驚きが多すぎる
「全く参った! 今回ばかりは本当に参った!」
悪い予想をしながら怖々と見舞いに行った悠たちを迎えたのは、ベッドに横になったままの桑鶴だった。妙に元気いっぱいで、ふたりの顔を見た瞬間に盛大に愚痴り始めたのだ。
「げ、元気そうだね? 大丈夫なのかい?」
顔を引きつらせながら夏生が尋ねると、ぷうと桑鶴は頬を膨らませた。その反応で「あ、大丈夫なんだな」と悠でも理解出来る。
「聞いてくれよ、『痛みの状態を見ますから』って検査もせず痛み止めもせず、半日放置されたんだぜ!? その後はCT撮ったりしたが特に何がどうと言われなかった。しかも丸2日絶食だったんだ。昨日の夕食にやっと物が食べられたんだぞ」
「それは……俺は入院したことがないから分からないが、多分普通じゃないんだよな?」
「僕も普通じゃないと思うよ。痛みはどうなの?」
「今はなんともないんだが、退院していいと言ってもらえない。聞いてくれ! 聞いてくれ! 本当に酷かったんだ!」
桑鶴の愚痴が止まらない。彼の容態を確認して早々に帰ろうと思っていたのに、桑鶴は話し相手を捕まえたとばかりに怒濤の文句を吐き出した。
「2日絶食だったんだぞ!? 点滴にブドウ糖は入ってただろうけど空腹感がきつくてな! 食事が出るのを俺はそりゃもう楽しみにしてたんだよ。それで、昨日の夕食をやっと食べられた訳なんだが、まずくてびっくりした! 空腹は最高のスパイスなんて言葉は嘘だったんだ!」
「それだけお腹空かせてたのにまずかったのか……どれだけ酷いんだ」
「逆に、僕そのメニューに興味あるな」
げんなりする悠とは対照的に、夏生は少しワクワクとした様子だった。
「五分粥だろ、タラの妙に味のない焼いた奴に、うっすい味噌汁と茹でたカリフラワーに紫蘇ふりかけを掛けた奴。これがまずいのなんのって!」
思い出すだけで腹立たしいのか、桑鶴は見たこともない形相で怒っている。それで腹痛が再発したらどうするんだという怒りっぷりだった。
「茹でたカリフラワーに紫蘇ふりかけ……聞いたことないメニューだなあ。多分、塩分に配慮して味を付けた結果なんだろうけど、ちょっと味の想像が付かない」
「しかも五分粥も味がなかった。タラの塩気で食べられるかと思ったら、そっちも味がないときた。レストランだったら『シェフを呼べ!』って叫ぶところだったぞ」
「ま、まあ桑さんの腹痛が治まって、元気そうで良かったよ。検査の結果が出ないとなんとも言えないけどね」
「月曜日に胃カメラだそうだ。最低でもそこを越えなきゃ退院はできないみたいだな。はぁー、症状が症状だけに食い物の差し入れを頼めないし、兄貴には『マイナンバーカードくらい持ち歩け』と散々に怒られるし、厄年かと思った」
尚も桑鶴の元気いっぱいの愚痴は続き、「相部屋の人に迷惑になるから」と言い訳をしてふたりは病室を後にした。
無言で病院を出て、夏生の後を付いて歩いていると彼は近くのコーヒーショップに入った。なんとなく彼の意図を察して、おとなしく悠も店に入る。
「……良くない病院だったね」
「びっくりだ」
ふたり揃ってホットコーヒーを頼み、席に着いてからやっと言葉を発することができた。
さすがに病院の中や、すぐ目の前では悪口は言いにくい。
「痛みの状態を見るために半日放置って初めて聞いたよ。あれかなあ、診療報酬目当てでいろんな検査したりして入院させてるパターン」
「万が一俺が救急搬送されることになったら、『福宇田以外でお願いします』って言ってくれ……」
「僕も同じ事をハルくんに頼みたいね。それにしても、空腹で待ちかねてた食事がまずいって、それがもう僕にとってはあり得ないというか。ローストチキンの祟りかな」
「ああ、そういえば、夏生の企画書を却下したすぐ後だったな」
「そうそう。ああ、家に帰ったらまた試作して企画書考えないと」
ホットコーヒーを飲み干した悠は、夏生が飲み終えるのを待ってから席を立つ。
「また今晩は肉祭りか。俺にとっては嬉しい」
「まあ、ハルくんが喜んでくれるなら良いかな」
夏生は苦笑し、冷たい風が吹く中をふたりは並んでマンションへと戻った。
「はぁ……どうしたらいいんだろうなあ」
悠と夏生がふたりで暮らす「社員寮」に戻ってから、夏生はキッチンのワークトップに手を突いてずっと考え込んでいる。ここまで彼が思い詰めているのは悠は見た事がない。
「夏生はいつも頑張ってるな」
企画書を出す前から何度も、夏生が鶏もも肉を使って試作をしていたことを悠は知っている。丸焼きとモモ肉では脂の割合などが違うから完全には再現できないけども、と夏生は頭を悩ませていたのだ。
いつも笑顔でいる夏生がその裏で努力を欠かしたことがないことを、悠はここで一緒に暮らすようになってからずっと見てきた。
「うっ、ハルくん……ありがとう」
目にじわりと涙を浮かべて夏生が振り返る。頭を差し出されたので、悠はその頭をわしわしと撫でた。
最近これを要求される事が多く、家に大型犬がいる生活は案外こんなものかもしれないと思いつつ。
「ああー、ハルくん優しい。神様、ハルくんという存在をこの世に生み出してくれて本当にありがとうございます」
「おい、大げさすぎる」
「大げさじゃない。僕の本心100パーセントだよ。ハルくんはクレインマジックの癒やし担当。というか、後がアク強過ぎ。
桑さんが社長で全てのプロジェクトの責任者だから、桑さんが却下と言ったら却下なのは仕方ないよ。でも理由が『つまらない』『意外性がない』って酷くないかな? クリスマスのメインディッシュに驚きが必要? 鶏のお尻に花火でも刺せってこと? いや、そんな意外性、僕は絶対にいらない!」
「まあ、そういう驚きは俺もいらない」
花火の刺さった丸鶏のローストチキンを想像し、悠は頭を振った。そんな演出は食欲と何も関係性がない。例えばそれがバースデーケーキとかだったりしたら、一部のパリピは喜ぶだろうとは思うが。それに、花火で何かに引火したらと思うと気が気ではない。




