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無残

三人称視点です。

 

 ─────鴉皮からすがわ鞠猫まりねは決して油断していたわけではなかった。



 彼女が柴山という同じ超常殺しの相手をしていた時も彼女はミスリーの気配を常に把握していた。それは鞠猫が奏の未熟さを理解していたからだ。



 かなでは脚力や膂力りょりょくといった身体的部分では鞠猫にも負けない……いや、それ以上の力を持っていると断定できた。しかし明らかに戦いという場の経験が不足していた。だからこそ今回の戦いに於いてはミスリーを二人で何とかする算段であったが、現実は想定していたよりも運が悪く、彼女も協力者を見つけてきたのだ。それも鞠猫と同じ超常殺しを。



 そうなれば必然的に個別に対応するほかない。そしてそれは鞠猫に戦いながらも奏へと気を配らなくてはならない事を強いる意味でもあり、彼女の個人としての対応出来るキャパシティを大幅に圧迫していた。



 しかしそれでも彼女はそれをやっていた。可能としていた。



 それなのに────



 柴山しやまと戦いつつも感じ取っていたミスリーの気配や殺気が、忽然と消えたのだ。不自然なほど唐突に。まさか奏が彼女を倒したのかと期待を抱くが、彼から感じられる闘気が穏やかにならない事にそれは違うという答えに至る。



 ではミスリーはどこに?



 そう思った瞬間であった。



 自分の背部に感じる熱き衝撃。膨れ上がった甘い香りを伴う気配。いつのまにかミスリーが背後に立っていた。



 そうして理解する、自分がやられたことを。



 腰付近を刺された事を理解してしまえば、痛みが全身に硬直と緩和を繰り返し引き起こす。足は震えて崩れ、うつ伏せに体は倒れた。



 出来たことはただ一つ。



 「に……げ……て………」



 そう奏に伝えることだけだった。



 彼だけではミスリーと柴山の二人にはひっくり返ったって勝つことは不可能だ。それが分かっていたから。



 自分が死んだり、気を失ってしまえば結界は解ける。そうすればどこまでも走れるだろう。逃げれるだろう。ミスリー達の手の及ばない所まで無事に逃げおおして欲しい。それだけが鞠猫の最後の望みだった。




 ────しかし現実はそう上手くはいかない。



 ましてや鞠猫が目の前でやられた奏がそんな選択肢を選ぶなど、ありえなかった。



 「ッッくたばれテメェら!!」



 奏は低い姿勢で柴山に詰め寄った。今までに奏自身も発揮したことがない高速の接近だった。そして殴打を放つ。文句なしの鋭いパンチ。当たれば人間の体など容易く貫くだろう一撃だ。





 しかし現実は非情だ。次の瞬間には奏の両腕は体から離れ、鮮血を辺りに撒き散らした。柴山の細身双剣がそれに染まっていて、それが切り落としたことが容易に分かる。



 血の噴き出しを回避するように柴山とミスリーは奏から距離を取る。二人の考えたことは同じだった。



 奏の体や体質は他の淫魔と大きく異なる。脳や心臓を必要としないその再生力は明らかに他の個体より高く異質だ。ならば他の効果があっても可笑しくはない。血を浴びるなどというリスクはできれば避けるのが得策だという考えだった。



 結果奏の血液は鞠猫と周りの草だけを染めた。



 「ッッァァア"アァァ!!」



 超常殺し(ルナティックハンター)である柴山に切られたからであろうか。なかなか再生されない自分の欠損の痛みに、足を震わせて悶えたあと奏は膝を着いた。



 そして鋭く柴山を睨む。悶えたせいで飛び散った血は彼の白い髪をマダラ模様に染めていて、そんな彼から向けられる顔は常軌を逸している存在に写った。



 「恐ろしいね」



 素直にそう言う柴山。両手に持っていた双剣の片方を投げて地面に突き刺すと、何も無い空間から先程使っていた散弾銃を再び取り出した。



 「僕ぁ、その子やミスリーさんみたいに結界術や精神術は得意じゃないんだけどね、唯一この空間収納という魔術だけは使えるんだぁ」



 そう言って銃口を奏に向ける柴山。奏は相手が使っているのは散弾銃だという事をすぐに思い出し、付近にいた鞠猫から離れるように力の入らない足を奮い立たせ、彼女から距離を取った。



 その行動に柴山は少しだけ驚いた表情をした。



 「ほぅ……そんなボロボロの体でまだ彼女を気遣う事が出来るなんて、泣けるじゃないか」

 「…………」



 柴山はそういうともう片方の剣も地面に投げ突き立てると、再び何もない空虚から何かを引っ張り出した。



 それは黒く長方形の箱であった。縦50センチ横200センチ、深さ45センチの巨大な箱。その先の方にハンドルが一つ付いていて柴山はそこを持ち、引っ張り出したのだ。無骨極まりないそれは重々しい音を立て、地面に落ちる。



 「けど安心しな、その子にこれ以上危害は加えないから。最早立ち上がれないその子はミスリーさんがこの後のお楽しみに使うらしいからね。 ……だから後は君を『処理』するだけだ」



 奏は柴山の言葉をただ聞いていた。何か策を考えていたわけではない、ただただ流れていく血の所為で頭などまともに働かなかっただけだった。



 けれど闘志が失われたわけではなかった。損傷の激しい体を心の中で叱責し、奏は腕の無い体で柴山へと突撃をかます。



 「呆れるね」



 その言葉と共に奏の体を散弾銃が襲った。放たれたいくつもの弾は奏の体を痛めつけ、左足に至っては千切れて吹き飛んだ。



 それだけで終わりではない。



 打たれてのけ反った奏に柴山は素早く接近し、その持っていた巨大な箱で強烈な一撃をお見舞いした。



 「ゲ─────ッッ!!!」



 潰されたカエルの様な声を残し、奏は大きく吹き飛んだ。それは放物線を描き、三階付近の病院の壁へと激突した。その衝撃で外壁にヒビが入るほどの威力に、奏の体が形をいまだ残しているのが不思議な程だった。



 そしてその瞬間に摩訶不思議な事が起こる。



 柴山が持っていた巨大な箱を奏に向かって投げたのだ。するとどうだろう、真っ黒で切れ目が分かりにくかったが、箱は蓋が開く様な構造になっていて、その蓋がひとりでに開くと、まるで意思を持っているかの様に奏を襲い、その箱の中に彼を入れてしまったではないか。そして箱の蓋がひとりでに閉まると、箱に向かって今度は一方向からいくつもの鎖が投げ付けられた。



 その鎖達は箱を病院の外壁に貼りつけにする様に押さえつける。鎖の端には幾つもの杭が付いており、それらもひとりでに病院の壁に打ち込まれ、鎖に張りが生まれ、挟まれた箱は完全に固定された。



 それらが一瞬で起こされた事に、人間業ではないとミスリーは感嘆した。



 「────封印術ならお手のもんでさぁ」



 得意げに言う柴山。彼の取り出した巨大な箱は棺だったのだ。



 ────殺せるか分からないぐらいの再生力ならば封印してしまえばいいだけ。



 それが柴山の考えだった。奏の再生力を事前にミスリーに聞いていたからこそ、この方法を柴山は選んだ。



 ……特性があるならば、その特性を逆手に取る事の出来る方法をとるだけだ。



 彼のそんな考えをしたときだった。



 「&°#〆<◾️◾️◾️ッッッッ────!!!!!!」



 くぐもった声にならない叫び声が棺の中から轟いたのだ。



 柴山はその声に中で何が起きているかを察し、不敵に微笑んだ。



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