湿気ていて少し暑い。
(うわぁ……思ったより凄いな。ほぼ心霊スポットみたいじゃん…)
探索を続けていると、何やら黄緑色に光るものを見つけた。
(なにこれ…光ってる?)
おそるおそる近づいてみると、その正体はエレベーターのボタンだった。しかし、彼女は疑念を抱いた。
ボタンが光っているということは廃ビルなのに電気が通っていることになる。この現象はポルターガイストでもさすがに引き起こすにも難しい。そう考えた彼女は覚醒者によるものではないかという結論に至った。
(もしかして、このビルに覚醒者が住み着いてるの?最上階に来いってことなのかな…)
好奇心に負けた唯花はボタンを押してしまった。すると、チーン……と寂しげな電子音が響き、エレベータの扉がゆっくりと開いた。当然中には誰も乗っていない。
そして彼女は吸い寄せられるようにエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
ガシャーン!!
「きゃっ!!え、何!?」
唯花の背後でエレベーターの扉がものすごい勢いで閉まった。彼女が驚いて振り向くと時すでに遅く、エレベーターはもう動き出している。
「2F→3F→4F」と最初は順調に作動しているように思えたが最上階の手前の階に到達した瞬間、エレベーターの液晶画面に表示されている階数表示が、猛スピードで狂い始めた。
「待って!どうなってるのこれ!?」
「 10F → 30F……」と一気に上昇したかと思えば、次には画面が激しくデジタルノイズでブレ始め、「-10F」、「-50F」と存在しないはずのあり得ない数値を刻み始めたのだ。
さらに狂っているのは数値だけではなかった。
エレベーターの箱自体が、現実世界の次元から切り離されていくように壁が半透明になっていく。箱の外に見えるのはビルの鉄筋コンクリートの壁ではなく、真っ黒な背景が広がっていた。
そしてなぜか、漆黒を背景に天界因子のような数多の幾何学的な光の筋が走り始め、その筋と共に黄緑色のノイズが渦巻いている。
しまいにはエレベーター内の重力が滅茶苦茶になり、上に向かっているのか下に向かっているのか分からない浮遊感が唯花を襲う。
「――っ、何これ、落ちる……っ!?」
唯花はしゃがんで耳を塞いで目を瞑り続けることしかできなかった。
しばらくすると、ドン!!と激しい衝撃と共にエレベーターが停止した。チーン…という電子音が再び鳴り、扉が開いた。
(……やっと、止まった…助かったんだよね?…ドアが開いてる。とりあえず出なきゃ…)
「着いたー…って、え?ここどこ!?」
扉が開いた先は廃ビルの最上階などではなく、見たこともない異様な空間となっていた。どうやらビルのエレベーターを通じて異次元の座標へと繋がっていたようだ。
最上階へ行くと戻れないという都市伝説は本当だった。




