終焉
響く発砲音。奏の視線は自分の頭上にあった。
そしてその天空の何もなかったところから浮かび上がる一つの姿。
それは紛れもなく翼の生えたミスリーの姿だった。
「そ……そんな……」
奏の放った弾丸によって左胸に大穴を開けられた彼女は、そんな言葉を零しながらダメージのせいで天から落ちてくる。
奏は銃を落とし、剣を両手で握ると力強く地を蹴り跳び上がった。
迫る奏。一直線に向かってくる彼にミスリーは、咄嗟に頭の前に両手を交差し防御の姿勢をとった。心臓を撃たれた自分が次に狙われる場所とすれば頭部……それしかないと分かっていた彼女の行動は早かった。
急いで心臓を再生させたのでは間に合わない。ならばすぐさま行える強化の魔法だ。そう思い、腕と頭部や首元に全魔力を注ぎ硬質化を促した。
大丈夫だ。斬られはしない。奏の剣の扱いは達者ではない。あの超常殺しであれば分からないが、奏の力量ではその刃が自分の頭を切るには至らない。そしてその切れなかった瞬間の隙を突き、逆に返り討ちにしてやる。
ミスリーはその考えの元、向かってくる奏に叫ぶ。
「ハハッ……私の首を落とせるなどというその慢心……愚かね!!」
叫んだ途端に訪れる両腕へのインパクト。剣の進行を完全に阻んだ感覚があった。
勝った!
その思いがミスリーを満たす。
しかし────
────ッザンッッッ───!!
そんな音が彼女の耳に入ってきた。
な…何の音……? え、どうして私の体……どんどん遠くになって……
自身の目の前で起こる光景にミスリーは疑問しか浮かばない。
どうして体がどんどん離れていくの……? どうして奏の姿もどんどん遠くになっていくの……? 何より……どうして私の首から上が無い体があんな所に……
「確信だよ、バカ野郎」
通り過ぎ様にそう言った奏の言葉を、ミスリーはようやく受け入れる。
ああ……そっか……私の首、やっぱり切り飛ばされちゃったんだ……
敗北した事を理解し、ミスリーの頭は地上に落ちるのだった。
奏が着地した頃にはミスリーの頭部と胴体が離れた場所に落ちていた。奏は迷わず頭部の方へと歩み、そしてその切っ先を向けた。
彼女を切った際に付いた血が滴り彼女の頬に落ちた。
「終わりだな」
その言葉を掛けると、既に死人の顔をしていたミスリーの目が奏に向けられた。
「……終わりね」
それは嘘じゃなかった。胴体の心臓が破壊され、頭と分断された今、彼女の再生能力は失われていた。普通の淫魔ならば心臓か頭のどちらかを破壊されただけで絶命する。例外的にそのどちらも破壊されなければ死なないミスリーの様な個体もいる。しかしその上位的存在である奏の再生能力の前ではそれも矮小と言えた。
自分の命に終焉が迫っている事を実感していたミスリーの言葉は穏やかだった。
「やっぱり……貴方のように優れた血には勝てない定めなのかな」
「優れた血……? 何を言っている」
「……知らないんだ。 ……まぁ、自分以外の淫魔にも出会ったことも無かったんだもんね、不思議じゃないか」
「…………」
「奏……貴方に流れる母親の血は……恐らく『始王』の血統だよ」
初めて聞く言葉に奏は顔を顰めた。
「シオウ……?」
「数多の生物にはそれぞれ長がいるものさ。そしてそれらは始王と敬称されている。……君にはその血が流れてる」
「なんだと……」
「その桃色の瞳、桃瞳がその証……」
ミスリーが言った話が並大抵の事では無いのは奏にだって分かった。それぞれの種の王……それが始王。そして淫魔種の王の血が自分には流れているというのだ。
「ま、待てよ、じゃあ俺の母さんは王家の血筋ってことかよ!?」
その動揺する奏をミスリーはほくそ笑んだ。
「血筋と言うよりも……現在の始王こそ……」
ぞくりとした感覚が奏を襲う。
そんな事……あるのか……そんな馬鹿げた話……
全て言われなくても奏は察した。
その今の淫魔の王こそ、自分の母親なのだと。
衝撃的な事実に凍りつく奏。ミスリーは彼がどんな気持ちなのか見当がついているようで、クスクスと力なく笑った。
「……まぁ憶測でしかないけどね……あとは自分で確かめる事だ……秦奏」
ようやく自分の出生に関する情報を引き出せる機会が巡ってきたというのに、ミスリーはそう言う。そんな事では気持ちが治らないと奏は口を開く。
「おい、ミスリー知っている事を全部吐け!」
衝動的に出る言葉。焦っているのは明白だ。
だが、ミスリーの命の灯火もあと僅かであった。
「………奏」
「なんだ!」
「君と一緒になれたなら本当に殺しはやめても良かったんだ……」
その言葉と共にミスリーは黒き灰となり崩れ落ちた。
最後の最後に彼女が残した言葉は、奏の知りたい事ではなくそんな独白だった。
愕然とする奏。その瞳に写る彼女は既に生きてはおらず、もう言葉は引き出さないと分かった。生き絶えたミスリーを目の前に、出生の事よりも自分の犯した事柄に気が付く。
人を……殺した……と。
鞠猫や自分を守る為に必死でそんな事を戦闘時は考える余裕もなかったが、こうして終わってみれば自分が大罪を犯した事を嫌でも理解した。
いや、違う。姿形は良く似ていてもミスリーは淫魔である。そして彼女自身も口にしていたが、彼女は人間ではないが故、法では裁けないと言っていた。それはそうなのかもしれない。人間の規律は人間にしか適用されないのだ。だから人間を殺害していた彼女を止めるにはこうするしかなかったのだ。
けれど……終わった今、これが最善の選択だったのか奏には分からなかった。もしかすれば彼女をしつこく説得すればもっと良い結末になったのかもしれない……
そんな小さな後悔。自分の行いが間違っていたと奏は思わなかったし罪悪感さえなかったが……彼の心の中に嫌な感情が残ったのは確実だった。
「鞠猫……」
ミスリーの側を後にし、怪我をしている鞠猫の側へと駆け寄る奏。しゃがみ込むと横たわる彼女の目が力無く開かれた。
「あ、奏……君……」
「しっかりしろ。ミスリーはぶっ殺した、あの男もノビてる、もう安心だ」
「そう……良かった……」
奏は自分のワイシャツを脱ぐと鞠猫の背中の傷へと押し当てた。
「だからもう結界は解いていいぞ、幸いここは病院だ、すぐに診てもらえるさ」
「……はい」
受け答え出来るなら命に危険はない、きっと大丈夫だと奏は不安な自分の心に言い聞かせる。そして辺りの木々や空の色が次第に元に戻り、鞠猫が結界術を解いたことが分かると医者を呼ぼうとすぐに駆け出そうとした。
しかし───
側にあった先程自分が落とした拳銃を一瞬で取ると、屈んだまま振り返り、その銃口を背後の先へと向けた。何者かの気配を感じての行動だった。
向けたのは先程柴山が突っ込んで行った雑木林の方角だった。
「テメェ……」
憎々しく言う奏。言葉の矛先はその林から出てきた柴山に対してであった。
衣服をボロボロにしながらも怪我も少ない様子の彼……戦うなら問題なく続行出来るのは見て明らか。そして奏も今は体の損傷も完治している。戦えない理由はない。
両者の視線が交差する。しかし柴山はあっさりと視線を逸らし、辺りを見渡した。
「……なんだい、死んじゃったのかミスリーさん」
姿形も無く、その場に残っている奏と鞠猫を見つけ、事の顛末を察した彼の言葉は、残念がっていると云うよりも、見損なった、期待外れだったと蔑むような調子であった。
「と云うことは彼女を倒したのは必然的に……」
ぬるりと奏を見る柴山。奏は何も答えず冷静に銃口向けるだけだ。
「その目……ふーん、結構良いもの持ってんじゃん」
奏の両眼について知っているような口振りに奏も口を開かずにはいられなかった。
「……始王の血族ってやつなのか?」
「そうらしいね。僕ぁ興味無いから聞いた程度でしか知らないけど、強力な血筋の証だとか」
「始王ってのはなんだ? それぞれの種族の王って────」
「それを聞いたところで僕が答えると思うかい? 得の無い事はしない主義でね」
柴山はそう言って収納術によって空間から散弾銃を取り出す。そうして奏に構えた。
再び戦闘の兆し。まずい状況だ、負傷している鞠猫に再び結界術を張れるだけの精神力と体力が残っているとは思えない。抱えて逃走する……そして何処かに彼女を隠し、この病院から離れ戦う。出来れば人気の無い所まで……
奏はそう考える。この超常殺しの男にどこまでやれるかは分からないが、周りに被害が及ばないように尽力しなくてはとそれだけを思った。
しかし────
「なーんてね」
彼は銃口をあっさりと上げ、まるでゴミ箱に捨てるように収納術の空間口へ銃を投げ入れた。
「言ったろ? 無駄なことはやらないの。君らを殺したり封印したところでもう報酬金を払える雇い主はいないみたいだし……今回は止めにするよ。前金で十分利益は出るようにしていたけど、この上に新しい封印棺の補充と弾の購入……ああ、鎖も追加だ。 ……それらの活動資金に回さなきゃならない部分を引いて、更に君と戦って医療費も費やすとなると旨味は少ないからね。賢い選択を僕は選ぶ」
そう言うと彼は空間口へと片足を突っ込んだ。魔法とはどういう仕組みなのだろうか、そうすると片足から半分先は消えて無くなってしまった。しかし柴山の表情は痛みに歪むこともなかった。
それどころか和やかな笑みを奏へと向けると
「じゃあね秦奏君、また会おう」
と言って躊躇なしに進んでその口へと入って行き、消えるのだった。
魔法の仕組みは知らないが、取り敢えずは見逃されたらしい。
奏はそう判断し、溜め息を一つ吐くと銃を下げ、病院へと駆け出した。




