社畜スキルもいろいろ
「大丈夫ですよ。救急搬送されたからって必ず入院するわけでもないですし、すぐ良くなってそのまま帰宅することもありますよ。速水が車で後から来て欲しいって言ったのは、多分帰りの足を考えてのことですから。
――しかし、さすが社畜というか、これは前の会社で相当倒れた人が出たんでしょうね……場慣れ感が凄いです」
「ああ、あれってそういうことかあ。身内に看護師がいるパターンかと思った」
「うちの身内に看護師はいない」
「そっか。……社畜って怖いね」
やっとサイレンが鳴り、救急車が移動を始めたのを知らせる。同時に高見沢のスマホにメッセージの着信が入った。
「福宇田病院! よりによって……なかなか他の空きがなかったらそうなったのかもしれませんが。はぁ……」
理彩から送られてきた文面を見て、高見沢が盛大にため息をつく。地元の人間のその反応に、悠と夏生は揃って顔を青ざめさせた。
しばらくして、高見沢の兄がクレインマジックのインターフォンを鳴らした。僧侶と聞いていたが、現れたのは高見沢と面立ちのよく似た有髪の男性だ。夏生ほどではないが背が高く、やや慌てているようにも見えるが穏やかそうな雰囲気だ。
「高見沢真英です。いつも妹と桑鶴がお世話になっております」
悠と夏生に向かって、真英は丁寧に頭を下げた。悠は何を言ったらいいか分からずあわあわとお辞儀をし、夏生は「こちらこそ、お忙しいところを申し訳ありません」と卒のない挨拶をしている。
「兄の真英です。私は免許を持ってないので、兄に運転して貰います。お兄さん、桑鶴さんが運ばれたのは福宇田病院だそうです。荷物は先にうちの速水が持って行ってますが……桑鶴さんって……」
「うん、保険証もマイナンバーカードも持ち歩くタイプではないね。何か使うときに持って行けばいいんだからと家に置いておくのが祥吾だよ」
「うわあ、それまずいですね」
「社長は適当すぎるな」
下手するとスマホだけ持って出勤していることがあるのが桑鶴だと悠も知っていたが、さすがにこの状況では良くないことは分かる。
「幸い、祥吾の実家と連絡先も知っていますから、あちらの家族に連絡しておきましょう。家族の同意が必要になる可能性もゼロではないのですし。
しかし福宇田病院ですか。祥吾も運が悪い」
「良くない病院なんですか?」
高見沢兄妹が揃って渋い顔をする福宇田病院がどんな病院なのか、悠もさすがに気になってきたので尋ねてみる。雰囲気の似たふたりは、揃って眉間に皺を寄せていた。
「とにかく、地元の人間は『搬送するなら福宇田以外で』と言うくらい評判が良くないんですよ。祥吾の状態があまり悪いものでないことを祈るしか。……では雛子、私たちも福宇田病院に行きましょうか」
「そうですね。四本さんと悠さんは、戸締まりをお願いします。何か分かり次第、私や速水から随時連絡を入れますので」
「うん、お願いするよ」
高見沢兄妹を見送り、他の社員が誰もいなくなったオフィスは信じられないほど静かだった。
見渡すと、桑鶴のデスクの上だけが散らかっている。高見沢は自分のPCをきちんとシャットダウンしてから出て行ったが、理彩のPCは起動したままだ。
悠は理彩のやりかけだった作業を確認してから念のために別名で保存して、シャットダウンした。
「……今日はもうどうにもならないから、僕たちは帰ろうか」
夏生の提案も声に力がない。
悠は頷いて、自分のバッグを持ってオフィスを出た。
理彩から悠に連絡が入ったのは2時間ほどした頃だ。結局桑鶴はそのまま入院することになったらしい。
病名は確定しておらず、何日入院するかも見通しが付かないと聞いて悠と夏生は言葉が出なかった。
桑鶴の兄が駆けつけてくれたので、それと入れ替わりに理彩は真英の車に乗せて貰って帰宅し、高見沢もそのまま帰った。
翌日は桑鶴がいないだけで理彩も高見沢も平常業務に戻ったが、クレインマジックのオフィスは精彩を欠いた。
良くも悪しくも、クレインマジックは社長の桑鶴の一存で様々なことが決まるワンマン企業だ。良い面もあるが、今回は悪い方に転がった。
夏生がいなかったときも会社は妙に静かだったが、桑鶴がいないとぽっかりと穴が開いた様な存在感の欠落がある。あまりにも不自然な状態に悠には思えた。
桑鶴が入院してから3日目は土曜日だった。悠と夏生は相談し、桑鶴の見舞いに行くことにした。




