終わり
奏視点に戻ります。
────ミスリーの騒動から三日が経った。
街はまだ連続猟奇犯の脅威に怯えがあった。メディアはここ最近での犯行の無さに嵐の前の静かさだと注意喚起を促していて、学校でも登下校の際は親御さんの送り迎えを推奨していたりと、警戒が強まっていた。
でもそれもすぐに薄れるだろう。その猟奇犯はもういないのだから。
戦いの後、病院が迅速な対応をしてくれたからか鞠猫の命に別状はなかった。長時間のオペは流石に俺も肝を冷やしたが、彼女の体は人間よりも回復力が高いのか、オペ後に異様な治癒を見せ、医者も驚いたとか。
そして小熊林先輩だが、結局彼女は病院の屋上のベンチに横たわっているのを、俺よりも先に看護師さんが見つけてくれていた。やはり結界内で起こった事を誰も認識はしていないようで、病院の中は至って平穏であり、看護師さんも先輩はただ屋上で眠りこけてしまっただけとだけ言っていた。多分本当はミスリーの催眠術か何かで眠らされただけなのだろうけど。
何にしてもミスリーが先輩に他の可笑しな呪いをかけてなくて良かった。すぐに先輩はあの後目覚め、俺の見舞いの品を受け取ってくれた。何か話してくれたけど、オペ後の眠る鞠猫が気掛かりで何も覚えていないが、元気そうに話していたから体調的には大丈夫そうで良かった。
そうして現在────俺は花や見舞いの品を持って、今度は鞠猫のお見舞いへと来ていた。
目を覚ました彼女が十分受け答えが出来る状態になったらしく、医者から面会許可が出たのだ。
俺は三日ぶりに見る彼女を楽しみにしながらその病室の扉の前まで来ていた。そうして扉を開こうとしたのだけれど──
「───……がとうございます、わざわざお願いを聞いていただいて」
そんな鞠猫の言葉を聞いてその手を止めた。
先客が来ているらしい。一体誰だと興味が湧く。学校の人間か? それとも身内? それともまさかまさかの彼氏とか?
そんな凡ゆる可能性にワクワクするが、その相手の声は俺の期待を裏切るものだった。
「いえ、こればかりは奏様にはお願い出来ないデリケートな頼みですから、お気になさらずに」
なんだよ……千火さんじゃねーか。正直期待外れだ。しかし話の内容は俺には頼めないって事らしいから何なのか気になる。
俺は息を殺して病室の扉に聞き耳を立てる。側からみりゃ変質者か? まぁこの際気にしない。
「流石に替の下着は男の子に持ってきてはもらいたくないですからね〜」
笑う鞠猫にああ、そういうことかと落胆する。何を期待していたのだろう。至極当たり前のことに俺は扉を開けるかと思う。
「────それにしても」
と思いきや、話が切り替わり俺は手を止めた。俺はここで思ったのだ。そういえばこの二人って俺がいない時どんな話をしているのだろうかと。
そうして再び聞き耳を立てた。
「本当に千火さんが仙人だったとは驚きました」
「あら、初めてお会いした時にそう名乗りましたがね?」
「ただの嘘だと思ってましたから。でも奏君へ仙術を教えていた際、本当の事だったんだとビックリしましたよ。だって───」
「────仙人は人間を見下し、肩入れしないと聞いていたから……ですか?」
「……はい」
しばらくの間があってから千火さんは再び喋り出した。
「そうですね……それが普通なのかもしれませんね」
「では何故使用人として奏君の家に……」
「救われたからです、彼に」
「奏君にですか?」
「はい。……と言っても奏様は覚えていないでしょうが。それくらい前のことですから。あ、これは奏様には内緒ですよ?」
「は、はぁ……それはいいんですけれど…何故ですか?」
「こちらの都合です。いつか知る時が来たら私から言いたいですから」
千火さんそう言って静かに笑った。思えば彼女の口から俺の家に来た理由が語られたことは一度もなかった。聞いたことはあったが、その度に濁されはぐらかされるのだ。しかし今の会話を聞くに今の俺にそれを聞くことができる資格はないらしい。……残念だ。
「───それにしてもこの度の一連の事件の解決、本当にありがとうございました。身を挺してこの街を守って下さり、深謝申し上げます」
「いえ、それが超常殺しの仕事ですから。そして私自身の為でもあります」
「けれど、それだけではありません」
「え?」
「奏様のことです。鞠猫様に出会われてあの人は変わることが出来た。動かなかった時間が動き出したように、彼は自分自身に向き合い、その上で自分の在りたい姿を発見出来た。 ……私は、彼が自分の正体が別の界隈から見ればどのような扱いをされているかなど、知らないならばそのままで良いと考えていました。それで人並みに暮らせるなら間違いではないと。けれどそれは間違っていました。今……あの淫魔との戦いが終わった今、奏様は以前よりも明るくなられた。モヤモヤしていたモノが消えたように。それはきっと自分との向き合う機会を与えて下さった鞠猫様のお陰です」
「そんな……私はただ自分の為にやっていただけで……それに最初なんて間違えて奏君をバラバラにしちゃうし…逆に迷惑をかけてしまったと思います」
「フフッ……だとしても、ですよ。終わり良ければ全て良し……とまでは言いませんが、確実に良い方向に奏様は転がってくれています。それは貴女様のおかげに違いはありません。本当にありがとうございます」
千火さんはきっと頭を下げているだろうと思った。それは俺も同じ気持ちだったから。
鴉皮鞠猫……超常殺し。
そして何より俺の大切な友達。
彼女がいたから俺は変われた。出会いはまだ数日だけど、彼女の優しさ、強さは俺に強い影響を与えてくれたのは確実だった。良い方向に導くプラスの影響を。
今すぐ俺も扉を開けて感謝の意を伝えたいと思った。
しかしその時だった。
「とんでもないです千火さん。この度の経験は私にとっても貴重なものでした。千火さんと奏君との出会い……学校の方々……皆さん良い人ばかりだった。だからあまりこんな事を言うのは苦しいけど、私───」
その言葉の続きに俺の手はドアのノブを握ったまま動かなかった。




