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再開

三人称です。


 ──奏の心にあったのは膨らむ闘争心であった。



 鴉皮鞠猫を守る為に湧き上がる不屈の精神力。戦う意思。彼女を起因とする力だ。



 だからこそ柴山が奏の変化に危機感を覚え、鞠猫を散弾銃で狙った事は賢いことではなかった。



 まるでそれは疾風のようだった。



 奏と柴山との距離は近くはなかった。間にミスリー、鞠猫を挟み、距離にして30〜40メートルはゆうに越えていた。しかし柴山の構えた銃が次の瞬間には弾かれていたのだ。そして目の前には鞠猫の落とした剣を手に持った秦奏はたかなでが立っていたのだ。



 (早い──!! 早過ぎる!!)



 一瞬で剣で銃身を弾かれたその瞬間を柴山には見ることが出来なかった。その事実に肝を冷やす。



 瞬時に後方に飛び退き、距離を取ろうとするが、次の瞬きの時には既に背後に奏の気配を感じ取ったのだ。



 気のせいではない!



 すぐにそう判断し、自身の一対いっついの剣を取り出し、体を回転させながらそれを振るった。



 ガギィンッッ────!!



 彼の勘は的中し、既に背後に回っていた奏の振るった剣と柴山の剣が金属音を響散らした。



 「……なんだ、キミ剣も使えるの」



 危ない危ないと、敢えて余裕を見せる柴山だが、剣から伝わる奏の力に計り知れない恐ろしさを感じていた。



 (両手剣を片手で振るった時に出せる力じゃぁないねぇ)



 その柴山の感想通り、奏は剣を片手で扱っている。鞠猫の真似かどうかは知らないが、刃と刃を競り合わせている今、感じる力は鞠猫とは比較にならないものであった。



 しかし────



 (僕ぁ、二刀流なもんでね)



 奏の剣の相手をしているものとは別のもう一本を柴山は振るい、この競り合いに区切りをつけようとした。だが───



 「邪魔だボケェェッッ!!」

 「ッな!?」



 奏が叫んだ瞬間、手に伝わる感覚が何倍もの力になり柴山の剣を支える力を凌駕した。



 自身の剣と共に奏の剣の餌食になる柴山。腹部に襲いくる痛み。柴山は力任せに振るった奏の剣によって大きく吹き飛ばされた。



 「ぐぁああぁぁ!!」



 そして庭の先にある雑木林の中に壮大に突撃し、沈黙した。



 腹部に傷はなかった。奏の剣と柴山の体の間に、彼の剣が挟まった事により、両断を免れ大きく吹き飛ばされるだけに終わったのだ。それでも彼は腹部へのショックと木々に頭を打ち付けたことで、大きなダメージを受けた事は明白であり、戦えない状況になっているのは確実だった。



 奏はそれを分かっていて、振り返りミスリーを睨み付けた。



 「次はテメェだ」

 「…………」



 明らかな戦闘力の上昇に彼女は口を閉ざした。



 そして何よりミスリーには奏の戦闘力の上昇の理由が分かっている気がした。



 気がしたというのも可笑しな話だが……もしそれを『認めた』としたら彼女にとって奏は脅威でしかなく、敵対する事自体が愚かしい話だった。



 だからこそ、心の何処かではそうではないと認めない意志があった。



 「そ、そうよ……ありえない……」

 「……あ?」

 「あるわけがないわ……そんなこと」

 「お前……何を言っていやがる」

 「私は……優れているの……権能だって目覚めた……特別なんだ……特別なんだ……特別…………特別…………特別……特別特別特別特別……」

 「…………」



 何か動揺したようなミスリーに怪訝にする奏、だがそんな不安がっている彼女だったが、次の瞬間にはあからさまに吹っ切れたように強化的な笑みを見せつけて、奏へと突っ走ってきた。



 「フヒヒァッッ!! アンタなんかに負けるわけねーだろ!! 奏ぇ!!」



 剣を肩に担ぎ体勢を少し腰を落とす奏。剣の使い方など知るわけがない。けれど、今は少しでも勝ちに近付くならば使ったことのない物でも使う所存だ。



 そしてこの剣は何より鞠猫の剣……彼女の力だ。その事実だけで奏に力を授けてくれた。



 ガァァンッッ!!



 突進してきたミスリーの爪の攻撃と奏の剣がぶつかり合う、そして続け様に起こるお互いの攻撃の連続。



 ギンッ! ゴィン! キリィリッッ! ガンッ!



 火花を散らし、突風を起こし、爪と剣の乱舞は、ミスリーの不意に放った前蹴りを奏が剣の面で受け、吹き飛ばされるまで続いた。



 吹き飛ぶ奏だが、その両足を地につけなんとか持ち堪える。勢いを殺したことで地面から砂埃が舞った。芝生の削れた跡が地面に残る。それだけでミスリーの攻撃の威力が凄まじいことが分かる。



 再びミスリーに挑む奏、剣を携えながらもその切り口は飛び蹴りだった。お返しとばかりに放った薙ぎ払うようなそれはガードしたミスリーの腕に悲鳴を上げさせ砕いた。



 「いッッ!!」



 歪む彼女の顔だが、立て続けに繰り出される奏の剣と格闘術のコンビネーションに回避しながらも再生を促し、骨折した腕を治す。



 「調子にのってんじゃ……」



 そして攻撃の一瞬の隙が出来た時、ミスリーは右腕を引き────



 「ねぇぇぇ!」



 殴打を放ち、奏の腹部を貫いた。



 よし……これなら再び奏はダウンする。そのうちに再度封印の準備だ。



 ミスリーはそう思い、勝気な表情をしながら腕を引き抜こうとする。しかし───



 「……え」



 貫いた筈の腹部が既に再生を始めており、ミスリーの腕はその肉壁に締め付けられており、抜くことが出来なかったのだ。



 焦るミスリーに奏は口を開いた。



 「テメェがな」



 その言葉にミスリーは焦燥と危機感が膨らむ。この至近距離はヤバイと。



 奏の右手の剣の刃先が彼女を狙い構えられる。瞬時に彼女が下した判断は、自分の腕を切り落とすことだった。その考え通り、右腕を左腕の手刀で切り離すミスリーは痛みを堪えながらも、距離を取る為に後方に飛び退いた。



 その筈だった。



 「ッゴハァァァッッ!!」



 血飛沫を口から放つ彼女。その腹部には大穴が空いており、剣で付けられるような傷ではないのは明らかだった。



 混乱に包まれるミスリーの脳内。避けた筈では!?何が起きた!?と思う彼女の視線は当然奏に向けられる。



 そこには左手の指を猫の手の様にし、掌底をこちらに突き向けている奏がいた。



 「───仙術『砕牙サイガ』……この2、3日で唯一会得出来た仙術だ。放つ掌底打ちは空気自体を押し出し直接当たらなくてもその付近にある物にダメージを与える。その射程距離は掌底から先、約50センチ………」

 「……せ、仙術…ですって…?」



 やられた。構えていた剣はフェイクだったのだ。そちらに視線を逸らし、腹部への攻撃が本命だったのだ。



 ミスリーは腹立たしく思った。だがそれは腹部への攻撃のことではない。彼が仙術などと口にしたことがだ。



 彼女も聞いたことがあったこの世界にいる仙人などという存在、そして彼らが使う技や術が仙術と呼ばれることを。彼が使ったのはそれだ。しかしそれを習うならば秘匿主義の仙人からそれを直接教えてもらうしかないのだが、彼らは人間世界を俗世と呼び、決して交わろうとはしない。だから彼がそれを教えてもらえるわけはないのだ。



 なのに奏は技の名をそう言った。だとすれば導き出される答えは一つ。全く違う技をそう騙っているだけの話だ。



 ……おちょくっている。ミスリーはそう思った。




 「図に乗るな!!」



 叫ぶ彼女。見る見るうちに怪我は治癒する。



 「もう許してやんない!! 奏ぇ!! アンタは完全に私を怒らせた!!」

 「……ハナから許してもらうつもりはねーよ」



 奏も自身の腹部に残るミスリーの腕を引っこ抜き地面に捨てる。空いた傷穴が瞬時に塞がった。



 私は負けるわけがない。私は権能さえ目覚めた優秀な個体だから。『桃色の瞳』が何? 『仙術』が何? 奏が先ほどからやっている事はことごとく相手を動揺させる為のものでしかない! 『本物』である確証は何一つないのだ!



 しかし私は違う……この権能は嘘や紛い物ではなく本当の力だ。確固たる揺るぎない強者の証だ!



 ミスリーは自己暗示にも似た自分への激励を施す。そうして不敵に笑い出す。



 「フフフ……フハハァ!! 奏、次の一瞬で必ず終わらせてあげる。次に貴方が目覚める時、そこは暗く、痛い場所よ。そこで優雅な一時ひとときを味合わせてあげる」

 「…………」



 ミスリーがそう言った瞬間、彼女の姿は消え失せた。



 奏は動揺しなかった。彼女の権能の力だと理解していたから。



 先程と同じだった。辺り一面から彼女の気配がプツリと途絶えてしまっていた。どこから来るか……全く分からない状況。



 奏は何かを思い走りだす。彼が辿り着いたのは鞠猫の側であった。そして彼女の傍に転がっている彼女の拳銃を拾うと、片手に剣、片手に拳銃を携え、彼女の体を跨ぎ、守る様に辺りを見渡した。俺が死んでも鞠猫だけには手出しはさせないと。



 しかし目に頼っても見つからないものは見つからないものだ。奏はすぐそう判断を下す。頼るなら体の感覚全てを使って感じ取れと。



 視覚……当然ミスリーの姿は見えない。そして芝生の草は少しも揺れていない。


 聴覚……感じ取れる音は何もない。


 触覚……肌に感じていた彼女からのプレッシャーも今は微塵もない。


 嗅覚……芝の匂いだけが香っていた。



 正直何も分かることなんてなかった。唯一分かるといえば芝が踏まれる音や痕跡はない為、恐らくミスリーは空から奇襲をかけてくる筈だということだ。それでも地上よりも空からの方が立体的な動きが出来る分、予測は難しい。



 お手上げだ。もう勝てないかもしれない。そんな気持ちが浮かびそうになる。



 しかし────自分の瞳がジンワリと熱くなる。涙が出そうな時とはまた違う熱。



 これは一体何なのだろう……



 そう思いながらも、この熱さが悪い物ではないと奏は感じていた。それどころか何か必死に自分に訴えかけてくる『意思』を感じていた。



 そして一つの可能性を奏が思い浮かべた時、その『意思』はそれを強く肯定するのだった。



 「……そうか……そうかよ」



 この力は味方である。お前自身が呼び起こした『淫魔』の力。心身の奥底にガンと根付く大いなる力だ。



 普段の彼なら忌むべき存在だっただろう。しかし今の奏はそれを信じ、左手に持っていた拳銃の銃口を素早く空高く向け、導きのままに引き金を引いた。

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