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桑鶴のピンチ

「まあ、ナツキチの言うとおり、材料の入手が困難という点を考えると、丸焼きはさすがに無理なのは俺でもわかるさ。だが、どうしてチキンなんだ? 俺にはそれが解せない」


 理論では分かるが感情が納得しない、という面持ちで桑鶴はつまらなさそうな顔で企画書を再びパラパラとめくる。


「僕としては、日本ではクリスマスというとチキンというレベルで知名度が高いから、今年はこれを選んだんだ。それに、普通のスーパーに丸鶏がバッチリ出回るのはこの時期くらいだよ。だからこそ、せっかくだから丸ごとのローストチキンを作ってみて欲しいんだ。コストコにでも行けば年中あるけどね!」

「……なんでチキンなんだろうなあ」


 桑鶴は眉間に皺を寄せて、机上からもう一度企画書を手に取った。


「こだわるね!? 桑さん、ローストチキンに親でも殺されたのかい? 日本でクリスマスにチキンなのは、明治以降のアメリカ文化の流入のせいだよ。

 キリスト教圏の他国ではポークやビーフや魚の地域もある。元々アメリカではクリスマスには七面鳥だった。なにせ最初は家畜そのものが少なかったし、開拓時代は野生の七面鳥がゴロゴロしてたそうだからね」

「ああ、そうだな。『大草原の小さな家』でもそう書いてあった。だったらターキーでもいいんじゃないのか?」

「やっぱり最近読んだんだね? ブラックバードのパイを再現しろとか言わないでよ、頼むから。日本には野生の七面鳥がうろうろしてた時期がないんだよ。だから入手しやすい鶏肉が代用品になったんだ」


 夏生の説明に、桑鶴だけではなくその場の全員が「へえー」と感心している。今まで気にもしたことがなかったが、言われるとそれなりに理由があるのだと分かって面白い。


「僕のビジョンは、今年は本当に基本的かつメジャーな料理を作っていって、変化球を入れるならリリース2年目以降にしたい。よく知っている料理を自宅でも、料理スキルがそれほどなくても作ることができる。――それが、クレインマジックのコンセプトだよね?」

「うーん、伊達巻は俺的には結構な変化球だと思ったんだが」

「あれは玉子焼きの延長線上だよ。いなり寿司が2種でアレンジだったのと同じ」

「そうか。そういう視点で見るとナツキチの言うことは筋が通ってるな。それは俺も認めよう。だが、このレシピではインパクトが足りない。

 いいか? クレインマジック初めてのクリスマスなんだ。初心者向けは崩せない。それでいてパーッとド派手な驚きを与えるものを考えてくれ」

「……わかった。やり直すよ」


 夏生は桑鶴から企画書を受け取ると、がくりと肩を落とした。

 ローストチキンというところは崩せないし、初心者でも作りやすいものに限定される。これは難航しそうだと悠が思っていると、しばらくして桑鶴が苦しげな表情で呻き始めた。


「……腹が、痛い」


 見ると桑鶴の顔には脂汗が浮かんでいて、背中を丸めている。痛む腹部を少しでも楽にしたいのだろうか、両手で腹を抱え込んでいた。


「桑さん、大丈夫!?」

「大丈夫じゃ、ない」


 よろよろと桑鶴はトイレに入り、かなり長い時間出てこなかった。出てきたときには元々白い顔から血の気が引いて真っ白になっていたので、全員がバタバタと動き出す。


「桑鶴さん、痛いのはどこ? どんな痛み? ぎゅーって押される感じ? しくしくする感じ? ペインスケール……えーと、痛くないのが0でこれ以上ないのが10としたら、痛いときはいくつ?」


 意外なことに、自分の席に戻った桑鶴に駆け寄って状況を聞き取り始めたのは理彩だ。

 高見沢は理彩の質問と桑鶴の返答をメモしている。犬猿の仲のふたりが無言の連携を取っていることに、悠は思わず息を飲むほど驚いた。


「四本さん、救急車呼んで! 30代男性、腹痛……30代? 桑鶴さんって30代だったっけ? 20代でも40代でもないわよね?」


 痛みのせいでしゃべるのも辛いのか、理彩の問いかけに桑鶴はこくこくと頷いた。

 悠までもがおろおろとする中、しばらくしてから救急車のサイレンが聞こえてきたときには思わずほっとする。


「私が付き添いで行く。病院が決まったら連絡するから高見沢は後から来て。確か家に車あるんでしょ?」

「あります。兄が運転できますから、今から連絡してこちらに来て貰います」

「頼んだ!」


 ストレッチャーに乗せられて搬送されていく桑鶴に、自分のバッグと桑鶴のバッグを掴んだ理彩が同伴する。

 高見沢は桑鶴の搬送を待たずに、車でこちらに来て欲しいとすぐさま兄に連絡を取っている。彼女の家はここから近いと以前悠も聞いていた。


 慌ただしく桑鶴が運び出されてからも、何故か救急車は発車しない。窓からそれを見下ろしつつ「なんで出ないんだ」と独り言の様に呟いた悠に、夏生が説明をしてくれた。


「搬送先を決めてからじゃないと動けないんだよ。……ああ、嫌だな。母が搬送されたときのことを思い出すよ。コロナの影響で搬送できる先が限られてるかもしれないから、病院を見つけるのは時間がかかるかもしれないね」

「そうなのか」


 自分のことではないのに、桑鶴が運ばれていったのは恐ろしかった。

 所在なさげにしている悠の元気のない様子を見て、夏生が背中をさすってくれる。


お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!

特にポジティブな感想を頂けると物凄く嬉しいです!

よろしくお願いします!(二度目)


挿絵(By みてみん)

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