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戻る日常

 

 さらさらと流れる。



 日常がまた戻ってきた。



 淡々と過ごす。



 日々が戻ってきた。



 ゆるりゆるりと流れる。



 日々が……戻ってきた。




 どうにもしっくりこない『日常』と云う存在の表現の仕方を模索しながら俺は登校道を歩む。



 鞠猫がいなくなって二週間が過ぎた。彼女の何も告げずの突然の転校に教室内が混乱と悲壮に包まれたのは記憶にまだ新しい。鞠猫が置き手紙と共に消えた次の日、俺達の担任教師の口から彼女が転校した節だけ告げられたのだ。



 あまりにも突然の出来事に、夜逃げや事件性を睨む穿った見方をするクラスメイト。兄と騙っている俺への当然のような質問の嵐。混乱を収めようと声を張る先生。朝からとんでもない喧騒に教室内は埋め尽くされるのだった。



 そして俺は、その多量に寄せられる質問の数々に頑なに『知らない』の一点張りで突き通した。彼女の正体について漏らすつもりは一切なかったし、言ったとしても冗談と思われるだけだ。そして実際彼女自身がどこに行ったかは知らなかったのだから嘘ではない。ポーランドに行くと言っていたが、それが本当かどうかだって、俺には確信が持てなかったのだから。



 しかしまぁ、そんな騒動も、二週間も経てば大人しくなるもので、今では鴉皮鞠猫という生徒の話題を出す者は皆無に等しくなっていた。



 「よぉ奏!」

 「うーす、初芽」



 いつものやりとり。下駄箱場で靴を履き替えていると初芽がそう挨拶してくる。



 「奏よぉ、俺ちょっと考え方を変えてみたのよ」

 「唐突に何言ってんだ?」

 「分かってるくせによ……俺が小声でお前に話す事なんて限られてくるだろ!」

 「…………」



 いつもの俺のED克服へのお節介だと確信した。



 「お前のインポへの攻め方を変えてみようと思う」

 「どういうこと」

 「今まで俺はひたすらに人から聞いた人気作やら、話題になっているジャンル、女優から選び抜き、自分でもどの程度信用出来るか確かめてから凡ゆるAVをお前に渡してきた」

 「…………」

 「しかし……それでもお前のその症状は一向に改善しない。その兆候さえ見せない」

 「ジャンルがどうとかじゃなくて、俺のはそもそも精神的なアレだからな」

 「そう! それなんだよ! 俺はそこに着目した! ……お前は一種の人間不信も抱えてしまっているんだってな」



 何やら確信めいた事を口走りながら初芽は鞄を漁り一枚のDVDを渡してきた。



 「というわけで次は獣姦モノだ。俺は観てないけどもしかしたら効果あるかも」

 「観ねぇよバカ」



 俺はそう言って渡されたそのDVDを弾き飛ばした。まさかまさかの大意表に俺は呆れた。少しでも彼が何か核心をついてくるかと思ったが、初芽はやはり初芽だなと思っていたが……



 「ああぁぁぁ!?」



 そんな彼の間抜けな声に釣られ、彼の視線の先へと目を向けると、下駄箱場のすぐそば設けられたトイレ、朝は換気の為に女子男子トイレ共にドアを開け放しておく。当然使うものがいればそれも閉じてあるはずだが、今日はまだ偶々誰も使用者がいなかったのだろう。開け放しの女子トイレの中へDVDがケースごと、放物線を描き飛び込んでいった。



 ヤバイと思いながら、初芽を見る。彼のジトッとした目が俺を刺した。



 「……取ってこいよ」



 当然だろと言いたげな目だが、俺に女子トイレに入ってAVを持ってくる勇気はなかった。学校という狭いコミュニティの中で、社会的に死にたくはなかった。



 「いやだ」

 「お前の為に買ってきたんだぞ」

 「頼んでねーよ」

 「あれ、洋物だから高かったんだぞ。俺は少しでもお前の力になればと思って買ったんだぞ。ある意味友情の形なんだぞ。それをなんとも思わないのか」



 なんとも恩着せがましい言葉だが、彼が買った以上は彼の私物なのは確かだ。それを弾き飛ばしたのは俺であり、返さないのは確かに申し訳なさもあった。



 ジッとトイレを俺は見つめる。とてつもないオーラを持っているようにも錯覚する。大きな鼠取りのようにも思えた。



 やはり俺に飛び込む勇気は無い。



 「領収書見せてくれりゃその金額払うわ。だから勘弁して」

 「……まぁ金返してくれるなら俺に損はないからいいけど……」

 「言っておくけどお前が買って来なけりゃこんな事にはなってねーんだからな!」

 「俺の厚意を無下にするなよ!」

 「もっともらしいこと言ったつもりかよ! とっとと行くぞ」



 女子トイレにAVを投入した以上、結局は問題になるのでさっさと去るのが得策だろう。運良く朝の喧騒の中で俺達の悪行を目撃した者はいないらしく、逃げるにはまだ遅くなかった。



 俺達はお互いに罪をなすりつけ合いながら、教室に向かう。



 俺は思った。確信にも似たものを。この先もこんな日々がきっと続いていくのだと。俺が守りたい生活はきっとこんなバカなことをしたり、言い合ったりする日常なのだと。



 仲間と馬鹿をやり、勉強に勤しみ、放課後には何処かに遊びに行ったりして、千火さんのいる家に帰り、またそんな日を迎え、繰り返す日々の中で、いつか就職して、仕事に努める日々を送り、ずっとそれを繰り返し……繰り返し……そうして死んでいくのだと。



 俺の体が強力な再生力を有していると言っても、体は成長しているもので、それはつまりいつかは衰え死んでいくことを意味している。そう……死んでいくのだ。人として。



 淫魔サキュバスの血が混じっている事を今後誰かに言うつもりは今は無い。だから死ぬ間際まできっと俺は人として死ぬことが出来るはずなのだ。少なくとも周りからはそう思われて死ねる。



 だから幸せだ。



 そう思った。






 けれど……




 頭の淵には常にあのまりねの事が引っかかっていた。




 REINを見てみても彼女からのメッセージは無い。そこにはただ俺の『元気?』というメッセージが既読も付かずに寂しく残っているだけだった。

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