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イタチの最後っ屁

三人称視点です。

 

 ミスリー達は終わった事を確信していた。



 地に伏せる鴉皮鞠猫。封印の箱に閉じ込めた秦奏。最早再起不能だ。



 だがまだ彼女達を包む結界術は解けておらず、まだ鞠猫の生命は終わっていない事を、柴山もミスリーも分かっていた。



 戦うことも出来ないのに根性で術だけは解くまいとしているのだ。その意地に感服しながらもミスリーは倒れている鞠猫に近寄った。



 「残念だけどフィニッシュだよ、可愛いハンターさん」



 そう呼び掛けてもピクリともしない鞠猫にミスリーは強情だなと思った。



 「生きているのは分かっているわ、この術が解かれない時点でね。でももう諦めて、貴女の相棒は戦闘不能に陥った、もう逆転の余地はないわ。貴女が大人しく降伏するなら丁重に扱ってあげる。勿論奏も一緒にね」



 誘うような声で彼女はそれを持ち掛けていた。



 「ま、人間扱いしてもらえるとは思わないで欲しいけどね。奏が私の誘いを断った今、人を殺さないって約束も反故になっちゃったからね」



 ミスリーの振り返った先には壁に張り付けられた棺が。



 「それでもここで死なないならまだマシでしょ?」



 命を繋げられる。命拾いする。それは生きている上で何よりも素晴らしき出来事だとミスリーは考えていた。



 だからこの誘いには乗るしかないとそう軽んじていた。今すぐ体を起こし、鞠猫は話に乗ってくると。



 けれどその持ち掛けをしても鞠猫は一向に動かなかった。



 本当に死んでしまったのだろうかと思うが、張られっぱなしの結界にそれはないと確信する。結界術は常に術者が生存していなくては確立出来ない術なのだ。それだけは決して無い。



 「……ちょっとアナタね、人が話しかけてんのに無視はないんじゃない? 生きてるのは分かってるんだって、死んだフリなんてやめなさいよ」



 その言葉と共にミスリーは痺れを切らしたように鞠猫に歩み寄った。無視されるだなんて気分が悪いと彼女は思ったのだ。なんとしても鞠猫に受け答えさせてやる、そんな意地があった。彼女自身プライドの高い人種であったから(淫魔を人種の括りにしていいのか分からないが)、このままでは自分が蔑ろにされているような気持ちになってしまうと意地を張ったのだ。



 勿論そんな事は戦闘中ならば意にも介さないだろう。鞠猫と奏の両者が戦闘不能になっているからこそ、そんなつまらない事に執着心が生まれた。とどのつまり気持ちに余裕があったということだ。



 しかしそれがいけなかった。戦場において余裕とは油断に繋がる。彼女はまだ鞠猫が生きていると分かっていながら完全に動けないのだと決め付けていた。それは慢心以外のなにものでもなかった。



 「ッ!?」



 突如、うつ伏せだった鞠猫の体がミスリーの方を向いたのだ。そして片手には一瞬で拳銃が携えられていた。



 突然の出来事にミスリーの反応は遅れた。自身に向けられた銃口、寝たままの体勢で放たれる拳銃。しかも一度ではなく立て続けの連射である。



 「…………グッ……や…る…じゃない…」



 放たれた銃声は六回。威力の高い銃の攻撃はミスリーの体を損壊させていた。



 右腕は吹き飛び、頭の右上は砕け、腹部には向こう側が見える貫通口……明らかな致命傷であったが……



 グニグニと欠損した傷口が蠢く。それはどんどんと彼女の体を元の通りに再生を促していった。鞠猫は拳銃の引き金を立て続けに引くが、その銃口から弾が飛ぶ事はなかった。



 「フフフ……惜しかったわね」



 ミスリーは自分の左腹部に空いた大穴の上部を指した。



 「頭を吹き飛ばして心臓さえも破壊すれば貴女の勝ちだったのにね。射撃はあまり得意ではないのかな?」



 そういって余裕を見せるミスリーとは裏腹に鞠猫は縋るような表情で未だ引き金を引き続けた。



 未練がましいその光景にミスリーは顔を歪める。情けないその姿は彼女を興じさせるにもってこいだったのだ。だからこそ鞠猫を間に挟み向こう側からこちらを見る柴山が剣を握り、鞠猫に止めをさそうとする様子を制止し、楽しみを奪われたくないと考えた。



 けれど次の瞬間に柴山が……そして鞠猫が口にした言葉は彼女の思うことよりも、事態を転回させる言葉であった。



 「ミスリーさん、後ろを見ろ!!」




 「かなで君!! 起きてぇぇぇ!!」




 二人の言葉に何が起きているかを察する。



 そうして振り返ったミスリーの目の中に写ったのは病院の壁に括り付けられている柴山の封印棺。その棺の一箇所に空いた握り拳大の穴であった。



 彼女は思い出したかのように精算する。鞠猫が放った銃弾、そして自分が受けた傷の数を……発砲は六度だった。しかし……自分の受けた着弾は……五度である!!



 あとの残り一発は……



 「そ、そういうこと……狙っていたのは私だけでなく……私の背後の奏の入った棺だったのね。寝たままで撃ったのもその方が自然に狙えるから」



 本当に諦めの悪い奴だ。心底そう抱いた。しかし同時に哀れみも。



 「……けど残念、そんなことして何になる? 箱を壊したからといって彼に既に戦う力は残っていない。再生能力が低下している彼の四肢はほぼ治っておらず、それどころかきっと貴女が撃った銃弾も、箱を貫通してその中にいるであろう奏を更に傷付けているはずよ」



 ほくそ笑むミスリーの言葉は正しかった。鞠猫や柴山、ミスリーの位置からではあまりハッキリとは見えないが、箱に空いた穴の奥には奏の頭があり、鞠猫の放った銃弾は彼の左目付近を貫通し、眼球とその周りを破壊していたのだ。



 体だけでなく目さえも奪われた彼の体は悲惨極まりない姿であった。そして鞠猫の叫びに呼び起こされることもない。



 「諦めなさいな、奏はもう無理よ。戦わないし戦わせない。貴女達の負け。大人しく降伏しなさい」



 負けだということは分かっていた。こんな無様を晒して自分達がまだ勝てる要因があると思えるほど鞠猫は自惚れてはいない。奇跡はそうそう起きるものではないのだ。



 だから……だからこそ彼女は奏には逃げて欲しかった。ミスリーにやられ、何一つ守れなかった自分自身に今出来ることは、その再生力で死ぬことはない彼に逃げてもらうことだけだったから。ミスリーに捕まってしまえばどんな人生になるか分かったものではない。その不死性ゆえに生き地獄を味わうことにもなりかねない。



 ……そんなのはダメだ、彼は『人間』として自分自身の意思で生きていて欲しい。そんな玩具や、家畜以下の扱いをされる事が分かりきっている環境に置かれるだなんて……認められない。



 鞠猫は震える体に鞭を打ち、拳銃にマガジンを交換すると、もう一度奏のいる箱に銃口を向ける。しかし────



 「うぐっ!!」

 「やめろと言っているのが聞こえない?」



 ミスリーはその腕を踏みつけ、拳銃は零れ落ちる。



 「鬱陶しい。残念だけどやっぱり貴女は殺すわね。可愛くて名残惜しいけど、聞き分けのない子は嫌いなの」



 じくじくと痛む腕を庇う余裕もない。自分に向けられた手刀を防ぐ気力もない。



 鴉皮鞠猫は迫りくる死の気配を受け入れていた。






 しかしそれは突然の如く巻き起こった!!




 最初に気が付いた柴山にとってそれは気持ち悪さだった。自分の足元に幾億のミミズが徘徊しているようなそんな身の毛もよだつ気持ち悪さ。



 ミスリーにとってそれは恐怖であった。森の中で突然自分よりも生物的に圧倒的に強い生物と遭遇した、そんな強張るような恐怖。



 そして鞠猫にとってそれはとても心地の良い安心感であった。なんなのかは分からないが、それは配下の者がどうにもならない窮地の際に、仕えていた主人の救援によって救われるような気持ちに似ていた。彼女に誰かに仕えている覚えはない。けれどそんな感覚が生まれたのだ。



 三者三様の感覚は、この場にある『空気』が生み出したものだった。明らかに空気が先程までとは打って変わっていた。



 ピタリと鞠猫の首元で止まったミスリーの手刀。手刀の持ち主はダラリと汗をかきはじめていた。



 そうして振り返る。今までの生の中で感じたことのない圧倒的なプレッシャーに。



 「………か、奏……貴方なの…」



 歯を噛み合わせ、必死に気丈と冷静を装うミスリーだが、その体は震えを伴い始めていた。



 「……なんとか言いなさい!!」



 叫ぶ彼女。彼女の目には彼が入っている箱から禍々しい黒いモヤが溢れ出しているように写っていた。



 ミスリーは知っている。そのモヤこそ魔力の強過ぎる証であると。淫魔サキュバス同士が互いの力量を図るときに魔力を物差しとして要するが、大き過ぎる個体のものはこうしてモヤとして可視化出来てしまうのだと。



 そうして彼女の驚愕は続け様に起きる。先程鞠猫の銃弾によって開けられた箱の穴、その穴から小さな光が漏れ出したのだ。そしてその光は力を増し、光芒となりボゥと灯った。



 ミスリーはそれを見た瞬間に最早冷静を装う事は諦めた。



 ────その光には聞き覚えがあったのだ。



 まるで桜の様なピンク色。そして美しき桃の色。



 その光は何処から発光しているもの?



 ……いや、分かっているはず。見えているはず。



 その『瞳』は彼女を見つめ、二人の視線は交差する。



 「桃色の……目……」



 ミスリーはその現実を口にした。


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