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敗北

三人称視点です。

 

 「ッッアア"ッッァァッ───!!」



 暗闇の中で奏は何が起きたかも分からず、全身を突き刺す痛みに苦痛の声をあげた。



 柴山に撃たれ、吹き飛ばされ、反抗することも出来ずに正体不明の箱に入れられたまでは奏も、体中傷だらけでハッキリしない意識の中で覚えてはいた。しかし箱に覆いかぶさられた瞬間からは暗黒に包まれ、自分がどんな状態であるのかも分からなかった。



 早く……早く戦いに戻らないと……鞠猫を守らないと……



 そんな気持ちはあれど、体は言うことをうまく聞いてはくれなかった。それでも奏がまだ諦めていなかったのは鞠猫がミスリーの不意打ちに破れ倒れた後も彼女の結界が解除されていなかったからであった。



 鞠猫が言っていたことを奏はしっかりと覚えていた。気を失うか、死ぬかすると結界は解けると。奏が箱に覆いかぶさられる瞬間まで病院を包む結界は解けてはいなかった。



 それが維持されていたということは……鞠猫はまだ生きているということだ。



 その確信が奏にはあったからこそ、戦地に再び戻らなければいけないと思った。もしその事をミスリー達がしれば今度こそ彼女に止めを刺すだろう。そんなことは絶対にさせない。そうガムシャラに思っていた。



 だからこそ奏はこの暗闇の空間を脱する為に、残された右足のみで蹴り破ってやると考えた。四肢は既に三つも失われたがそんな事は考慮していなかった。



 ……鞠猫……鞠猫……鞠猫



 絶対に殺させない。その考えしか持っていなかった。



 しかしその時だった。



 全身を貫く幾十いくじゅうもの衝撃と激痛が走ったのだ。



 腹部も、脚部も、背部も……暗闇の中ながら何かに貫かれたという感覚だけが奏を包んだ。



 そしてそれに対して奏ができたのは叫び声を上げることだけだった。






 「────中に入れた者を止めどなく傷付けることにより、対象者の再生能力を奪うのが僕の封印棺ふういんかんの特徴でさぁ」



 張り付けにされた黒箱の下部からダラダラと滴る赤き血を見ながら柴山は得意げにそう述べた。



 「こちとら予めどんな相手と戦うかは下調べしてるもんで、武器にも再生遅延の魔法を外注だけどかけてもらった。キミにとってこれが一番効果的だというのは分かっていたからね。……そして肉体が何度も再生するってんなら何度も破壊するまで。箱の内側に内蔵された何十本の針は自動で前後し、キミに無限の苦痛を与えてくれます。いずれ精神メンタルの方も逝かれてくれるでしょうし、こりゃ一石二鳥というもんでさぁ」



 再び奏の叫び声が棺越しに轟く。仕掛けられた針のギミックが彼を苦しめたのだろう。



 棺から恐ろしい程の血が流れ、悲痛な声が病院の庭に響く、鞠猫は倒れ、ピクリともしなかった。



 敗北の二文字が奏達には相応しかった。








 痛い……痛い……苦しい……



 いつまで……どこまで……



 この苦しみ……続く…




 「ッ……グァ…ァァッ……」



 自分の体から何かが抜けていく感覚。安心したのも束の間再び穿たれる幾十の貫き。口から出るのは絶叫か呻きだけ。



 著しく低下した再生力でも再生されないわけではない。致命傷を与えられ続けても体は死を拒否し、微々たる力で復元を行う。しかしそうすると箱の針は彼を再び傷付け、それを無かったことのようにする。



 生と死の間の苦しみ。正に生き地獄。



 再生力が仇となり彼に死さえも許さない。



 もたらされる痛みは戦う意思を削り取っていく。最早戦意は薄れ、奏の心を楽になりたいという願望だけが積み重なっていった。



 そして彼が思ったのはこんな体に産んだ母親のことであった。



 自分と父親を置いて何処かに失踪した女。そして自分の体をこんな風に作った超常の存在。淫魔サキュバス



 ……本当に余計なモノしかくれなかったな。



 魅了の力……他人の心を犯し、精神を汚染する忌々しい力。



 再生力……死ぬ機会を奪い、いつまでも苦しみを経験させる、人間には無い明らかな異常性。



 ……本当に……本当に余計なものばかり……もらって嬉しかったモノなんて何一つない。



 母のいない孤独感。女に犯され女を信じられなくなった拒否感。人ではないと知ってしまったことからくる世界からの疎外感。



 俺は最初から何も手に入れてこなかった。いつだってどこか自分は周りとは違う感覚が抜けなかった。街に紛れても、友達と群れても、誰かと二人で話していても……何か違うのを感じていた。



 俺は人間でいたい。そう願う度、そう口にする度、人間ではない事への理解がブリ返して来る。



 ……それこそ人間ではないことの証明だとは分かっていた。



 言い聞かせる度、思う度、そうではない事実が重くのしかかるのだ。



 俺は少しも人間じゃなかったんだ。



 その証拠に今直面しているこの現実こそ俺に相応しい結末とも言えるではないか。



 化物はボロボロになりながらも人間によって抹消される。どこにでもある物語、御伽噺の結末。



 そうさ……これこそ俺の最後に相応しいんだろ?




 奏の心は静かなままそっと閉じていった。









 左目を今までとは異なる痛みが襲うまでは。




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